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リドリー・スコットの欠点は映像美にあり

グラディエーター 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]  リドリー・スコットってわりと好きな監督なんだけど、前から一つ気になるところがあった。昨日たまたまザ・シネマで「グラディエーター」を見たら、そのことを改めて感じたので書いておく。とっくに誰かが言ってそうなことではあるが。

 端的に言うと、リドリー・スコットの最大の欠点は、何でも美しく撮ってしまうことだ。グラディエーターは殺し合いが商売だから、当然残虐なシーンが頻出する。だけど、リドリー・スコットの手にかかると、そんな残酷な殺し合いですらどこか美しい画になってしまう。

 私は本来、この題材を取り上げる以上はこういう面を描かねばならない、みたいな考え方は支持しない。でもこの映画においては、殺し合いを見て喜ぶ大衆の残酷性は重要なモチーフになり得たと思う。それをさらに観て喜んでいるのが映画の視聴者である、ということまで意識させればアイロニーも効いてくる。でもリドリー・スコットの画だと、上品過ぎてあまりそういう残酷性を感じさせないのである。

A.I. [DVD]   このことは、たとえば「ブラックホーク・ダウン」と「プライベート・ライアン」を比べればよりはっきりする。どちらも扱っているのは近現代の戦争だが、人体を極めて即物的に描くことにより戦争の非情さ描くことに成功したスピルバーグに対し、リドリー・スコットの戦争はどこか美しすぎるのだ。

 だから逆に言うと、スピルバーグの偉さの一つは、わざと汚く撮れることなのである。これは下手で失敗して汚い画になっているのとは違う。たとえば「A.I. 」なんかを観ても、ストーリーにはいろいろ突っ込みどころはあると思うが、映像はどこをとっても美しい映像ばかりだ。それは VFX だけの話ではなくて、日常の風景の中で、ガラスに後ろの景色が映りこむようなお得意のカットを見ても、極めて緻密に計算して画面が作られていることがわかる。だから、やろうと思えばいくらでも美しく撮れる人なのだ。

セックスと嘘とビデオテープ スペシャル・エディション [DVD]  これは名前の似てるソダーバーグなんかにも言えることだと思う。「セックスと嘘とビデオテープ」や「エリン・ブロコビッチ」なんかを観ると、アメリカ郊外の中産階級家庭の野暮ったさみたいなものを、意図的に描いていることがわかる。

  金持ちの華やかな生活を描ける人はたくさんいる。逆に社会派で貧乏なスラムの生活なんかを赤裸々に描く人もいる。でも、貧乏というほどでもない郊外の中産階級の微妙な垢抜けなさをうまく描ける人は、実はハリウッドにはそれほど多くないと思う。これは絵画で言えばエドワード・ホッパーなんかに通じるセンスである。 だから何でも美しく撮りゃいいというわけではないのだ。

ブレードランナー 最終版 [DVD]  もちろん、リドリー・スコットの映像の美しさは、それだけでも十分に賞賛に値する能力である。だがそれは場合によっては題材の持ち味を殺してしまう諸刃の剣でもあると思う。

 検索してみると、リドリー・スコットは最近堕落したけど昔はよかったみたいに言ってた人がいたけど、私は昔からじゃないかと思う。だから映像美と題材がうまくハマると、相乗効果で「エイリアン」や「ブレードランナー」のような傑作が生まれるが、 ハマらないと「ブラック・レイン」みたいな「映像は美しいけど…」みたいな作品になっちゃったりするわけである。


Steven Soderbergh: Interviews (Conversations With Filmmakers Series) 追記: 検索してみると、ソダーバーグは「わが街セントルイス」を撮ったときにエドワード・ホッパーの絵を研究した、と本人が言ってるそうだ。

 なぜか日本語の記事にはあまり見当たらないが、英語圏では周知の事実らしい。

 毎度のことだが、教養のない人間がろくにサーベイもしないで思いつきで書いていることなのでご容赦いただきたい。まあ正直「それで金稼いでる学者や評論家じゃねえんだから、そんないちいちサーベイとかしてるヒマあるかボケェ」という気持ちもあるが。

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アメリカのハーフタイム

 なんか話題になってるようなので。 スーパーボールのハーフタイムに放送されたクライスラーの CM。語り手はクリント・イーストウッド。なぜ話題になってるかは自分で調べてね。

