京アニの 2.5D

 京都アニメーションは、最新の CG や画像処理の技術を、伝統的なセルアニメの文脈に違和感なくさりげなく溶け込ませるのがうまい。このことは、当ブログでも何回か指摘してきた。

 私はかつて CG や画像処理ソフトの開発に携わっていたことがあるので、京アニのアニメを見ていると、自然にそういう処に目が行ってしまうのだが、一般の人は必ずしもそうではないかもしれない。

 そこでこの記事では、京アニのある技法について、具体的に画像を引用しながら紹介してみたい。 京アニの映像の美しさには確かな技術的裏づけがあることを、一般の方にもお伝えできれば嬉しい。

・伝統的なセルアニメとどこが違うか

遠まわりする雛1

遠まわりする雛2

遠まわりする雛3

 これは、「氷菓」の第 22 話「遠まわりする雛」のラスト近くのシーン。(アニメなので仮想の)カメラが、奉太郎とえるが歩いているところを、後ろから追いかけながら、左から右へゆっくりと移動している。

 この画像を見てどう思うだろうか? 確かに美しく描かれた絵には違いないが、それだけのことじゃないのか? としか思わないかもしれないが、実はこのシーンの中に、伝統的なセルアニメとは異なる技術が使われているのである。おわかりだろうか?

・セルアニメはカメラの移動が苦手

 伝統的なセルアニメでは、このようなカメラの移動を、背景の平行移動で表現するのが普通だった。

 芸術的なアニメーションは別として、テレビアニメのような商業アニメーションの場合、作業の手間をできるだけ効率化しなくてはならない。画面全体を 1 枚 1 枚手描で動画にするのでは手間がかかりすぎる。

 そこで、画面を人物と背景に分け、人物はできるだけ動きを多くする代わりに絵を簡略化し、逆に背景はできるだけ動きを少なく(通常は静止画)する代わりに絵を緻密にする。こうすることにより、動きの量と絵の美しさのバランスをとるのが、商業アニメーションの一般的手法だった。

 ところが、この方法には一つ欠点がある。それは、カメラ(視点)を移動するのが難しいことだ。背景を静止画にするという方法は、カメラが固定されていることが前提になっている。カメラが動けば背景も動くから、背景は静止画では済まなくなる。

 そこでさらなる折衷案として、背景を平行移動しながら前景と重ねて撮影する、という手法が生まれた。平行移動だけでいいなら、絵の描かれたセル自体を動かせばいいので、1 枚 1 枚描き直す必要はなくなるからだ。

 ただし、この方法にもいろいろと問題がある。まず、カメラの移動方向が上下左右だけならまだいいが、前後の移動も加わると、当然ながらセルの平行移動では済まなくなる。

 そして忘れてはならないのは、たとえ移動方向が上下左右だけだったとしても、近似的に平行投影と見なせるような超遠距離に背景があるのでない限り、静止画の平行移動だけではパースペクティブを正確には表現できないということである。

 そのため、遠景と近景とでレイヤーを分けて移動速度を変えて動かしたり、カメラの位置に合わせて背景自体を少し歪めて描いたりする方法も使われるが、いずれも完全な解決にはならない。

 だから、昔の昭和のテレビアニメなんかで背景が平行移動しているようなシーンをよくよく見ると、たいてい微妙にパースが狂っている。平行移動では原理的に無理なのだから当然だが。

・平行移動では不可能な変形

 ところが、こういう制約は伝統的なセルアニメならではの制約であって、現代のデジタルなアニメなら回避方法はいろいろある。上で紹介したシーンも、このような単純な背景の平行移動ではない。パースペクティブが狂わないような変形が行われているのである。

 そのことをわかりやすく示すため、各画像にパースペクティブを表すワイヤーフレーム的な線を描きこんでみよう。

遠まわりする雛 - パース付き1.jpg

遠まわりする雛 - パース付き2.jpg

遠まわりする雛 - パース付き3.jpg

 そしてさらに、この 3 枚の画像を平行移動して、人物の位置が一致するように重ねてみよう。

遠まわりする雛 - パース付き合成.jpg

 おわかりだろうか。人物の移動に合わせて移動している電柱や樹ばかりでなく、その奥の背景もぴったり重なっていない。右側にある川縁の線に注目するとわかりやすいが、川縁の角度自体が微妙に変化している。これは平行移動だけではどう転んでも不可能な映像である。そして、パースペクティブ的には正しい透視変換により近くなっている。

・静止画による 3D = 2.5D

 もちろん、ピクサーのフル 3DCG アニメーションのように、背景まですべて 3D でモデリングしてレンダリングすれば、このようなカメラ移動による透視変換を正しく実現することは難しくない。

 しかし上記の映像では、おそらくそこまではやっていないと思う。このような広大な風景をすべてモデリングするのは相当手間がかかるし、このような手描き風の味わいを出すことも難しいだろう。

