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細野晴臣の「キラ」を Sinsy に歌わせてみた

 今回は細野晴臣作曲の「キラ」という曲を Sinsyに歌わせてみた。この曲はもともと、萩尾望都さん原作の「マージナル」というラジオドラマのサウンドトラックに収録されていた曲で、作詞は福澤諸さん、オリジナルのボーカルはコシミハルさんであった。アレンジはほぼ完コピである。

 この曲を収録した CD は、現在おそらく廃盤でやや入手困難だが、この曲は細野さんのあまた傑作の中でも好きな作品であり、のこの CD をリアルタイムで購入して保有していることが、私の細野ファンとしてささやかな自慢である。

 この曲は細野さんの作品の中でもやや異色の作品で、端的に言ってエリック・サティの影響が強く感じられる。たとえば、冒頭の譜面はこんな感じだ。

 耳コピなので細かいところは間違ってるかもしれないが、イントロのストリングスの和声はドレミ(!)であり、そこにガーンと入ってくるピアノの和声はドレソラである。つまり、この両者が重なった瞬間、ペンタトニックのドレミソラの音がすべて同時に和声として鳴っている。

 音楽理論に詳しい人にはいまさらな話だが、ペンタトニックをオクターブに転回していくと、ミ-ラ-レ-ソ-ドとなって、完全四度音程の積み重ねとなる(順序を逆にすれば、ド-ソ-レ-ラ-ミとなって、完全五度音程の積み重ねになる)。こういうのを四度和声とか四度堆積和声(quartal chord)と呼ぶ。

 西洋音楽はバロック以降近代まで、三度音程を和声の基礎にしてきた。この慣習を打ち破って初めて四度和声を体系的に使ったのは、(この手の話の常で諸説あるものの)エリック・サティの「星たちの息子」だと言われている。

この頃、(サティは)神秘主義的秘密結社<バラ十字会>に近づき、その主催者ペラダン作の舞台劇<星の息子>のために三つの<前奏曲>を作曲する。その神秘的な題名や献辞は、後年のメシアンの諸作をほうふつとさせる。またこの曲には四度和音の堆積の連結が各所でみられるが、シェーンベルクが<第一室内交響楽>でそれを用いる十数年前のことである。

(「西洋音楽史 印象派以後」柴田南雄)

In Satie's Le Fils des Etoiles (1891), we find radical innovations that surpass anything in Debussy's music. Here, for the first time in history, is a systematic use of chords made of stacked fourths moving in parallel motion, called planing. This music is atonal, without key, the first in history. 

("Satie, The First Modern", Larry J Solomon)

(拙訳)サティの「星の息子」には、ドビュッシーの音楽をあらゆる点で超える急進的な改革が見られる。この作品において史上初めて、四度の積み重ねから構成される和声の平行移動(planing)が体系的に用いられた。この曲は、調性のない史上初の無調音楽である。

 四度和声は三度和声と違って中心音がはっきりしない。互いに完全五度の関係にある音程が多数含まれているので、ソから見ればドがルート、レから見ればソがルート、ラから見ればレがルート、ミから見ればラがルートというように、どれをルートにしてもおかしくない音程関係になっている。

 だから、この譜面上では便宜的に C6(9) というコード名で表記しているが、こういう四度和声の場合 C というルート名にあまり意味はないのである。たとえば、D をルートと考えれば、D7sus4(9) とも解釈できるし、G をルートと考えれば G7sus4(9) とも解釈できる。

 次のコードは Csus4 と解釈できるが、この解釈にもあまり意味はない。機能和声の規則においては、sus4 は長三度に解決すべきものとされているが、この曲では Esus4 に平行移動しているからだ。この四度和声の平行移動という手法も、サティの「星たちの息子」で大々的に使われている手法だ。

 この曲はメロディだけ聴くと F メジャーだが、コード進行はまったく F メジャーの機能和声にしたがっておらず、調性感が曖昧になっている。このように調性感を曖昧にするのが四度和声の効果だ。

 教授に言わせると、細野さんの音楽には「HOSONO HOUSE」の頃から印象派の影響が感じられるそうだが、これほどはっきりサティの影響を感じさせる曲は、他にあまりないのではなかろうか。

 このサウンドトラックが作られたのは 1987 年で、「源氏物語」のサントラとほぼ同時期、「銀河鉄道の夜」と「omni Sight Seeing」の間ぐらいの時期である。この頃の細野さんが好んで聴いていた音楽について、本人のこんな証言がある。

それともう一つはね、そのころ僕はクラシックでボヘミアの音楽を聴き出して、チェコのスメタナとか、ドヴォルザークを聴いているときに、チェコの映画も見たんです。(中略)「SFX」には出てこなかったけど、「銀河鉄道」はもろにボヘミアの感覚で満たされていたんです。

そのきっかけは、やはりアンビエント・ミュージックだったんです。アンビエント・ミュージックのもう一つの効用は、雑然とした感覚をフラットにしてくれるんです。波風があるようなものを水平にしてくれるわけです、いい意味で。そうすると、わりと白紙状態になって何でも受け入れられる状況になってくる。それと同時に、すごく微妙な感覚も育ててくれるんですよね。微妙で繊細なちょっとした波が気になったりとか。そうすると、音楽の聴き方が徐々に変わってくるわけです。つまり、フラットな上に抑揚をつけていく、アクセントをつけていく準備が出来たんです。だから、クラシックも新鮮に聴こえてくるわけです。作曲家たちの微妙な感覚というのが伝わってきたんです。音楽だけじゃなくて感覚として伝わってきたんです。

例えばサティという人の感覚も、ダイレクトに伝わってくるんです。メッセージとして。時を超えて、やっと届いてくれる、時間差のあるタイムマシンのようなものです。そういう意味でスラブの方の音楽を聴き出しててん、例えばロシアの五人組とか、ゴルバチョフじゃなくて(笑)、チャイコフスキーの音楽なども楽しんで聴けるようになった。それまでは僕、わりとゲルマン的な半音階進行がハリウッドに伝わっていたような音楽に慣れ親しんでいて、スラブ民族主義的な音楽をもとにしたクラシックというのは、なれていなかったんですが、当時聴き出したら新鮮で、かなり深くのめり込んでいったんです。

(「THE ENDLESS TALKING」)

だから、この曲にサティの影響を見ても、それほど的外れではないんじゃないかと思う。

 だが、細野さんの偉大なところは、どんな音楽の影響を受けても、そこから生まれる作品は、借り物ではないちゃんと細野さんの作品になっているところである。それはトロピカル三部作の頃にチャンキー・ミュージックとか言ってニューオリンズやカリブや沖縄の音楽を融合した音楽を作っていた頃からずっとそうだった。

 あと、自分で譜面に起こして改めて感じたのは、細野さんの音楽はいい意味でシンプルだということ。シンプルでありながら豊かな響きがある。無駄に音数を増やして難しく見せようとするのではなく、最小限の音数で豊かな響きを表現しようとする、骨太な美学があるのだ。そのことを再認識した。

 私のいい加減なコピーでは物足らず、本物を聴いてみたくなった人はこちらをどうぞ。

NHK FMラジオドラマ「マージナル」サウンドトラック(ドラマ編)

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