Pyongyang Declarization

 11 月 8 日の NHK スペシャルの「秘録 日朝交渉~知られざる“核”の攻防~」を見ていたら、鳩山首相の国連演説の一部が引用されていて、聞いていたらちょっとずっこけてしまった。

 「平壌宣言」のことを「Pyongyang Declarization」と言ってしまっている。

 「平壌宣言」は「Pyongyang Declaration」 です。Declarization なんて英単語はありません。

 言い間違いかもしれないけど、普段 declaration という言葉を使い慣れていれば、口に出した瞬間に気づくと思うんですけどね。

 NHK もわざわざここをピックアップするなんて意地悪なと思うが、この官邸で公開しているビデオの 14:40 のあたりを聞いてもはっきりそう言っている。 

 ぼくは別に、日本の総理大臣にとって英語力が大事だとはまったく思っていないが、中途半端な英語力をひけらかそうとする態度は見てて恥ずかしく感じる。もっと「ぼくは英語なんてできませんが、それが何か?」という感じで堂々としてればいいのに。

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award-winning はなぜ訳しにくいのか

 英和翻訳を長年やっていると、頻出する語句や成句については訳し方のパターンが確立されてくるものだが、訳そうとするたびにうまい訳が思いつかなくて悩むような言葉もいくつかある。以前に紹介した decompression という単語もそうだった。今回は、award-winning という単語を取り上げてみたい。

 award-winning というのは、見た通り、award と winning を組み合わせた合成語であり、その意味もこの二つの単語の意味から類推される通りである。award は「賞」を意味する名詞、win は「獲得する」を意味する動詞であるから、award-winning は「賞を獲得した」という意味になる。

 この単語がよく使われるのは広告文で、宣伝したい商品や企業を表す言葉を修飾する形容詞として、award-winning product とか award-winning company のようなフレーズの中で使われる。

 このフレーズ、もちろん意味だけを考えれば何も難しいことはない。「賞を受賞したことのある製品」あるいは「賞を受賞したことのある会社」という意味だ。しかし、このフレーズを現実の文章の一部として訳そうとすると、どうもうまくいかないのである。

 実際に例を挙げてみよう。以下は、ある企業のウェブサイトの宣伝文を元にして創作した例文である。

 Foo utility combines the award-winning security technologies from Company Inc., including A, B and C, to provide complete protection for your PC.

 この文を素直に訳せば以下のようになるだろう。

Foo ユーティリティは、カンパニー社の A・B・C といった賞を受賞したセキュリティ技術を組み合わせることにより、PC を完全に保護します。

 でも、こんな広告文を実際に見たことある? なんかひっかかるよねえ。そう。「賞を受賞した」の部分が何かすわりが悪いと思わない?

 少なくとも、ぼくの語感からすると、この「賞を受賞した」は何か気持ち悪くて仕方がない。でも、その理由は必ずしも論理的にうまく説明できない。「賞」の字が重複しているせいだと思うかもしれないが、「受賞した」だけにしたり「賞を獲得した」に変えたりしても、この違和感は解消されない。

 違和感の原因として一つ考えられるのは、受賞した賞についての具体的説明が何もないことである。たとえば、「アカデミー賞を受賞した作品」「権威ある賞を受賞した製品」「数々の受賞歴に輝く企業」みたいな表現ならば、日本のメディアでも腐るほど目にする表現であって、何も違和感などない。

 ただ、award-winning という単語自体には、「権威ある」とか「数々の」という意味は含まれていないから、実際には業界お手盛りのくだらない賞かもしれないし、賞を獲った回数だって一度きりかもしれないのである。だから、何も考えずにこんな風に訳すと単なるウソになってしまう可能性がある。

 仕方ないので、ぼくはこの単語を訳すとき、実際にその広告の対象となっている企業や製品について調べて、それが本当に権威ある賞だったら「権威ある賞を受賞した」、複数の賞を受賞していたら「数々の受賞歴に輝く」などと訳すようにしている。

 また逆に「賞」という言葉にこだわるのをやめて、「賞を獲得できるほど評価の高い」という意味だけ汲み取って、「好評の」などと訳すこともある。いずれにせよ、なんとなくうしろめたい気持ちを抱きながら。

 おそらくマーケティング関係の英文を専門に訳している人は、こんな単語の訳し方はとっくに手法として確立しているに違いないし、そうでなくても単純にぼくが無知・無能なだけということも十分ありえるが、少なくともぼくは、この単語のうまい訳し方をいまだに思いつかないので、恥を忍んでここに晒してみた。

 ひょっとしたら、この違和感の裏には、英語圏と日本の文化差が潜んでいるのかもしれない。たとえば、英語圏では賞はすべて権威のあるものであって、賞をとっただけで十分評価に値するが、日本では賞にはそれほどの権威がなく、より具体的な記述がないとほめ言葉として成立しない、とかなんとか。

 もちろんこの説は単なる思いつきにすぎないが、訳しにくい理由がはっきりとわからないと、上記のような回避方法を選択するにしても今ひとつ自信がもてないので困るのだ。どなたか学のある方が研究してくれないだろうか。

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Caitlin Upton さんの伝説の名回答を訳してみた

 Caitlin Upton さんというのは、2007 年のアメリカ・ミス・ティーン・コンテストで 3 位の次点になった人。この人のコンテストでのユニークな受け答えは、YouTube で世界的な話題となったらしい。ぼくも遅ればせながら視聴してみたのだが、この人の回答は、翻訳の課題としても絶好の材料を提供していると思う。そこでぼくも翻訳にチャレンジしてみた。

"Recent polls have shown a fifth of Americans can't locate the U.S. on a world map. Why do you think this is?"

I personally believe that U.S. Americans are unable to do so because, uh, some, people out there in our nation don't have maps and, uh, I believe that our, uh, education like such as, uh, South Africa and, uh, the Iraq, everywhere like such as, and, I believe that they should, our education over here in the U.S. should help the U.S., uh, or, uh, should help South Africa and should help the Iraq and the Asian countries, so we will be able to build up our future, for our [children].

(摂訳)最近の世論調査によると、アメリカ人の5分の1は、世界地図の上でアメリカの位置を特定することができないそうです。これはなぜだと思いますか?

えー、合衆国アメリカ人にそれができないのは、えーと、わが国のそのへんの人たちが地図を持ってないからじゃないかと、個人的にはそう思うんですが。えーと、南アフリカとか、えーと、例のイラクとか、そこらへん的な感じの、わたしたちの教育的な感じじゃないかと。だから彼らは、アメリカのこのへんのわたしたちの教育がアメリカを助けて、それでえーと、南アフリカを助けて、例のイラクやアジア諸国を助けるべきじゃないでしょうか。そうすれば、(子供たちの)ためになるような未来を築くことができるでしょう。

 筒井康隆的な手法を援用してみたんですが、いかがでしょう。地図うんぬんだけじゃなくて、Americans で十分なのにさらに U.S. がついていたり、like と such as を併用したり、固有名詞の Iraq にあえて the をつけたりしてるところがポイントのようなので、それを強調して訳してみました。

 おっと、こんなことしてる場合じゃないんだよな(^^)。仕事仕事。

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mixi コミュのレベル低下がひどい

 よっぽど mixi に直接書こうかと思ったのだが、熟慮の末こっちに書くことにする(このブログはどうせ mixi にも自動的に引用されるし)。実は、mixi では、翻訳関係のコミュニティにいくつか加入しているのだが、久しぶりにチェックしたら、投稿の質が呆れるほど低下していたのでちょっと驚いた。

 もちろん、こういう英文がわかりませんというような質問をするのは全然かまわない。誰にだってわからないことはあるし、誰だって昔は無知だった。ぼくだって、そういう人たちがお互いに助け合うことこそがああいうコミュニティの存在意義だと思う。

 ただ問題は、その質問の仕方だ。と言っても、もちろん、敬語を使えとかそんなくだらないことを言いたいわけでもない。いや、そういう質問は概して、言葉遣いだけはバカ丁寧だ。

 そうではなくて、最近の質問には、「教えてください」という以外の説明がなにもないのだ。そもそも、どこから採集した英文なのか、なぜその英文を訳さなくてはならないのか、具体的にどこがわからないのか、そういう情報を一切提示しないのである。

 あなたなら、こういう質問によろこんで回答する気になりますか?

 まず、どこから採集した英文なのかがわからなければ、文脈がわからないから適切な訳文を提示しにくい。翻訳関係のコミュに加入している者が、なぜそのくらいのことに気づかないのか?

 また、なぜその英文を訳さなくてはならないのかがわからなければ、協力すべきなのかどうかの判断ができない。極端な話、学校の課題みたいなものだったら、協力すること自体が悪事に加担していることになってしまう。それでなくったって、普通の日本人は英文を訳せないからといって生活に困ることなどないのだから、他人様に助けてほしいのだったら、その理由を説明するのが当然であろう。

 だいたい、翻訳家が集まっているコミュに来て、英文をタダで訳してくれと頼むというのは、商売物をタダでくれと言ってるのと一緒なのである。そういう望みが受け入れられるためには、何か特別な理由が必要だ。たとえば、本人が例外的な窮状にあるとか、公共性の高い目的があるとか。そうでなければ、普段ぼくらの翻訳に対して高い金を払ってくれているクライアントに対する裏切りになってしまうではないか。

 質問者が翻訳家同士の場合には、相互扶助になるからこそ対価を払わないことが許されるのである。ここで相手を助けておけば、将来自分が困ったときには相手に助けてもらえるかもしれない。そういう「困ったときはお互い様」という互恵的な関係にあるからこそ、タダで教えあうという関係が成立するのだ。

 そして、この話にも関係してくるが、具体的にどこがわからないのかの説明がなければ、相手にどの程度の熱意と知識があるのか判定できない。極端な話、英語の知識もなければ今後勉強する気すらなくて、インターネット上の翻訳ソフトで翻訳してうまく訳せなかったところだけを質問している可能性すらある。そんな人に答えだけ教えたって、相互扶助の関係になりますか? 一方的に利用されるだけで終わりですよね。だったら、正当な対価を払ってくださいという話になるんじゃないですか?

 先日も、この手の質問に遭遇したぼくは、試しにヒントだけコメントしてみた。それだって、非常にレベルの低いヒントで、このヒントでわからないんだったら、翻訳家志望なんてやめなさいぐらいのレベルの低いヒントだし、こっちからすれば、ヒントをもらえるだけありがたく思えという感じなのだが、返ってきたのは、「もっと完全に訳せないと困るんです」(何が困るの?)というような答え。

 もうこの時点ですでにぼくは嫌な予感がしていたのだが、ひょっとすると、極めて表現能力が貧困なだけで根はいい人なのかもしれないと精一杯善意に解釈して、「具体的にどこがわからないんですか?」と聞いてみた。すると返ってきたのは「全体的によくわかりません。やばいです」(だから何がヤバイの?)という呆れた答え。

 はっきり言うが、少しでも英語に興味があってわからないなりにも自分で努力した人だったら、「全体的にわかりません」なんていう答えはあり得ない。ぼくは他人の無知には相当甘い方の人間だと思うが、ここまでやる気のなさをあからさまに表すのが当然のように言われたんではお話にならない。

 ここで完全に相手を見放したぼくは、「ぼくは普段ワード単価○○円で翻訳を引き受けています。この英文は○○ワードなので、○○円前払いで送ってくれれば、翻訳を納品します。」(「前払いで」と書いたのはもちろんワザとである。本当に注文が来たりしたらうっとおしいもんね(^^))とコメントしておいた。それに対する返事はなかったが、さらに呆れたことに、数日すると、このトピック自体が消えていた。

 だいたい、コミュにコメントが書き込まれるのは、必ずしもトピ主だけのためではない。いろんな回答も含めた議論がコミュ全体の財産になるだろうと思うからこそ、みんな貴重な時間を割いて回答しているのである。それを本人だけの都合で勝手に消したりするというのも、コミュニティの存在意義自体を理解していないとしか思えない。

(もっとも、コミュ上で商売の勧誘をしていると思われて、規約違反で消されてしまった可能性もあるが、だとすれば、コミュの管理人もあまりにもレベルが低いと思う。こんなに明々白々にイヤミであることがわかるように書いているのにさ(^^)。現に、そのコメントを読んだ人から「私がずっと言いたかったことを言ってくれてありがとうございます!」という共感のお便りまで来たので、ぼくの独りよがりではないと思う(^^)。)

 久しぶりに戻って来たコミュで、そういうことを立て続けに経験したぼくは、はじめて、なぜ他の人がちっともコメントをしなくなったのかに気づいたのだった。おそらく、あまりにもこういう人が多いために、マトモな人はバカバカしくなってみんなコメントするのをやめてしまったのだろう。

 これはある意味、ロングテールの搾取であって、確信犯的にやっている可能性もあると思う。昔雑誌とかによく載っていた、通信販売と同じ手口だ。ああいうのは、騙される率は低くても、非常にたくさんの人の目に触れさせて、分母を極端に大きくすれば、それでも利益を出すために十分の人が騙されるという手法だろう。

 昔は、そういう手法は、マスメディアを利用しなければできなかったのだが、インターネット時代の今では普通の個人がほとんどコストをかけずにできてしまう。つまり、たとえどんなずうずうしい要求でも、非常にたくさんの人に要求すれば、一人くらいはお人好しがいて答えてくれるかもしれないというわけだ。

 もちろん、ぼくだって他人のことをそういう風に決め付けるのは決して好きではないし、中にはマトモな人もいるに違いないと思う。だからこそ、本気で勉強する気のある人や同情すべき事情のある人は、自分からもっとちゃんと状況を説明してほしいと思うのだ。でなければ、上に書いたようなことを疑われても仕方がないよ。本人が説明しないのに自分からいちいち事情を聞きだそうとしてくれるほどヒマな人はそうそう多くはないのだから。

(っていうか、なんでこんなことイチイチ説明せにゃならんのですか。。。)

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数え方の辞典

  数詞に「助数詞」をつけるというのは、英和翻訳に必須のテクニックだ。「助数詞」というのは、数を表す言葉の後に付加する「つ」「個」「匹」「羽」などのこと。英語には基本的に助数詞がないので、ビギナーは英和翻訳のときに助数詞をつけるのを忘れがちだし、忘れないにしても、前に来る言葉を無視してなんでも「個」にしてしまうといったミスをしがちだ。

 いや、他人のことばかりは言えない。一応プロを自称しているぼくだって、助数詞の選択が重要だということは重々承知していても、とっさに適切な助数詞を思い出せないことはよくある。だから、助数詞を調べるための辞典のようなものがあればよいな、ということはかねてから思っていた。

 そんなわけで、インターネットで偶然「数え方の辞典」という本の存在を知ったときには、ほとんど悩むことなく注文した。

数え方の辞典  内容は、普通の辞書と同じような感じで名詞があいうえお順に記載されていて、特定の名詞を引くと、その名詞にふさわしい助数詞がわかるという方式。たとえば、「ビル」を引くと、

数えるもの 数え方 数え方のポイント
ビル 棟、軒、本 小規模なものは「軒」で数えます。超高層ビルなど、遠くから見ると細長く見えるものは「本」でも数えます。→建物


のような記載がある。この部分が約 300 ページぐらいあって、かなり多くの単語(4600 語)に対応する助数詞が、機械的に検索するだけでわかる、というのがこの本のいいところだろう。

 さらに巻末には、「助数詞・単位一覧」というのがあって、各助数詞ごとにさらに細かい説明がある。たとえば、「棟」だったら、

とう[棟] 1.「棟」は、家の頂上を通す棟木を表し、建物や家屋を数えます。「むね」とも読みます。人が生活していない離れの小屋(手洗い所・書庫・物置)や車庫なども数えます。→棟 →軒

 のような記載がある。この部分が約 100 ページあって、たいていの助数詞はここに載っているので、自分の選んだ助数詞が適切かどうかを調べるのにも利用できる。

 著者の飯田朝子氏は、助数詞の研究がご専門らしく、ホームページでも「数え方クイズ」などを公開している。監修はかの町田健氏だが、こちらは知っている方も多いだろう。ぼくも生成文法の解説本などでお世話になったことがある。

 たぶん、この本から一番恩恵を受けられるのは翻訳者ではないかと想像するが、一般の方が文章を書く際にも役立つのではないだろうか。そういえば、本業ネタを書いたのがずいぶん久しぶりだということに今気がついた(^^)。

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粋に感じる?

 大阪府知事の橋下さんが女性職員に「あんた」呼ばわりされたという例のニュースを YouTube で見ていて気になったのだが、橋下さんがその女性について「ぼくはいきにかんじましたね」とか言っているのを、その番組では「彼女は粋に感じましたね」とテロップを当てていた。これはどーみても「意気に感じましたね」の間違いだろ(^^)。ひょっとして、今の子は「意気に感じる」という表現を知らないのかな。

 これは類語辞典だけど、「意気に感じる」というのは、

http://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%84%8F%E6%B0%97

意気に感じる:
(~に)熱く共感する ・
肝胆相照らす ・ (~の志に接して)燃える ハッスルする ・ (いたく)刺激される やる気になる ・ (演説を聴いて)しびれる

 一方、「粋」というのは、

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BF%E8&kind=jn&mode=0&base=1&row=0

(1)気性・態度・身なりがあか抜けしていて、自然な色気の感じられる・こと(さま)。粋(すい)
野暮(やぼ)
「―な格好」「―な作り」
(2)人情・世情に通じているさま。
野暮
「―な計らい」
(3)遊里・遊興に精通していること。また、遊里・花柳界のこと。
「―筋」
(4)いろごとに関すること。

という意味であるが、文脈から考えて、橋下さんはあの女性に自然な色気を感じて「粋だねぇ~」と言いたかったわけではないと思う。たぶん(^^)。

(追記: ただ、上の辞書にもあるように、「粋」は「意気」から転じた言葉らしいので、それを知っててわざと書いている逆の意味で教養のある人もいるのかも知れない(^^)。)

 それにしても、昔はこういう言葉遣いにしてもなんにしても、テレビでやってるんだから正しいのだろう、などと鵜呑みにしていたものだが、最近はうっかり聞き流しているととんでもない間違いが混じっていたりするので油断がならない。また、ぼくのような一般人よりはるかに教養がおありになるはずのコメンテータの方々も同じビデオを見てるはずなのだが、何もツッコミを入れていなかったのも不思議。

 ところで、実を言うと、会社員時代はぼくもこういうことにうるさかった。ある会社では、就業時間後に社外から講師を呼んで研修みたいなことをすることが多かったのだが、出席しろとうるさく言われるわりには残業代は出ない。それを理不尽だと感じたぼくは「残業代が出ないなら出席する義務はないでしょう」とか社長に直談判してみた。すると社長の返事は「確かに義務ではないけど、出たほうがためになると思うぞ」みたいな感じ。じゃあいいやと思って問答無用で帰ってしまったことが何度かある。まだ 20 代の若造のぺーぺーのころからそんなクソ生意気な人間だったのである(^^)。 橋下さんが上司だったら、粋に、じゃなかった、意気に感じてくれるかな(^^)。

 これは前にも書いたような気がするが、ある会社の入社試験の面接で「デートの予定がある日に突然残業を頼まれたらどうしますか」と言われて「ケースバイケースです」と答えてしまったこともある。これも自分としてはかなり妥協した答えのつもりだったのだが、後で調べえると、やっぱり言ってはいけないことらしかった(^^)。

 まあでも、一応言い訳しとくと、仕事はちゃんとしてたんですよ。残業月 100 時間オーバーなんてしょっちゅうだったし。もっとも、残業代もきっちり貰ってましたが(^^)。


追記: これは、「武勇伝」をひけらかしているように感じる人もいるかもしれないが、本人の意識としては、むしろオリエンタルラジオ的な意味での「武勇伝」として書いてるつもりである(^^)。わかる人にはわかると思うが、ぼくは勇気があるというよりも、むしろ、空気や力関係を読む能力に重大な欠損があるのである。こういうことが平気でできてしまうのはそのせいであって、本人としては、別に勇気をふりしぼってる意識はないのである。いわば、SF に出てくる痛覚を麻痺させられた兵士みたいなもんで、見方によっては危なっかしいことこの上ない存在だと言えよう(^^)。

