イギリスから売掛金を回収する方法

 ウチのようなスモール・ビジネスが海外の企業と取引する際に、まず考えなくてはならないのは売掛金の回収方法だ。

 これがある程度規模の大きい企業なら、海外に支社があったり現地の法律事務所と契約していたりするから、法的手段に訴えることも容易だろうし、取引金額自体が大きいから、その一部を回収費用に当てることも可能だろう。

 しかし、うちのようなスモール・ビジネスでは、法的手段に訴える金や時間もバカにならないし、可能だとしても取引金額と比べたら明らかに割に合わない場合が多い。

 ところが、英米など一部の先進国には、このような問題を解決する極めて便利なシステムがある。それが Collection Agency (債権回収業者)である。

  Collection Agency は債権回収を代行してくれる会社だ。報酬は債権額の一定割合(通常 3 割程度)なので、回収したせいでかえって損するようなことはない。しかも完全成功報酬の会社が多い。つまり債権回収に失敗した場合には、報酬を払わなくてもよいのだ。そして、催促の手紙を書くことから裁判まで回収に必要なことはすべてやってくれる。

 国によって法制度が異なるので、どの国にも通じる一般論はないが、私は以前、イギリスのある Collection Agency を使って売掛金の回収に成功したことがあるので、そのときの手順を参考までに紹介しよう。

1.業界団体を探す

 まず大事なことは、ある程度信頼できる Collection Agency を見つけることだ。そのためには、業界団体の名簿から探すのが手っ取り早い。こういう団体には倫理規定みたいなのがあって、あまりひどい会社は除名されるようになっているから、ゼロから探すよりはリスクが少ないだろう。

 イギリスの場合、CSA (Credit Service Association) という債権回収業者の業界団体があるので、まずそのウェブサイト(http://www.csa-uk.com/welcome) の UK Member List というページを開く。

 このページでは、債権回収業者をサービスや地域別に検索できるようになっているので、[Search by Service] から [Business to Business Debt Collection] を選び、[Search by Region] から回収先の企業に最も近い地域を選んで、[Search] をクリックする。

 すると、検索条件に該当する Collection Agency の一覧が表示される。この一覧だけでもかなりの情報が入手できるが、ほとんどの会社にウェブサイトへのリンクが記載されているので、詳しくは該当企業のウェブサイトで調べたほうがよい。

2.業者を選ぶ

 各社のウェブサイトを調べて、さまざまな条件を比較し、自分のニーズに最も合った債権回収業者を選ぶ。私の場合は、以下のような条件に留意した。

  • 料金体系
    • 料金体系をウェブサイトに公開している業者と要見積の業者がある。当然公開している業者の方が安心感がある。料金はだいたい債権額の三割程度で業者によってそれほど差はないが、完全成功報酬であるかどうかは要チェックだ。
  • 回収手段
    • 事務的な回収しかできない業者と、弁護士がいていざとなったら裁判までやってくれる業者とがある。Skip Trace と言って、逃亡した債務者の捜索までしてくれる業者もある。
  • 国際取引
    • 国外の顧客を受け入れることを明示している業者も少なくない。明示していなくても、頼めばやってくれるかもしれないが。
  • ネットサービス
    • 連絡がネットだけで済むか、電話や手紙が必要かも重要な点。メールの方がコストも安いし、私のような会話の苦手な人間にとっては、メールの方が誤解が少ないし証拠も残るので安心感がある。
  • 歴史
    • あまり歴史の浅い業者は避けた方が無難。

3.依頼フォームを送信する

  ネットサービスの充実している業者の場合、オンラインで回収の依頼ができる。ウェブサイト上のフォームに債権の詳細を記入して送信するだけだ。必要があればメールのログなどを添付する。

4.応答を待つ

 あとは相手からの応答をじっと待つだけである。私の場合、フォーム受信確認の自動送信メールが来た後、一週間ほどなんの連絡もなかった。

 このような業者を利用するのは初めてだったので、本当にちゃんと話が進んでいるのか心配になりかけたころ、回収先の企業から売掛金全額が振り込まれてきた。

 実にあっけなかった。それまで何百回メールを出しても埒が開かなかった相手だったので、こんなに簡単なのかと思って拍子抜けしたのを覚えている。

 後は、規定の料金をクレジットカードで支払うだけ。なんの後腐れもなく取引は終了した。

・参考文献

Collection Techniques for a Small Business  債権回収テクニック全般に関する資料は JETRO のウェブサイトを含めて多数あるが、スモール・ビジネスの海外債権を対象とした資料となると実に少ない。

 そういった中で、この Collection Techniques for a Small Business という本は数少ない例外である。もともとアメリカのスモール・ビジネスを対象にした本だが、イギリスでもかなりの部分が通用する。

 内容も、Collection Agency ばかりでなく、信用管理・催促・小額訴訟の方法まで幅広く網羅されているし、Collection Agency に関しても、その仕組・選び方・使い方など、上では紹介しきれなかったことまで詳述されている。 是非参考にされたし。

