« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

エウメネス行軍マップ

 「ヒストリエ」に触発されて「対比列伝」とか読み始めたんだけど、一つ問題がでてきた。それは、今と違う昔の地名をずらずら並べられてもどうもイメージがわかないということ。

 それならというので、Google Maps のマイマップ機能を利用して、ディアドコイ戦争におけるエウメネスの行軍経路が一目でわかる、「エウメネス行軍マップ」というのを作ってみた。

 私は歴史学に無知なので、調べていく途中で気づいたんだけど、こういう歴史書に出てくる地名の中には、当然ながら現在の位置がよくわかってない場所も多い。

 このマップの中でも、オルキュニア、ノラ、パラエタケネ、ガビエネあたりは正確な位置がわかっていないらしい。行軍の正確な進路もそう。そのへんは大雑把な推定位置で描いてある。

 ネット上のいろんな資料を参考にしたんだけど、特に役にたったのは、たまたま見つけたこの本。

 前書きを読んでみると、どうも 19 世紀の歴史学者が書いた歴史地図帳みたいなものらしいんだけど、私が欲しい地図がばっちり載っていた。 

AtlasAntiquus-small.jpg

 本来ならこれをそのまま紹介すれば済む話なんだが、このままでは日本人には読みにくいし、自分にとっても勉強になるので Google Maps に移し変えてみた次第。

 あと主に参考にしたのは以下のサイト。

 もちろん、プルタルコスその他の史書自体や Wikipedia なども参考にしたのは言うまでもない。

 ここまで描いてみたら、アンティゴノスその他の将軍の行軍経路も書き込みたくなったが、それをやりだすと何時間かかるかわからないので、とりあえずこの辺で公開してみる。

 歴史に詳しくて私にやらせればもっといいマップにしてやるという自信のある方は、メールでご連絡ください。Google Maps の「共同編集」機能にご招待いたしますので。

 あと、カッパドキアとかパフラゴニアとかキリキアとか、そういう地方の名前も書き込みたかったんだけど、Google Maps にそれに適した機能が見当たらなかったので断念した。何かうまい方法を知ってる人がいたら教えてください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

画期的な中東の地名の覚え方を考えた

 いよいよ気が狂いかけてるのかも知れない。わけあって中東の地図を何時間も眺めていたら、なぜかだんだん近畿地方の地図に見えてきた。

 さすが自分でも、これはいかん、正気に戻らねば、と一瞬思った。

 だがよく考えると、中東を近畿地方になぞらえれば、中東の地名を記憶するのに役立つかもしれないではないか。これは大発見だぞ。

 地理の試験に悩む学生のみなさん。吉報ですぞ。

 まずカスピ海が琵琶湖だと考えてみよう。するとペルシャ湾が伊勢湾に見えてこないか。そして地中海はもちろん大阪湾だ。

 この時点ですでにかなり無理があるって? 気にするな。脳内で無理矢理トポロジー変形するんだ。

 するとどうだろう。テヘランはちょうど滋賀県の大津市のあたりにあるではないか。クウェートは名古屋市。バーレーンは三重県の津市。カタールは松坂市だ。どーだ、覚えやすいだろう。

 さらにレバノンは大阪市か堺市。キプロスは淡路島。バグダッドはテヘランとレバノンの間ぐらいにあるから、ちょっと苦しいけど京都市だと思えばいい。

 …あーバカバカしい。久しぶりに本格的にアホなことを考えてしまった。さすがにこんだけアホなことを考える奴は他におるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不思議な会話をしてしまった

  • もしもし、○○さんのお宅でしょうか?
  • はい。
  • 私、○○建築設計事務所の○○と申します。
  • はあ。
  • ご主人様でよろしいでしょうか?
  • ええ、まあ。
  • ご主人様のお宅は、二階建てかなんかでしょうか?
  • いえ、賃貸です。
  • あ、そうですか。これは失礼いたしました(ガチャン)。

 この電話を切った瞬間、自分でもちょっと笑ってしまった。「二階建てか?」という質問に「賃貸です」と全然ちぐはぐな答えをしているのに、ちゃんと意思が通じている! だから前にも書いたように、「賃貸です」は魔法の言葉なのだ。