 これはざっくり言えば、Google ストリートビューと同じような方法で、2 次元の静止画を 3 次元のモデルにテクスチャとして貼り付けて、そのモデルごと透視変換してレンダリングしていると思われる。つまり、2 次元の画像を使って擬似的に 3 次元を表現しているわけで、こういう手法を 2.5D と呼ぶ。

・3D との違い

 では、わざわざ 3D ではなく 2.5D を使う理由はなんなのだろう。もちろん、画面全体を 3D でモデリングするより手間が省けるというのも大きな理由だろう。しかし、もう一つ大きな理由として、手描きの前景と違和感なく組み合わせやすいということがあると思う。

 たとえば、次の画像を見て欲しい。

S2E26「訪問!」 (17).jpg

S2E26「訪問!」 (18).jpg

 これは「けいおん!!」第二期の番外編「訪問!」に出てきた映像であるが、京アニにしては珍しく、露骨に 3DCG であることがわかる映像になっている。おそらく、番外編なので少し実験的に試みたのだと思うが、CG 臭さのようなものを消しきれていない。アニメにフル 3DCG を取り入れると、こうなりがちである。

 2.5D の場合、二次元の静止画は手描きでもいいので、手描きの味を生かすことができ、このような CG 臭さを回避できる。それが伝統的なアニメとの相性のよさにつながるのではなかろうか。

vlcsnap-2013-07-09-21h00m07s76.jpg

vlcsnap-2013-07-09-21h00m17s82.jpg

 これは、「日常」の第六話に含まれている「10円サッカー」というエピソードからの映像である。背景が三次元で派手にグルグル回転しているが、上の例とは対照的に CG 臭さがまったくない。

 勝手な想像だけれども、この映像はおそらく、大雑把な物体の位置だけを 3DCG で描いて、それを手描きでトレースすることによって作られたのではないだろうか。「日常」は全体にギャグタッチで背景も比較的簡素な絵が多いので、そういう方法が可能だったのではないかと思う。

 このように、京アニは昔から 3DCG のような最新の技術を、伝統的なセルアニメの文脈に自然に溶け込ませる努力をしてきたわけだが、2.5D というのはその目的に適した技術だったと思われる。そのため、特に「氷菓」では、2.5D 的な技術が随所に使われているのがわかる。

・関係者の証言

 京アニの関係者は、こういう技術的なことをあまり語りたがらないようだが(もちろん企業秘密もあるのだろう)、この 2.5D の件に関しては、関係者の証言もあるので引用しておこう。

 以下は、「氷菓」の監督の武本康弘氏と構成の賀東招二氏の対談の一部で、DVD 第 4 巻のオーディオ・コメンタリーに収録されているコメントである。

  • 賀東: これもなんか背景面白いなあ。じわーっと動いて。
  • 武本: まあ、このへんなんですけどもねえ。えっと、実はまあ、テクノロジーの進化でですね。いわゆる奥行きのある背景を、手前とか奥に送ったりというのは、昔はちょっと難しかったんですね。画面奥と手前でやっぱり、どうしても絵の小さくなっていくスピードが…
  • 賀東: なんか昔は見なかったような背景の動きを、なんか一話の商店街でまず感じたんですけど。
  • 武本: あれをですね。ちょっと昔だったら、3D で全部画面を組まないといけなかったところが、そこまでしなくても、もう少しお手軽な方法でできるような、プラグインがあって。業界では非常に有名な、Adobe 社の AfterEffect っていう映像のソフトがありまして、これのある機能を使うと…
  • 賀東: ああいうことができる?
  • 武本: ええ、ああいうことができる。
  • 賀東: もうわりと、他のところにも使ってるんですか?
  • 武本: そうですね。まあ普通にもうデフォルトでついてる機能なんで。まあ、多少手はかかるんですけども、3D をゼロから組むことを考えれば、はるかに…
  • 賀東: でしょうなあ。

 ここで言及しているのが、この記事で紹介したような 2.5D 的なエフェクトなのは言うまでもない。

・もっとわかりやすい例

 先の例は、角度が微妙でわかりにくいと感じる人もいるかもしれないので、もう少しわかり易い例も挙げておこう。

正体見たり1

正体見たり2

vlcsnap-2012-12-31-06h59m38s80.jpg

 これは、「氷菓」第7話「正体見たり」のラスト近くに出てくる映像である。奉太郎とえるが歩いていることを、側溝の映像によって表現している。

 この画像にも、先ほどのようにパースペクティブがわかるような線を描き込んで、排水溝の位置が一致するように平行移動して重ねてみよう。

正体見たり- パース付き1.jpg

正体見たり- パース付き2.jpg

正体見たり- パース付き3.jpg

正体見たり- パース付き合成.jpg

 平行移動ではすまない変形が行われていることが、はっきりわかる。

・大事なのは使い方のセンス

 誤解して欲しくないのだが、私が京アニさんに感心するのは、このような技術を使っていること自体よりも、その使い方なのである。

 京アニさんは、これ見よがしにひけらかすような技術の使い方は決してしない。むしろ、伝統的なセルアニメの映像に自然に溶け込むように、さりげなく使うのである。そのセンスのよさが素晴らしい。