・免責

 この記事は、個人的な一事例を紹介したに過ぎず、同じ方法による成功を保証するものではまったくない。参考にされる方はくれぐれも自己責任で。

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アメリカ人はなぜ福祉が嫌いか

Why Americans Hate Welfare: Race, Media, and the Politics of Antipoverty Policy (Studies in Communication, Media, and Public Opinion) 著者はプリンストン大学の政治学の准教授。カリフォルニア大学バークリー校で社会学の博士号をとり、イェール大学や UCLA でも教鞭を取ったというから、きっと優秀なのであろう。

 政治学者や社会学者というと、虚仮脅しの専門用語を散りばめながら好き勝手な意見を書き飛ばす評論家をイメージする人も多いと思うが、この本は、律儀なまでに社会調査と統計分析に基づいており、文科系の本にありがちな衒学的なごまかしはまったくない。 その点では安心して読める。

・アメリカ人は福祉が嫌い?

 アメリカ人の福祉嫌いは有名だ。アメリカの福祉は先進国中でも最低レベルにあるし、彼らの「社会主義」や「再配分」という言葉に対する拒否反応は強く、このブログでもネタにしたことがある。何より当のアメリカ人自身が、アメリカ人は福祉嫌いだと自認しており、そのことは本書の著者も認めている。

 では、その理由を説明したのが本書なのかというと、さにあらず。なんと著者は、アメリカ人は本当は福祉が嫌いではない、という。

 著者の分析によると、アメリカ人が嫌いなのは、貧乏人全般を助けることではなく、助けるに値しない怠け者の貧乏人(undeserving poor)を助けることなのだという(ちなみに、この undeserving poor という用語を最初に提唱したのは Michael Katz)。 つまりアメリカ人は、貧乏人の多くが助けるに値しない人だと思っているのだ。

・原因は人種的偏見

 ではそれは何故か。アメリカ特有の自己責任を重視する個人主義か。それとも、税金を他人に使われたくないという利己主義か。どちらもさほど大きな要因ではない、と著者はいう。最大の要因は、なんと、白人の黒人に対する偏見(stereotype)なのだという。

 そう聞くと、「要するに保守的な白人は黒人の得になることをしたくないわけね。人種差別は相変わらずだね」などと安易に解釈する人もいるかもしれないが、さにあらず。大多数の白人は、働く気のある真面目な黒人は喜んで支援したいと思っている。それを邪魔しているのが、「黒人は怠け者」という偏見なのだという。

 そもそもアメリカ人の多くは、福祉政策の受給者のほとんどが黒人だと思っているが、この認識自体が間違っている。確かに、貧困者中の黒人の比率は高いが、それはあくまで相対的なもの。元々アメリカの人口における黒人の比率がそれほど高くないのだから、いくら相対的な比率が高くても、貧困者が黒人ばかりなどということはあり得ないのだ。

 この誤った認識に、黒人は怠け者だという偏見と、怠け者は助けるに値しないという価値観が結びつくことにより、福祉政策に対する反感が生まれたというのだ。つまり、

  • 福祉政策の受給者は黒人ばかり(誤った認識)+
  • 黒人は怠け者ばかり(偏見)+
  • 怠け者は助ける価値なし(価値観)
  • = 福祉政策に対する反感

というわけだ。

 でも、黒人に対する全般的な差別意識が原因ではなくて、「黒人は怠け者」という偏見だけが原因だ、なんてどうして言える? と思う人もいるだろうが、そのへんは著者も綿密に調べている。

 たとえば、世論調査によって、福祉政策に対する反感と黒人に対するさまざまな偏見の相関関係を調べると、「黒人は怠け者」という偏見とは強い相関関係があるが、「黒人は無能」とか「黒人は暴力的」というような偏見とはほとんど相関関係がないという。また、福祉政策に対する反感をさらに細かく調べると、働き者の黒人だけが利益を受ける政策(マイノリティだけを対象とした職業訓練や奨学金など)に対する反感もあまり強くないという。

・無意識の洗脳

 では、「黒人は怠け者」という偏見はどのようにして生まれたのだろう。この偏見はもともと、白人が奴隷制を正当化するために生み出したものだが、現在のアメリカ人が依然としてそのような偏見を持ち続けている原因は、マスメディアだという。そして著者は一種のメディア・スタディを行うのだが、この部分がひょっとしたら一番面白いかもしれない。

 著者は、主要な報道雑誌3誌を選び、1950 年代~1990 年代に発行された雑誌の中から、貧困関係の記事をすべてピックアップした。そして、その記事中の写真に出てくる人物が、白人か黒人かを調べ、その比率を計算したのだ。