 あと、ぼくは社会的に地位のある人や目上の人には平気できついことを言えるのだが、そうでない人が相手になるととたんに弱気になる傾向がある。これもいいように言いすぎかもしれないが、それはたぶん、自分が傷つくことよりも相手を傷つけてしまうことを怖れる傾向があるせいだと思う。また、女性や子供にも弱いが、これは小学生の頃に同級生の女の子を泣かせてしまったことによるトラウマだと思う(^^)。そんなわけで、ぼくは基本的には気のよわーい人間なので、勘違いしてあんまりイジメないでほしい(^^)。

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YouTube とレズビアン

 昨日の「英語でしゃべらナイト」では、なんと、かの YouTube の創始者スティーブ・チェンと、レズビアンを正面から取り上げて話題となった「L の世界」というドラマで主演したジェニファー・ビールスにインタビューしていた。

 NHK だから当たり障りのないことしか聞かないのかな~、と思っていたら、YouTube での違法行為の話とか、レズの話とかも、ちゃんと聞いてましたよ。NHK さんもなかなかやりますなあ(^^)。

 ちなみに、ジェニファー・ビールズにインタビューしたのはなぜか川島なお美で、英語はそこそこうまかったけど、自分だったらあんな役は引き受けないとか言っちゃったり、自分のフィアンセについてのろけたりとかして、内容はワリとグズグズだった(^^)。

 スティーブ・チェンは、インターネットの将来について鋭い予言とかするのかな~と思って観ていたら、まさか YouTube がこんな使われ方するとは思わなかったとか正直に言っちゃってて、ワリとふつーの兄ちゃんだった(^^)。

 興味のある人は再放送でもチェックしてみてくださいな。

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LibraryThing 日本語版用のブックマークレットを作ってみた

 LibraryThing 日本語版用のブックマークレットがなかったので作ってみました。

 LibraryThing に追加

 上のリンクをツールバーなどにドラッグすればOK。 

 今時間がないので、詳しい説明は省略。わかる人にはわかるよね(^^)。

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Town of Evening Calm, Country of Cherry Blossoms

Town of Evening Calm, Country of Cherry Blossoms  「夕凪の街桜の国」がいつの間にか英訳されていたんですね。英題は「Town of Evening Calm, Country of Cherry Blossoms」。そのまんま、という感じですが(^^)。

 書評などでもなかなか好評なようです。

ざっと読んでみたけど、みんなわりとこの作品のポイントをわかってくれてるみたいで安心しました(^^)。

 映画のほうはまだ未見ですが、どうでしょうか。あの絵の美しさをどう実写に置き換えるかがポイントなんでしょうけど。

(吉永さんのコメントはちょっとはずしてませんか? 失礼ですが、たぶん原作読んでないんじゃないかなあ? 少なくとも、読んでからコメントした方がいいよね。読んでこのコメントだったら、ちょっと感性を疑うというか、上記のアメリカ人たちに比べても読解力がないと思ってしまうなあ。このコメントを掲載した人はそう思わなかったのだろうか。。。(^^)

 上で紹介した David Welsh 氏も書いております(^^)。

The incalculable individual cost of the bombing of Hiroshima has been handled in drama and documentary, and one can’t argue that the act of examining that kind of horror is automatically a virtuous or courageous act. The critical element is any given work’s ability to move its audience.

 どんな芸術を鑑賞しても、ステロタイプな政治的なインプリケーションしか読み取れないのでは、芸術家として失格じゃないですか? とか言われちゃうぞ~(^^)。)

(追記: 舞台挨拶でも吉永さんのコメントを読み上げたらしいけど、真面目な話、あんまり反戦映画みたいな宣伝をしない方がいいと思うぞ。そもそも、そんな大雑把な表現はこの作品に対する冒涜でしかないし、こんな繊細な世界を作り上げた作者に対しても失礼だし。営業面でいったって、反戦映画なら見ようという人と、反戦映画ならいいやと思う人とどっちが多いかも微妙だろうし。だいたい、反戦映画なら見ようなどという人は、真にこの映画を観るべき人ではない。むしろ、そういう余計な先入観のない人や、先入観にとらわれない知的誠実さや柔軟な感性を持った人こそが見るべき映画なのに。)

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またノートパソコンが壊れた

 ひえ~、またノートパソコンが壊れた~(T_T)

 なんで忙しいときに限って壊れるのか。。。(;_:)

 もう泣けてくるよ~(涙)

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断言しない勇気

 仕事の関係で入手した、某外資系大企業のスタイルガイドを読んでいたら、こんなことが書いてあったので目の玉が飛び出そうになった。

The following shows ~(の訳)

は次のとおりです、次に~、次の~

注: 「以下」は、基本的に使用しない (ページの構成により、対象が「以下」の位置ではなくなることがあるため)

いやいやいやいや、ちょっと待てよ(松っちゃん風)。「以下」ってそういう意味じゃないだろう?  じゃあなにか? お前は縦書きの本に「以下」って書いてあるのを見たことないのか? 横書きの本は「以下」で、縦書きの本は「以左」になってたとでも言うのか? そんなわけないだろ!(^^)

 念のために辞書を引いてみると、やっぱりこう書いてある。

(文書などで)そこからあとに述べること。そこからあと。

(大辞林 第二版)

それ(そこ)よりあと. 

(三省堂 デイリーコンサイス国語辞典)

 つまり、以下というのは、あくまで前後関係であって、物理的・空間的に上か下かという意味ではないのである。普通はページの構成を変えたって前後関係までは変わらないから、「次」と「以下」の間にそういう意味での差があるわけもない。

 ところが、こういうのが困りもので、ぼくのような一下請け業者がいくらこれは間違っていると言っても、その声が某外資系大企業にまで伝わって、彼らがスタイルガイドを書き直すという確率は決して高くない。そして、これほどの大企業がスタイルガイドにそう書いてあれば、それを鵜呑みにして本当だと信じてしまう奴が必ず出てくる。あげくのはてに、オレの方が間違ってると言われて仕事切られたりするのである (^^)。

 コピペ文化全盛時代になってからというもの、こういう現象はちょくちょく目にするが、なんとかしてほしいものだ。何、そういうバカにならない方法なんて簡単なのである。このブログでも何度も書いているけど、確信のないことは断言しなければいいのだ。逆にもし断言したいならば、それなりに二重三重にチェックして調べればいいのだ。要は、自分の確信度に合わせて、表現の確信度も変えればいいだけのことである。

 こっから先は印象批評になるが、だから真の問題は、なぜ今の世の中、確信もないことを断言したがるヤツがこんなに多いのか、ということだろう。先日書いた、質問をしない若者という話にも共通するが、今の人は無知だと思われることを恐れすぎじゃないかという気がするのだが、いかがであろうか。まあ、ぼくみたいに露悪的なヤツも別の意味で問題だとは思うけど (^^)。

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横文字の多用について

 せっかく地デジの工事の人が来てくれたのに、部屋の片づけが間に合わなくて、一日延期してもらった不届き者の studio-rain です (^^)。

 歳のせいかもしれないが、最近のネット上の議論を見ると、そんなの昔から言われていることじゃん、みたいに感じることが多い。しかも、昔の議論よりも少しでも進んでいればまだよいが、そこからさらに一歩後退したところから議論が始まっていたりするのでイライラする。

 もっとも、自分の若い頃を考えても、昔の哲学者がさんざやっていたような議論を何倍にも劣化させたような議論を、さも深遠で本質的な議論であるかのように思い込んで友達同士でやっていたりしたのだから、人のことは言えないのだろう (^^)。

 ただ、今の時代には、そういう友達同士レベルの議論までがネット上に公表されてしまったりするから、昔の自分のことを忘れてしまったおじさんたちが勝手にそれを覗き見て、「今の若者ってひょっとして○○なのでは?」みたいに思ったりするというすれ違いが起こりやすい、ということは言えるのかもしれない (^^)。

 この「横文字多用はコミュニケーション下手? 「ひろゆき」ブログに賛同者多数」という記事もそうで、ぼくのようなおじさんからすると、今更という感じのする議論だし、この四條さんという方の言っているように、そんなことは一律に言える話じゃないという結論につきるのであるが、いくつか思いついた論点を補足しておきたい。

 一つは、横文字の多用というのは、必ずしも自慢したくてしているとは限らない、ということ。これは、ぼく自身が洋書を読むようになってはじめて気づいたことだが、洋書から直接専門知識を吸収する機会が増えると、いちいち専門用語の日本語訳を調べるということが、だんだん面倒になってくるのである。また、新しい述語には、定訳の定まっていないものも多く、そういう述語にわかり易い日本語訳を与えるというのも、それほど簡単なことではない。

 もちろん、ちゃんと日本語訳を調べて(あるいは考えて)書いた方がわかりやすいのは事実なので、横文字の残る文章を書く人は不親切だとは言えるが、必ずしもそこに自慢するという意図があるとは限らないのである (^^)。

 ぼくも昔は、横文字を多用する学者の文章とかを読むと、「なんで日本語で書かねえんだよ。英語を知ってることを自慢しやがって。けっ」とか思っていたクチなのであるが (^^)、今では、この「自慢しやがって」というのは偏見である可能性もあると思っている。そのへん、洋書をあまり読まない人は気がつきにくいのではないかと思う。

 もう一つは、横文字に対する意識過剰という問題は、聞く側にもあるのではないか、ということ。これは、ぼくの身の回り数メートルの経験論にすぎないので、どこまで一般化できるかわからないが、ぼく個人はむしろ、最近の子は、自分が知らない言葉を聞かされても、さも知っているかのようにフンフンとうなずいて聞く子が多くて困るというイメージを持っている。

  ばく自身は、知識の多寡に重きをおく人間ではまったくないので、ぼくが横文字を使っているときには、単に専門用語を知っている同士なら専門用語を使ったほうが効率的に伝達ができるからか、あるいは、単により適切な言い回しを思いつかないからか、あるいは、専門用語を無意味に多用する人間に対するイヤミとしてわざと使っているか (^^)、ぐらいのことが多い。

 知っていることを自慢したくて使うということもないではないが、それはむしろ、知っている人間同士が「おお同士! あなたもあの本読みましたね?」みたいに共感し合うことが目的なのであって、知らない人間を馬鹿にしたいということではあまりない。

 だから、聞いててわからない言葉があれば、素直にそういってくれれば、わかりやすく言い直したり説明したりする気は人並み以上にあるつもりなのである。そういう相手に対しても、わからなくても質問しないというのはなぜなのか。この場合、横文字を知ってるとか知らないとかいうことに、過剰な意識を持ってるのは、むしろ聞いている側の人間ではないのか。

 もちろん、先輩同士のミーティングに一人だけ参加している新人とかだったら、進行を妨げないために、質問を控えるという配慮をするのもわかる。でも、ぼく一人が講師役で、若い人数人に対して何かを教える、というような場でもそうなのである。これはおかしいのではないか?

 話す側が相手の知識に合わせるという努力も大事だけれども、これだけ世代ギャップの大きい時代に、相手が何を知っていて何を知らないかを完全に予測することなど不可能である。ぼくらの世代から見ると、いまの若い子は、ある面では驚くほど知識があり、またある面では驚くほど知識がないと感じる。そのパターンも人それぞれで予測がつかない。

 上の話とはまったく逆だが、若者に対して何かを一生懸命説明したら、そのときはフンフンと感心して聞いていたのに、後で聞いたら、そんなのは全部最初から知ってました、みたいに言われてズッコケたこともある (^^)。こっちからすると、わかってんならそう言えよ、そうすれば、もっとレベルの高い話をしたのに、と思うのであるが、若者的思考だと、せっかくこっちが一生懸命しゃべっているのだから、知っていても知らないフリをして感心して聞いてあげるのが気配りだ、ということになるらしい。ぼく的には、なんかずれた気配りだとしか思えないのだが (^^)。

 言うまでもないことだが、コミュニケーションというのは共同作業であり、報酬をもらって話をする教師や塾の講師とかならともかく、同僚同士の話とかだったら、聞く側だって少しは努力した方がいいのではないだろうか。その方が、結局は全体のコストの節約になるのだから。

 実は、ぼくの本業の翻訳論においても、カタカナ言葉をどう使うかというのは大きなテーマの一つなのであるが、ここでも、必ずしも使わなければ使わないほどいい、とは言えないのである。

 一例を挙げれば、マーケティング系の文章がある。広告用のリーフレットなどの場合、原文自体にバズワードを多用してあって、バズワードで眼晦ましをかけようという意図がみえみえの文章がある。異論もあると思うが、ぼくは、このような文章の場合、カタカナ言葉を多用してなんか新しそうに見せるという翻訳こそが、原文の意図を正しく反映した翻訳だと思っている。

 だから、ぼくがそういう文章を訳すときには、必要以上にカタカナ言葉を多用するようにしている。もっとも、やっていてなんかむなしくなるので、ぼく個人の嗜好からすれば、そういう仕事はあまり好きではない (^^)。しかし、だからと言って、そういう文章をカタカナ言葉を使わずに意訳するというのは、職業倫理として正しいとは思えないので、我慢して軽薄な広告文を意図的に真似て訳すようにしている。

 ぼくは、弁護士にとって、たとえどんなに共感しがたい凶悪犯でも、全力で弁護するのが職業倫理であるように、翻訳者も、どんなに自分の思想信条に合わない文章であっても、著者の意図を全力で汲み取ってそれを反映して訳すのが職業倫理だと思っている。文章が正しいか間違っているかを判断するのは、翻訳者ではなく、読者の役目なのである。もっとも、出版翻訳で訳者も印税をとっている場合には、ちょっと事情が違うような気もするが。

 ちなみに、SF 翻訳の大家であった故矢野徹氏は、「悪文は悪文に訳すべきである」と言っていた。ぼくも今になってその意味がよくわかる気がする。

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ユニテック、用語集に載る(^^)

 このブログのログをチェックしてて発見したんだけど、ぼくも何度か書いたユニテックという翻訳会社が、ついにアクトワードさんの用語集にまで載ってしまったようです (^^)。

 記述内容はだいたいあってますけど (^^)、所在地は板橋区じゃなくて世田谷区だったのでは(少なくとも登記上はそうなってる)? あと、「社長野口と社員山内が結託して」と書いちゃってますけど、これは向こうの公式見解とは違っているような (^^)。いや、その疑いは濃厚だとぼくも思ってますけど (^^)。

 最近また変な情報をいろいろ入手してるんだよね~。正直もうこれ以上あいつらに時間とられたくないんだけどさ~、でも、まだまだ被害に会ってる人いっぱいいるみたいなんだよね~ (^^)。どうしようかな~。

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伸長、展開、復元、解凍…

  翻訳をしていると、何度訳してもなかなかしっくりと日本語に訳せない言葉というのがいろいろとあって、IT 分野で頻出する decompression という単語もその一つ。この言葉はもちろん、compression の逆を意味するわけだが、compression の方は「圧縮」がほぼ定訳になっているのに対し、decompression の方は、「伸長」「復元」「展開」「解凍」などさまざまな訳語があって、かなり恣意的に使い分けられている。

 なぜこんなにいろんな訳語が使われているのか、自分なりに考えてみると、どうやら、もともと decompression という単語には、

  1. 小さくなっていたものを大きくする。
  2. 変換されていたものを元に戻す。
  3. 書庫ファイルから複数のファイルを取り出す。

という微妙に異なるニュアンスが含まれており、文脈によって、どの意味に重点が置かれるかが変わってくるかららしい。

 たとえば、動画や音声のmpeg 圧縮などを decompression する場合には、1 のニュアンスが強いので「伸長」という訳語が似合うが、 ZIP などの圧縮ファイルを decompression するという場合には、2 や 3 のニュアンスが強いのでむしろ「展開」や「解凍」という訳語が似合う、といった具合だ。

 整理してみるとこんな感じだろうか。

1 の意味

2 の意味

3 の意味

伸長

×

×

復元

展開

解凍

×



これを見れば、どれをとっても帯に短し襷に長しで、どんな文脈でも安心して使える訳がない感じがわかっていただけると思う。

 参考までに、インターネット上にはどんな意見があるかも、少し検索してみた。

  • ちなみに 圧縮 の反対語でテクニカルタームとして用いられるのは伸張という語が一般的です。(AOLブログトーク
  • 「解凍」とは直感的には分かりやすい言葉だが,これは本来「冷凍」したものを常温に復元する事を意味し,圧縮したものを元に戻すのは「膨張,伸長,展開」などの言葉を使うべきであろう。(聖泉大学情報社会学科・田中三千彦氏の公開講義
  •  英語だと、 圧縮 は「 compression 」、解凍は「extractionかdecompression」ですから、「解凍」ではなく「展開」、「伸張」と言うべきだという意見もあります(Microsoftは「展開」という表現を使っています)。(ひとりで使うPC

 うーん、さっきも書いたけど、確かに純粋なデータ圧縮の場合には「伸長(もしくは伸張)」でもいいと思うんですけど、複数のファイルを圧縮してアーカイブ化したものを decompression する場合に、「伸長」と言ってしまうと、そのままでは読めないファイルが元のファイルに復元されると言うニュアンスや、一つのファイルから複数のファイルが生成されるというニュアンスは、ほとんどなくなってしまうんですよね。だから、必ずしも手放しで褒められる訳ではないと思うんです (^^)。

 そーか、そうだったんですか。でも、圧縮ファイルの decompression を指す言葉としては、イメージが沸くいい訳だと思うんですよね。ただ、逆に純粋なデータ圧縮にあてはめると、縮んでいたものが大きくなると言うニュアンスがまったくないので、なんかピンとこないわけです。(水だったら、解凍すると体積は減っちゃうわけだし (^^))

 ちなみに、JIS を見てみると、

やっぱりバラバラやんけ!