 さらに言えば、このような技法は、ピクサーのように最初からフル 3DCG を志向しているアニメーターには思いつきにくい使い方であり、そういう意味で、日本のアニメーターならではの技法だろうと思う。

 クールジャパンとかなんとか軽薄な言い方は好きではないが、日本が伝統的に培ってきたセルアニメの技法の可能性を示す会社として、京都アニメーションにはこれからも注目して行きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京アニのマトリックスネタ

 京都アニメーションのアニメ作品の中に、映画「マトリックス」にヒントを得た、あるいは、意識的に引用していると見られるシーンがいくつかあることに気づいたので、キャプチャ画像で比較しながら紹介してみたい。

 パクリじゃないよ、パクリという名のオマージュだよ、とかなんとか、引用のあるべき姿や京アニの引用哲学について熱く語ろうなどという意図はまったくない。ただ、こんなの見つけちまったぜ、というのをひけらかしてドヤ顔したいだけの記事である。悪しからず。

・「日常」 - 「日常の二十三話」 - 「日常の99~100」

 これは、桜井誠に顧問を頼まれて逃げ回る高崎先生と、中之条剛に告白するウェボシーに付き添うフェっちゃんとが、校舎の階段で交錯するシーンである。そこで場面転換に使われているのが下のような効果だ。

vlcsnap-2013-08-20-06h11m34s245.jpg

vlcsnap-2013-08-19-18h33m30s99.jpg

vlcsnap-2013-08-20-06h11m38s246.jpg

vlcsnap-2013-08-19-18h33m26s98.jpg

 はるか上空から地上の被写体に一気にズームアップする、というカメラワークは、「マトリックス」でポピュラーになった(前例はあるかもしれないが)カメラワークの一つである。ここではその手法を明らかに意識的に引用している。日常的なドラマと人工的でわざとらしいカメラワークとのギャップが一種のギャグになっている。

・「日常」 - 「日常の第二話」 - 「日常の7」

 これは、ヤオイ漫画を落書きしたノートを、間違えてゆっこに貸してしまったみおちゃんが、ゆっこの口の軽さを想像して、「その伝達力は音速!」と怖れるシーンである。下は、その「ゆっこの伝達力」をメタファーとして表現した映像である。

vlcsnap-2013-07-23-21h11m13s86.jpg

vlcsnap-2013-08-19-13h47m19s176.jpg

vlcsnap-2013-07-23-21h11m48s199.jpg

vlcsnap-2013-08-19-13h48m03s64.jpg

 「マトリックス」の方はなんのシーンかというと、「マトリックス・レボリューション」で街中に増殖したエージェント・スミスのコピーが、ネオに倒されてバタバタと消滅していくシーンである。だから、表現している対象は全然違うのだが、表現自体はよく似てると思う。

・「氷菓」 - 第四話「栄光ある古典部の昔日」 - 「奉太郎の推理」

 これは「氷菓」事件で、当初は謎ときに乗り気でなかった奉太郎が、えるたんの深い思い入れを知って、トイレにこもって必死で推理を始めるシーンである。下は、その奉太郎の脳内の思考過程をメタファーとして表現した映像である。

vlcsnap-2013-08-20-03h29m31s124.jpg

vlcsnap-2013-08-19-18h58m26s225.jpg

 「マトリックス」の方は言うまでもないだろう。囚われたモーフィアスを助けるためにマトリックスに進入したネオが、"guns, lots of guns" と言って大量の銃器を「ロード」するシーンである。これも、表現しているものはまったく違うが、構図的にはかなり似ている。

・「氷菓」 - 第十話「万人の死角」 - 「奉太郎の推理」

 これは「愚者のエンドロール」事件で、奉太郎が映画の結末を推理するシーン。下はやはり、その奉太郎の脳内の思考過程をメタファーとして表現した映像である。

vlcsnap-2013-01-12-07h42m21s249.jpg

vlcsnap-2013-08-19-11h07m18s31.jpg

 「マトリックス」の方は、これもかなり有名なシーンだと思うが、「マトリックス・リローデッド」でネオが「アーキテクト」と対面するシーンである。壁いっぱいにモニタが並んでいること、それぞれ別の映像が表示されていること、それが主人公の意識内容を反映していることなど、かなり共通点が多い。おそらく意識的な引用だろう。