 その結果、雑誌記事の写真の選択にはさまざまな偏りがあることが判明する。まず、貧困者中の黒人の写真の比率が、実際の比率より明らかに高い。さらに、貧困者に同情的な記事と批判的な記事を分けてみると、同情的な記事には白人の写真が使われる率が高く、批判的な記事には黒人の写真が使われる率が高いのだそうだ。

 そう聞くと、「保守的なマスゴミの連中が、都合のいい人種的偏見を垂れ流して大衆を洗脳しているんだな」と思う人もいるかもしれない。しかし、それも違うと著者はいう。

 そもそも、アメリカのメディアはリベラル寄りで有名で、だからこそアン・コールターやラッシュ・リンボーにさんざん攻撃されたり、FOX ニュースが人気になったりしたわけだ。だから、2000 年以前はなおさらそうだったろう。

 著者は、研究対象となった雑誌の編集者についても実際に会って調べており、彼らがリベラルな人物であることを確認している。ただし、意識の上では、だ。

 このようなリベラルな人物であっても、無意識のうちに「黒人は怠け者」という偏見に影響されており、それが写真の選択に反映されている、と著者は言う。実際に彼らは、自分の選んだ写真にそのような偏りがあることすら気づいていなかった。

 実はこのような無意識的な人種的偏見を調べる心理学実験がある。その実験によれば、被験者を意識的な人種的偏見の強いグループと弱いグループに分けても、無意識的な偏見にはあまり差がないそうだ。

 そして、そのような無意識的な偏見の影響下で選ばれた写真が報道されることにより、社会全体の黒人に対する無意識的な偏見が強化されるというわけだ。まさに悪循環だ。

・正しい認識が重要

 ここまで読んで、「著者はそうまでして『白人は黒人を差別してない』と言いたいのか?」なんて思った人もいるかもしれないけど、多分違うと思う。著者はただ、現実をより正しく認識することが、より正しい解決を導くと思っているだけだ。

 福祉政策への反発の原因が、「黒人は怠け者」という偏見であるならば、それを解消すれば、黒人の差別解消にも福祉政策の推進にも役立つかもしれない。また、そのような偏見の原因が、メディアの無意識的な偏向であるならば、それを改善すれば偏見もなくなるかもしれない。

 実際に著者の研究結果を受けて、一部の雑誌社では、記事中の写真の偏りをチェックする仕組みを導入したそうである。

 ちなみに、本書には話の流れで公民権運動の歴史を紹介する部分がある。全般にイデオロギー的にならないように努めて冷静に書かれた本だが、その部分の描写だけ微妙に力が入っていて、この人は実は公民権運動に結構思い入れがあるな、と感じた。勝手な想像かもしれないが。

・自己認識を覆す

 本書の読後感は、山岸俊男氏の一連の著作にちょっと似ている。山岸氏の本が、日本人が自らに対して持つ自己認識=「日本人は集団主義」を覆そうとしているのに対し、本書は、アメリカ人が自らに対して持つ自己認識=「アメリカ人は福祉が嫌い」を覆そうとしているわけだ。

 ただ大きく違うのは、山岸氏の使うのが主に心理学実験なのに対し、本書の著者の使うのは社会調査と統計分析であるということだ。

 著者の統計分析は極めて入念であり、考えうるさまざまな反論にも丹念に反証している。たとえば、世論調査ではキレイゴトを答えているだけで、本音は全然違うのでは、とか、写真が偏っているのは、貧困者全体を平均すると黒人は少なくても、ニュースになるような事例に関係する人には、実際に黒人が多かったのでは、とか。 

 そのため、著者の主張には説得力があり、適当に数字をひねくり回して珍説をでっち上げるような類の本とはレベルが違うという印象を受けた。

(ただ一応指摘しておくと、「貧困者は黒人ばかり」も「黒人は怠け者ばかり」もメディアの影響だとすると、メディアが変わっても「貧困者は怠け者ばかり」になるだけで、福祉政策に対する反感はなくならない可能性も否定できないと思う。これが日本の話だったらきっとそう思っただろう。アメリカの場合はもっと差別が根深いのかもしれないが。)

 あと本書は、人間の性は基本的に善であるという、極めて健全な人間観が底流にあり、その点でも山岸氏の著作に似ていると感じた。全体に快く読めたのはそのせいでもあろう。

・決めつけてはいけない

 本書を読んで強く感じたのは、国民性や民族性のようなものを、安易に決め付けてはいけないということ。私自身のアメリカ人に対する思い込みも少なからず影響を受けた。

 考えてみれば、ほんの数百年前には黒人奴隷の国だったアメリカが、奴隷解放や公民権運動を経て、今や黒人が大統領や国務長官になるところまで来た。

 あるいは、ほんの数百年前にはホーソーンの「緋文字」(読んでないけど)みたいなピューリタンの国だったアメリカが、性の解放を経てポルノ大国となり、SATC やデス妻みたいなドラマがゴールデンタイムに放映されるところまで来た。