 というわけで、私の結論: decompression の訳は、文脈によって使い分けるべし (^^)。

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佐藤信夫再読

レトリック感覚 思うところあって、故佐藤信夫氏の「レトリック感覚」「レトリック認識」「わざとらしさのレトリック 」「レトリックの記号論」を再読。なぜこの四冊かというと、たまたま以前からウチの本棚にあったからである。最初に買った「レトリック感覚」は講談社文庫版で、奥付を見ると「昭和 61 年 3 月 15 日の第一刷」となっている。だから、最初に読んだのはかれこれ 20 年も前だということになる。

 そんなわけで、20 年ぶりの再読だったわけだが、改めて名著だと再認識した。もちろん、当時読んだときもよい本だと思ったのだが、今になってみると、当時はまだまだ全然ちゃんと読めてなかったなあと感じるところが多々ある。

 特に感じたのは、佐藤氏のレトリック論は、実はきわめてポストモダン的だったんだなあということである。まあ、佐藤氏はバルトの「モードの体系」などを訳した人でもあるのだから、ポストモダンの影響を受けているのは、ある意味当たり前といえば当たり前なのだが、当時のぼくは、まったくそういうふうに捉えていなかったのだ。

 これは、ぼくが幼くてそういう論壇の事情などといったものに疎かったということもあるが、佐藤氏自身の文章のスタイルが、そういうことを匂わせなかったことも大きい。実際、佐藤氏の持つ学識からすれば、バルトその他を引用したり、デノテーション、コノテーション、ディスクールなどといったポストモダン/ニューアカ・ジャーゴンをちりばめたりして読者を煙に巻くといったことは、いとも容易だったはずである。

 にもかかわらず、佐藤氏は、用語系も伝統的な修辞学のものを踏襲し、表現もできるだけ平易なものを使い、考え方としてのみ、ポストモダン的なエッセンスをもりこむようにしている。「記号論」所収の「金で買えると言う意味」などというエッセイもそうで、ここでも佐藤氏は、お金を記号とみなすという、当時流行のソシュールの主張を紹介しつつも、それとは一線を画す独自の論を張っている。

レトリック認識 佐藤氏がそのようなスタイルをとらなかった理由が、学者としての美学なのか処世術なのかは定かでないが、そのおかげで、この本は、ぼくのようなど素人でも気軽に読めるような間口の広さと、20 年たっても古びない普遍性を持つことができたことは間違いないだろう。

 だから、このような本を読んでつくづく感じるのは、たとえモダンであろうとポストモダンであろうと、単に流行にのって踊っていただけではなく、佐藤氏のように自分の頭できちんとものを考えていた人の仕事は、やっぱり時代を超えて残るのだなあということである。

  ぼくは普段、ポストモダン的な思想に対して批判的であることが多いが、その態度は、世代的な経験からくるところが大きい。ぼくらの世代は、10 代の多感な時期にニューアカ/ポストモダン・ブームを経験し、20 代でオウム事件や「ゴー宣」ブームを経験した、つまり、ポストモダンから入ってモダンに回帰した世代である。

 そのため、ポストモダン的なものに対しては、いい意味でも悪い意味でも思い入れが強すぎるところがあって、実は他のどの世代よりもポストモダンの影響を強く受けているくせに、単に「モダンはダメダメ」とか言うだけで、何の対案も示せないような人たちには、反射的に反発してしまう傾向があるのだ。

(ちなみに、これはぼくと同年代の思想家・評論家の多くに共通する特徴でもあると思う。ご本人にとっては不本意かもしれないから、名前を挙げるのはやめておくが)。

レトリックの記号論 しかし、素直になってよく思い返してみれば、ポストモダン的な仕事の中にも、佐藤氏の仕事のように、単にモダンを否定するなどというレベルを超えた、ぼくらの思考の血肉となって残ったものもたくさんあったはずなのである。そういう意味で、ぼくは、誰かさんのように、「80 年代はカスだった」というふうに切り捨てる気には、必ずしもなれない。

 最近の若い子を見ると、そういうポストモダン的な素養がほとんどなくて、単にベタにモダンな人が多いように見えて、それはそれで問題だなあという気もするのである。その一方で、ポストモダンの劣化コピーみたいなスピリチュアルなんちゃらとかオカルトとかに惹かれる人も多いようで、なんか両極端に二分されてるような印象がある。これは、前の世代に対する過剰な順応と反発の現われなのかもしれないけれど。

 まあ、若者なんていつの時代もそうかもしれなくて、ポストモダン・ブームにはまっていたころのぼくらだって、年長世代から見たら、きっとすごく危うく見えたに違いないんだよね (^^)。だからまあ、これはそれこそ、坂道で踏むブレーキみたいなもので、大多数の若い子には無視されることを覚悟で言っているわけだけど、そういう若い子には、こういう良質なポストモダンの成果というものを、少し味わってみてほしいなあと、最近ちょっと思うようになってきたのだ (^^)。

 ちなみに、「感覚」と「認識」は、レトリック全般について体系的にのべた本で、「わざとらしさ」はレトリックを多用する作家数人についての作家論、「記号論」はすこしくだけたエッセイ集(と言っても、作家の書くエッセイよりはもちろん理論的だが)という感じ。だから、言葉の仕事に関わる人は、「感覚」と「認識」だけでも読んでおくといいんじゃないかな。

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WhiteSmoke の謎

 WhiteSmoke というちょっと面白いソフトを発見しました。英文スペルチェックソフトにちょっと似ていますが、スペルだけではなく文法(三単現の s がついてるか、みたいな)のチェックもしてくれる上に、「emrichment」、すなわち、文書中の形容詞や副詞を置換して、文章をよりプロっぽくかっこよくしてくれるソフトです。

 ベンダーのホームページにある Flash かなんかでできたアニメーションのデモを見た瞬間、「これはいい!」と思いました。だって、ぼくが英文メールを書くときにも、いつもコロケーション辞典を引いたり、ビジネスレターの文例集を見ながら、この名詞に合う形容詞はどれか、この動詞に合う副詞はどれか、いちいち調べながら書いていますからね。それとまったく同じことを自動でやってくれるなら大助かりと思ったからです。

 ところが、実際に試用版をダウンロードして使ってみてガックリ。まあ、機能自体は期待していた通りのものだったのですが、遅すぎる! 別のアプリケーション(メーラーなど)の中でテキストを選択して F2 キーを押すと WhiteSmoke のウィンドウが開くようになっているのですが、開くまでに数分(数秒の間違いじゃないですよ)かかります。これなら、自分で辞書引いた方が早いよ。

 この手の処理には大量のデータが必要なはずですが、インストールサイズは数 MB 程度なので、おそらく、インストールされているのはクライアントだけのソフトで、実際の処理はインターネット上のサーバーで行っているものと思われます。でも、それならそれで、「現在サーバーと通信中です」みたいなメッセージを出せばいいものを、考えてるんだか暴走してるんだかわからないような状態で数分間待たされるわけです。しかも、その間は呼び出し元のアプリケーションまでロックされて使えなくなってしまう始末。

 ユーザーインターフェースのデザインも、一昔前の感覚で、いまどきのビジネスソフトでは考えられない野暮ったさ。まあ、ベンダーはイスラエルの企業らしいので、欧米とはセンスが違うのかもしれませんが。CNET の紹介記事によると、5万人も顧客がいるらしいのですが、信じられません。

 アイデア自体はいいと思うのに、惜しいなあ。ひょっとしたら、ぼくがテストしたときたまたまサーバーの負荷が高くなっていたのかもしれないし、これから改善されるのかもしれませんが。(もし間違ったことを書いてたら、プロフィールのメールアドレスからメールで指摘してくださいませ。)

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PC-Transer で TM に対訳文を一括登録する方法

 ウチで使っている PC-Transer という翻訳ソフトで、ある裏技のようなものを発見したので、メモしておきます。バージョンは、PC-Transer 翻訳Studio II です。

 通常、PC-Transer で TM に対訳文を登録するには、対訳文を一つ一つ選択して、手作業で登録しなくてはなりません。もちろん、いくら機械翻訳と言っても、まったく人の手で修正する必要のない場合はほとんどないし、逆に TM と完全一致している文であれば、その文はもともと TM に登録されているということなのだから、普通の使い方なら、これで問題ないと思うかもしれません。

 けれども、特定の対訳ファイル内の対訳文をすべて一括して登録したい場合もあるのです。たとえば、

  • 手作業で翻訳を修正した後で、登録操作を行うのを忘れてしまった場合。
  • 原文と機械翻訳の相性がよくて、あまり修正する必要がない場合。
  • なんらかの理由(多くは実験的な)で、機械翻訳のままで TM を作りたい場合。

 このような場合でも、PC-Transer には、特定の対訳ファイル内の対訳文をすべて一括で TM に登録する機能が見当たらないので、これまでは手作業で一つ一つ登録していました。

 ところが、この問題が実に簡単に解決できることに気づきました。インポート機能を使えばよかったのです。PC-Transer のインポートでは、当然のことながら対訳ファイルからのインポートをサポートしていますから、対訳ファイルをそのまま保存して、インポートしてしまえばよかったのです。

 わかってしまえばバカみたいに簡単なことですが、ぼくはこれでずいぶん長いこと悩んでいたので、他の方のお役に立つかもしれないと思うので、ここに書いておく次第です。え、そんなことに気づかないのはお前だけだって? や、やっぱし? (^^)

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VNC による家庭内シンクライアントの勧め

 パソコンでの翻訳作業に関して、以前から悩んでいたことがありました。それは、参考資料をどうやって表示するかということです。 翻訳対象の文書自体は、もちろん作業用の PC の画面に表示するわけですが、文書を翻訳ソフトや翻訳支援ソフトに取り込むと、元の文書のレイアウトは再現されないことが多いので、元のレイアウトを確認したい場合には、印刷イメージのに近い形で表示できる WYSIWYG のソフトでも文書を表示したいわけです。あるいは、元の文書に関係する別の参考資料を見ながら作業したいこともあります。

 このような場合に、参考資料を表示する方法としては、次のようなものが考えられます。

  1. 翻訳対象文書と同じ PC の同じディスプレイの中に表示する
  2. デスクトップを拡張し、ディスプレイを増設して、翻訳対象文書と同じ PC の拡張ディスプレイに表示する
  3. 翻訳対象文書とは別の PC のディスプレイに表示する
  4. 文書をプリントアウトして閲覧する

 1の場合、全画面表示ではウィンドウを切り替える手間が生じますし、ウィンドウを小さくして並べて表示すると、画面上の作業領域が狭くなってしまうのが欠点です。2の場合、画面上の作業範囲は広がりますが、PC 上のメモリその他のリソースはニ文書分とられるので、画面を切り替えてスクロールなどをするたびにメモリスワップが起こって余計な時間をとられる可能性があります。3の場合、PC 上のリソースの負担は分散されますが、画面を操作したい場合に、操作中のキーボードやマウスからいったん手を離して別のキーボードやマウスに移動しなければならないので、作業効率が悪くなりますし、翻訳文書中の特定の単語を検索したい場合などに、コピー&ペーストを行うこともできません。4の場合、特定のページに移動するのに手間がかかりますし、単語を検索したりすることもできません。

 というわけで、どの方法も帯に短し襷に長しだなあとずっと思っていたのですが、先日、このような問題をすべて解決する素晴らしい方法を発見しました。それは、LAN で接続された別の PC に表示して、VNC を使って表示・遠隔操作することです。

 この方法なら、アプリケーション自体は別の PC で動いていますから、ウィンドウを切り替えてもそれほどリソースはとられませんし、ウィンドウを切り替えるのが嫌なら、別の PC の画面をそのまま見ることもできます。また、画面の操作もキーボードやマウスから手を離さなくてもできますし、翻訳対象文書からのコピー&ペーストももちろん可能です。つまり、先にあげた問題点のすべてが見事にクリアされるのです。

 この方法を試してみてつくづく思ったのは、こんな簡単なことを、なぜ今まで思いつかなかったのかということ。デスクトップとノートブックは前から LAN でつながっていましたし、VNC というソフト自体の存在も数年前から知っていて、折にふれて使っていたのに。

 考えてみると、やはり、いろんな固定観念が邪魔していたんですね。

  • ネットワーク間での情報転送は遅い
  • ビットマップ転送は必要なところだけを再描画するより遅い
  • リモート操作は、離れた場所にある PC 間で使うものだ

 ぼくはインターネットならモデムの速度が 9800 bps ぐらいの時代から使ってますし、イーサネットだって昔は 10BaseT、つまり 10 Mbps が最高速度でしたから、ネットワークというのはボトルネックになるという意識が染み付いてるんですね。だから、ネットワーク経由でビットマップ転送を行うようなソフトが速い訳がないという先入観がありました。でも、今では無線 LAN ですら 50 Mbps 出る時代ですからね。

 また、ぼくはグラフィック関係のプログラミングを専門にやっていたので、グラフィック関係の処理は計算量を食うというイメージが頭に染み付いているんですね。ぼくが初めて書いたグラフィック関係のプログラムは、BIOS の点を描画するという機能を呼び出して長方形を描くというもので、当時は PC 自体が遅かったせいもありますが、長方形 1 個描くのに何秒もかかったものです。それではあまりに遅いというので、アセンブラを覚えてフレームバッファを直接書き換えて、少しずつ少しずつ処理を高速化するというようなことを長年やってきた人間なので、しつこいようですが、描画命令だけを転送するならまだしも、ビットマップ自体をネットワーク経由で転送するようなソフトが速いわけないと思ってた (^^)。

(昔 NTT とかが一生懸命やってたにもかかわらずまーーーったく普及しなかった、ビデオテックスとかキャプテンとかいうのだって、いかにビットマップ転送せずに、描画命令だけをやりとりして画面を再現するか、というのが一つのテーマでしたからね。)

 また、VNC のような遠隔操作ソフトを、わざわざ目の前にある PC に対して使うというのも盲点でした。でも、そうしたおかげで、キーボードやマウスを2セットならべてとっかえひっかえ使うことによるストレスがあっさりなくなったのです。

 つまり、イノベーションの障害になるのはやっぱり先入観や固定観念である、という当たり前の結論なんですけどね (^^)。

 この経験から思ったんですけど、最近のウェブ・アプリケーションで流行りの Ajax なんかも、画面全体を再レンダリングしなくても、必要なところだけ再描画できるというのが一つの利点じゃないですか。でも、光ファイバーが普及して、途中の回線の速度がメチャメチャ速くなったら、そういうのもみんな無意味になる可能性もありますよね (^^)。そんなややこしいことしなくても、画面全体ビットマップ転送した方が速いよ、なんて (^^)。

 ともあれ、この方法、予想以上に作業効率を改善できますし、翻訳以外の業務にも応用できると思うんで、家庭内や SOHO 内で LAN を組んでいる方は、一度試してみてはいかがでしょうか (^^)。

追記: Windows の場合、UltraVNC の最新版で [Video Hook Driver] (NANASI さんの日本語版では [ビデオフックドライバ])というオプションをオンにして使うことをお勧めします。このオプションを使うと、サーバーの負荷が劇的に減ります(少なくともウチの環境では)。これ以外の VNC を使用したり、このオプションを有効にしないと、 やっぱりまだまだ重いかもしれません。なお、UltraVNC の場合、なんらかの日本語パッチを当てないと、(UI が英語なのはいいとしても)全角・半角キーが効かないという致命的な欠点があります。

余談: Ajax を使ったサイトは、YouTube にしろ del.icio.us にしろ、同期のタイミングがよくわからないものが多い。YouTube のプレイリストなんかも、削除しても消えないことがあって、何度も何度も削除操作を繰り返していると、やっと消えたりするし、del.icio.us のコメントなんかも、書き換えてからしばらくして再表示すると元に戻っていたりする。あれってなんなんだ? ただのバグ?(^^)

 

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イライラ

  • right angle - 正しい角度
  • segment of a circle - 円の線分
  • not generally possible - 基本的に不可能

 このド素人がぁ~、こんなんで金とっていいと思ってんのかっ! やめてしまえっ!

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訛り吹き替え

 英語圏のテレビを見ていて気になることの一つが、英語以外の言語を英語に吹き替えたときの英語が、必ずと言っていいほど訛っていることです。たとえば、元の言葉がフランス語ならフランス語訛りの英語に、ドイツ語ならドイツ語訛りの英語になってるわけ。日本のテレビ局ではこんなことやんないですよね。中国人の台詞を「○○あるヨ」と吹き替えたり、韓国人の言葉を「○○ニダ」と吹き替えたりしたら、差別だとか言われかねないでしょう。なぜ英語圏ではこれが普通になっているのか、機会があれば調べてみたいです。

 なぜ突然こんなことを思い出したかというと、昨日テレビで「エアフォース・ワン」を見ていたら、ゲイリー・オールドマンがなんか訛った英語をしゃべっていたから。たしか、「レオン」や「フィフス・エレメント」ではあんな訛ってなかったから、わざとやってるんでしょうね。そのせいか、切れっぷりが「レオン」ほどではなかったような気がするんだけど (^^)。

 しかし、「エアフォース・ワン」はどうなんでしょうねえ (^^)。インターネットで検索してみると、アメリカ万歳的なところはともかく、エンターテイメントとしてはそこそこ面白いみたいな評価が多いんだけど、エンターテイメントとしても演出が散漫ではないかなあ。

 たとえば、事務やってるような太ったおばさんがパラシュートで飛び降りるときに、なんの躊躇もしないなんてことはありえないでしょ。そこで、怖がっているのをなんとかなだめすかして飛ばせる、みたいな演出がなぜないのか。あるいは、大統領からファックスが届いたのを見てニヤリとするみたいなシーンはなぜないのか。給油機やエアフォース・ワンの盾になって死んだ戦闘機のパイロットにも、実は娘がいて、みたいな演出はなぜないのか。最後に大統領がワイヤーで移動するところだって、人間ドラマとしては葛藤があって一番おいしいところなのに、裏切り者を出して誤魔化しちゃうし。

 結局、この映画が追っかけてるのは、大統領(とその家族)が助かるか助からないかだけで、あとははっきし言ってどーでもいいわけね。演出がそうなっとる (^^)。だからゲーム的にストーリーをなぞるだけで終わっていて、あんましふくらみがないんだよね。これをエンターテイメントとしては面白い、といってしまうのは、エンターテイメントをなめた発言ではないかなあ (^^)。

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ごめんよ、ジョージ・クルーニー

 ちょっと古い記事だけど、ガーディアンはワシントン・ポストとほとんど正反対のこと言ってますね。

 (この表題はもちとん、「ダルフールに最終的に必要なのは西側の軍隊だ」ではなくて「ダルフールに西側の軍隊を送るのは最後の手段だ」ってことですね (^^)。)


Sorry George Clooney, but the last thing Darfur needs is western troops

The Guardian
19 Sep 2006


 スーダンの西部地方にあるダルフールに国連軍を送り込むことを求める、最近の運動の盛り上がりの周囲には、偽善とは言わないまでも、非現実的な雰囲気が漂っている。俳優ジョージ・クルーニーは、国連の安全保障理事会の壇上に上がり行動を訴えた。トニー・ブレアも、この問題に飛びついて他の EU 指導者に手紙を出した。世界の多くの都市では、迫りくる大量虐殺を警告する抗議団体によって、「世界ダルフールの日」が開催された。けれども、イラクやアフガニスタンへの介入によって痛い目に合った西側の政府が、またさらに別のイスラム国家に対して軍事力を行使するなどということが、本当に可能だろうか。

 西側の団体は、ハルツーム政権を転覆させる運動を長いこと続けてきた。アメリカのキリスト教右派や親イスラエル派の人々は、この政権をイスラム原理主義政権であると主張していた。人権擁護運動家は、奴隷制の問題をとりあげ、アラブ人の略奪者は、政府の支援を受けながら、日常的にアフリカ人を誘拐して、生きた所有物として利用していることを示唆していた。クリントン政権は、かつてウサマ・ビンラディンがそこに住んでいたという理由で、スーダンをテロ支援国家として挙げていた。

 このような背景に鑑みれば、3 年前にダルフールで内戦が勃発したときに、公平な報道を期待することは最初から困難であった。この地域には、さまざまな部族や地域の対立が渦巻き、政府側に立つ者と反政府側に立つ者が入り混じっているにもかかわらず、農民と遊牧民とを敵対関係に追い込んだ不平不満は、アラブ人対アフリカ人という単純すぎる図式で紹介されたのである。

 非対称の戦争でありがちなように、反乱軍の攻撃に対するスーダン政府の実力行使が、過剰反応だったことは確かである。ハルツームによって組織され武装された、ジャンジャウィードと呼ばれる民兵組織は、一般市民とゲリラ戦士の区別をしなかった。彼らは、小屋を燃やし、女性を犯し、何万もの一般市民をチャド国境の外側やダルフール内の難民キャンプに強制的に追いやった。けれども、実際には反乱軍も残虐行為を行っていたのである。この事実は、編集者の多くが好む白黒はっきしりた単純な倫理観を揺るがすので、ほとんど報告されていないが。

 多くの戦争では、政府側は情報操作を行い、メディアは真実を追究する(ことが多い)。ところが、ダルフール問題についてはこの逆であり、各国政府の方がより真実をつかんでいるのに、メディアが情報操作を行ったのだ。ダルフールでの殺人を大量虐殺として描こうとする努力にもかかわらず、この説には国連も EU も同調しなかった。これは、彼らの道徳的な視野が狭いためではなく、残虐な内戦と、意図的な民族浄化政策の違いを理解していたからだ。ダルフールは、ルワンダではないのだ。アメリカだけは、この大量虐殺説を受け入れたようだが、それは、説得されたというより国内のロビー運動に譲歩しただけだろう。国際法のもとでダルフールに強制的に介入するには、実際に大量虐殺が発覚することが必要なので、ワシントンが実際に介入に乗り出すことは決してなかった。

 その代わり、アメリカは、西側政府がアフリカ連合(AU)にハルツームと反乱軍の間の和平会談を仲介させることを支援した。この努力は、5 月に作成された、ジャンジャウィードが反乱軍より先に武装解除するという合意に実を結んだ。この合意はさらに、反乱軍の指導者たちに、この地域を自ら統治する権限を与えていた。なのになんということか、反乱軍うち 2 つのグループは、この調印を拒んだのである。したがって、公平なレポートはすべて、この夏の戦争再燃の責任のほとんどは、政治指導者がエリトレアの首都アスマラの安全地帯で口げんかをしている間に、戦場指令官が派閥に分裂してしまった反乱軍の方にあるとしている。