・蛇足

 京都アニメーションの映像技術の高さ、映像へのこだわりの深さについては、いまさら私などが語るまでもないことだが、特に実写的な技術をうまくアニメに取り入れることにかけては、他者の追随を許さない。そのような例は、「けいおん!」における被写界深度の細かい設定であるとか、3DCG のさりげない利用とか、枚挙に暇がない。

 この記事で紹介したような映像も、ある意味、京アニの技術的な貪欲さを示しているとも言えるだろう。汗一つかかず軽々とやっているように見えて、実は高度な技術を必要すると思われる映像も多い。

 京アニの映像については、「愚者のエンドロール」における作品内映画の凝り具合とか、語りたいことはたくさんあるのだが、それはまたの機会に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「日常」エピソード一覧

 京都アニメーション製作のアニメ「日常」は、さまざまなネタが雑然と並んでいて、どのネタが第何話でどの DVD に収録されているのか、非常に思い出しにくい。そこで、ネタや登場人物から収録 DVD やエピソードを簡単に検索できるような一覧表を Google Doc で作ってみた。

 利用目的上、備考欄には内容を思い出せる程度の説明が書かれており、その一部は完全にネタばれになっている。ご了承の上利用いただきたい。

 ちなみに、私の好きなキャラは、阪本さんと長野原よしのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ムギちゃんの前衛的なクラスター奏法

 仕事しすぎて疲れたので、息抜きに MAD とか作ってしまった。安物のソフトしか使ってないので、タイミングを合わせるだけでも一苦労。実は、けいおん!YMO のシリーズの密かなファンだったのだが、あれを作るのがどれだけ大変かよくわかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「カイジ」456サイの確率分布

 「カイジ」の「破戒録篇」に出てきた 456 サイのアイデアが面白かったので、Google Doc 上でいろんな確率を計算してみた。

 Google Doc で公開しただけだと、検索にひっかかり難いみたいなので、このブログからもリンクしておくことにする。

 ネット上で似たような計算をしてる人はたくさんいるんだけど、配当の確率分布や期待値まできっちり計算してる人は見当たらなかったので、そのへんに興味のある人はチェックする価値があるんじゃないかと思う。

(前に別の記事でも指摘したことがあるが、一般の統計好きの人は、統計分析というと期待値を計算しただけで満足してしまう傾向がある。でも、期待値というのは、確率分布の数多くの属性の一つでしかない。極めて重要な一つではあるが。だから、できれば標準偏差や確率分布そのものまで計算した方が、現象への理解も深まるということを知っておくとよい。)

 このページは計算結果を羅列してあるだけなので、分り難いと感じる人も多いかもしれない。時間があれば、もっとわかりやすく整理して書き直すかもしれない。期待しないでお待ちください。

 結論だけ引用しておくと、456 サイと普通のサイで勝負したときの、配当の期待値は、

0.896

 確率分布は、

456サイの配当確率分布.png

である。そう聞くと「なんだ元本割れかよ」と思う人もいるかもしれないが、もちろん違う。

 チンチロリンというのは、博打の中では配当のルールが少し特殊で、倍払いや三倍払いといった、掛け金より損害が多い配当がある。だから、期待値を計算する際にも、他の博打のように倍率で計算すると、マイナスの倍率という見慣れない概念を導入しなければならなくなる。

 ここではそれを避けるため、倍率ではなく、所持金の増減量が掛け金の何倍かで期待値を測っている。つまり、引き分けが 0、通常の勝ち負けはそれぞれ ±1、倍付け倍払いはそれぞれ ±2、3 倍付け 3 倍払いはそれぞれ ±3 と評価している。

 だから、0.896 というのは、平均して掛け金の 0.896 倍を受け取れるという意味で、通常の倍率で言えば 2 倍弱に相当する。 やはり相当割りのいい博打と言える。

 456 サイにはピンゾロがないから、意外と得じゃないのでは? と思った人もいるようだが、上のグラフを見ればわかるように、ピンゾロの確率が低過ぎて期待値にはほとんど影響していない。 むしろ、倍付けでもなんでもない目の大小や目無しで勝つ確率の大きさが、最も期待値に影響していることがわかる。このへんも確率分布を計算してみることの効用である。

 あと、この計算では、作中には明記されていない仮定をしていることにも注意してほしい。一般的なチンチロリンのルールでは、親がゾロ目や123・456を出した場合には、子がサイを振ることなく親の総取り・総払いで勝敗が決する。したがって、親と子がゾロ目同士などで対決することはあり得ず、その場合にどちらが勝つかのルールは、特に定まっていない。

 「カイジ」の「地下チンチロ」では、親の出した目に関わらず子も必ずサイを振るルールなので、この点のルールも定まっているはずだが、作中では詳細は明記されていない(ピンゾロ同士が引き分けというのは黒崎が明言しているが)。ここでは、一般に配当の多い目の方が強いと仮定している。