 今は誰が見ても福祉後進国であるアメリカが、何十年何百年したら福祉先進国になっていないと誰が言えるだろうか。

 同じことは日本についても言えるだろう。日本人は日本がこんな国だと思い込んでいるが、その思い込みによって自らが縛られてはいないか。

 本書が出版されたのは、まだクリントン政権でアメリカが好景気だった 2000 年である。その後のオバマ大統領の誕生やティーパーティ-の台頭やリーマンショックなどにより、アメリカ人の意識はどう変化しただろう。 知りたいところである。

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深川は大都市だよ

 最近の NHK スペシャルでやってる中国モノは、わりとリアリティがあってよいと思うのだが、「“中国人ボス”がやってきた~密着 レナウンの400日~」のラストは多少誤解を招くかもしれない。

 中国に進出したレナウンが、当初は北京に一号店を出す予定たったのに、中国側の反対にあって、最終的には深川(正しくは土辺に川)に一号店を出したというストーリーなのだが、北京は諦めて地方都市からみたいな前フリがあって、さらに深川は「北京から 1900 km 離れた」などとナレーションでわざわざ強調しているので、レナウンが大幅な妥協をしたような印象を持つ人も多いのではないか。

 しかし数十年前ならともかく、現在の深川は中国でもベスト 3 ぐらいに入る大都市なのである。たとえば先日紹介した「Anatomy of the Chinese Business Mind」にはこうある。

Beijing and Shanghai are definitely best known places in China. However, Guangzhou and Shenzhen, two of the best-developed cities in the Pearl River Delta, are by no means inferior in status and fame.

(拙訳)北京や上海は確かに中国の中でも最も有名な場所である。しかし珠江デルタで最も発展した2都市である広州および深川も、その地位や名声においてまったく劣っていない。

In 2001, this area provided about 5% of the world's goods and contributed over 8% of the nation's economy, although it occupies only 0.4% of China's total area.

(拙訳)この地域は、面積では中国全土の0.4%を占めるに過ぎないが、2001年の時点で、世界中の商品の約 5% を提供し、中国経済の 8% 以上に貢献している。

Shenzhen was a fishing village before China initiated its open-door policy and economic reforms. It was singled out in the late 1970s because of its proximity to Hong Kong to pilot the bold project of setting up Special Economic Zone. The project designed to test capitalism in the socialist context proved a great success and Shenzhen has since developed into on of the fastest-growing and most-developed cities in China.

(拙訳)中国が開放政策や経済改革を始める前の深川は漁村であった。1970年代後半、深川は香港に近いという理由で、経済特区を立ち上げるという大胆なプロジェクトの試験地区として選ばれた。この資本主義を社会主義の文脈でテストするというプロジェクトは大成功を収め、以来深川は、中国でも最も速く成長する最も発展した都市となった。

 Wikipedia にはこうある。

2010年の市内総生産は9500億元(1441億ドル)である。上海市、北京市、広州市に次いで第4位であり、「1兆元都市」に近付きつつある。

中国本土の大都市の中では最も所得が高い。1980年に経済特区に指定されて以来、莫大な外国投資を誘致し、製造業が発達しているが、近年は情報通信産業やサービス業も急速に発展している。 深川は香港と隣接している影響で中国国内では比較的に裕福であり、一人当たりのGDPが10628ドル(約113万円)になったと発表した。中国の都市で一人当たりGDPが1万ドルを突破したのは初めて。既に深川に居住する香港人は6万1865人に上る。 すでに輸出額では香港を抜き、上海に迫る。1990年には深川証券取引所が設置され、上海証券取引所とともに外国人が投資できる株式(B株)を扱う。香港に比べると物価が若干安いため、香港住民は隣接の羅湖区へショッピングに訪れることが多い。ただし、犯罪率が高いことでも知られる。

2006年、港湾コンテナ取扱量世界第4位と、急速に取扱量が増加している。2006年港湾コンテナ取扱量世界第1位はシンガポール港。日本一の港湾コンテナ取扱量の東京港は世界第23位。

また2011年9月、英国のシンクタンクにより、世界第25位の金融センターと評価されており、中国大陸では上海、北京に次ぐ第3位である。

 だから、北京をやめて深川にしたというのは、ニューヨークをやめてロサンゼルスにしたぐらいの感じではないかと思う。

 番組自体は、あまり図式的にならないように注意して作られていたと思うが、見る側の知識によっては誤解されかねないと思うので指摘してみた。

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Anatomy of the Chinese Business Mind

  中国のクライアントと支払いを巡ってトラブルがあり、泥縄式で勉強のために読んでみた本。

 儒教・道教・孫子などの思想的背景や、アヘン戦争から改革開放政策までの歴史的背景をふまえて、中国のビジネス文化を欧米人にもわかるように説明している。少々図式的すぎる感じもするが、内容・文章とも明快でわかりやすい。著者自身も中国人ないし中国系であり、文献引用もちゃんとしていて、個人の勝手な印象を書き連ねたたぐいの本でもなさそうである。