今はハーフタイムだ。

両チームはロッカールームで、後半どう戦えば試合ゲームに勝てるかを話し合っている。

アメリカもハーフタイムだ。

人々は仕事を失って苦しんでいる。

そして立ち直るためには何をすればいいのか、誰もが戸惑っている。

そして誰もが怯えている。これは遊びゲームではないから。

だがデトロイトの市民なら少しは知っているはずだ。

彼らはすべてを失いかけた。

だが我々の団結で、自動車の町モーター・シティは再び闘い始めた。

私はこれまでの人生の中で、数々の苦難の時代、数々の停滞の時代を見てきた。

お互いがお互いを理解できなかった時代。

心を失ったかのように見えることもあった。

分裂、不和、非難の霧が、前途を見極めることを難しくしたのだ。

だがそのような試練の後、我々は正義の旗の下に集い、一丸となって行動した。

それこそがアメリカ人だからだ。

我々は困難を切り抜ける道を探す。そしてもし見つからなければ、自ら道を切り開くのだ。

いま重要なのはこの先だ。

どうやって盛り返すか。

どうやって協力し合うか。

そして、どうやって勝つかだ。

それが可能なことは、デトロイトが示している。

彼らにできることは、我々にもできる。

この国は、パンチ一発でノックアウトされるような国じゃない。

我々はもう一度立ち上がる。そしてその時世界は、アメリカのエンジンの咆哮を聞くことになるのだ。

そう。アメリカはハーフタイムだ。

我々の後半戦が始まろうとしている。

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プライベート・ライアンの墓地はアーリントンじゃなかった

 「プライベート・ライアン」に出てくる墓地、私はずっと勝手にアーリントン墓地だと思い込んでいたのだが、違うようだ。

 実際の場所は、Normandy American Cemetery and Memorial。 Wikipedia の英語版にもちゃんと書いてある。

The cemetery is featured in the beginning of Steven Spielberg's 1998 film Saving Private Ryan.

 これはちょっと調べればわかることなんだけど、なんで今頃調べたかというと、DVD を見直していたら、背景に海が映りこんでいることに気づいたからなんだよね。アーリントンに海なんかあったか? いやポトマック川かもしれんな。でも川にしては広すぎないか? 対岸も見えないし。

 PrivateRyanNormandyCemetary.JPG

 それで気になって Google ストリートビューで墓地の周囲を歩きまわって見たんだけど、ポトマック川があんな風に見えそうな場所は見当たらない。見えたとしても対岸も見えるはずだ。


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 それでようやく根本的に勘違いしていることに気づいたという次第。

 でも検索してみると、日本人どころかアメリカ人ですらアーリントンだと思い込んでいる人が多いようなので、一応記事にしておく。

 これは多分、私のような半可通ほど間違える。アーリントンって何? という人は間違えようがない。アーリントンの風景や戦没者の埋葬について熟知している人も間違えない。

 実際のノルマンディ 墓地周辺の景色はこんな感じ。


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 見事に海が見える。ストリートビューは便利だね。

追記: いろいろ検索してみると、小林よしのり氏が間違えてアーリントンだと書いていたという指摘をいくつか見かけた。氏の本は一時期愛読していたので(*1)、その影響で間違った記憶が植えつけられた可能性はかなりあると思う。氏の本はほとんど処分してしまって手元にないので確認はできないが…。

追記: アメリカ人でもわからない証拠に、Rotten Tomatoes という有名な映画評サイトでは、こんなクイズにまでなっている(引用元ページ)。

Question 1

In the beginning, we find an aged James Ryan with his family in what famous cemetery?

