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将棋電王戦

 この対局が私の興味をひくのは、名人や四冠王を経験した元トッププロ棋士がコンピュータと戦う、ということだけではない。いやむしろ、コンピュータと戦うのが「あの」米長邦雄である、という事実であることは否定できない。

 前にも書いたが、私は米長邦雄に対してアンビバレンツな感情がある。彼の現役時代の著作は愛読したし影響も受けた。だからこそ、引退後の将棋連盟会長としての言動にはうんざりするほど幻滅させられた。

 現役時代の米長は勝負師としての美学を主張した人だった。その美学は、たとえ自分にとっては消化試合でも重要な試合には真剣勝負で臨むという、いわゆる「米長哲学」に象徴された。また現役時代の米長には、羽生世代のような後進からも謙虚に学ぶ姿勢があり、それが 50 歳という高齢での名人位獲得に結びついたことは周知の通りだ。

 しかし米長の会長としての言動からは、そういう美学はほとんど感じられなかった。むしろ小賢しい政治的な立ち回りや不誠実な言い逃ればかりが目立った。また本来の専門外の役職に就いたにも関わらず、周囲から学ぶ謙虚さも感じられなかった。むしろ「私は君たちとは違うんです」と言わんばかりの肥大した特権意識で自己正当化を図る姿ばかりが目立った。

 だから本電王戦に関して、私が本気半分・嫌味半分で心配していたのは、米長がまた、自分が負けたときの予防線を張りまくって逃げ道を確保することだった。

 実際プレマッチでは、その懸念が的中したかのように見えた。定跡形を大きくはずれた二手目 6 ニ玉。そして敗戦後の、この手は自分で考えた手ではなく他人から教わった手だ、という発言。どちらも、自分が本気ではなかったという言い訳にしか聞こえなかった。

 しかしその二手目 6 ニ玉を本番で再び指す姿を見たとき、私の考えは変わった。

 もし米長がこの対局で善戦したというポーズを作りたいだけなら、矢倉などの無難な定跡形を指したであろう。それこそ遠山雄亮氏がボンクラーズの弱点として指摘していた鷺宮定跡でもよかったろう。

 6 ニ玉は、一回目は言い訳として通用しても、二回目はさすがに言い訳としても通用しない。それで負ければ、むしろ多くの人が真剣勝負から逃げたと感じてしまうだろう。その 6 ニ玉をあえて指して来たということは、この人は本気で勝つ気なんだ。

 そして対局後の会見でも、米長は 6 二玉を奇策ではない、負けたのは自分が弱いからだと言い切った。そして記者に感情的に反論までした。その態度は、米長の本対局に対する真剣さを十二分に物語っていた。私はそこに、往年の米長の勝負師としての美学を見た。

 人間は歳をとると負ける勝負ができなくなる。これは私自身が日々感じていることだ。そして負けても素直に負けを認められなくなる。しかし、米長は齢 70 近くにして、負ける勝負に挑み、精一杯戦って、見事に負ける姿を世間に晒した。これは米長のように功名を遂げた勝負師にはなかなか出来ない事だと思う。その点については素直に賞賛したい。

 もちろんその事だけで将棋連盟会長としての米長邦雄を全肯定することは私にはできない。しかし老いてなお真剣に闘う勝負師の姿は、多くの若者の心に何かを残したに違いない。

 現代という時代は勝つことばかりが評価され、敗者の美学なとというものは軽視されがちだ。しかし世の中は勝利ばかりで成り立っているわけではない。敗者がいかに負けるかという負けっぷりの美学は、これからの時代ますます重要になるだろう。そしてそのような美学を若者に示す役割にふさわしいのは、米長のような老人なのかもしれない。

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コメント

米長棋士と米長会長は別人と思ったほうが良いかと
(分裂した?という意味でなく^^;)
「組織は人を変える」とよく聞きます。
米長棋士は将棋連盟の「いち勇者」として活動し、勝負に打ち込んだからこそ美しいと思います。
逆に米長会長は将棋連盟の「組織の長」として、たとえ不本意であっても手段を選ばず、自分ではない連盟の人たちを「生かす」ことに奔走したから醜いのだと思います。
また間の悪いことに「将棋」は「日本の伝統」という「確立された(逆に理想を追求しても上がりが乏しい)世界」なわけで、
「できることなら変化なく維持したい。あまり新風を吹き込まないで欲しい」という風潮は避けられないでしょう。
(うまくいってるのになにか変えようなんて思わないのは人の常)
※米長さんが「コンピュータ将棋連盟側(これから新風を巻き起こす側)」だったら、もっと痛快な結末になっていたと思いますよ。
あの傲慢な態度は、米長棋士の「勝負師の血(米長さん本来のパーソナリティ?)」と米長会長の「伝統の維持」の両立を考えたときの葛藤が生んだあだ花なんではないでしょうかねぇ。

いまは質問できるすべもないですが。
謹んでご冥福をお祈りする次第。

投稿: 脇田一弘 | 2013.01.14 22:58

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