 類書を読み比べたわけではないので、他の本に比べてどうこうとは言えないが、他になんの判断材料もなければ、この本を選んでも損はしないのではないかと思う。

 この本を自分の体験と照らし合わせて改めて感じたのは、なまじ文化が近いと相互理解は逆に難しい面があるということ。たとえば、将棋と囲碁ではルールがまったく違うので、どちらかが相手に合わせるしかないが、将棋とはさみ将棋なんかだと両者のルールを折衷することが可能なので、「はさんだ駒を取るんじゃねーよ」みたいなトラブルが起き易い。

 日本は、文化の古層には中国文化の強い影響があるが、明治維新以降はむしろ西洋文化を積極的に取り入れてきており、その過程で中国文化の影響を(少なくとも一部は)切り捨てようとしてきた国である。

 この本でも face (面子) と guanxi (ある種の人脈)を中国文化の二大キーワードとして挙げているが、どちらも日本が近代化の過程である種の「悪習」として捨てようとしてきたものである。それだけに、異文化尊重という形式的なお題目だけで受け入れるのは難しいところがある。

 特に私は「面子」にこだわる人間が大嫌いなので非常に困る。これは中国人に限った話ではなく、イギリス人でも日本人でも、そういう人間には反射的に嫌悪感を感じてしまう。だから、そういう相手に合わせるということは、自分自身のモラル・スタンダードを捻じ曲げることになるので、形式的な異文化尊重ではすまない、アイデンティティの危機みたいなものを感じてしまうのである。

 たとえば、この本にはこんな例が載っている。あるアメリカ人が中国の会社で管理職として働いていた。彼のパソコンはなぜかよく故障したが、中国人の部下に頼むとすぐ直してくれる。アメリカ人はしばらくそれで納得していたが、やがて、それは実は故障ではなく、彼の操作ミスであり、周囲の中国人社員はみなそれを知っていたということが判明する。アメリカ人が「なぜもっと早く教えてくれないのだ」と聞くと、中国人は答える。「上司の間違いを指摘したら、面子を潰すことになるからだ」。

 この話を聞けば、私に限らず現代の日本人ならだいたい、「おいおい、それは親切ちゃうやろ」と思うだろう。つまりそういうことだ。

 実はこの件については知人にも相談してみた。その人は私なんかよりよっぽどリベラルで異文化にも寛容な人なのだが、ハローワークに勤めているので、仕事柄中国人とのトラブルも多く経験しているらしく、私の話に即座に同意してくれた。私が「形だけでも謝った方がいいかな?」と聞くと、「いや謝ったりしたらつけ上がるだけだから、絶対に謝らない方がいい」みたいなことまで言うのだ。私は、この人ですらこんなことを言うのなら、きっと日本中で同じようなトラブルが起きているのだろうなあ、と改めて感じたのだった。

 もちろん、だからと言って排外主義やレイシズムを肯定するわけではまったくない。ただ今後日本人が彼らと真剣に付き合おうとすればするほど、キレイゴトの異文化尊重ではすまない、いろんな対立が生まれることは間違いないだろう。相手の文化だとわかっていても批判しなくてはならない事も出てくるだろうし、逆に、こちらの文化についての批判を受け入れなくてはならない事もあるだろう。そうやってお互いのアイデンティティを脅かし合うのはしんどいことだが、そのしんどい過程を経なければ深い関係は築けないだろう。

 今回の件に関しては、最悪、法的手段に訴えるしかないのだろうが、できればそんな面倒なことはしたくないので、できるだけ相手の「面子」をたててがんばってみたいと思う。私にとっては非常に辛い事だが。

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Twitter 革命?

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Pyongyang Declarization

 11 月 8 日の NHK スペシャルの「秘録 日朝交渉~知られざる“核”の攻防~」を見ていたら、鳩山首相の国連演説の一部が引用されていて、聞いていたらちょっとずっこけてしまった。

 「平壌宣言」のことを「Pyongyang Declarization」と言ってしまっている。

 「平壌宣言」は「Pyongyang Declaration」 です。Declarization なんて英単語はありません。

 言い間違いかもしれないけど、普段 declaration という言葉を使い慣れていれば、口に出した瞬間に気づくと思うんですけどね。

 NHK もわざわざここをピックアップするなんて意地悪なと思うが、この官邸で公開しているビデオの 14:40 のあたりを聞いてもはっきりそう言っている。 

 ぼくは別に、日本の総理大臣にとって英語力が大事だとはまったく思っていないが、中途半端な英語力をひけらかそうとする態度は見てて恥ずかしく感じる。もっと「ぼくは英語なんてできませんが、それが何か?」という感じで堂々としてればいいのに。