逆境無頼カイジ 破戒録篇  DVD-BOX I
バップ (2011-09-21)
売り上げランキング: 5262

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エウメネス行軍マップ

 「ヒストリエ」に触発されて「対比列伝」とか読み始めたんだけど、一つ問題がでてきた。それは、今と違う昔の地名をずらずら並べられてもどうもイメージがわかないということ。

 それならというので、Google Maps のマイマップ機能を利用して、ディアドコイ戦争におけるエウメネスの行軍経路が一目でわかる、「エウメネス行軍マップ」というのを作ってみた。

 私は歴史学に無知なので、調べていく途中で気づいたんだけど、こういう歴史書に出てくる地名の中には、当然ながら現在の位置がよくわかってない場所も多い。

 このマップの中でも、オルキュニア、ノラ、パラエタケネ、ガビエネあたりは正確な位置がわかっていないらしい。行軍の正確な進路もそう。そのへんは大雑把な推定位置で描いてある。

 ネット上のいろんな資料を参考にしたんだけど、特に役にたったのは、たまたま見つけたこの本。

 前書きを読んでみると、どうも 19 世紀の歴史学者が書いた歴史地図帳みたいなものらしいんだけど、私が欲しい地図がばっちり載っていた。 

AtlasAntiquus-small.jpg

 本来ならこれをそのまま紹介すれば済む話なんだが、このままでは日本人には読みにくいし、自分にとっても勉強になるので Google Maps に移し変えてみた次第。

 あと主に参考にしたのは以下のサイト。

 もちろん、プルタルコスその他の史書自体や Wikipedia なども参考にしたのは言うまでもない。

 ここまで描いてみたら、アンティゴノスその他の将軍の行軍経路も書き込みたくなったが、それをやりだすと何時間かかるかわからないので、とりあえずこの辺で公開してみる。

 歴史に詳しくて私にやらせればもっといいマップにしてやるという自信のある方は、メールでご連絡ください。Google Maps の「共同編集」機能にご招待いたしますので。

 あと、カッパドキアとかパフラゴニアとかキリキアとか、そういう地方の名前も書き込みたかったんだけど、Google Maps にそれに適した機能が見当たらなかったので断念した。何かうまい方法を知ってる人がいたら教えてください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

「けいおん!」論序説

 最近このブログでちょくちょく「けいおん!」に言及しているのは、別に、サブカルチャーに理解のあるフリをしたいからでも、若者に媚を売りたいからでも、カルスタ的な興味からでもない。たまたま見て素直に気に入ったからである。

 私は実は最近のマンガやアニメについてはよく知らない。若い頃は確かにオタク第一世代の一人だったと思うが、最近ではオタクを名乗る資格があるかどうかも疑わしい程度にしか見ていない。

 私は世間で差別的なステレオタイプが流行ると、そのステレオタイプを自称したがる悪癖があるので、自分のことをオタクだとか引きこもりだとか草食系だとか言ってるけど、本物の人から見れば、お前なんかと一緒にされたくないよ、と言うかもしれない。

 だからゼロ年代のマンガやアニメを総括して何か言うほどの知識はないのだけれど、自分の見た範囲で言えば、これは旧世代の人には絶対作れない新世代の作品だ、と感じたのは「よつばと!」と「けいおん!」だけである。

 いつものように簡単に感想を書いて終わりにしないのも、それだけこの作品の歴史的意義を高く評価しているからだ。何か書くにしてもおいそれとは書けない。他の文化人や知識人がこの作品をどう論じているかもサーベイしてから書きたい。そんな面倒なこと滅多にしないのだが。

 吾妻ひでお御大がこの作品をフェティシズムだと言ったそうだ。確かにそう言いたくなるところはあるのだが、必ずしも性的なフェティシズムではないのだ(むしろこの作品では、性的な表現は極めて抑制されていて、それもこの作品を語る上で重要な論点なのだが、今回は省略)。その意味では「萌え」かどうかも怪しくて、むしろディティールへの愛とでも言った方がよいと思う。

 そう。この作品はディティールへの愛に溢れている。ちょっとした表情や仕草から、楽器や食器やお菓子、風景や季節感の表現に至るまで。だからそれが感じ取れない人にとっては、この作品は単に平凡な人物が平凡な日常を過ごすだけの作品でしかないだろう。しかしそれを感じ取れる人にとっては、この作品はキラキラとした輝きに満ちている。実際多くの人がそれを感じ取ったからこそ、これだけの人気を博したのだろう。

 Wikipedia の「空気系」の項目を見ると、物語性や恋愛の要素を排除していった結果として「空気」だけが残ったみたいな書き方をしている。だけど「けいおん!」に関して言えば、この説明はちょっと倒錯していて、ディティールの魅力を描くという目的が先にあって、そのために邪魔になる要素を相対的に抑制していったと言う方が正確だと思う。その証拠に、邪魔にならない範囲では、物語や成長の要素もちゃんと残っている。