 実を言うと、「建築設計事務所の…」という言葉を聞いた瞬間から、どこで「賃貸です」と答えてやろうかと身構えていたので、ちょっとフライング気味に口に出してしまったのだが、ちゃんと通じたので自分でも驚いたのだ。

 これに味を占めて、次回からはさらにアグレッシブに攻めてみたい。「ご主人様でよろしいでしょうか?」「いえ賃貸です」。「私、○○建築設計事務所の○○と申します」「いえ、賃貸です」。「もしもし、○○さんのお宅でしょうか?」「いえ、賃貸です」。どこまで成立するか楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペンギン版プルタルコス「対比列伝」人物一覧表

 プルタルコスの「対比列伝」には、言うまでもなくいろんな英訳がある。インターネット上に無料で公開されているものも多数あるが、著削権切れの翻訳なので、当然ながら訳が少し古めかしくて読みにくい。

 もっと読みやすい訳はないかと探すと、ペーパーバックで有名なペンギン・ブックスでも「対比列伝」の英訳を出版している。これは最近の訳なので比較的読みやすい。値段も手ごろで電子書籍版もあるので日本からの入手も容易だ。

 ただ、ペンギン版の場合、「対比列伝」の各人物のエピソードを別々の本に分けて編集し直しているので、どの本にどの人物のエピソードが収録されているか探しにくい。

 というわけで、ペンギン版「対比列伝」のどの本にどの人物のエピソードが収録されているかが一目でわかる一覧表を、Google Docs で作成してみた。

 特定の人物のエピソードが収録されている本を探すのが主目的だが、それ以外にも Wikipedia へのリンクとかインターネット上の英訳へのリンクとか、自分にとって役に立ちそうな情報を若干付加してある。他の人の都合はあまり考えてないが、万が一誰かの役に立つかもしれないので一応公開しておく。

英訳の略号:

| | コメント (0) | トラックバック (0)

絶対に見たい「アレキサンダー」の配役

 オリバー・ストーン監督の映画「アレキサンダー」がひかりTVで無料だったので見た。

 この映画、アメリカではかなり不評だったらしい。私から見ても、言うほど超駄作ではないと思うが、いろいろ言いたいことはある。

 特に気になるのは、アレキサンダーがどうしてもネオコンの隠喩に見えてしまうことで、そのせいで逆に底の浅い政治風刺映画みたいな印象になってしまっている。もっと一般論として英雄という存在の輝きと危うさを掘り下げた方が深みが出たのではないだろうか。

 その点で致命的なのは、アレキサンダーがどう見てもそんなにカリスマ性のある人間には見えないこと。あんなに精神的な不安定さが顔に出ているリーダーにそれほど人望があるとは思えない。これは明らかにミスキャストではないだろうか。

 ではどんなキャストならよかったのか。私なりに考えてみた。

 まずアレキサンダーだが、銀英伝のラインハルトのような激しさと繊細さを併せ持つ美形タイプを当てたい。アメリカ人は素朴な親しみやすさを好むせいか、アメリカの俳優には意外とこういうタイプが少ないのだが、数少ない例外としてキアヌ・リーブスが適任ではないか。

 そしてヘファイスティオンには、美形でありながらサイエントロジーの信者だったり難読症だったりしてどこか危険な怪しさの漂うトム・クルーズを当てる。

 アレキサンダーの妻ロクサネは、完全に私の好みだが、キーラ・ナイトレイにやって欲しい。ロクサネも気の強い女性らしいから、そんなに外してはいないだろう。あのアヒル口には何時間見ていても飽きない顔力がある。

 アレキサンダーの父フィリッポス2世を演じたヴァル・キルマーはそんなに悪くなかった。しかし粗暴さと脆さを併せ持つキャラという路線を徹底するなら、いっそゲイリー・オールドマンにしてしまうのはどうだろうか。

 アレキサンダーの母オリンピアスを演じたアンジェリーナ・ジョリーは、どっちかというと怪演に近いという声もあるが、意外とハマっていたのでそのままでもいいと思う。

 そしてストーリー上は重要なのに何故か影の薄いアリストテレスは、ジョン・マルコビッチにやってもらう。アリストテレスの知性と胡散臭さを表現するのに、これほど適した俳優はいないだろう。