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9.11~アメリカを変えた102分~

 昨日は 9 月 11 日。つまり 2001 年にアメリカ同時多発テロ事件があった日だった。事件後しばらくは、毎年この日になると「9.11」を振り返るテレビ番組をやっていたものだが、その後アメリカの政治の方向性がおかしくなってイラク戦争やらが起きたという嫌な思い出を忘れたいからか、それともその後のリーマンショックの方が今となってはよっぽど重大事件だからなのか、年を経るごとにそういう番組は少なくなってきて、今年なんかも日本のテレビ局ではあまりそういう番組は見当たらなかった。

 そんな中、アメリカに本社を置く「ヒストリー・チャンネル」では、地味に「9.11 特集」をやっていて、その手の番組にはぼくも食傷気味だったのであまり期待もせずに録画したのだが、予想外に面白かった番組があった。それが「9.11~アメリカを変えた102分~」である。

 これは簡単に言えば、9.11 の日に現地にいた一般人が撮影したビデオ映像を収集してつなぎ合わせ再編集したものにすぎないが、その再編集の仕方に一つだけ仕掛けがある。それは、あらゆる映像が実際の事件の経過にあわせて時系列に並べられているということだ。しかも時間スケールの伸縮もほとんどない。

 つまり、番組開始直後には、2001 年 9 月 11 日 8:46 頃の WTC 衝突直後の映像が流れ、番組開始 1 時間後ぐらいには、9:59 頃の南棟崩落時の映像が流れ、番組開始 1 時間半後には、10:28 頃の北棟崩落時の映像が流れる、という具合になっているのだ。したがって、観ている者はまるで事件をリアルタイムで体験しているような雰囲気を味わえる。

 こうやって説明してしまうと単純な仕掛けに思えるかもしれないが、実際に観てみると意外にいろんな発見がある。現場にいた人にとっては、WTC に飛行機が突っ込んだこととだけでなく、崩落したことも驚きだったこと。だから南棟崩落以前は、多くの人が崩落を前提とせずに行動していたこと。南棟が崩落してから北棟が崩落するまでの間に救助に当たっていた消防隊員がどれだけギリギリの状況で命がけの救助をしていたかということ。南棟崩落時点で、すでに「戦争をすべきだ」というようなぶっそうな発言をしている一般人がたくさんいること。かと思うと、あれだけ緊迫した状況のなかでもとぼけたジョークを飛ばしたりしているおっさんがいること。

 解説のテッシーこと手嶋龍一氏も言っていたが、通常のドキュメンタリーでは、事件に意味付けをするために、時系列に起こった事件をなんらかの文脈に基づいて再構成する。そのようなドキュメンタリーがたくさん作られることにより、事件がいろんな角度から多角的に意味付けされることになっている。そうやってぼくらは事件の「意味」を理解したつもりになる。

 ところがこの作品でやっていることはその正反対で、すでにありとあらゆる角度から、ある意味過剰に意味づけられた 9.11 という事件を、その意味付けの文脈から切り離して単純な時系列に戻しているのである。すると不思議なことに、そのような過剰な意味付けによって逆に見え難くなっている、事件のさまざまな様相が見えてくる。そして、ぼくらが普段どれほど意味の文脈に頼ってものを見ているかということや、どんなに多角的な文脈から意味付けしても取りこぼされるものがあるということを、改めてぼくらに気づかせてくれるのである。

 ハイデガーの言葉で言えば、ぼくらは常に世界を「配慮的気遣い」を通じて認識しているため、世界は「道具的存在」のような意味を持った存在として認識される。このようななにかの目的のためにモノを見るのではなく、見ること自体を目的としてモノを見ることを可能にするのが芸術の役割の一つである、というのは例によって山崎正和氏の受け売りだが、そのような立場にたてば、この作品は正しく芸術であると言えよう。

 この番組は、今月中に後 3 回くらいヒストリー・チャンネルで再放送されるようなので、興味をお持ちの方はご覧になってみてはいかがであろうか。

 エミー賞 4 部門ノミネート作品

  • Outstanding Nonfiction Special
  • Outstanding Picture Editing For Nonfiction Programming
  • Outstanding Sound Editing For Nonfiction Programming (Single Or Multi-Camera)
  • Outstanding Sound Mixing For Nonfiction Programming

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Nuclear-Free World

Just as we stood for freedom in the 20th century, we must stand together for the right of people everywhere to live free from fear in the 21st century. And as nuclear power -- as a nuclear power, as the only nuclear power to have used a nuclear weapon, the United States has a moral responsibility to act. We cannot succeed in this endeavor alone, but we can lead it, we can start it.
So today, I state clearly and with conviction America's commitment to seek the peace and security of a world without nuclear weapons. I'm not naive. This goal will not be reached quickly -- perhaps not in my lifetime. It will take patience and persistence. But now we, too, must ignore the voices who tell us that the world cannot change. We have to insist, "Yes, we can."