 このようにディティールの魅力だけで作品を評価することに違和感を感じる人もいるかもしれない。でもかの宮崎駿御大だって、一番の魅力はキャラクターの生き生きした動きだと思う。二番目が腐海の生物に代表される奇怪な想像力。思想性やテーマ性は三番目ぐらいだろう。少なくとも、私が「未来少年コナン」を見て初めて宮崎駿を「発見」したときに、心を鷲掴みにされたのは、コナンが足の指で飛行機に掴まったり三角塔から飛び降りたりする動きの魅力だった。

 宮崎駿の映画で私が最も好きなのは「となりのトトロ」なのだが、この映画にも実はたいしたドラマはない。ただありふれた自然の魅力がキラキラと輝くように描かれているだけだ。だから極端に言えば、「けいおん!」は「となりのトトロ」の手法で描かれた女子高生の日常だと言えるかもしれない。

 もちろん、ディティールを生き生きと表現するための技術も無視できない。京都アニメーションの技術力は、ハルヒを見たときから高く評価していたのだが、「けいおん!」でその頂点に達した感じだ。おそらくデジタル的な製作手法や CG なども大幅に取り入れているのだろう。昔ながらのセルアニメでは絶対ありえないようなシーンが頻繁に出てくる。

 ただ、そういう最先端の技術をこれ見よがしにひけらかしたりせずに、従来のアニメ表現の文脈に自然に溶け込ませているのが京アニのいいところだ。だからパッと見には差がわかりにくいのだが、「けいおん!」を見た後で昔のテレビアニメとか見ると、ほとんどオモチャみたいに見えてしまう。そのぐらいの技術の差がある。

 だから、「けいおん!」の魅力は HD で見ないとわからない。ビットレートを落として録画したりすると、魅力が半減してしまう。これは従来の安っぽいアニメにはなかったことだ。山形浩生はかつてコンテンツにはふさわしい解像度があるはず、と書いていたが、その意味では「けいおん!」はまさに HD の容量を生かしたアニメだと思う。

 我田引水になるが、以前私はこのブログで、現代の個性偏重の風潮を批判する記事を書いたことがある。要約すればこんな主張だった。現代では「個性」が大切だと言われるが、市場で評価されるような「個性」は実は限られている。ほとんどの人の「個性」は、ホクロがあるとか片目がちょっと大きいみたいな、何の役にもたたないような単なるランダムな差異ばかりだ。しかし個人の私的な関係においては、そういうランダムな差異を愛しうるはずだし愛するべきだと。

 その観点からすると、「けいおん!」の登場人物はちっとも「個性的」ではない。描き分けは成されているけれど、あくまで「キャラ」的な類型の範囲にとどまっている。唯の絶対音感や紬の怪力などの特殊能力も、あくまで自分の友達にも居そうな範囲にとどまって、決してその能力を生かして経済的に成功したり世界を救ったりはしない。

 「けいおん!」の作り手は、どこか人工物めいた「個性」なんかに頼らずに、どこにでもいそうな平凡な人間を魅力的に描くという課題に挑戦して、見事に成功している。それが私を激しく感動させるのだ。

 さらに我田引水を重ねるが、私はこのブログで、山崎正和の「柔らかい個人主義の誕生」の影響を受けて「消費の美学」ということを言い続けてきた(最近「近代の復権」を読んでいたら、松尾匡氏も似たような主張をしていることに気づいたが、今回は省略)。正確には山崎氏の本を読んで欲しいが、思いっきり大雑把に要約すると、消費が生産の手段化していてはダメで、消費自体を目的とした消費の豊かさを追求すべき、という主張だ。

 その観点からすると、「けいおん!」の登場人物が最も大切にしているのは、なんと「お茶の時間」なのである。これはまさに山崎正和の言う消費のための消費に他ならない。もちろんバンドの練習やコンサートのような「生産的」な活動もしているのだが、彼らはそのために「消費」を犠牲にしたりはしない。そのように生産と消費のバランスのとれた生活を魅力的に描いていることも、私を激しく感動させる。

 こうやって見ると、私がこの作品を好きになるのは当然だし、自分の思想的一貫性を守るためにも、断固として褒めねばならない。褒めるべきだ。褒めます。

 希望的観測も含めて言うと、こういう作品を見て育った世代は、「個性」や「仕事」に対する変なこだわりを捨てて、それまでの世代には乗り越えられなかった壁も、軽々と乗り越えて行けるようになるかもしれない。そんな希望を感じさせる作品である。

 ほんの「序説」のつもりだったのに、随分長くなってしまった。学術書には「序説」というタイトルの本が多いが、その続編が書かれることは滅多にない。その理由を大学院まで行った友人に尋ねたら、「きっとみんな、『序説』を書いただけで力尽きちゃうんだろうね」と言っていた。そうならないようにしたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

極私的「けいおん!」名台詞集

-和「こうやってニートができあがっていくのね…」-

第1期・第1話「廃部!