 さて、実際には「アレキサンダー」には(少なくとも目立つ形では)登場しないのだが、「ヒストリエ」ファンの私としては、エウメネスを誰に演じてもらうかも考えておきたくなる。

 エウメネスのように、頭はいいのだが権力欲も名誉欲も金銭欲も希薄で何を考えてるのかよくわからない人物が似合う役者もアメリカには意外と少ない。

 最初に思いついたのは、「ショーシャンクの空に」でアンディを演じたティム・ロビンス。牢獄の中で友人にも気づかれずに一人で何十年もかけて陰謀を企むとか、いかにもエウメネスっぽいではないか。だが残念ながら年齢的に他の配役と釣り合わない。

 そこでいろいろ考えた末、「プライドと偏見」「大聖堂」のマシュー・マクファディンに白羽の矢を立てた。

  どうだろう。監督や脚本は全部そのままで、配役だけこの通りに入れ替えれば、何倍も面白い映画になること請け合いだ。もっとも、ギャラだけで制作費がふっとぶことも請け合いだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき - デス妻バージョン

 「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」というのは、ファシズムの危機を喧伝する際にネットでよく引用される警句だが、実はかの「デスパレートな妻たち」にも、この警句をもじって引用しているシーンがある。ちょっと面白いので紹介しよう。

Season 4, Episode 5: "Art Isn't Easy" (邦題「近隣トラブル」)より

Lee: "First they came for the fountains, and I did not speak out because I had no fountain."

Lynette: "What?"

Lee: "Then they came for the lawn gnomes, and I did not speak out because I had no gnome."

Lynette: "You're comparing Katherine to a Nazi?"

Lee: "Then they came for my treehouse, and there was no one left to speak out for me."

(字幕には字数制限があるので、逐語訳を付記する)

リー:「彼らが最初に噴水を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は噴水を持っていなかったから。」

リネット:「はあ?」

リー:「彼らが次にノーム人形を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はノーム人形を持っていなかったから。」

リネット:「あなたキャサリンをナチスに例えてるの?」

リー:「そして彼らが私のツリーハウスを攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」

 リーは実際には「ナチス」という言葉を使っていないのに、リネットは即座に「ナチスに例えてるの?」と察しているし、それに関して視聴者には何の説明もないことからしても、この "First they came for..." という言い回し自体がアメリカではかなり有名であることがわかる。もっとも、リネットはこのドラマの登場人物の中ではインテリの方だという設定なので、その分少し割り引いて考えた方がいいかもしれないけれど。

 この警句にそれほど馴染みのない日本の視聴者には、リーの唐突な語りやリネットの極端な反応に違和感を感じた人もいると思うが、こういう有名な警句があってそれを引用しているのだとわかれば納得だろう。このへんが翻訳の難しいところだ。

 シーン中の男性二人は、最近このウィステリア通りに引っ越してきたゲイのカップルで、引越し早々自宅の庭に奇妙な噴水を設置する。ところがこの噴水が、景観を破壊し騒音を撒き散らすということで、近所の大顰蹙を買う。そして町内の保守派の代表格であるキャサリンは、町内会(正確には "homeowner's association")の会長になって噴水を撤去すると言い出す。窮地に立ったゲイカップルの二人は、町内のリベラル派の代表格であるリネットを脅して、自分たちの味方につけようとする。それがこのシーンというわけ。

 元の警句では、「噴水」や「ノーム人形」のところに、「共産主義者」や「ユダヤ人」みたいな言葉が入るわけだが、比べるとかなりセコイ話になっているところがミソ。つまりこのエピソードは、保守派とリベラル派の対立を、極端に矮小化・戯画化して表現して見せているわけである。

 デス妻をよく知らない人がこの話だけ聞くと、リネットのことを額面通りリベラルな人間だと思ってしまうかも知れないので、念のため書いておくけど、この人、別のエピソードでは、近所に引っ越してきた人間を、決定的な証拠もないのにペドフィリアと決め付けて、ペドファイル追放運動に加担してしまったりする。実はそういう極端なところのあるキャラクターなのだ。

 そういう風に、キャラクターの思想と行動の一貫性のグダグダさを意地悪く暴いて見せるのも、このドラマの醍醐味の一つである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Honesty