ちょうど、20世紀の私たちが自由のために闘ったように、21世紀の私たちは、世界中の誰もが恐怖に脅かされることなく暮らす権利のために、団結しなければなりません。核保有国、それも、核兵器を使用した経験を持つ唯一の核保有国として、アメリカには、行動を起こす道義的責任があります。もちろん、この困難な事業を、アメリカ一国だけで成功させることはできませんが、その先頭に立ち、口火を切ることはできるでしょう。ですから、私は今日ここに、アメリカが核兵器のない世界の平和と安全を追求するというお約束を、確信を持って明言したいと思います。もちろん、私は、この目標が、そうやすやすと達成できると思うほど幼稚ではありません。いやひょっとしたら、私が生きているうちには達成できないかもしれません。この目標を達成するには、忍耐と粘り強さが必要です。しかし、私たちはここでも、世界を変えることはできないという声を、無視しなくてはなりません。私たちは、断固として「われわれにはできる(Yes, we can)」と言わなくてはならないのです。

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日本は食糧戦争に勝てるか

 サンプロを見ていたら、これからは資源戦争の時代で、日本ももっと食料自給率を上げないと資源戦争に勝てないというお話をしていたので、日本が手持ちの資源で食料戦争に勝てる可能性を探ってみた。

 まず、国民一人当たりの耕地面積と食料自給率の関係を調べてみた。

クニ 人口ジンコウニン 陸地リクチ面積メンセキ(km2) 耕地コウチ割合ワリアイ(%) 耕地コウチ面積メンセキ(km2) 一人ヒトリたり耕地コウチ面積メンセキ(m2/ニン 食料ショクリョウ自給率ジキュウリツ(%)
オーストラリア 20,434,176 7,617,930 6.15 468,503 22,927 237
カ ナ ダ 33,390,141 9,093,507 4.57 415,573 12,446 145
フランス 64,057,790 640,053 33.46 214,162 3,343 122
ド イ ツ 82,400,996 349,223 33.13 115,698 1,404 84
イタリア 58,147,733 294,020 26.41 77,651 1,335 62
オランダ 16,570,613 33,883 21.96 7,441 449 58
スペイン 40,448,191 499,542 27.18 135,776 3,357 89
スウェーデン 9,031,088 410,934 5.93 24,368 2,698 84
ス イ ス 7,554,661 39,770 9.91 3,941 522 49
エイ  コク 60,776,238 241,590 23.23 56,121 923 70
アメリカ 301,139,947 9,161,923 18.01 1,650,062 5,479 128
日  本 127,433,494 374,744 11.64 43,620 342 40


 人口、陸地面積、耕地割合に関しては、CIA で出してる The World Factbook、食料自給率については、農林水産省の「食料自給率資料室」 からデータを取得した。これらはウェブ上で公開されているので、誰でも検証が可能である。ただし、前者のデータは 2007 年頃のもので、後者のデータは 2003 年のものだが、これは他に資料が見つからなかったためなので勘弁いただきたい。耕地面積と一人当たり耕地面積は、これらのデータから単純に計算したものである。

 このデータを見ただけでも、一人当たり耕地面積と食料自給率にはかなりの相関がありそうに見えるが、実際に横軸に一人当たりの耕地面積、縦軸に食料自給率をとって、グラフにしてみるとこうなる。

arable-area-and-food-self-sufficiency.jpg

 この直線は回帰直線といって、仮にこの両者が正比例の関係にある(つまりグラフ上では直線で表される)と仮定した場合に、実際のデータとの誤差が最も小さくなるような位置と傾きで引かれた直線である。青い点の方は実際の各国のデータなのだが、どの点もかなり回帰直線の近くにある。つまり、各国の食料自給率の差は、かなりの部分耕地面積の差で説明できるということである。

 統計の知識のある人のために書いておくと、この両者の相関係数は 0.95 (有意水準 1% 以下で有意)であり、この回帰式の決定係数(寄与率)は  0.90 である。言い換えれば、 食料自給率の 9 割は一人当たり耕地面積で説明できると言うことだ。

 もっとも、回帰式が原点を通らないところはかなり気になる(耕地面積ゼロでも食料自給率がゼロにならないということだから(^^)。でも、水産資源まで考えれば辻褄合うのかも)。ひょっとすると、グラフの右の方にあるオーストラリアやカナダは、まだまだ生産効率を上げる余地があって、各国が生産効率限界まで生産すると、もっと食料自給率が上がるのかもしれない。たぶん、オーストラリアやカナダを外れ値として除外して直線を当てはめれば、傾きはもっと急になって、原点近くを通るようになるだろう。(あるいは、直線よりも限界生産性が逓減するような曲線を当てはめた方が本当はいいのかもしれない)。

 言うまでもないが、日本は一番左下にある青い点である。この点は回帰直線より下にあるので、日本は確かに耕地面積が狭いことを割り引いても食料自給率が低いということは言えそうである。ただし、逆にこの回帰直線から予想される日本の食料自給率は、約 64% でしかない。