-律「ゴロゴロしてるだけでいいから!」-

第1期・第1話「廃部!

-唯「隊長! 律っちゃん隊員がいません!」-

第1期・第3話「特訓!

-憂「掃除しようとしてくれたり、飾り付けようとしてくれたり」-

第1期・第7話「クリスマス!

-紬「マンボウの真似でした」-

第1期・第7話「クリスマス!

-澪「ごめんな。あの先生ちょっと変なんだ」-

第1期・第9話「新入部員!

-さわ子「何って、猫耳だけど?」-

第1期・第9話「新入部員!

-憂「ゴロゴロしてるお姉ちゃん、かわいいよ~」-

第1期・第10話「また合宿!

-紬「実はこれ、タクアンなの」-

第1期・最終回「軽音!

-憂「あずさ2号!」-

第1期・最終回「軽音!

-律「みんな唯が大好きだよ」-

第1期・最終回「軽音!

-律「おかしーし」-

第1期・番外編「冬の日!

-唯「マシュマロ豆乳鍋とか、チョコカレー鍋とかはどうかな」-

第1期・番外編「冬の日!
 「冬の日!」あずにゃん.wmv.GIF「冬の日!」りっちゃん.wmv.GIF

-唯「鼻にピーナッツ入れたくなる可愛さだよ」-

第2期・第2話「整頓!

-唯「こうやって暗いところで、輝け律ちゃん作戦を考えているんだよ」-

第2期・第3話「ドラマー!

-律「ぶおんけ! 東北地方に生息する妖怪の名前だーっ!」-

 第2期・第5話「お留守番!

-唯「エリザベス、今夜はギー太と一夜を共にするんだ」-

第2期・第6話「梅雨!

-梓「私のはムスタングだから、むったん」-

第2期・第6話「梅雨!
 「進路!」和.wmv.GIF
 「進路!」澪.wmv.GIF「進路!」りっちゃん.wmv.GIF

-唯「私も大人になったら大人になるのかなあ」-

第2期・第10話「先生!

-唯「クーラーがあれば、もっとクールな演奏ができます!」-

第2期・第11話「暑い!

-唯「じゃあ私は、パープルアルゼンチンで」-

第2期・第13話「残暑見舞い!

-澪「いいんだ。ちょっとくらいは楽しいこと考えていいんだ」-

第2期・番外編「計画!」

-律「お姉ちゃん今どんなパンツはいてるの?」-

第2期・第14話「夏期講習!

-紬「もしかして、価格破壊ってこういうこと?」-

第2期・第14話「夏期講習!

「夏期講習!」りっちゃん.wmv.GIF

-梓「カムバック、あたし!」-

第2期・第16話「先輩!

-唯「今日のケーキもフェルマータだねえ」-

第2期・第16話「先輩!

-梓「見つめないで、もうすぐあげるから」-

第2期・第17話「部室がない!

-澪「アライグマが洗った恋と、キリンりんりんどっちが見たい?」-

第2期・第17話「部室がない!

-澪「パパの仕事の都合で、イルクーツクに移住することになってさ」-

第2期・第18話「主役!

-律「そもそもなんだよこの話!」-

第2期・第18話「主役!

-唯「今夜は寝かさないぞ、子猫ちゃん」-

第2期・第19話「ロミジュリ!
 「またまた学園祭!」唯.wmv.GIF

-律「人生の無駄使いかな」-

第2期・第23話「放課後!
 「卒業!」あずにゃん.wmv.GIF

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鷲巣様の打ち回しに対する疑問

 変な風邪をひいてしまって、寝込み中。各所にご迷惑をかけて申し訳ない。

 1日12時間以上寝続けたりしたんだが、寝続けるのにも限界があるし、かと言って頭が痛くて難しい本とか読めないので、もっぱら気楽に楽しめる動画とかを見ていた。

 それで「アカギ」のアニメを鑑賞していたら、今まで見逃していたことに気づいた。

 かの有名な、鷲巣様がドラ12の手をテンパるんだけど上がり損なう局がある。聴牌時点での牌姿はこう。

6萬7萬8萬1筒3筒7筒8筒9筒2索2索2索7索8索9索

 ここで鷲巣様は3筒を切ってヤミテンに受けて、その後2索にドラがのりまくってドラ12になる。だけど、この打ち回し、よく考えると変じゃない?