 アンジェラ・アキ先生のご指導を受けて、私も Honesty を訳してみた。

Honesty.JPG

 歌詞だと、「誠実」とか「盲目」とか漢語が多いのがどうしても気になるので、なるべく大和言葉に直してみた(「盲目」という漢語だといいのに、「盲」と大和言葉にすると差別用語扱いされるのは不便だね)。

 音節数も数えたので、一応歌える歌詞になってるはず。サビの "Honesty" の代りに音節数の同じ「誰も」という言葉を当てるとか、"is such a" と音の似てる「正直」を後ろにずらすとか、いろいろがんばってみた。

 この番組、若者向きの作りになってるけど、取り上げられてる曲は中年世代の若い頃のヒット曲なので、私のような中年が見てもなかなか楽しめる番組になっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

将棋電王戦

 この対局が私の興味をひくのは、名人や四冠王を経験した元トッププロ棋士がコンピュータと戦う、ということだけではない。いやむしろ、コンピュータと戦うのが「あの」米長邦雄である、という事実であることは否定できない。

 前にも書いたが、私は米長邦雄に対してアンビバレンツな感情がある。彼の現役時代の著作は愛読したし影響も受けた。だからこそ、引退後の将棋連盟会長としての言動にはうんざりするほど幻滅させられた。

 現役時代の米長は勝負師としての美学を主張した人だった。その美学は、たとえ自分にとっては消化試合でも重要な試合には真剣勝負で臨むという、いわゆる「米長哲学」に象徴された。また現役時代の米長には、羽生世代のような後進からも謙虚に学ぶ姿勢があり、それが 50 歳という高齢での名人位獲得に結びついたことは周知の通りだ。

 しかし米長の会長としての言動からは、そういう美学はほとんど感じられなかった。むしろ小賢しい政治的な立ち回りや不誠実な言い逃ればかりが目立った。また本来の専門外の役職に就いたにも関わらず、周囲から学ぶ謙虚さも感じられなかった。むしろ「私は君たちとは違うんです」と言わんばかりの肥大した特権意識で自己正当化を図る姿ばかりが目立った。

 だから本電王戦に関して、私が本気半分・嫌味半分で心配していたのは、米長がまた、自分が負けたときの予防線を張りまくって逃げ道を確保することだった。

 実際プレマッチでは、その懸念が的中したかのように見えた。定跡形を大きくはずれた二手目 6 ニ玉。そして敗戦後の、この手は自分で考えた手ではなく他人から教わった手だ、という発言。どちらも、自分が本気ではなかったという言い訳にしか聞こえなかった。

 しかしその二手目 6 ニ玉を本番で再び指す姿を見たとき、私の考えは変わった。

 もし米長がこの対局で善戦したというポーズを作りたいだけなら、矢倉などの無難な定跡形を指したであろう。それこそ遠山雄亮氏がボンクラーズの弱点として指摘していた鷺宮定跡でもよかったろう。

 6 ニ玉は、一回目は言い訳として通用しても、二回目はさすがに言い訳としても通用しない。それで負ければ、むしろ多くの人が真剣勝負から逃げたと感じてしまうだろう。その 6 ニ玉をあえて指して来たということは、この人は本気で勝つ気なんだ。

 そして対局後の会見でも、米長は 6 二玉を奇策ではない、負けたのは自分が弱いからだと言い切った。そして記者に感情的に反論までした。その態度は、米長の本対局に対する真剣さを十二分に物語っていた。私はそこに、往年の米長の勝負師としての美学を見た。

 人間は歳をとると負ける勝負ができなくなる。これは私自身が日々感じていることだ。そして負けても素直に負けを認められなくなる。しかし、米長は齢 70 近くにして、負ける勝負に挑み、精一杯戦って、見事に負ける姿を世間に晒した。これは米長のように功名を遂げた勝負師にはなかなか出来ない事だと思う。その点については素直に賞賛したい。

 もちろんその事だけで将棋連盟会長としての米長邦雄を全肯定することは私にはできない。しかし老いてなお真剣に闘う勝負師の姿は、多くの若者の心に何かを残したに違いない。