 このままではどう見てもわが国には勝ち目がないので、仮に日本の国土すべてを耕作地にしたらどこまで食料自給率が上げられるかを計算してみた。つまり、一人当たり耕地面積の代わりに、一人当たり陸地面積を横軸にとって、それがこの回帰直線とぶつかる点から食料自給率を予想するわけである。もちろんこれは、山も都市もすべてつぶして農地にするということを意味するが、国家存亡の非常時であるからそんなことはかまっていられない。

クニ 人口ジンコウニン 陸地リクチ面積メンセキ(km2) 一人ヒトリたり陸地リクチ面積メンセキ(m2/ニン 予想ヨソウ食料ショクリョウ自給率ジキュウリツ(%)
オーストラリア 20,434,176 7,617,930 372,803 2,966
カ ナ ダ 33,390,141 9,093,507 272,341 2,184
フランス 64,057,790 640,053 9,992 139
ド イ ツ 82,400,996 349,223 4,238 94
イタリア 58,147,733 294,020 5,056 101
オランダ 16,570,613 33,883 2,045 77
スペイン 40,448,191 499,542 12,350 158
スウェーデン 9,031,088 410,934 45,502 416
ス イ ス 7,554,661 39,770 5,264 102
エイ  コク 60,776,238 241,590 3,975 92
アメリカ 301,139,947 9,161,923 30,424 299
日  本 127,433,494 374,744 2,941 84

 これをグラフにするとこうなる。

self-sufficiency-projected.jpg

 どうだろう。来るべき食料戦争に勝てそうな気になれたであろうか。  


 とまあ、少し思わせぶりに書いてみたが、私の本音は、だから日本は近隣アジア諸国を侵略して領土と資源を増やすべし、というのではもちろんなくて(^^)、そもそもこんな戦争勝てるわけねーだろー! やれ経済大国だのジャパン・アズ・ナンバーワンだのと言われ続けた記憶がいまだに忘れられないのかもしれないが、何を勘違いしとんじゃ、目を覚ませー! ということである(^^)。

 どうも日本人は、自分たちの国がいかに資源の少ない狭い国土にたくさんの人が住んでいる特異な国かということを、しばしば忘れがちであるように思える。こんな国が資源戦争に乗り出そうというのは、思想をどうこう言う前に戦略として間違っており、将棋で言うところの「筋悪」な手そのものではないだろうか。

 思えば、「あの戦争」も、資源のない日本が無理矢理領土を広げて資源を確保しようとしたのが始まりではなかったか。戦後その過ちに気づいた日本人は、資源を増やすことを諦め、貿易によって富を増やすという戦略に転換することによって、奇跡の復活をとげた。なのに日本人は、かつての教訓を忘れ、ふたたび資源戦争に乗り出そうというのだろうか。

 最近、サヨク系の人たちが反グローバリズムのあまりウヨク系の人たちと同じ主張をしだすという傾向が見られるが、思えば、大東亜共栄圏とかなんとかいうのだって、実質はともかく、名目上は反グローバリズムの主張だったわけで、だからこそ多くの国民が騙されたわけであろう。どうもそういうことを思い出して嫌な感じがしてしまうのはぼくだけだろうか。

 これはぼくの勝手な歴史観だが、多分、冷戦が崩壊したのは、米ソがにらみ合ってるのを尻目に、アメリカの核の傘を利用して無駄な軍事費を使わず平和な商売に専念して大儲けした日本を見て、米ソがバカバカしくなってしまった(あくまで比喩的にだが)のが一因じゃないかと思っている(^^)。そういう意味で、グローバリズムこそが日本の生み出した世界に誇るべき思想なのであって、日本はこの思想に賭けるしかないと思う。

 そもそも、資源のある国が資源を囲い込もうとしたり資源戦争だとか言い出したりするのはわかるが、日本のような資源のない国は、あくまでそれをさせないような外交努力をし、グローバリズムこそが世界を平和にするのだと世界に訴え、実際にグローバリズムを通じて世界の人を幸せにする努力をしていくのが本筋であろう。

 仮に、そういう努力も虚しく実際に資源の囲い込みが起こったとしても、そうなれば自然に農産物の価格が上昇するはずだから、国内農業の利益率も上昇して、市場原理によって自然に国内農業生産量も増えるだろう。だからいずれにせよ、先回りして先行投資することにそれほど意味があるとも思えないのだが。

 あるいは逆に、少子化対策などやめて、日本の人口を今の半分ぐらいに減らし、名実ともに小国として暮らす道を選ぶという手もあるかもね。まあ、どれぐらいの日本人がそれに賛成するかよくわかりませんが(^^)。

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政治ポジションテスト 外交編

 Yahoo! みんなの政治の「政治ポジションテスト」に「外交編」ができたので、一応やってみた。

あなたは「グローバル指向のハト派」です!

 まあそうでしょう。自分でもそう思ってますよ(^^)。

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