 だって、2索を一枚切ってカン2筒に受ければ、9萬引きでの三色や4筒引きでの両面待ちへの手変わりもある。

 実際その直後に鷲巣様は4筒を引いてるんだよね。だから、結果的にはこういう形で受けられた。

 6萬7萬8萬3筒4筒7筒8筒9筒2索2索7索8索9索

この形ならヤミでも上がれる。もっとも、3筒4筒はどちらもガラス牌だから、出上がりは見込めないが、三色への手変わりを待ちながら回すことはできる。

 しかも、後で鈴木が2筒をカンしていることからわかるように、2筒での差し込みはいつでも可能だった。だから、アカギに追いつかれたときの保険もあった。

 そして、さらに数巡後に5筒も引いているから、結果的にはツモ平和ドラ2の親満を上がっていた。4千オールで 400 cc の血を抜けたわけだ。

 さらに遡ると、こういう手の段階があった。

 5萬7萬7萬8萬1筒3筒7筒8筒2索2索5索7索8索9索

ここで鷲巣様は5萬を切るんだけど、これもかなり疑問だ。

 三色関連面子は動かさないと決め、雀頭も2索に固定するとすると、整理できる面子は5萬7萬1筒3筒5索。この中でも5萬7萬を切るのは一番最後じゃないのか。第一候補は5索、面子落としなら1筒3筒が先だろう。

 確かに、5萬7萬7萬8萬6萬待ちが被っているという欠点はあるが、1筒3筒より真ん中寄りだからその後の発展性が高い。しかも、鈴木があれだけ2筒をガメているのだから、2筒をつもる確率がかなり低いことはこの時点でも見えていたはず。1筒が黒牌という利点もあるが、7萬も黒牌なので、その点でもほぼ同等だ。

 仮にここで5索を切ると、その後2索を引くので、こんな手になる。

5萬7萬7萬8萬1筒3筒7筒8筒2索2索2索7索8索9索

 さらに1筒3筒の面子を落として行けば、その後6萬9筒を引くので、こうなっていた。

5萬6萬7萬7萬8萬7筒8筒9筒2索2索2索7索8索9索

ここから2索を切れば、メンピン高め三色の理想形になる。しかも、その後ドラが2つのった段階でアカギは9萬を切っている。つまり、

5萬6萬7萬7萬8萬9萬7筒8筒9筒2索2索7索8索9索

という面前平和三色ドラ4の親倍満直撃だった可能性すらあったのだ! 2400 cc の血を抜かれれば、事前に輸血していようとなかろうと、即死だ。もちろん、実際にこういう展開になればアカギは別の牌を切っていただろうが。

 でも、そういう結果論は別にしても、どう見てもこの方が筋のいい打ち回しだと思うのだが。

 まあ、結果論で言えば、2索を切らなかったおかげでドラ12になるわけだから、鷲巣様の方が正しかったのかも知れないけど、劇中ではなぜそういう打ち回しをしたのかの説明がない。

アカギ―闇に降り立った天才 (第11巻) (近代麻雀コミックス) 「そうじゃろそうじゃろ。貴様らのようなクズの考えることは、所詮そんなものよ。そのような小賢しい考えなど、この神の化身、鷲巣巌には通用せんのじゃ。」

 ああ、鷲巣様の高笑いが聞こえる。。。これは幻聴か。トローチ飲んで寝よう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

けいおん見立てごっこ

・「ドカベン」の場合

唯 - 岩鬼

澪 - 里中

律 - 山田

紬 - 微笑

梓 - 殿馬

・「1・2の三四郎」の場合

唯 - 岩清水

澪 - 馬之助

律 - 三四郎

紬 - 虎吉

梓 - 参豪

・「紅い牙」の場合

唯 - ラン

澪 - イワン

律 - 桐生

紬 - 由里

梓 - ワタル

・「ナポレオン -獅子の時代-」の場合

唯 - ミュラ

澪 - ナポレオン

律 - ランヌ

紬 - ベルティエ

梓 - ブーリエンヌ

・「銀河英雄伝説」の場合

唯 - ポプラン

澪 - ヤン

律 - キャゼルヌ

紬 - フレデリカ

梓 - ユリアン

・「アルスラーン戦記」の場合

唯 - アルスラーン

澪 - ダリューン

律 - ナルサス

紬 - ファランギース

梓 - ギーヴ

・「七瀬ふたたび」の場合

唯 - ヘニーデ姫

澪 - 火田七瀬

律 - 岩淵恒夫

紬 - 漁藤子

梓 - ノリオ

・「麻雀放浪記」の場合

唯 - 上州虎

澪 - ドサ健

律 - 出目徳

紬 - 女衒の達

梓 - 坊や哲

・「デスパレートな妻たち」の場合

唯 - スーザン

澪 - リネット

律 - ギャビー(ガブリエル)

紬 - ブリー

梓 - キャサリン

・「ウルトラシリーズ」の場合

唯 - ウルトラマンジャック(新マン)

澪 - ウルトラセブン

律 - ウルトラマン(初代)

紬 - ウルトラマンエース

梓 - ウルトラマンタロウ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