 彼らが、和平協定の条件が不十分だったと主張することには、正当な理由があるかもしれない。難民家族の中には、ハルツームは金銭的な補償を払うべきだと言う者もいる。また、この和平協定には強制手段がないので、村に戻って再建しようとする人々を守ることができないだろうと言う者もいる。しかし、正しい対応は、戦争を再開することではなく、さらに対話を続けることである。アフリカや西側の外交家は、反乱軍に再考を求めようとしているが、反乱軍同士の確執にうんざりしている。ダルフールについてのブレアの手紙にしても、ほとんどのメディアが事態を一方的にしか見ようとしていないにもかかわらず、反乱軍とハルツームの両方に圧力をかけること求めるように注意を払っている。

 ダルフールに国際平和監視団を派遣して、キャンプの避難民を保護することは不可欠であった。 2 年前、ハルツーム政府はこれを受け入れ、AU が 7,000人の軍隊を配備することを認めた。けれども、今年の初めになって、AU は資金やヘリコプターその他の装備不足のため、西側政府と歩調を合わせて、国連に主導権を引き継ぐことを求めるようになった。これこそが、今現在、議論すべき点である。西側でスーダンに軍隊を派遣したい国など、どこにもないのだ。レバノンへの国連軍の増援が行われるまでには何週もかかったし、アフガニスタンでは、NATO 諸国のほとんどが、失敗しつつある戦争に軍隊を送ることを躊躇している。実際には、たとえ国連軍を送ったとしても、現在の AU 軍にインドやバングラデシュあたりからの増援を加えただけのものになるだろう。

 つまり、国連介入を求めて騒いでいる者たちが実際に論じているのは、バッチを付け替えることに過ぎないのである。AU の軍隊にアフリカの問題を処理させることには、象徴的、文化的、政治的な価値がある。アフリカ各国政府は能力以上の負担を強いられているが、国連には、部隊を派遣した政府に助成金を出すための確立されたシステムがある。皮肉なことに、アメリカは強硬な措置を求めているにもかかわらず、ブッシュによる AU への資金提供の要請を拒絶したのは米議会であった。

 残虐行為に関与した罪で、国際法廷にスーダンの指導者たちを告発するという試みについてはどうだろうか。スーダンの大統領オマル・アル・バシールが、国連軍の派遣を阻止した理由の一つは、自分の逮捕を恐れたからだと言われている。オマル大統領は、たとえ国連軍の 9 割がアフリカ人だったとしても、その中に、自分とダルフール出身の副大統領を捉えよという西側の命を受けた逮捕部隊が含まれている可能性があると考えるかもしれない。そのため、ハルツームに国連軍の受け入れを求めた先日の安全保障理事会の決議では、国際裁判に言及することを注意深く避けているし、先週の EU 声明もまた同様である。

 実際には、今週の国連協議の結論は、現在のアフリカ連合軍でも新しい国連軍でもなく、その中間の妥協案になる可能性がある。その結果、アフリカ人が指揮する AU 軍であるが、国連の委任を受け安全保障理事会に対する責任を持つ部隊になるかもしれない。その派遣部隊にはアフリカ人以外の人が含まれるかもしれないが、その権限は現在のものとほとんど変わらないものになるだろう。これは、たった数日の奮闘の結果としては、賢明な結論であろう。

 もちろん、疑念は至る所に残っている。ハルツーム政権はアメリカに裏切られたと感じているだろう。ハルツームでは、イスラム法を無視して南部の分離独立のための住民投票を行うという和平協定が実現すれば、アメリカの制裁が解かれるだろうと期待していた。なぜなら、その結果できた新政府は挙国一致の政府であり、その中には南部のキリスト教徒や非イスラム教徒も含まれているので、ハルツームが原理主義者やイスラム教徒の政権ではないことを証明することができるだろうと思っていたからだ。テロリズムに関しては、この 10 年の間、ワシントンは何の証拠も提示できていない。

 その間も、ハルツーム政府は、反乱軍の村に対する無差別爆撃や過度の実力行使をやめていないと、ハルツーム・ウォッチャーの多くは疑っている。けれども、AU であろうが国連であろうが、外国の平和維持軍が、ダルフールの広大な地形全体を監視することは不可能である。スーダンの司令官たちの規律は、スーダン政府自身が維持する必要があるのだ。とは言え、AU 軍を拡大するという折衷案は、国連軍という名前になるかどうかにかわらわず、最善の選択肢である。「何かしなくては」派は怒るだろうが、スーダンにハルツームの同意なしで外国の軍隊を派遣すれば、悲惨以外のなにものでもない結果になるだろう。


 きりのいいところがなかったので、全訳になってしまった (^^)。ガーディアンは、実際には一方的な虐殺ではなく内戦なのだと言ってますね。まあ、ぼくなんかもダルフールについて知ったのは BBC とかだったりするから、マスコミにバイアスがかかっていると言われると、とくに反論できる材料はないんだよね (^^)。まあ、いろいろ情報をつき合わせて分析した方がよいんでしょうね、こういう問題は。

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イスラエルが使っているのは、役立たずの「ラムズフェルド・モデル」だ!

 これは、USA TODAY という、アメリカでも最大の発行部数を誇る新聞の、投書欄ですね。その次に正反対の意見の投書が紹介されているのでアレですが、アメリカも、こういう投書が投書欄の表題になるくらいの状況にはあるということで。。。(^^)

Israel using ineffective Rumsfeldmodel

USA Today
07 Aug 2006

Just when Israel was gaining some credibility from the world for its commitment to peace by withdrawing from southern Lebanon and some of the occupied territories, it overreacts to the kidnapping of two soldiers. Israel is following the Donald Rumsfeld book on nationbuilding and destroying the very government and infrastructure that is needed to defeat the terrorists (“Israel vows no cease-fire soon,” News). Lebanon was well on its way to becoming the kind of secular, democratic neighbor Israel needs on its northern border. It was not given the time to become strong enough to hold offHezbollah. When Israel withdrew from Lebanon in 2000, it should have asked for an international force to protect it from kidnappings and rocket attacks. In fact, the 133,000 U.S. troops now stationed in Iraq would have been better used on Israel’s northern border. I grow weary of comparisons between this fight and the one we had with the fascists inWorldWar II. As sick as Hitler was, he had a standing army and clear borders that we could beat him back into; his country had people who, when it was all said and done, wanted to make peace with their neighbors, rebuild their country and get on with their lives. Not so with the religious zealots we are dealing with now. When will we, and the Israelis, realize that conventional warfare will not work? Now, of course, it is too late. Israel’s destruction of Lebanon’s infrastructure and the killing of its civilians has made Hezbollah more popular than ever. The Israeli government should have met Donald Rumsfeld in Baghdadmonths ago. If it had, it would have seen firsthand the consequences ofmiscalculation.

イスラエルは、南レバノンや一部の占領地から徹底することによって、その平和に対する姿勢を世界から信頼されかけた矢先に、兵士 2 人のを誘拐に過剰反応してしまった。イスラエルは、ドナルド・ラムズフェルドの国家建設マニュアルにしたがって、テロリストを倒すのに必要なはずの政府やインフラストラクチャそのものを破壊している。

レバノンは、イスラエルが北部国境に必要としているような、非宗教的な民主主義の隣国に、まさになろうとしていたところだった。にもかかわらず、レバノンは、ヒズボラを撃退するだけの力を蓄える時間を与えられなかった。イスラエルは、2000 年にレバノンから撤退したときに、国際部隊に対し、誘拐やロケット攻撃からの保護を要請しておくべきだったのだ。実際、現在イラクに配備されている 13 万 3 千人の米兵だって、イスラエルの北部国境にいた方がよっぽど役にたっただろう。

この戦争と、第ニ次世界大戦におけるファシストとの戦いとを比べるような話にはもううんざりだ。

ヒトラーは確かにビョーキだったが、正規軍をもち、追い返す先の国もあった。ドイツの国民だって、なんだかんだ言って最終的には、隣国と和平し、国家を再建し、平和な日常をおくることを望んでいた。

けれども、我々が今相手をしている狂信者たちは、そうではない。アメリカ人もイスラエル人も、いったいいつになったら、従来の戦争のやり方ではダメだということに気づくのだろうか?

もちろん、今頃気づいてももう遅いのだが。

イスラエルによるレバノンのインフラストラクチャの破壊や一般市民の殺戮は、ヒズボラをさらに人気者にしてしまった。どうせなら、イスラエルの政府関係者は、数ヶ月前のバグダッドでドナルド・ラムズフェルドに会っておけばよかったのだ。

そうすれば、計算違いの結果というものを、その目で見ることができていたであろうに。

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中東で戦火が絶えないのに不思議はない

 これは、アメリカの親イスラエル派の論説で、先に紹介したアラブ圏の新聞の対極にあるような主張ですね。

 かなり一方的なので、あんまりマジメに読まないほうがいいかもしれないです。ある程度、中東紛争の歴史とかアメリカの政治状況を知ってる人だけ読んでね (^^)。


Nomystery why war is a constant in the Middle East T
DENNIS PRAGER
The Washington Times Weekly
24 Jul 2006


As a lifelong liberal critic of Israeli policies, the New York Times foreign affairs columnist Thomas Friedman wrote just two weeks ago: “The Palestinians could have a state on the West Bank, Gaza and East Jerusalem tomorrow, if they and the Arab League clearly recognized Israel, normalized relations and renounced violence. Anyone who says otherwise doesn’t know Israel today.”

Give Israel peace, and Israel will give you land.

Which is exactly what Israel agreed to do in the last year of the Clinton administration. It offered PLO Chairman Yasser Arafat about 97 percent of the West Bank and three percent of Israel’s land in exchange for peace. Instead, Israel got its men, women and children routinely blown up and maimed by Palestinian terrorists after the Palestinians rejected the Israeli offer at Camp David. Even President Clinton, desirous of being the honest broker and yearning to be history’s Middle East peacemaker, blamed the ensuing violence entirely on the Palestinians.

Israel’s Camp David offer of a Palestinian state for Palestinian peace was rejected because most Palestinians and their Arab and Muslim supporters don’t want a second state. They want Israel destroyed. They admit it. Only those who wish Israel’s demise and the willfully naive do not.

If you don’t believe this, ask almost anyone living in the Middle East why there is a Middle East War, preferably in Arabic. If you ask in English, they will assume you are either an academic, a Western news reporter, a diplomat or a “peace activist.” And then, they will assume you are gullible and will tell you that it’s because of “Israeli occupation” or “the Zionist lobby.”

But they know it isn’t. And it never was.

ちょうど 2 週前、ニューヨーク・タイムズの外交問題コラムニストであるトマス・フリードマンは、終生リベラルを貫ぬくイスラエル政策評論家として、次のように書いている。

「パレスチナ人とアラブ連盟が、イスラエルの存在をはっきりと認め、関係を正常化して、暴力と縁を切っていれば、明日にでも、ヨルダン川西岸、ガザ、および、東エルサレムにパレスチナ人の国家を持つことができていたであろう。そうでないという人は、現在のイスラエルを知らない人である。」

イスラエルに平和を与えよ。そうすれば、イスラエルは土地を与えてくれる。

これはまさに、イスラエルがクリントン政権の最後の年に合意したことである。この合意 (訳注:オスロ合意のこと) では、PLO 議長ヤセル・アラファトに対し、平和と引きかえに、ヨルダン川西岸の約 97%、イスラエル本土の 3% を提供した。パレスチナ人がキャンプ・デービッドでイスラエルの提案を拒絶したあと、その見返りとしてイスラエル人が得たものは、イスラエルの男性、女性、子供たちを、パレスチナのテロリストによって爆破され不具にされることだった。公正な仲裁者でありたいと願い、中東紛争の調停者として歴史に名を残したいと切望していたクリントン大統領でさえ、その後の暴力については完全にパレスチナ人の責任であると非難していた。

パレスチナ国家の設立という、キャンプ・デービッドでのイスラエルによるパレスチナ和平の提案が拒絶されたのは、パレスチナ人、および、彼らを支持するアラブ人やイスラム教徒のほとんどは、別の国が欲しいわけではないからだ。彼らは、イスラエルを破壊したいのである。そのことは、彼ら自身ですら認めている。それを認めないのは、イスラエルの終焉を望んでいる者と、わざと純真なフリをしている者だけである。

信じない人は、中東に住んでいる人なら誰でもいいから、なぜ中東に戦火が絶えないのか、できればアラビア語で訊ねてみるといい。英語で訊ると、彼らはあなたが学者か西側の新聞記者か外交官か「平和運動家」であり、簡単に騙せると思って、「イスラエルの占領」や「ユダヤ・ロビー」のせいだと答えるだろうから。

しかし、彼らは知っているのだ。本当はそうではないことも、今までずっとそうではなかったことも。

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アメリカとイスラエルの戦争目的は?

 一応アラブ圏の新聞だとこんな感じになるというところを。論調がかなり過激なのがわかると思います。過激でないという人もいるかも知れんが (^^)。

Gulf News
24 Jul 2006

Bush and Blair are due to meet at the White House on July 28 to take stock of the situation. In the meantime, as Israel continues its methodical destruction of Lebanon, US Secretary of State Condoleezza Rice is planning to visit the region to peddle a "diplomatic plan" which seeks to advance Israel's interests while ignoring those of the Arabs. In daring to come to the war-torn region, Rice runs a considerable risk. Revolted by American policy, many Arabs would like to tear her limb from limb. She also faces the near certainty of political failure. Never since the Second World War has the US aligned itself so totally on Israel, never has its estrangement from Arab and Muslim opinion been greater, and never has its inability, or unwillingness, to tackle the real problems of the region been more flagrant.

この事態について話し合うために、ブッシュとブレアは、7 月 28 日にホワイトハウスで会談をj行うことになっている。イスラエルがレバノンを粛々と破壊し続けるその間に、アメリカの国務長官コンドリーザ・ライスは、イスラエルのさらなる利益を追求し、アラブの利益を無視するような「外交方針」を押し付けるために、レバノンにやって来ることを計画している。戦争で破壊された地域にぬけぬけとやって来るライスの旅は、大きな冒険になるだろう。なぜなら、アメリカの政策に反感を抱くアラブ人の多くは、ライスを八つ裂きにしてやりたいと考えているからだ。また、ライスが近い将来政治的な失策に直面することも確実だ。アメリカが、ここまでイスラエルベッタリになったのも、アラブ人やイスラム教徒の意見を無視するようになったのも、この地域の真の問題を解決するのに必要な能力や意思の欠如が目に余るようになったのも、第二次世界大戦以来初めてのことなのだから。

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イスラエルがヒズボラを倒すために必要なのは、ヨガの空中浮揚能力者だ!

 ヒズボラで検索していたら、こんなものを見つけてしまった。前に、デビット・リンチがらみで紹介した、超越瞑想 (TM) の団体が、イスラエルを守るために、「ヨガの空中浮揚能力者」を集結したんだと!

Forget the F-16s, Israel needs more Yogic Flyers to beat Hizbullah
. By AMIR MIZROCH
Jerusalem Post
23 Jul 2006

There are Katyusha rockets falling in villages and towns all around them, but for the “squadron” of 30 Israeli Yogic Flyers assembled at a hotel on Lake Kinneret all is quiet. That’s because they have managed to create a shield of invincibility around their gathering place. Now they are calling for another 235 Flyers to come and join them to create a shield that would, they say, cover all of Israel. In an interview from the Nof Ginnosar Hotel near Tiberias on Saturday, the Prime Minister of the Peace Government of Israel and Yogic Flyer Alex Kutai called on the elected Israeli government to recruit a group of 265 Yogic Flyers who, through an advanced technique of Transcendental Meditation (TM), he asserted, would create a shield of invincibility around Israel and bring about an immediate cessation of violence with the Hizbullah. Prime Minister Kutai, who is also the Chairman of the International Transcendental Meditation Society in Israel, said his elected counterpart Ehud Olmert had to urgently find a group of 265 people trained in the TM technique and maintain them in one location where they can generate an invincibility shield around Israel against all forms of war and violence, including road accidents, and keep the shield up permanently.
周囲の町や村の至る所にカチューシャ・ロケットが降り注いでいるというのに、キナレット湖畔のホテルに集結した、30 人のイスラエル人「ヨガの空中浮揚能力者」の「部隊」は、なんら動じることはなかった。なぜなら、彼らは、自分たちの集まった場所の周囲に、無敵のバリアを張っていたからだ。現在彼らは、イスラエル全体をカバーできるようなバリアを張るために、さらに 235 名の空中浮揚能力者を呼び寄せているところだという。土曜日にティベリアス付近にあるノフ・ギノサール・ホテルで行われたインタビューによれば、「イスラエル平和政府」の首相であり、ヨガの空中浮揚能力者であるアレックス・クタイ氏は、高度な超越瞑想 (TM) 法によって、イスラエルの周囲に無敵のバリアを張って、ヒズボラによる暴力をただちに止めさせるために、選挙で選ばれた (つまり正規の) イスラエル政府に対し、265 人のヨガの空中浮揚能力者のグループを集めるように依頼したそうである。イスラエル国際超越瞑想学会の会長でもあるクタイ首相は、選挙で選ばれた政府において同じ役職を務めるエフド・オルメルト氏に対し、イスラエルの周囲に、交通事故を含むあらゆる種類の戦争や暴力を防ぐバリアを張って、それを恒久的に維持するには、TM のテクニックを習得した者 265 人を至急探し出して、一箇所に集めなければならないと語った。

 ためいき (チャーリー・ブラウン風に)。

 まあ、何も言いますまい。これも言わば心の問題だからね。

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道徳的優位の喪失

 こちらは、オーストラリアの新聞。


Losing the moral high ground

Daily Telegraph (Sydney)
24 Jul 2006

Like many others, I too believe that Israel’s response in Lebanon has been disproportionate to the provocation. Why could Israel not have first sought a joint operation with Lebanon against Hezbollah, with possible American support?  This would have required a lot of courage on the part of the Lebanese Government but surely it would not be in a worse state than the one it now finds itself in. If this sort of proposal had been refused in the face of continued Hezbollah missile attacks, it would have at least strengthened Israel’s moral stand throughout the world. Instead, it appears as a bully able to treat a weaker neighbour with contempt, caring little about the age, sex or nationality of its victims. The Israelis need to understand that in many parts of the world, they are no longer being seen as victims but rather as aggressors. Someone recently commented to me that it took the Arabs 200 years to force the last of the Crusaders out of Palestine and if it takes 200 years to beat and eradicate Israel as a nation state, so be it. How do we Westerners cope with statements like that in the face of two implacable enemies who are fighting to the death?  
私も、多くの人と同じく、イスラエルのレバノンでの対応は、彼らが受けた挑発に比べてやり過ぎだったと考えている。

なぜ、イスラエルはヒズボラに対する際に、できうればアメリカの支援の下、レバノンと共同作戦を行うというような提案ができなかったのだろうか。レバノン政府がそのような作戦に参加するには、多大な勇気を必要としただろうが、今レバノン政府が陥っている状態より悪い状態になることはなかっただろう。また、もしヒズボラのミサイル攻撃が続いているにもかかわらず、この種の提案が拒否されたとすれば、少なくとも、国際社会におけるイスラエルの道徳的な立場は、今より強くなっていただろう。

対照的に、今のイスラエルは、か弱き隣人を侮蔑をこめて扱ういじめっ子であり、犠牲者の年齢・性別・国籍すら意に介していないように見える。イスラエル人は、彼らが世界の大部分から、犠牲者ではなく侵略者として見られているということを知る必要がある。

最近私にこう言った人がいる。アラブ人がパレスチナから最後の十字軍を追い出すまでに 200 年かかったのだから、民族国家としてのイスラエルを根絶するまでに 200 年かかるなら、それもよいだろう、と。

このような発言を、死ぬまで闘い続ける容赦のない敵同士を前にして聞いたとき、われわれ西洋人は、いったいどう対処すればよいのだろうか。

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なぜ、ヒズボラの悪事は戦争を正当化しないか

 レバノン問題に関するイギリスの新聞の社説 (個人名だから社説は変か。なんていうの?) を部分的に訳してみました。ご参考まで。 この William Rees-Mogg という人は、イギリスの保守派論客のようです。


Why Hezbollah wrongs don’t make war right
WilliamRees-Mogg
The Mail on Sunday
23 Jul 2006

If one looks at the case from the point of view of the Israeli government, or from the point of view of ordinary Israelis, it is quite straightforward. Lebanon is a sovereign state, responsible for the actions of its citizens. An armed force of terrorists, committed to the destruction of Israel, has attacked Israel with many hundreds of rockets, causing substantial casualties. Israel’s response has simply been a matter of self-defence. Hezbollah is a terrorist force - and terrorists have to be defeated. Looked at from the point of view of the Lebanese, this is a different picture. Lebanon was just starting to recover, rebuilding shattered hotels, developing new businesses, attracting tourists, at last free of the Syrians. A lovely country, with rising hopes. Hezbollah attacked Israel, yes, but Israel attacked Lebanon, which was not Hezbollah. If Hezbollah committed an act of aggression, Israel committed an act of aggression in reply. We can take either side, or none. Perhaps it is best to take both. Those who say Israel’s attack on Lebanon was legitimate but not proportionate, that the attack on the Lebanese infrastructure will damage the whole future of the country, have a convincing case. Worst of all for Israel is its defeat in terms of world public opinion. All nations need to have friends. The Lebanese are not overawed, but they are angry and hostile to Israel. The world is not convinced that a few extra days of fighting would allow Israel to root out Hezbollah. The world is calling for a ceasefire. Israel replies by insisting on a few more days of bombing. That may, or may not, make military sense; it makes no diplomatic sense.