  1. Gettsyburg National Cemetery
  2. Normandy American Cemetery and Memorial
  3. Arlington National Cemetery
  4. Fort Rosecrans National Cemetery
  5. Ryan is not at a cemetery

*1 読み返してみたらウザかったので削除。こういうことを気にするのは私らしくない。体調がイマイチなことが影響したか。

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「K-19」感想

K-19 [DVD]  原子炉が故障して冷却できなくなって悪戦苦闘するという話は、昨年以来さんざん聞かされたけれど、冷戦時代のソビエトの原子力潜水艦でも同じような事故が起こっていて、それを映画化した作品。ネット上のレビューを見ると、思ったより評価が低いみたいだけど、私はわりと気に入った。

 お前はそんなところしか見てないのかといわれそうだけど、一番面白かったのは、やっぱりカメラワーク。おそらく潜水艦内の狭さを表現するためだろう。徹底してアップで撮影している。それもテレビドラマでよくあるような、遠くから撮ってズームアップしているのではなく、本当のクローズアップ。

 そのことは、被写界深度とか画角とかを見ればわかる。ピントの合っている人物のすぐ後ろの人物にもうピントが合ってなかったりするのは、被写界深度が浅い証拠。だからこそ本当に狭苦しい感じが表現されるわけだ。

 そのおかげで、逃げ場のない処に放射能が襲ってくる恐怖とか、狭い閉鎖空間の中で揉め事が起こったときの集団内の緊張の高まりとかが、うまく表現されていたと思う。

 クローズアップと口で言うのは簡単だけど、実際の撮影はなかなか大変だっただろうと思う。昔あるカメラマンの人に、「トレンディドラマの登場人物って、なんでみんなあんなに広い部屋に住んでるの?」って聞いたことがあるんだけど、主にカメラワークの都合だそうだ。狭い部屋の中でカメラを引き回しても制約がありすぎるから、広いセットで撮影してズームアップするのだとか。

 それ以外にもクレーンや空撮も多用していて、カメラワークに凝る監督だなあという印象を受けた。そういうこだわりは嫌いじゃない。

 確かに娯楽作品として考えると、ドラマが単調なところはあるんだけど、この題材ならあれでよかったんじゃないかと思う。もちろん無理に盛り上げようとすればいろいろ考えられる。決死隊の連中のキャラクターをもっと掘り下げて泣けるようにするとか。でも、この題材でそれをやると、かえってウソ臭く薄っぺらになるのがオチじゃないかな。

 とは言っても、まったく人間ドラマがないとさすがに持たないだろう、ということで導入されたのがハリソン・フォードとリーアム・ニーソンの対立関係なんだろうね。でもこれも娯楽作品にありがちなパターンなら、ハリソン・フォードは完全に悪人役、リーアム・ニーソンは完全に善人役で、ニーソンがフォードをやっつけて問題解決してメデタシメデタシになるところ。でも、そうしなかったところがよかったと思う。

 この映画にはわかりやすい教訓みたいなものはない。そのへんがすっきりした解決を好む若者には不満だったりするんだろうけど、私ぐらいの年になると、世の中すっきりしないことだらけだと身にしみているので、こういう話の方がリアリティを感じてしまったりする。まあ単に老化現象なのかもしれないが。

蛇足1: テストミサイルの発射に成功した後でフォードとニーソンが喧嘩するシーンで、ニーソンは、

"I hope l'm on another boat when your luck runs out."

直訳:あなたの運が尽きたときには別の船に乗っていることを祈るよ。

と言ってるんだけど、DVD 字幕では「ツキの落ちる日が怖い」になっている。この訳はちょっとマズイのではないか? というのも、この台詞はたぶん、最後の方でフォードが査問にかけられるシーンのニーソンの台詞、

"And it would be an honor to sail under his command again."

直訳:もう一度彼の指揮のもとで航海できれば光栄です。

の伏線になってるんだと思うのね。だから本来ならそれがわかるように訳さないといけないと思う。まあ、字数制限とかいろいろ大変だとは思うが。

蛇足2: 決死隊の第一陣が原子炉に突入する際に、ハリソン・フォードが "May God be with you!" (字幕では「神の力を」)と言うシーンがちょっとひっかかった。なぜかというと、冷戦期のソ連は公式には宗教を禁じていたはずで、実際この映画の中にも「religious icon はご法度だぞ」みたいな台詞が出てくるからだ。それなのに、フォードがこういう台詞を口にしたのには、二通りの解釈が考えられる。一つは、このフレーズ自体は、アメリカでは必ずしも宗教と関係なく慣用句的に使われることもあるので、脚本家がついうっかり書いてしまった、というもの。もう一つは、筋金入りの共産党員であるはずのフォードも、この状況では神に頼らずにいられなかった、というもの。英語圏のいろんなレビューを見ると、後者の解釈が多いようだ。

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