It may not embarrass President Bush, who still has his nation’s public opinion on his side; it certainly does embarrass Tony Blair, who does not.
イスラエル政府や一般のイスラエル人の立場からこの事件を見れば、話は極めて単純である。レバノンは主権国家であり、その国民の行動に対して責任がある。イスラエルの破壊に関与したテロリストの軍隊は、数百ものロケットでイスラエルを攻撃し、多大な犠牲者を生み出した。イスラエルの対応は、単なる自衛に過ぎない。ヒズボラはテロ勢力であり、テロリストは倒さねばならない、ということになる。

けれども、レバノン人の立場から見れば、認識は異なる。レバノンは、ようやくシリアから解放されて、まさに復興にとりかかったばかりだった。粉々になったホテルを再建し、新しい事業を育成し、観光客を呼び寄せようとしていた。そんな、希望に燃える愛すべき国家だったのだ。

確かに、ヒズボラはイスラエルを攻撃したが、イスラエルが攻撃したのは、レバノンであってヒズボラではない。もし、ヒズボラが行ったのが侵略行為だとすれば、その報復としてイスラエルが行ったのだって侵略行為だ。われわれは、どちか一方の味方をすることもできるし、どちらの味方にもならないこともできるが、おそらくは、両方の味方をするべきなのだ。

イスラエルのレバノンに対する攻撃は正当であったが、レバノンのインフラストラクチャに対する攻撃は、この国の将来に悪影響を与えたという意味でやり過ぎだ、というのは説得力のある主張だ。イスラエルにとって最悪だったのは、イスラエルが国際世論に対しては敗北したことであろう。国家にはすべからく友邦が必要である。レバノン人は、イスラエルに脅えるどころか、怒りや敵意に燃えている。国際世論は、イスラエルがあと数日の戦闘でヒズボラを掃討できるなどということを信じてはおらず、停戦を求めている。にもかかわらず、イスラエルは、あと数日爆撃を続けると言い張っている。

この主張は、軍事的に意味があるかどうかはともかく、外交的には筋が通らない。また、この主張は、依然として国民世論を味方につけているブッシュ大統領を困らせることはないかもしれないが、国民世論を味方につけていないトニー・ブレアを困らせることは確実である。

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Fan is my treasure

 fan は可算名詞だから、Fans are my treasure でないとおかしいのでは…? みたいなことが、最近気になってしょうがなくて。野暮ですいません。職業病かも (^^)。

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ちりも積もれば

 事務処理をサボってて溜まっていた請求書をまとめて書いたら、合計金額が○十万円にもなってました (^^)。どおりで最近なんか金がないと思ったよ (^^)。でも、細かい仕事だと、いちいち請求書書くのがめんどうなんだよね~。

 こんな私に、なんとまた某業界紙から取材の申し込みが。仕事の獲り方とかを聞きたいんだとか。あんまり気が進まなかったので、そんなのは企業秘密だから教えたくないとか、そんなことを他人に聞こうとする心がけ自体が間違ってるとか、さんざイヤミっぽいことを言ってみたのだけど、担当の方が動じないので、結局引き受けることになってしまいました (^^)。

 世の中まちがっとるよ。誠に遺憾に存じます。

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人が人を評価するということ

 ぼくは滅多にそういう場所には行かないのだが、先日珍しくもある翻訳業界団体の研究会に出席した。そのときの講師がけっこう辛口の人で、「こんな翻訳者はウチにはいらない」みたいなことをバシバシ言うものだから、いっしょに言った若手の翻訳者の方々は、かなり気分を害していたようであった。

 もっとも、ぼくぐらいの歳になると、どんな「偉い人」の言う事でもやや斜めから聞いているので、「あ、そう。あなたはそういう考え方なのね。それはそれでいいんじゃないの」ぐらいにしか思わないのだが (^^)、自分だって、二十代で翻訳者志望で業界の「偉い人」からあんなこと言われたら、やっぱりかなり傷ついていたのだろうと思う。そこで、その人の言っていたことの是非について、ちょっとコメントしておきたい。

 たとえば、その人は、履歴書の趣味の欄に「アロマセラピー」とか「ワイン」とか書いている人はだいたいダメ、みたいなことを言っていて、これは偏見といえば偏見そのものである。しかし、そういう偏見は一切排除すべきなのか、というと、ぼくは必ずしもそうは思わないのである。なぜかというと、そこには、人が人を評価するということの本質的な困難があるからだ。

 もちろん、理想を言えば、人を評価するときには、あらゆる偏見を排除することが望ましい。しかし、現実的には、人を正確に評価しようとすればするほど、時間とコストがかかる。特に、ビジネスの現場では、その正確さとコストの間にはトレードオフの関係があるので、ほどほどの正確さで妥協することの方が、むしろ合理的なことが多いのである。

 世の中、その手の常識的な評価というのはいろいろあって、たとえば、服装がだらしない人は使えないとか、机の上が汚い人は仕事ができないとか、いろんなことが言われる。そしてその多くは、おそらく、統計的にはある程度正しいのである。

 もちろん、統計的には正しいということは、例外もあるということだ。しかし、現実問題としては、個別の例をいちいち検証して、例外かどうかを見極めるなどという作業は、コスト的に割があわないことが多いのである。

 もちろん、このような考え方は、差別につながる可能性もあるので、注意深く適用しなくてはならない。特に、女性は○○だとか、なんとか人種は○○だとかいうデータは、たとえ統計的な根拠があったとしても差別につながるので、注意深く利用しなくてはならない。

 しかし、だからといって、常にあらゆる予断を排除して、個々人の真の姿を正確に見極めるなどということは、実は、人間に可能なことではないのである。

 ぼくはけっこう原理主義者的なところがあるので、若い頃は、差別や偏見を絶対にしないようにと思いながら行動していた。しかし、実際に同じようなことをやってみた人ならわかるはずだが、こういう行動は、実はけっこういろんなトラブルを引き起こすのである。

 もちろん、ぼくは自分の責任の範囲でやっていたから、そういうトラブルの結果も自分で引き受ければいいと思っていたので別に平気だった。しかし、組織のために働いている人がそういうトラブルを被れば、自分だけの問題ではすまないのだから、そういうリスクを回避したいと考えるのは、ある意味当然と言える。

 というような前提を受け入れたとすると、残る選択肢は二つしかない。自分はあらゆる人を公平に評価しますよと口ではいいながら、実はご都合主義でそ知らぬふりをして偏見を交えた評価をするか、それとも、自分の評価能力には限界があることを認めた上で偏見を交えた評価をし、その評価に対する責任を引き受けるかである。そしてぼくは、後者の方が人間として誠実な態度だと思うのだ。

 そういう意味では、その講師はそういう見方があくまで自分だけの見方であるということを明言していたので、ぼく的にはそんなに悪印象を持たなかったのだった (別に、某団体をヨイショしているわけではない。というか、実は普段は悪口ばっかり言っていたりする (^^))。私の経験から言えば、むしろ、自分は人を見る目があって絶対に評価を間違えない、とか思っている奴の方がはるかにタチが悪いことが多いと思う。もっとも、その人といっしょに働きたいともあまり思わなかったけれど (^^)。まあ、ああいう人と働くのがイヤなら、また別のビジネスチャンスを探せばいいじゃん、という感じである。 それこそがリベラルな社会のよさなのだから。

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ユニテックの債権者の方へ

 このブログでも何度か書きましたが、私が取引を行い、売掛債権をもっていた有限会社ユニテック (会社法人等番号 0109-02-015873) という翻訳会社が、私的整理を行うことを発表しました。報告書によれば、債権者への配当率は、たった 0.0623 であることが明らかになっています。

 すでに、債権者の方は、私が受け取ったものと同じ報告書を受け取っているはずですが (もし受け取っていない方がいれば、それは悪質な背信行為であると考えられるので、ぜひご一報ください)、私は、この報告書には、納得できない点が多々あると考えます。

たとえば、

  1. なぜ、特定の債権者にだけ優先的に弁済が行われているのか
  2. 上記特定の債権者が、ユニテックの顧客を引き継いで新会社を設立するとあるが、これは実質的にユニテックの後継会社ではないのか
  3. ユニテックの資産にしろ、それを証明するような書類は何も提示されていない

 これはほんの一例であり、他にも不審な点はたくさんあり、私は、この報告書は、わたしたち債権者への弁済が 1 割以下に棒引きれるような状況に対する説明としては、まったく不十分と考えます。

 また、代表取締役の野口雅昭氏をはじめとする経営陣が、完全に所在をくらませてしまい、債権者に対して自らの肉声で説明や謝罪をしようとしない態度も、きわめて不誠実なものと考えます。

 もちろん、有限会社の破産は法的に認められた権利ではありますが、その処理は公正な手続きの上で行われなければならないことは言うまでもありません。そして、このような状況を放置していれば、必要な公正さが保証されない危険は低くないと思われます。

 現在、私を含め数人の債権者が、担当の六番町総合法律事務所の秋廣道郎弁護士に対して債権者会議の開催を要求していますが、弁護士はとりあってくれる気配はありません。 このような状況で債権者会議を開かないというのは、常識に反した行為であり、そこにはなんらかの意図があると勘ぐられても仕方ないと思うのですが。

 そこで、私は、複数の債権者による連名で債権者会議の開催を求めることを提案したいと思います。また、ユニテック側が要求に応じない最悪の場合には、破産申し立てを申請することも視野に入れています。

 もちろん、公正な破産処理が行われれば、弁済配当率が上昇する可能性もありますが、私が求めるのは、目先のお金よりも、むしろ、一部の人が不当な利益を享受することがないような公正な破産処理であり、もしその裏に不正な行為があるとすれば、そのような行為が二度と繰り返されないための、関係者に対する適切な処罰です。この趣旨に賛同されるユニテックの債権者の方は、ぜひ当方までご一報ください。

 なお、私的整理はあくまで私的な整理であって、債権者の同意がなければ法的効力を持たないことを申し添えておきます。

2006 年 7 月 2 日

Studio RAIN 保住有信

E-mail: studio_rain@nifty.com

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インド訛りはむつかしい

 今日久しぶりにアメリカの会社に電話をかけたら、メチャメチャ訛りのある人が出てきて、だだでさえ聴き取りがうまくないのに、冷や汗をかいてしまいました。どうも、今流行の CTI で、インドかなんかに転送されたらしいです。コールセンターの海外移転が進んでいるというのはホントだったのね。初めて実感 (^^)。

 いろんな英語があるなかでも、インド訛りというのは、一番苦手ですねえ。先週の「英語でしゃべらないと」でもやってたけど、Wednesday の D とか発音しちゃってんだもんねえ (^^)。ありゃ、室井さんでなくても困るよ。

 いくら、世界にはいろんな英語があるんだから、みんな聞き取れるようにならないと、とか言われてもねえ。ぼくなんか、子供の頃、東北の親戚が何をいってるかすらよく聴き取れなかったんだから (^^)。インド英語を聴き取れないぐらい勘弁してよ、って感じ (^^)。

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アバウトな SDL

 あまりに Trados が遅いので、Trados 2006 にバンドルされている SDLX の方を試してみました。実は、昔は SDLX も使っていたので、使い方はだいたいわかっています。問題は、この馬鹿でかいファイルをどのぐらいのパフォーマンスで処理できるかですが、おーっと、なかなか速いじゃないですか。少なくとも、バカ Trados よりは遥かに速いので、とりあえず、今回の仕事ではこっちを使うことに。

 ただ、ライセンスは Trados と共通のはずなのに、「試用期間は何月何日までです」みたいなメッセージが出るので、サポートに問い合わせてみました。そしたら、こんな返事が。

If it is showing an expiry date when you open the SDLX program, this will disappear after you pass this date.

 つまり、そんなメッセージは気にするな、ということらしい。

 メッセージが出ないように直すのがふつーだろうに (^^)。なんちゅーアバウトな会社じゃ(^^)。

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重っ!

 400 ページぐらいある Word のファイルを Trados で翻訳しようとしたら、文節 1 つ開くのに 30 秒もかかるぞ。しかも、レイアウトは崩れてるし。こんなもん仕事にならんぞ。どーしてくれる(^^)。

 つまんないバージョンアップはいいからさ~、はやくこういうバグ直して高速化しろよな~。

追記 1: 新機能の、「TagEditor による Word ファイルの翻訳」を利用してみたら、文節の処理はこちらの方がかなり速いので、こちらを使うことにした。ただし、ファイルのオープンや保存は Word の数倍の時間がかかるの。なんでだよぉ。

追記 2: できた ttx ファイルをクリーンアップするのに 1 時間かかった。ゲッソリ。解析しやすくするために XML に変換してんじゃねーのかよ。とんだとーしろーだ。

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資格商売

 ついに、SDL (旧 trados) までが、資格商売をはじめやがりました(^^)。MS や Sun のマネしやがって。あんなもん、別にべんきょーなんかしなくたって、使ってりゃ誰でも覚えるよ。でも、こういうのが普及すると、いつの間にか持ってないとびみょーに不利になってたりするんだよなー。くそいまいましい(^^)。

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エレクトロニクス用語辞典

エレクトロニクス用語辞典  電波新聞社の「エレクトロニクス用語辞典」を購入したのですが、これはいろんな意味で惜しい本でした。

 まず、せっかく各項目に英語訳が併記してあるのに、英文索引がついてない。したがって、英文和訳にはほとんど使えません。

 また、なぜか主要部分とは別に、「組み込み用語解説集」が付録でついているのですが、両方通しの索引がないので、どっちに載っているかわからない言葉を調べる場合には、二回調べなきゃならない。これはまったく労力のムダ。

 説明自体は読みやすくて親切なので、あと英文索引と通しの索引さえつけてくれれば、何段階も商品価値が上がったはずなのに、そのひと手間を惜しんだばかりに、いま一つ使いにくくなっている残念な本です。

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フェミニズム理論辞典

フェミニズム理論辞典  ちょっとフェミニズム関係の用語を調べたくて、マギー・ハムの「フェミニズム理論辞典」を購入(リサ・タトルのも注文したのですが、まだ手に入らない)。理論辞典というだけあって、説明は詳しいですが、厚さの割に収録語数は多くありません。いわゆる中項目主義ですね。

 だから、たとえば、ダナ・ハラウェイは載ってるけど、サイボーグ・フェミニズムは載ってないとか、第一波、第二波は載ってるのに、第三波は載ってないとか、Misogyny は載ってるのに Misandry は載ってないとか、載ってる用語にやや偏りがあって、調べもの向きというより勉強向き。

 訳は、昔の「学者訳」に比べればがんばってるとは思うけど、ぼくなんかから見ると、やっぱり、あともう一工夫すればもっと読みやすくなるのになあ、と思ってしまいますね。だから、最近の本みたいな読みやすさを期待すると、ちょっと読みにくく感じるかもしれません。もちろん、これは内容の難しさとは別の話ですよ。まったく同じ内容でも、もっと読みやすく書けるはずだという話。いちおうその道の「専門家」に言わせてもらえれば(^^)。

 なんか手前ミソになるけど、訳文のことだけで言えば、こういう本も、プロの翻訳者に下訳をさせて、学者さんが監修するというやり方の方が、絶対いい訳ができると思うんですけどねえ。翻訳って、ほんのちょっとしたテクニックでずいぶん読みやすくなるんですけど、そういうのって、数訳さないとなかなか身につかない。でも、学者さんはそんなことしてるヒマないでしょ? てか、そんな修行をしてるヒマあったら、もっと本業の教育や研究に精出してほしいし(^^)。

 これは偏見かもしれないけど、学者さんってもともと頭がいいから、逆に読みやすい文章を書く意欲が低い人が多いんじゃないかという気もしないでもないんですけど。ぼくは頭よくないからよくわかんないけど、ひょっとすると、学者さんはとっちらかった文書を読んでも、素早く行間を読んだりして理解できてしまうから、それ以上わかりやすく整理しようという意欲がおきないのかもしれない。そんなことないかな(^^)。まあ、このへんは邪推。

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機械工学用語辞典

 「機械工学用語辞典」という本を購入。同じ表題の本が技報堂出版さんからも出てますが、買ったのは理工学社さんの方。

 結論から言うと、悪い本ではないと思うのですが、残念ながら翻訳者向きではありません。収録語数は多いわりには、実務翻訳者がひっかかるようなマイナーな用語はあまり載ってません。実務翻訳者がひっかかるような用語というのは、たとえば、English thread (イギリス人ばかり集まる掲示板?) とか、top hat rail (帽子をかぶったレール?) みたいなヤツね(^^)。

 まあ、こういうのが専門家からみればトリビアルな用語なんでしょうけど、そのトリビアルな用語を訳せるかどうかが、実務翻訳者にとっては結構重要なのです。 もっとも、これを書いた人は、翻訳者のために書いたわけじゃないんだろうから、ないものねだりだというのはわかってますけど(^^)。

 語義の説明は丁寧で、内容もしっかりしているようですから、勉強用に使うにはいい本なのかもしれないけど、それにしても、値段とのバランスが少々悪いように感じます。

 そういうわけなので、翻訳者の方には、勉強用に買うのでなければ、お勧めしません。この本を買う金があったら、まずは、日外アソシエーツさんの「機械・工学17万語 CD 」か、日刊工業新聞社さんの「機械用語大辞典 [CD-ROM]」を買うべきでしょうね。 収録語数をとるなら前者、説明の詳しさをとるなら後者。

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Computer Graphics Dictionary

 「Computer Graphics Dictionary」という CG 関係の用語辞典を購入しましたが、これはなかなかお勧め。この分野には次から次へ新しい用語が出現しているのに、翻訳点数はむしろ減っている感じで、いい用語集が極めて少ないのですが、この本は収録語数も多いし、それでいてつまらない用語で水増しされている感もなく、新語や重要な用語が的確に網羅されているようです。

 たとえば、ぼくが「辞書にない英語」に書いたような以下の用語も収録されていました。

 これ、日本語訳でないかなあ。でも、出てもきっとあんま売れないんだろうね。。。(^^)

  ちなみに、定価は高いですが、ユーズドで買ったので、$2.98 しか払ってないです(^^)。

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直訳よりもっとタチが悪いのは

 意味がわかってないクセに意訳しようとする翻訳者である、ということをまた思い知りました。

 意味がわかってないのに意訳できるわけねーだろぉが。そーいうときは、しょーがないから直訳にして、「意味がわからないので直訳にしかできませんでした。ごめんなさい」って言うの。まったく。

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日本語大シソーラス購入

日本語大シソーラス ~類語検索大辞典~  ダウンロード版の販売を待ちきれず、パッケージ版の「日本語大シソーラス」を購入。これこれ、これが欲しかったの。これでますます、仕事で書く文章と私的な文章との品格(この言葉最近流行っているようだから使ってみた(^^))格差が広がりそうな予感がします。

 もっとも、ぼくの場合は実務翻訳が中心なので、言葉を探すときにも、美文調の美しい表現とかうまい表現を探すことは少なくて、むしろ、同じことを言うのに最も平凡で紋切り型の言い回しはどれか、と考えることが多いのです。このへんが多分、出版翻訳を中心にやっている方との違いだと思うのね。

 これまでの翻訳論の著者は、出版翻訳に携わる人で、なおかつ、文芸翻訳を専門とする人が中心だったので、いかに美しい日本語を書くかみたいなところに力点があることが多いですよね。特に、柳瀬さんなんかは、手垢の付いた表現が大変おキライなように見受けられます。

 でも、実務翻訳では、こういう態度は必ずしも正しくありません。そもそも、文学的レトリックがなぜ必要かというと、日常言語では伝わりにくい、主観的な感覚や一回性の体験やを伝えるためですよね。そのために、言語の多義性を最大限に生かして、読み手の想像力を触発することが必要になる。

 けれども、実務的な文章では、むしろ、誰もが共有する知識から情報を組み立てて確実に伝えることの方が大事です。したがって、逆に多義性を最大限に抑制し、読み手に余計な想像力をはたらかせないようにする必要があります。そのために最も効果的なのが、実は「手垢のついた陳腐な表現」なのです。

 たとえば、コンピュータのマニュアルで「キーボードを押してください」と書くところと、「あなたを知の世界へ誘うチョコレートのような四角い物体を指先で味見してください」みたいなことを書いても、古舘さんのヘタクソなパロディ(ヘタクソなのはぼくにセンスがないせいだけど(^^))にしかなりません。こんな書き方では、余計な情報が多すぎて、本当に伝えたいことがぼやけてしまいますよね。

 あるいは、ここまで極端ではなくても、「キーボードを圧迫してください」と書いたって、別に間違っているわけではありません。けれども、このような表現も、耳慣れない表現であるという、まさにその理由だけで、読み手に余計なことを考えさせてしまうわけなのです。

 つまり、スローガン的に言えば、

  • 紋切り型の英語は紋切り型の日本語に訳すべし
  • 美文やレトリックは必ずしも善ならず

なのです。こういうことは、文芸翻訳家の書く翻訳論にはあまり書いてないので、実務翻訳者を目指す人のために、あえて書いておきます。

 余談ですが、amazon で見たこの本のレビューに、「語義の説明がないので、国語辞典がないと使い物にならない」みたいなことが書いてあったのを見たときには驚きましたね。

 あのさー、そういう類語辞典なら、今までもいっぱいあったわけよ。でも、ネイティブの文筆家が言葉を探すには、英語のシソーラス(いわゆるロジェのシソーラスね)みたいに、語義の説明なしで類義語がたくさん載っている方が役に立つわけ。だから、文筆家のあいだでは日本語シソーラス待望論みたいなのがあったの。それに初めて応えたのが本書だったから、本書は高く評価されたんですよ。

 こういう批評は、まるで、八百屋に魚が売ってないとケチをつけるようなもので、筒井康隆氏はこういう批評を「八百屋批評」と呼んでいました。まあ、議論が噛み合わないのは、たいてい、コンテキストの共有ができていないせいなんだけど、「八百屋批評」も広い意味ではそうですね。そういうのを、自分が非凡な感覚を持っているせいだとか、勘違いしないようにしたいものです。

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愚痴

 前にも書いたが、レビューやプルーフリードの仕事は嫌いだ。現状では下訳の質に非常にバラツキがあり、労力は下訳の質におおいに依存するのに、レートは事前に決められていて後から変更できることはほとんどない。

 だいたい、いい加減な訳のままそ知らぬ顔をしている翻訳者が多すぎる。それも、「ここは自信がないんですが…」みたいな注が入っていればまだ許せるのだが、もっともらしく誤魔化してあるところがデタラメだったりするとがっくりくる。そういうヤツの下訳に限って、たいていそこらじゅうに誤魔化しが合って、これなら最初からオレがやった方が早いよ、みたいなことになることは目に見えているからだ。それでいてレートは翻訳の1/3程度である。なんて報われない仕事か。

 しかも、そういうのをいちいちマジメに指摘してやると、当の下訳者から逆恨みされたりする。しかし、こっちだって金をもらっている以上、見てみぬ振りなどできない。だいたい、見て見ぬ振りをした方がよっぽど楽なんだから、そんなことができりゃ最初からそうしているよ。そもそも、どこの訳が確度が高くて、どこが怪しいかなんてのは、訳している本人が一番わかっているはず(それもわからないようでは、プロ翻訳者の資格はない)。それを素直に自己申告すれば、みんなの手間が省けるのに。

 こういうのを見ていると、できるだけ誤訳を減らそうと、予算が許す限りの資料を揃え、時間いっぱいまで下調べをしてから訳している自分がバカのように思えてくる。

 また、この業界には、いろんな翻訳テツガクを持ったヤツがいるのもやっかいである。たとえば、単なるスタイルの違いを、これは絶対にこっちでなければならない、などと妙な主張を展開したりするヤツがいる。やれ、技術文書では口語体でなく文語体を使うべきだとか、直訳が基本で意訳は逃げだとか (普通逆でしょ(^^))。

 私に言わせれば、翻訳というのは条件付最適化であって、クライアントとか出版物の種類などの境界条件が変われば、最適解も変わってくる。原文が決まれば一意に理想の翻訳が決まるなんてのは錯覚である。たとえば、原文がまったく一緒でも、小説と広告と契約書とマニュアルでは、すべて理想の翻訳法は異なる。なぜなら、文書の使用目的という境界条件が異なっているからだ。

 しかし、翻訳者には一匹狼の偏屈者が多いので、翻訳者同士でそういう意見を交換したり共有したりする機会が少なく、独りよがりの翻訳論を振り回す迷惑な翻訳者は決して少なくない。そういう翻訳者が下訳者だったりレビューアーだったりする仕事はもう最悪である。

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「古文→現代語」機械翻訳サイトを望む

     橋爪大三郎氏の「性愛論」を読み直していて、突如「壇ノ浦夜合戦記」というのが読みたくてたまらなくなり、検索してみたところ、原文(よい子は見ちゃだめよ(^^))を公開してくれているサイトがあるのを発見しました。

     残る問題は、私がまったくの古文音痴だと言う事(^^)。それで、ひょっとして古文を現代語に翻訳してくれるサイトとかないのかなあと思って探してみたのですが、見当たらないんですね。

     でも、考えてみたら、技術的には、英文和訳とかよりは、ずっと楽だと思うんですよね。だって、文法構造にも文化的背景にも連続性があるわけだから。

     というわけで、古文を現代語に機械翻訳してくれるサイトの登場を切に望む次第です。別に、ウェブアプリじゃなくても、スタンドアロンのフリーウェアとかでもいいですから。きっと、日本文化に対する一般の理解も深まりますよ(^^)。

     それはそれとして、もうちょっと古文も勉強せにゃあかんですね、と痛感いたしました(痛感するきっかけが、よりによってコレかい(^^))。

    追記: このくだらない記事が、なぜこんなにヒット数が多いのだろうか。。。偶然ここにたどり着いた方、参考にならなくてすいません<m(__)m>。

 追記: と思っていたら、ついに見つけました! その名も「古文自動翻訳研究センター」。まさにぼくが望んでいた通りのソフトを開発しています。しかもフリーウェア。

 名前からして、どっかの研究機関が作っているのかと思ったら、アマチュアの方がすべて個人でやっているらしいです。偉い! みなさんぜひ応援しましょう。って、ぼくもリンク張るぐらいしかできませんが(^^)。

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名前と性別

 英文のメールを書いていてよく悩むのが、相手の敬称です。そもそも、日本語の場合、敬称で男女の区別をしなくてよい (「様」や「さん」は男でも女でも仕える) し、相手が日本人だったら、名前を見れば男か女かだいたいわかるので、困ることはほとんどありません。

 でも、英語の場合、敬称には男女別があるのに、名前を見ても男性か女性かよくわからないことが多いから困るのです。まあ、最悪の場合には、相手に訊けばよいのですが、ちょっとしたビジネス・メールでいちいちそんなことを訊くのも大仰な話。

 ということで、ぼくの場合には、だいたい、BabyNames.com みたいなサイトで、男性名か女性名かを調べることにしています。もちろん、既婚か未婚かなんてことはわからないので、女性はすべて Ms. です (^^)。

 考えてみると、なぜ日本語の名前だと直観的に男女の区別がつくのかというのも、不思議なところがありますよね。まあ、○男とか○子とかだったらわかりますが、「正成」とか「重徳」みたいな名前を見ても女性だとは思えないし、「由紀」とか「愛」みたいな名前を見たら、とても男性だとは思えないですよね。どっちでもいいのは、小林薫の「薫」とか、そんくらい(^^)。でも、そこに何かの法則があるわけでもなくて、あくまで直観的な認識なんですよね。そこがちょっと面白いと思います。

 男の子にも女の子にも同じ色の服を着せよう、みたいな運動をしている人は(実際にそんなことをしている人はいない、とか、それは間違ったジェンダーフリーで、正しいジェンダーフリーではそんなことはしない、という説もあって、そのへんよく知らないんですけどね(^^)。まあ、やってないならぼく的には結構なことです(^^)。)、自分の子供にも、男性だか女性だかわからないような名前をつけなければ筋が通らないような気もしますよね。もっとも、ぼくはそもそもそういう運動にはどっちかというと批判的なので、別にいいんですが(^^)。

(前にも書いたような気がするけど、ジェンダーの区別があるということと、男女差別を容認するということは、決してイコールではないので、ぼくは男女差別には断固反対ですが、そのためにジェンダーを「変える」必要はあっても、必ずしも「なくす」必要はないと考えているのです。)

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XXXX XXX!

 ちきしょおっ、Trados ってのは、なんでこういつも肝心なところに来るとまともに動かねぇんだよぉ。だいたい、今時 VB とか使ってるからダメなんだよ。だっから、途中でクリップボードにコピーしたりしただけで、すぐおかしくなるんじゃねえか。なんでこんなのがデファクトなんだ。世の中まちがっとるよ。

(あ、これは「まことに遺憾に存じます」か。まあいいや (^^))

 おまけに、MS-Word は、ディスクがスカスカなのにもかかわらず、「ディスクがいっぱいです」とかほざきやがるし、ばっかやろぉ~。その間作業した分どうしてくれんだよ。

かねのな~いやつぁおれんとこえこぉ~い

おれもな~いけどし~んぱいすんな

みぃ~ろよ~あおいぃ~そらぁ~

しぃ~ろい~く~もぉ~

そ~のうちな~んとか、なぁ~るだ~ろ~お~、とくらあ。

(「だまって俺について来い」青島幸男作詞)

もう、や・け・く・そ

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OmegaT

 いよいよ、翻訳支援ソフトにも、オープンソース化の波がやってきたようです。この OmegaT というソフト、TMX 形式の TM が読めて、Word、Excel、OpenOffice などのファイルに対応しているらしい。これは早くチェックせねば。

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static dielectric constant

分光エリプソメトリー 「分光エリプソメトリー 」という本には、"static dielectric constant" という言葉が「統計的誘電率」と訳されているんですが、これはたぶん誤訳もしくは誤植でしょう。

 ちなみに、「E-DIC 」だと、「静的誘電定数」もしくは「静比誘電率」となっています。また、インターネットを検索すると、普通に「静的誘電率」という訳も使われているようです。(ついでに言うと、「E-DIC 」は使用域がよくわからないのが欠点。)

 もっとも、こういうつまらないところを除けば、すごく読みやすくてよくまとまったよい本ですので、念の為。

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electron shell

 「英辞郎 第二版」や「電気・電子情報用語対訳辞典 英和/和英 [CD-ROM] 」で、"electron shell" を「電子核」と訳してますけど、これって、単純に「電子殻」の間違いですよねえ (^^)。ちなみに、「英辞郎 第二版」だと、"electron-shell" は「電子核」になってて、"electron shell" (ハイフンなし) だと「電子殻」になってる。どうなってんの?

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光のオンライン書店

光技術総合事典 仕事がらみで、光学関係の書籍を探していて見つけた「光のオンライン書店」。光学の専門書・雑誌を出しているオプトロニクス社で運営している、光学関係の本ばかりを集めたオンライン書店なのですが、かなり充実しています。

 amazon.co.jp の場合、分類が大雑把だったり、ときには間違っていたり (多変量解析の本が「微積分・解析」に分類されてたりするけど、普通統計学でしょ(^^)) するので、非常に専門性の高い本だと、書名がわかってないとなかなか探せなかったりします。でも、このサイトぐらい分類が細かいと、探しやすいですよね。

 実際、「速解・光サイエンス辞典」とか「光技術総合事典」とかは、アマゾンではちゃんと分類されてないので、普通に探してもなかなか出てきません。

 もっとも、どの本も馬鹿高いので、ホントに買うかどうかは、まだ検討中。。。(^^)

(10 万円くらいの仕事で、1 万円以上する資料をバカバカ買ってたら、完全に赤字だもんね (^^))

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早く買いたい「日本語大シソーラス」

日本語大シソーラス―類語検索大辞典―日本語大シソーラス V2 通常製品  日本語で初めての本格的シソーラスという世評も高い、あの「日本語大シソーラス」に、待望の CD-ROM 版が登場。ということで、早速購入しようと思ったのですが、ロゴヴィスタのホームページを見たら、「ダウンロード製品近日公開予定」と書いてあるじゃありませんか。

 パッケージとか余計なマニュアルとかあってもどうせ邪魔なだけだし、こっちの方がかなり安いよな。ということで購入を思いとどまっているのですが、 肝心のダウンロード製品がなかなか公開されません。ロゴヴィスタさん、待ちきれないよぉ(^^)。

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やられた!

 キャサリン・ブラックリッジのあの本(残念ながら、ここに書けるような書名ではないので、興味ある人は検索してみてください。でも、内容は真面目な本なんですよ(^^))。いつの間にかベストセラーになってるじゃないですか。ぼくもどっかに売り込もうと思って、密かに狙ってたのになあ。。。(^^)でも、その手の本なら、実は他にもいろいろ目をつけているのはあるのだよ(^^)。早く売り込まなきゃね(^^)。

 ところで、原書には、思いっきり見えちゃってる写真があって、著者自身も序文で、この写真は日本語版ではカットされるかも知れない、みたいなこと書いてるんだけど、実際はどうなったのかなあ(^^)。

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報ステの翻訳

 前から思っていたのですが、報ステの字幕翻訳って、ちょっと誇張傾向がありますよね。古舘さんが「ブッシュ大統領が、日本人に米国牛肉の安全性を教えてあげると言っています」とか紹介したので、注意して聞いてみたら「explain」って言ってるだけでした。(ちなみに、News 23 では、まったく同じ文章を「説明しなければならない」と訳していました。)

 まあ、こんなのは罪のない例ですけど、油断してると致命的なミスリーディングになることもあるので、少し気をつけたほうがよいのではないでせうか。

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瞬間風速はあてにならない

 今朝、「辞書にない英語」という Wiki のアクセス解析情報を見てみたら、アクセスが妙に増えているのでびっくりしたのですが、どうやら、yomoyomo 氏がはてなで紹介してくれたせいみたいですね。

 livedoor の「ピックアップ」に取り上げられたときにも、瞬間風速的にアクセス数が増えたのですが (その時も「ホリエモン (の想定外のうまい店) に勝った!」とか書こうかとか思ったのですが、シャレだと思ってもらえないような気もしたので、やめたのでした(^^))、今回の方がそれ以上に効果があるようです。yomoyomo 氏がすごいのか、はてながすごいのか、よくわかりませんが(^^)。

 それにしても、こんなサイトが総合ベストテンに (一時的にでも) 入るなんて、どー見ても「世の中まちがっとるよ~(植木等)」という感じなので、ベストテンに入っているのだから、面白いに違いない、とか勘違いしないでくださいね(^^)。

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JDT と EBStudio

 今頃という感じですが、「英辞郎」を第二版に更新しました。一度は、JammingDicTools で Jamming のユーザー辞書にコンバートしてみたのですが、あまりに検索が遅いので、結局、EBStudioEPWING化しました。

 Jamming はすばらしく使い勝手のよい安価なシェアウェアで、しかも、新しい辞書フォーマットにも精力的に対応してくれるので、作者の方にはいつも感謝しているのですが、なぜか EPWING 辞書にくらべてユーザー辞書の検索が遅いということだけは、指摘しておかなければなりますまい。というわけで、Jamming で英辞郎を含めた辞書を串刺し検索したいが、レスポンスの早さにもこだわるという方は、EBStudio を使って EPWING 化することをお勧めします。

 プログラマ的感覚からすると、独自フォーマットの方が、データ構造をアプリケーションに最適化できるので、パフォーマンスはよくなることが多いはずなんですけどね。そのへんちょっと不思議です。

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マッコウクジラ

 トリビアだけど、マッコウクジラって、英語で sperm whale っていうの、知ってた(^^)?

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なか見検索

 ついに、amazon.co.jp でも、本の内容を直接検索できるサービスを開始したようです。このサービス、本家アメリカの amazon.com ではかなり前からやっていたもので、翻訳者にとってはひじょうに重宝するサービスです。

 たとえば、意味のわからない英単語や熟語に遭遇し、ウェブ検索でもヒントが見つからないときには、amazon で検索をかけてみるわけです。そうすると、本文の中にその単語や熟語が出てくる本が見つかるので、その本がどんな分野の本かを見るだけでもヒントになるし、最悪、問題の言葉が一番よく出てくる本を買って読んでみればよいわけです。もっとも、さすがに辞書や事典のような本については、このサービスはやっていないようですが(^^)。

 ちなみに、Google Print というのもこれと似たサービスで、こちらには複数の書店へのリンクが貼られています。

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Dictionary of British Education

 私立の学校を public school と呼んだりするイギリスのわけのわからない教育制度を読み解くのに絶好の辞書を発見しました。これを読んだら、"level 1" みたいな用語法に対する疑問が氷解しました。

 ちなみに、eBooks.com という店に行くと、この本の電子書籍版が手に入ります。この店は、amazon.com みたいに、購入してからダウンロードできるまでの間にタイムラグがないので、お急ぎの方にはお勧めです(もっとも、amazon.com のリンクから買ってもらったほうが、ぼく個人は儲かるのですが(^^)。

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航空英和辞典

 偶然見つけたんだけど、この「航空英和辞典」っていうやつ、妙に翻訳者の購買欲をそそりますね。だいたい、こういう現場の人が作った辞書には、普通の辞書に載ってない情報が含まれていることが多いのです。カバーに書いてあるタイトルは「航空英和辞」なのに、説明のテキストでは「航空英和辞」になってるところも、なんだかすごい(^^)。でも、Amazon.co.jp とかで検索しても出てこないんですよね。直販でないと買えないのかなあ。

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Excel の用語集を MultiTerm IX にインポートする方法

 MultiTerm の用語集のインポートには、ちょっと注意しなければならない点があって、もう何度もひっかかっているのですが、そのたびに忘れるので(歳だね)、メモしておきます。

 MultiTerm IX 自体のインポート機能では、XML 形式の用語集しかインポートできないので、それ以外の形式の用語集を取り込むには、MultiTerm Convert というユーティリティを使う必要があります。

 注意しなくてはならないは、このどちらのツールにも、フィールド名をマッピングする機能がないので、コンバートをかける前に、インポート先の MultiTerm 用語ベースの定義に合わせて、インポート元の Excel スプレッドシートの列見出しを変更しておく必要があるということです。

 たとえば、英和のバイリンガル用語ベースだったら、列見出しを [English] と [Japanese] にしておく必要があります。ややこしいことに、MultiTerm Convert には、[インデックスフィールド] を指定する機能があるんだけど、これで [English] とかを指定しただけではだめなので注意。

 これ、何回やっても忘れるんだよね~。ってゆーか、そのぐらいマッピングできるようにしとけよ~。今どきそんな融通の効かないソフト、あんまないぞ~(^^)。

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Amelia は宣伝効果が大きいかも

 最近、Amelia という翻訳者コミュニティに入会してホームページの URL を掲載してみたのですが、アクセスログを調べてみたら、そこから飛んで来てる人、かなり多いですね。他にもいろんな翻訳コミュニティに登録したのですが、これまでで一番効果があったかも知れません。もっとも、まだ「新着情報」扱いだからアクセスが多いのかも知れないので、あまり断言はできませんが。

 しかし、あんまり [Japanese] のページを見る人が増えると、こんなバカなことばっか書いてられなくなるので、それはそれでヤバいような気もする(^^)。そろそろ、もうちょっとビジネスライクなページを作らなきゃいかんですねえ。

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わかんねえならわかんねえって言え~!

 最近の子、とか言ってひとくくりにするには失礼だとはわかっているが、最近の子と仕事をしていてどうにも我慢ならないのは、実際にはわかっていないことを、なんかわかったフリをしてごまかそうとする子が多い、ということだ。

 たとえば、先日ある翻訳エージェントが原稿を送るのに、「FAX ならすぐ送れますが、どうしますか。」と言ってきたので、「FAX だと画質が悪くて OCR をかけてもエラーが多いので、できたら電子化したものが欲しいのですか。」と返事をした。ところが、送ってきたファイルを見てびっくり。原稿をスキャナでスキャンしたものを、イメージのまま PDF 化して送ってきたのである。さらによくよく見ると、画像のヘッダ部分に日付やファックス番号まで入っている。つまりこの人、もともと FAX で受け取った原稿を、そのままスキャナでスキャンして送ってきたらしいのである。それだったら、そのまま FAX で送ってもいっしょじゃねえか!

 確かに、「電子化」とだけ言って、それ以上具体的な内容を書かなかったという点では、こちらも舌足らずだったかも知れない。しかし、わざわざ「OCR をかけてもエラーが多いので」と書いているのだから、何のために電子化してほしいかはわかるはずである(実は、さらに「失礼ですが御社には OCR の設備はありますか?」とまで念押ししているのである。もちろん、こちらとすれば、いちいし先回りして、「あなたは OCR という言葉をご存知ですか?」などということを聞くわけにもいかないのだ)。

 このことからわかるのは、

  • この人は、翻訳者がなぜ電子化された原稿を望むのかという理由をわかっていない。
  • さらに、OCR という言葉の意味もわかっていない。
  • そのくせ、そういう疑問点を、相手にも周囲にも聞こうとする気がない。

ということである。

 この中で、無知であるということは、実はたいした問題ではない。今のような情報化し多様化した時代に、なんでもかんでも知っているなどということはありえないのだから、誰だってなんかの分野では無知なのである。もっとも、翻訳エージェントにつとめているくせに電子化の意義も OCR という言葉の意味も知らないのはプロとしてどうか、という意見はあるだろうが、ぼくはもともとそのへんには甘いのである。

 ただ、ぼくがどーしても我慢ならないのは、わかってないくせに、なぜ人に聞こうとしないのか、ということだ。もちろん、ぼくに直接聞いてくれたっていいのだが、それが恥ずかしいのなら、周囲の先輩とかに聞いたっていいじゃないか。なぜそんな簡単なことすらせず、てきとーに誤魔化そうとするのか。それで一時的に守られる君のプライドと、周囲にかける迷惑と、どっちが大事なのか。

 こういうことは、他の翻訳者の翻訳をレビューしている際にも感じることがある。やっぱり、わからないのになんとなく誤魔化している人が多いのである。はっきり言うが、レビューする立場からすれば、わからないで誤魔化しているところを発見するより、正直に「ここはわかりませんでした」と書いてあるのを直すほうが、何倍も楽なのである。それぐらいは、下訳をする人だってわかっているはずだ。

 もちろん、プロとして働いている以上、自分の能力のなさをさらけだすようなことをするのはつらい。そのぐらいはぼくだってわかる。でも、仕事というのは、自分だけのためにするもんじゃないのだから、相手にかける迷惑はどっちが大きいのか、ということを考えるのを忘れないでもらいたい。ぼくのようなオヤジだって、毎日恥をかきながらがんばっているんだぞ。恥になるようなことをしても許してもらえるというのは、若者の特権なのだから、もっと恥をかきなさい。

 …てゆーか、君たち自身が思ってるほど、周囲の人は、君が無知かどうかなんて気にしてないと思うよ。ぼくだって、別にわざわざ人のあげあしをとりたいわけでもなんでもなくて、円滑に仕事を進めたいだけなんだから、聞かれれば教えますよ。もちろん、これだって程度問題で、あんまり何も知らなかったら仕事にも影響するだろうけどさ。もともとそんなたいした問題じゃないことを、気にしすぎなんですよ。それがイライラするの。わかった?

(ほんとは、こんなとこにグチみたいに書くよりも、直接相手に言うほうがぼくの性にあっているのだが、そうしたらしたで、つまんなく逆切れされたりするので、そんなんで取り引きを切られたりしてもバカバカしいので、こういうところに陰湿に書いておくことにする。まあ、名前は伏せてあるからいいでしょ。)

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古典翻訳塾

 翻訳家の山岡洋一氏が、古典翻訳塾をやろうと構想しているらしいです。氏は、役割を終えて時代遅れになった「翻訳調」で訳された古典を、現代的な訳で訳しなおす必要があると考えており、そのための人材を育成したいのだそうです。興味のある人は、今月号の「翻訳通信」を読んでみましょう(購読のためにはメアドの登録が必要)。

 ぼく自身は、クロニンジャーの分類でいうところの novelty seeker らしくて、古典よりは新しいものが読みたい方なので、やめときますけど(お前なんてこっちからお断りだよ、って言われそうだけどね(^^))。

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辞書にない英語

 livedoor WIKI で「辞書にない英語」という Wiki を作ってみました。今のところ、手持ちの辞書には載っていない英語の意味を調べた結果を、個人的にメモしているだけですが。

 もちろん、Wiki の特性を生かすためには、みんなで書き込めるようにしたほうがいいことはわかっているんですが。ただ、あまりつまらないエントリーをたくさん追加されても困るし、管理に手間がかかるのもいやなので(^^)、そのへんをどうしようか思案中です。

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いんちきトライアル

 暴露ついでにもう一つ、翻訳のいわゆるトライアルに関係して、最近あった出来事を暴露してしまおう。

 トライアルというのは、翻訳者の能力を試すために、対象となる文書の一部だけを試訳することなのだが、最近ある翻訳エージェントからトライアルの依頼を受けた。どうやら、そのエージェント自体がクライアントからトライアルを要求されたらしく、それをそのままこっちに回してきたらしい。そして、このトライアルに合格すれば、こっちにもたくさん(○万ワードの)仕事をまわせるとかいう。しかし、先約があって、とてもそんな大量の仕事は引き受けられそうになかったので、断ろうとすると、トライアルだけでいいからやってくれ、と言い出した。

 しかし、トライアルというのは、翻訳者の質を確認するためにやるのだから、仮にフリーランスにアウトソースするにしても、トライアルと実際の翻訳は、同じ人間がやるのでなければ筋が通らない。そのエージェントにそう言うと、仕事は大量にあるから、どうせ一人の翻訳者ではこなしきれない。だから、できる分だけでいいからやってくれ、とかなんとかいう返事。結局、それ以上強く断るのも面倒になって、トライアルの訳を送ったが、結局、その後の仕事とやらは来なかった。

 ぼくの想像では、どうも、このエージェントは、トライアルだけ単価は高いが能力の高い翻訳者(自分のことです。ごめんなさい(^^))に依頼し、実際の仕事は安かろう悪かろうの二流の翻訳者に依頼することによって、コストを削減しているらしいのである。

 翻訳者の質に関する情報は、供給側だけが持っていて、需要側にはわかりにくい。つまり、翻訳市場には、情報の非対称性がある。したがって、初級のミクロ経済学の教科書にあるような、アカロフの「レモン市場」とか「グレシャムの法則」みたいなことが起こりやすく、一物一価で価格競争をしてしまっては、悪貨が良貨を駆逐することになってしまう。翻訳業界にいる人は、ここのところをもっとよく考えるべきであろう。

 だから、同業者のみなさん。そういう仕事は、決して引き受けないようにしましょうね。少なくとも、ぼくは二度と受けません。はい。

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Spin の語源は?

 先日紹介した「仁義なき英国タブロイド伝説」という本には、spin という英語の語源について、「『スピン』には回転する、かき回す、という意味から転じて『情報操作』という意味がある。」と書いてあって、そんなものかと思っていたのですが、今、Wikipediaspin という項目を見たら、"Significant Progress In the News" の略だとか書いてあるじゃありませんか。

 あわてて、手持ちの語源辞書とかインターネット上の語源辞書とかもチェックしてみたのですが、類似の記述は見当たりません。いったいどっちがホントなんでしょう。別に、だからと言って夜眠れなくなるほどではありませんが(春日三球・照代って知ってる(^^)?)、ちょっと気になっちゃいますね。

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ロボワード for トランサーの問題点

 PC-Transer に付属しているロボワード for トランサーという製品、今までほとんど使ってなかったので気づかなかったのですが、このソフトを起動していると、PC-Transer の学習辞書機能が使えなくなりますね。

 このロボワード for トランサーPC-Transer と辞書を共有しているのですが、どうやら、この共有辞書のファイルを開くときに排他アクセスで開いているようですね。

 まあ、PC-Transer の方には学習機能で辞書ファイルを書き換える必要があるんだろうから、排他で開くのもまだわかるのですが、ロボワード for トランサーの方は、別に排他で開く必要ないんでないの?

 っていうか、いまどき排他で開きっぱなしにしなくてもさあ、書き込むときだけ排他で開きなおせばいいんじゃないの? それとも、なんか、高速化のためのハッシュテーブルとか、ややこしいインデックスのデータでも作ってて、同期するのが面倒なのかなあ。

 まあ、細かい事情はよくわかりませんが、いずれにせよ、ちょっと減点ポイントですね(^^)。

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シャーロック・ホームズ(について)の思い出

 山岡洋一氏がやっている「翻訳通信」という Web 雑誌で、仁木めぐみさんが「私的ミステリ通信」という連載をしていて、その中に、「シャーロック・ホームズカルトクイズ」みたいなのが載っていたので、早速やってみたら、10 問中 8 問も正解してしまいました(^^)。

 仁木さんは、「7問~9問、ホームズ・マニアでしょう。周辺書や関連書が出ていないか、いつもチェックされているのでは?」などと書いているのですが、そんなことないです(^^)。ホームズが好きだったのはかなり小さいころで、でも、子供の頃に凝っていた事って、歳をとっても意外と覚えてるものですよね。

 もともと、小学生の頃は、ホームズよりもルパン(ルパン三世じゃなくて、ルブランの書いたアルセーヌ・ルパンの方ね)が好きで、近所の図書館で全巻読破した覚えがあります。ホームズを読んだのは、たしか、中学校の図書館でじゃなかったかなあ。「フッフー」とかいうパイプをふかす擬音が随所に挿入されてて、独特の訳だったけど、わりと読みやすかったような気がします。その後は SF の方に行ってしまったんで、ホームズ・ルパン以外のミステリの名作って、意外と読んでないんですけどね(^^)。

 今、ホームズで一番印象に残っている台詞は、"The Boscombe Valley Mystery" の最後に出てくる、

"There, but for the grace of God, goes Sharlock Holmes."

(「神の恩寵がなければ、お前も同じような罪を犯していたのだぞ、シャーロック・ホームズよ。」)

というやつ。たぶん、ホームズのような「正義の味方」がそんな台詞を言ったところが、子供心に印象的だったのだと思いますが、今考えると、これはキリスト教の予定説 (predestination) の表れなんじゃないかと思いますね。

 これに限らず、子供の頃読んだ翻訳物で納得いかなかったところが、文化の違いが原因だったということは結構あるような気がします。今またホームズを読み直したら、いろいろと新しい発見があるかも(^^)。

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大きすぎるのがタマにキズ

 朝日出版社の電子辞書・例文集 ASAHI SENTENCE の後継に当る E-DIC、リリース直後に購入していたのですが、Jamming で対応するまでインストールを保留していました。先日対応してくれたので、早速インストールして試用してみた次第。

 (いつものことながら、Jamming 作者の今井あさとさんの対応の早さには感謝しております。本業もお忙しいことでしょうに。)

 ASAHI SENTENCE のころからそうでしたが、この辞書は、特に、俗語や新語に強く、また今回追加された科学技術系の用語にも、意外と他の辞書にはない言葉がたくさん含まれているようです。

 ただ、見出し語 72 万、例文 10 万というだけあって、検索が遅いです。これは、辞書付属の検索アプリでも Jamming で大差ないので、特に、Jamming で串刺し検索をしているときにはかなりのストレスになります。まあ、データが多いのは基本的によいことなので、文句を言うべきことではないんですけどね(^^)。

 Amazon.co.jp のレビューを見ると、アプリが使いにくいとか他の辞書がいるとかいう批判があるんですが、ぼくはアプリは Jamming しか使う気ないし(^^)、翻訳者の場合には、最初から他の辞書と共用することを前提としていますから、そういう意味での不満はないです。

 ただ、朝日出版社の方も、これが普通の辞書の代用になるような言い方で宣伝してるのはマズいんじゃないかな(^^)? この辞書は、収録語数は多いものの、初学者が最初に買う辞書やメインの辞書として使えるような辞書では決してありません(初学者には語法の説明が親切な「ジーニアス英和・和英辞典」、汎用性があって収録語数の多いものが欲しい人には「英辞郎」あたりをお勧め)。そういう意味では、ちょっとマーケティングに問題があるのかも知れません。

 言い忘れたけど、収録データ量から考えれば値段も安いです。

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機械用語大辞典 CD-ROM 版

 「機械用語大辞典」という電子辞書を買ってみました。値段も高いし、インターネット上の口コミ情報も少ないので、おっかなびっくりという感じだったのですが、これはわりと「当たり」のようです。

 翻訳者の使う辞書というのは、日外アソシエーツで出してる専門用語対訳集のシリーズみたいに、収録語数がむやみと多くて、そのかわり説明が少ない(上の対訳集なんか、ほとんど訳語だけでなんの説明もない)ものと、岩波の理化学辞典みたいに、収録語数はある程度絞られているが、解説が詳しいものに分けられます。(もう一つ、非常に狭い分野に特化した用語集というのもあって、この場合には、収録語数が少なくてもかなり役に立つことがあります。もちろん、分野が広く、収録語数が少なく、なおかつ、説明も少ない辞書というのは、ほとんど使いどころがありません(^^))

 背景知識が十分にあって、訳語の選択を誤らない自信のある分野であれば、前者の方がありがたいのですが、それほど詳しくない分野で泥縄式にキャッチアップしたいような場合には、後者のような辞書が役立ちます。

 この「機械用語大辞典」はどちらかというと後者で、日外の「CD-専門用語対訳集 機械・工学17万語」に比べれば、収録語数は約 1 万 5 千語と少ないのですが、解説は図解などもあって非常に詳しく、必ずしもこの分野が専門でない人が専門書を読む際にかなり役立ちそうです。

 これまでは、同じような用途で「英和・和英 機械用語図解辞典」というのを使っていて、これもなかなかいい本なのですが、収録語数 (約 1 万) でも解説の詳しさでも、「機械用語大辞典」の方が少しずつ上回っているようです。

 なにより、「機械用語大辞典」は CD-ROM 化されているところがいいです。なぜか商品の説明にはどこにも言及されていないのですが、フォーマットは EPWING なので、当然、Jamming などを使っての串刺し検索も可能です。

 この辞書、EPWING なのに、なぜか EPWING コンソーシアムのサイトにものってないし、インターネット上の口コミ情報も少ないのですが、値段の高さに目をつぶれば、かなり「使える」辞書だと思いますよ。

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日本語のコロケーション辞書

 翻訳文が不自然になる理由としてありがちなのが、コロケーションが合っていないというパターンです。これはもちろん、単語単位で訳を考えるせいで、コロケーションが合っていないこと自体は訳文を読み直せばわかるのですが、よりコロケーションの合った訳を即座に思いつけるとは限りません。だから、日本語のよいコロケーション辞典というのは前から欲しかったのですが、これがまた驚くほど少ないんですよね。

 私の知る範囲では、「究極版 逆引き頭引き日本語辞典」というのが、最近までほとんど唯一の選択肢でした。これは、小内一さんという校正をやっていらっしゃる方が、現代作家の小説から独自に用例を収集したという労作で、さすがにかなり実用的にできてるとは思うものの、組み合わせが名詞と動詞しかないし、いかんせん紙媒体なので、引くのがめんどくさい。

 そう思っていた矢先に、「EPWING版 CD-ROM 日本語表現活用辞典」という商品が出たので、かなり期待して取り寄せたのですが、あんまり使えませんでした。

 まず、見出し語が少なすぎて、見出し語だけ検索してもほとんどヒットしません(しかも、今どき「ひらがな」でないとヒットしなかったりする)。そのうえ、たとえば、「あいする」という見出し語を検索すると、

[1](家族、友、隣人、同胞、学校、祖国、郷土、町、下町)を愛する

というような説明文が出てくるのですが、たとえば、ここから「家族」を検索しても、見出し語検索ではヒットしないのです。

 もちろん、さすがに全文検索ならいっぱいヒットするのですが、そんなんなら、わざわざこんな辞書を使わなくても、ウェブ検索でもコーパス検索でも似たようなことはできるわけですからね。

 だから、電子化する以上は、もっと見出し語を増やして使い勝手をよくするか、共起の頻度とか使用域とかの情報をつけなくちゃ意味ないだろうと思うんでよね。少なくとも、翻訳者のニーズからすると、あまり「使えない」辞書という感じがしました。

 頼むから、誰かもっと使えるコロケーション辞典出してくれ~。少々高くても買うぞよ(^^)。

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書評とバックグラウンド

 ある翻訳家の方がわりと褒めていたので、安藤進氏の「翻訳に役立つGoogle活用テクニック」を取り寄せてみたのですが、正直すでに実践しているテクニックばかりで、ほとんど得るところはありませんでした。

 まあ、ぼくは元来ソフト屋なので、文科系の人が書いたパソコンを使いこなすテクニック、みたいな本を読むと欲求不満を感じることが少なくありません。だからたぶん、ぼくの感想にはあまり一般性はなくて、どうもコンピュータは苦手、みたいな翻訳者の人にとってはやっぱり有益な本なのでしょう。

 ただ、誰も思いつかないような高度なテクニックが書いてあるわけではないので、自分は翻訳もやるけどプログラムのセンスもある、みたいな人にとっては、それほど面白い本ではないかもしれないよ、とだけ書いておきます。

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SDL が Trados を買収?

 SDLTrados の買収をオファーしたらしいです。SDL も製品自体はそんなに悪いとは思わないのだけど、たぶん、市場シェアは Trados の方がずっと上なんじゃないかなあ。だから、ちょっと驚きました。

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グローバル化は諸悪の根源か?

 山形浩生さんが Economist の翻訳をアップ。「貧乏人は減ってるんですよ(格差は増えたか減ったか?)」と「世銀も認めてます」。グローバル化が諸悪の根源みたいに思っている人は必読。

 さわりの部分だけ引用。

 どんな推計を見ても、貧困が最も猖獗を極めているのはサハラ以南のアフリカだ。もう一度図1 と図 2 を見て欲しい。白丸で表現されているのがサハラ以南のアフリカだ。これらは世界最貧困国であるばかりか、経済成長が最も低い国でもある。こうした国々がグローバル化の犠牲になっていると本気で言えるだろうか? サハラ以南のアフリカ諸国は、歴史的経緯や成り行きや、そしてかなりの部分が自分自身や他の政府による政策のおかげで、その他世界経済からかなり孤立している。これを考えると、かれらがグローバル化の犠牲だというのは変な主張だ。サハラ以南のアフリカははっきり言って、グローバル化で苦しんでいるのではなく、グローバル化不足で苦しんでいるのだ。焦点は国際経済との結びつきがもたらす便益をどうやってこの地域にも広めるかということであるべきだ。裕福な国がこれらの諸国と貿易しにくくしている貿易障壁を廃止すれば、出発点としては上出来だ。

 それに対し、インドと中国を見ると、国際経済統合の恩恵がどれほどすごいものかわかる。どちらの国も、自由市場経済のお手本ではない――まったくほど遠い存在だ。しかしどちらの国も、貿易と外国投資の両方の面で、グローバル経済が差し出した機会を活かす未知を意識的に選んできたことは否定しがたい。

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PC-Transer 要望

 PC-Transer への追加要望。辞書登録時に、登録先の辞書を選択できるようにしてほしい。デフォルトの書き込み用辞書以外の辞書にも書き込みたいときに、いちいち [ツール] -> [設定] -> [辞書] -> [書き込み辞書]で切り替えるのは面倒です。

 デフォルト以外の辞書にも書き込みたい場合というのは、たとえば、翻訳中の文書が複数の分野に関連していて、複数のユーザー辞書を使い分けたい場合とか、あるいは、特殊な用語と一般的な用語を別の辞書に蓄積したいような場合。これができないと、辞書の再利用性が悪くなります。

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ほどほど露出法

 ウェブサイトのアクセスを増やす法、みたいなものについては、マーケティングの専門家もいろいろと研究しているようだし、個人サイトの成功者の方もいろいろ本を出しているようですが、「ほどほどに露出する法」という本が出ないのはなぜだろう、と疑問に思ったことがあります。

 しかし、よく考えると当たり前で、そういう人は本が売れることもあまり好まないはずですし、そういうテクニックがバレることも望まないはずなんですよね。

 つまり、必殺仕事人に仕事を頼む方法(例えが古いか(^^))みたいなもんで、まったく知られていなくてもマズいが、あまりおおっぴらに知られてもいけない。 いくらインターネットが発達しようと、表に出にくい情報というのはあるのです(^^)。

 このブログも、匿名ブログだと思う人もいるかもしれませんが、目立つところに書いてないだけで、ちょっと調べれば、住所氏名性別年齢職業その他すべてわかるようになってます(^^)。でも、余計なセールスの電話とかがうっとーしいので、本当はそういうことすら書きたくないのです。だって、調べればわかる、というヒントを与えてしまうことになりますからね(^^)。ただまあ、匿名と実名の区別にうるさい人もいるし、ぼく自身、匿名で悪口を書くのは決して好きではないので、今回だけ書いときます。ブログの内容に文句があるが、調べても苦情を送る先がわからないという人は、プロフィールのページから直メールを送ってください。

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PC-Transer 要望

 PC-Transer もだいぶ使い込んだので、追加の要望や不満点をまとめておきます。

  • フレーズ種別の指定が効かないことがある。たとえば、This や That が主語になっていると、デフォルトでは限定詞として解釈されてしまい、「フレーズ種別」で名詞句に指定しても有効にならない ("This is a pen." が「このペンである。」になってしまうのは、ちょっとマズくないか(^^))。IT 関係でよく登場する Variable (変数) という名詞なども、形容詞として解釈されてしまう。
  • 「品詞変更」機能を使うと、他のフレーズ種別指定がすべてリセットされてしまう。たとえば、上のような this や variable も、「品詞変更」機能を使えば名詞として解釈できるのだが、その際に、他のフレーズ種別がリセットされてしまうので、あまり役にたたない。
  • 「文型一致文検索」は便利なのだが、これにヒットした文節の、文型に一致しない変数の部分を修正するときに、「訳語対応」や「訳語変更」の機能が使えなくて、手入力での修正しかできない。
  • 訳文のスタイルをもっと細かく指定できるようにしてほしい。たとえば、マイクロソフトのスタイルガイドで指定しているような、半角文字と全角文字の間に半角スペースを入れるとか、数字や記号は半角にするといったスタイルを指定できるようにしてほしい。特に、半角カッコが自動的に全角カッコに変換されるようになっていて、いちいち半角に戻さなくてはならないのは不便。
  • MS Word 用のアドインを組み込むと、MS Word に [翻訳] というメニューが追加されるのだが、Word を再起動するたびに、このメニューが 1 個ずつ増えていき、ほおっておくとメニューだらけになってしまう。(Word XP のバグのせいらしいが)

とりあえずこんなところです。でも、うまく使えば生産性が上がるのは確かだと思います。

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ITCH

 ITCH で終わる英単語は、bitch のほかにも、ditch、glitch、hitch、itch、pitch、stitch、switch、twitch、witch などがありますね。珍しいところだと、fitch (毛長鼬)、flitch (豚の脇腹肉) なんてのも。bitch 以外は別にヤバくなさそうですね(^^)。

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ドングルが壊れた!

 Trados のライセンスが入っている USB ドングルが壊れてしまいました。

 ノートパソコンの USB コネクタに差し込むと、プラグの部分だけ横に突き出した形になるので、常々やばいな~と思ってはいたのですが、差し込んだままノートパソコンを持ち運んだりしているうちに、あちこちにぶつけたりして、負荷が蓄積した結果、根元からぽっきり折れてしまいました(^^)。

 しかも、折れたプラグの先端がコネクタに入ったままになって、抜けなくなってしまいました。ラジオペンチで引っ張ったりしたのですが、どーしても抜けない。ハンダ付けで線だけでも結線してみようかと思ったのですが、このままではそれすらもできない。

 この際、Ver 6.5.5 から導入された、ソフトキーライセンスに切り替えようかと思ってオーダーしたのですが、ファイルをダウンロードできるまでには、2 business days もかかるらしい。そんなに待ってらんないよ~(^^)。

 もともと、このドングル方式って、プロテクトの方法としては、あんまりいい方法じゃないと思うんですよね。数少ない USB コネクタをムダに占拠するし、ホームオフィス内の複数のマシンで使用するにも、いちいちドングルを持ち運んで差し替えなくちゃならないし。Trados でソフトキーを導入したのも、きっとあまり好評じゃなかったからなんでしょうね。 

 まあ、自分がガサツだからいけないんだけどさ~、弱っちゃったな~(^^)。

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Advanced Search Sidebar

 Advanced Search Sidebar が、いつの間にか FireFox 1.0 でも使えるようになっていたので、1.0 にバージョンアップしました。これまで、このサイドバーを使うだけのために、アップグレードしないで、わざわざバージョン 0.8 のままで使っていたで、感激です。0.8 でもかなり軽いブラウザだと思ったのに、1.0 では、ウィンドウを開くのがさらに速くなっていますね。おかげで、仕事の効率も上がりそう。

 このサイドバーは、なぜか、Extensions のページには出てこないので、知らない人もいるかもしれませんが、これを使うと、FireFox でも本家 MozillaNetscape と同じような串刺し検索ができます。

 検索対象のサーチエンジンは、Mycroft プラグイン (Mac の Sherlock のフリーウェアバージョン。なぜ Mycroft かは、シャーロック・ホームズの小説を読んだことのある人ならわかるはず(^^)) を使えばいくらでも拡張可能です。このプラグインは、このページからダウンロードすることもできるし、自作するのも簡単です(このブログでも、私が自作したプラグインを何度か紹介しました)。

 ウェブの串刺し検索機能は、翻訳者を初めとして、調べものを頻繁にやる人には必須の機能だと思います。辞書サイトを検索するにしても、あっちを検索して見つからない、こっちを検索しても見つからない、などとやっていたら、日が暮れてしまいますからね(^^)。Copernic のような専用のアプリケーションもありますが、個人的には、このサイドバーの方が、拡張性と使い勝手とコストのバランスがよくてお勧めだと思います。

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人工無脳と英会話

 昨日の「報道ステーション」で、愛・地球博に使われている案内嬢ロボットが出てきましたが、喋り方が、なんだか、昔流行った「人工無脳」というおしゃべりプログラムみたいでしたね。

 「人工無脳」というのは、人工知能にひっかけた言葉で、実際には意味を理解していないにもかかわらず、なんだかそれっぽい会話ができるプログラムのことです。

 この「それっぽさ」を出すためにも、いろんなテクニックがあります。たとえば、相手が自分のデータベースに登録されていない言葉をしゃべったら、「XXX ってなんですか」と聞き返すとか、あるいは、と自分から話題を変えるとか。

 考えてみると、こういうテクニックって、英会話にも応用できると思うんですよね。ぼくも、会話はそれほど得意ではないので、あまり偉そうなこといえませんが、特に、質問をする能力というのは、会話にとっては重要だと思います。

 なぜかというと、英語の勉強を始めたばかりの人というのは、ネイティブの人に比べると、圧倒的に語彙が少ないわけですから、相手が自分の知っている単語だけで喋ってくれる確率って、すごく小さいんですよね。それなのに、1 個でも知らない単語が出てきたらお手上げになってしまうのでは、いつまでたっても満足に喋れないことになってしまいます。

 でも、日本人同士だと、大人と子供とか、語彙に差がある人の間でも、会話って成立してますよね。それはなぜなのか? それは、子供は、知らない言葉が出てきたら、「XXX って何?」と聞き返すことができるからです。

 したがって、この聞き返す能力と言うのは、英会話の初心者にとってもっとも重要なテクニックだと思うのですが、少なくともぼくの世代が受けた教育では、一度も教わったことがありません。これは非常におかしな話で、これでは実用的な会話能力が身につかないのも当然だと思ってしまうのです。

 まあ、時代も変わって、英語教育のカリキュラムもだいぶ進歩したようなので、今の子供はもっと実用的な英語教育を受けていると信じたいですけどね(^^)。

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Too bad!

 なぜか、「英語でしゃべらナイト」にギター侍が出てて、パックンの協力で、ブッシュ大統領斬りのネタを英語でやってました。

 それによると、「言うじゃな~い」は「He says, you know?」、「残念」は「Too bad!」だそうです。「斬り」はなぜかそのまま「Giri!」。ギャグとして成立しているかどうかは謎。

 なんか、アメリカへ行って、英語でアメリカ斬りのネタをやりたいとか言ってました。そういえば、長井秀和氏も似たようなこと言ってましたね。

 お笑いの人にもこれだけの志があるのですから、論壇にも、Foreign Affairs とかにバリバリ投稿して世界世論を変えてやるぜ、みたいな人は出てこないのですかねえ。日本の中だけでこちゃこちゃアメリカの悪口とか言ってても、なんかちーさいぞ(^^)。

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TSUNAMI

 と書くとサザンの歌みたいですけど、英語圏では津波を正式にこう呼ぶことにしたらしいですね。

 もっとも、Britanica なんかには、以前から、

The term tidal wave is more frequently used for such a wave, but it is a misnomer, for the wave has no connection with the tides.

(このような波に対して、よく「tidal wave」という言葉が使われるが、津波は tide (潮汐) とは関係ないので、これは誤用である。)

と書いてありましたし、"Children's Illustrated Encyclopedia" なんていう子供用の百科事典にすら、

Tsunami, which are often wrongly called tidal waves,...

なんて書いてあるので、私は、NHK の副音声が「tidal wave」という度に、「それは誤用だ!」といらぬツッコミをしていたのですが(^^)、最近では CNN、や BBC のようなメディアも TSUNAMI と呼ぶようになったようです。

 きっと、一部のインテリが勝手にそう呼んでいるだけで、一般には定着しない用語だったんでしょうね。(^^)

 日本の英和辞典だと、研究社のリーダーズなんかは、「《俗に》大津波」と「《俗に》」をつけて区別しているようですが、大修館のジーニアス改訂版なんかだと、まだ特に区別していないようです。

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日本語論二種

日本語の21世紀のために」丸谷才一・山崎正和

橋本治が大辞林を使う」橋本治

 職業柄、日本語には関心があるので、先日、日本語に関する本を 2 冊続けて読みました。

 この両者、一見立場が違いそうに見えますが、日本語の貧しさの原因が、明治期の近代国家成立時の強引な標準語の決め方にあるという診断や、豊かさを取り戻すための手がかりを江戸時代の演劇や話芸の話し言葉に求めるところなど、基本認識はよく似ています。

 もちろん、日本語を「崩す」方に力点のある橋本氏に対して、「守る」方に力点のある丸谷・山崎両氏とか、書き言葉を話し言葉に合わせようとしている橋本氏に対して、むしろ、話し言葉を書き言葉に合わせたほうがよかったと言っている山崎氏とか、2 人の間のダイアローグを重視する橋本氏に対して、さらに第三者を入れた「鼎話」を重視する山崎氏とか、対照的なところもたくさんあるのですが、両者とも視野の狭い偏屈なだけの人ではないので、同じものを反対側から見ているような感じで、どちらもけっこう面白く読めました。

 私は、古文にはまったく自信がなくて、現代文専門なので、ちょっとドキッとさせられたところもあるのですが、考えてみると、確かに、自分の好きな文章を書く人には、落語とかそういう話芸の好きな人が多いので、そういう日本語の遺伝子はある程度引き継がれているのだろう、と勝手に思うことにしました(^^)。まあでも、少しは古典もべんきょーしないとダメだよね。

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PC-Transer のパッチ

 気が付かなかったのですが、12/14 に「PC-Transer Studio メンテナンスパック」というパッチがリリースされていて、これをインストールしたところ、前に挙げた、

  • 対訳ビューの日本語部分の入力モードが、デフォルトで半角になっているみたいで、何度全角に変更しても、すぐ半角に戻ってしまう。とっても不便。

は修正されてました。めでたしめでたし。

 この修正のタイミングだと、このブログが読まれてた可能性もありますね(^^)。失礼しました。

 また、ペインの動作も変更されたみたいで、ペインのコンテキストメニューから [フローティング] という選択肢が消えていました。前は、これを選択すると、ペインが MDI ウィンドウと同じ扱いになって、タブの 1 つになったりしていたのですが、あまり必然性がわからなかったのは確か。

 これひょっとして、Delphi かなんかのコンポーネントのデフォルト設定をそのまま使ってるだけでは? 邪推かも知れませんが、このへんの動作も結構使い勝手には影響するのですから、そういうことはないように願いたいのですが。。。(^^)

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MT 導入記3

 どうも、PC-Transer くんは、「Not only can S V ~」というような倒置構文を理解できないらしく、「缶だけでなく、S は V する」とか「S が V する缶だけでなく」とか訳してしまいます(^^)。

 う~ん、これそんなに難しいかなあ(^^)。 can が普通名詞でないことは、単数無冠詞で出てきてるのを見ればわかりそうなものですが。。。そういうチェックをする前に、先に構文を決めてしまうようですね。。。

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女子高生と High School Girls はどう違うか?

 別にヒット数向上を狙っているわけではなくて(と言いつつ少しは狙っているが(^^))、あの大島永遠さんの「女子高生」の英訳版を読んだというお話です。

 まず驚いたのは、普通、縦書きのマンガを横書きの言葉に訳す際には、読む順序が逆にならないように、裏焼きにして左右を反転させ、左開きにするのことが多いのですが、この本は右開きのまま。

 また、描き文字なんかも、日本語の描き文字をきちんと消さずに、上から英語の描き文字を重ね描きしてあったりします。注意書きには、「原書に忠実に」みたいなことが書いてあるのですが、ちょっと手抜きっぽい感じ。

 もっとも、描き文字の差し替えがかなり大変な作業だということは理解できるので、これからは、最初から多言語出版を意識して、描き文字だけ別レイヤーに書いて後から合成する、みたいな方法が主流になるのかもしれません。(たぶん、Comic Studio みたいなのを使えば簡単にできるでしょう。)

 翻訳者のはしくれとしては、やはり、原作に散りばめられているコギャル用語がどう訳されているか、というところに一番興味があったのですが、たとえば、「ハブる」なんかにしても、"push out" とか "leave out" とか、わりと普通に訳してありました。

 以下に示すように、他にも、明らかに原書とニュアンスの違うところが散見されました。(ただし、原書は処分してしまって手元にないので、日本語の方は記憶で書いてます。)

  • 日「熊っぽい? フィーリングでしゃべんなよ。
  • 英 "Beastly? What's that supposed to mean?"
  • 日「カンベンしてよ。男を見る目まで落ちちゃうのかよ。
  • 英 "Serious? Your standards are that low?"
  • 日「結局、彼らはカラオケ部に入った(帰宅部とも言う)
  • 英 "So in the end, we didn't join any club and went to karaoke instead."
  • 「(RPG 風に)絵里子は協調性を身に付けた!
  • 英 "Eriko resorting to conformity."

 このマンガはもともとカルチャーギャップ・ギャグの一種で、女子高生の世界と言う、近そうで遠い「異文化」を楽しむマンガだと思うのですが、この英訳版では、そういう微妙なニュアンスはやや失われて、ただのおばかな高校生の話みたいになってしまっているような気がします。もっとも、英語国民にとって、日本は最初から異文化なので、この「近そうで遠い」感じを出すのが非常に難しい、ということは理解できますが。

 裏表紙の紹介文にも、"As the student body comes of age we witness their search for love, sexual controversy and the rivalry between cliques." などと書いてあって、明らかにふつーの青春コメディみたいに捉えられてますよね。

 とはいえ、アイドル "Hottie" 小田切センセイ直伝の「元素記号の覚え方」が訳してあったところはかなり笑えました。もっとも、ここを訳さないと、この話の後半ほとんど成立しないですもんね。かなりがんばったんでしょうねえ。(^^)

 というわけで、日本人がわざわざ英訳版で読む意味はあまりないような気がしますが、物好きな人はどうぞ。

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MT 導入記2

 PC-Transer について、いくつか感想。

(まだ使い始めて日が浅いので、勘違いしてる部分があったらごめんなさい。)

  • EPWING 辞書は、機械翻訳には使えず、参照のみ。しかも、辞書ペインでは串刺し検索が使えないので、あまり役にたちそうにない。EPWING については、今までどおり、Jamming を使ったほうがよさそう。
  • 各ペインの表示方式は、ドッカブルなウィンドウ、フローティングウィンドウ、MDI ウィンドウの 3 種類のうちから選べるが、通常の SDI モードがない。ドッカブルウィンドウは、自由な位置に配置できないし、フローティングは、常に他のウィンドウより前面にくるので、どちらもうっとうしい。
  • 対訳ビューの日本語部分の入力モードが、デフォルトで半角になっているみたいで、何度全角に変更しても、すぐ半角に戻ってしまう。とっても不便。
  • コンコーデンス検索を、対訳ビューから1アクションで実行することができない。[カレント文の選択] で翻訳メモリペインに取り込んでから [キーワード文検索] を実行しなければならないようだ。とってもめんどい。
  • S-Tagger などで作った特殊なタグ付きの文書はそのまま翻訳できない。FrameMaker 文書を翻訳する場合には、 FrameMaker から直接 PDF などに落として読み込むしかないようだ。

 …すいません。かつて、使い勝手をすごーく重視したソフトの開発に関わっていたので、そのへんのことに関しては、つい口うるさくなってしまいます。でも、そういう細かいところを別にすれば、全体としては結構いけてるかな~、と思いますけど。なんか、無理矢理フォローしてるみたいになってしまってすみません(^^)。

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MT 導入記1

 ご多分に漏れず、MT (機械翻訳) など実務に使えない、と思い込んでいたのですが、一部のプロ翻訳者が、出力結果をそのままでは使えないとしても、入力の効率化を図るためのツールとしてなら利用できる、という主張をしているのを知り、それならあり得るかも知れないと思って(半信半疑ながらも)、今度初めて、機械翻訳ソフトを購入しました。中でも最も説得力があったのは、 このページ。

 今回購入したのは、PC-Transer 翻訳スタジオという製品。選択の決め手は、Trados の TM をインポート/エクスポートできること(これができないと業務では使えない)、EPWING の辞書検索に対応していること、そして、同水準の製品の中では比較的安価なこと。購入価格は 2 万ちょっとで、まあ、この値段ならまったく役に立たなくてもギリギリ後悔しないかな、という数字。

 そんなわけで、以後何回かに分けて使用感をメモしていきたいと思います。

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