 現代という時代は勝つことばかりが評価され、敗者の美学なとというものは軽視されがちだ。しかし世の中は勝利ばかりで成り立っているわけではない。敗者がいかに負けるかという負けっぷりの美学は、これからの時代ますます重要になるだろう。そしてそのような美学を若者に示す役割にふさわしいのは、米長のような老人なのかもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

最近電話でよく使う言葉

 ガキの使いのトークで、「日本人がよく使う言葉ベスト14」というネタがあったけど、私も最近電話で非常によく使う言葉がある。それは、

ウチは賃貸です

 さすがにベスト1まではいかないが、「はい、○○ですが」の次点ぐらいにはランキングされるのではないか。

 もういちいち口に出すのも面倒なので、留守電のメッセージにも入れておこうかと思う。つまりこんな感じだ。

ただいま留守にしております。ピーという発信音の後にメッセージをお願いします。ちなみに、

ウチは賃貸です

 もっと完璧を期するなら、こんな感じだろうか。

ただいま留守にしております。ピーという発信音の後にメッセージをお願いします。ちなみに、

ウチは賃貸です

保険には入ってます。

投資には興味ありません。

墓はいりません。

 長すぎるかな?

 ちなみに、「愛してるよ」「君には悪いけど、俺には妻と子供がいる」「わかりました、1億円出しましょう。安いもんです」「いえ、ノーベル賞なんて欲しくありません。辞退します」「大統領につないでくれ。名前を言えばわかるはずだ」「今どんなパンツはいてるの?」「お前の子供は預かっている。五百万出せ」「緑のカバンに五百万入れて白の紙で黄色のカバン言うて書きながら赤のカバン言いながら置いてくれたら俺黒のカバン言いながら取りに行くわ」などという言葉を使ったことは一度もない。死ぬまでに一回ぐらい使ってみたいが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Kindle で「ぼく東綺譚」を読む方法

 いつの間にか青空文庫で永井荷風の「ぼく東綺譚」が公開されていたことに気づき、さっそく青空 Kindle で PDF に変換しようとしたのだが、こんなメッセージが出てしまった。

「よくわかんないけど、処理に失敗しました、すみません。」

 タダで使わせてもらってるのに「すみません」などと言われるとこちらが恐縮してしまうが、それはまあいいとして。

 こちらのテキスト入力ページでいろいろ試してみたところ、どうもタイトルの「ぼく」の字だけの問題らしい(作者さんにお知らせしようと思ったが、Twitter でしか連絡がとれないようで、当方 Twitter をやってないのでどうしたものか)。

 自分で変換するのも面倒だし、どうしたものかと案じていたが、試しに ChainLP で変換してみたらうまく行った。ChainLP は自分でスキャンした文書の変換にも使えるし、設定を細かく調節できるのでなにかと便利である。作者さんに感謝。

追記: 青空 Kindle では、坂口安吾の「わが思想の息吹」や「第二芸術論について」もうまく変換できないようだ。こちらの場合、ファイル自体は生成されるのだが、その中身がほとんど空っぽなのだ。理由は不明。どうしたものか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戦国自衛隊

 「戦国自衛隊」は私が中学生の頃に公開された作品なのだが、リアルタイムでは見ていなくて、ひかり TV で無料で見れるようになっていたので見た。

 昔の映画にも、現代人が見てもあまり違和感のない作品と、時代精神の影響が強く現れていて、現代人が見ると明らかに違和感のある作品があるけど、これは完全に後者。

 純粋にアクション映画として見れば、結構よくできてる方だと思う。ヘリコプターが落ちるシーンなんかは、「エイリアン2」で着陸船が落ちるところそっくりで、「キャメロンめ、パクりやがったな」とか思ったし、爆発で馬がひっくり返るところとかもよく撮れてる。あまり派手にひっくり返っているんで、馬がかわいそうとか思ってしまったけど。

 だけど。あの無駄にセンチメンタルな演出にはとてもついていけない。戦車を沈めてヘルメットを投げるところとか、伊庭が死ぬところとか、いちいち変な間をあけて「青春の挽歌」的な音楽を流したりする演出が、もう今の自分の感覚ではこそばゆくて見てられない。

 私だってきっと、リアルタイムで見ていれば、それなりに共感したんだろうけどなあ。今の自分には、もうそういうセンチメンタリズムに共感する回路がほとんど無くなっていることに気づかされた。

 だから駄作だという気は必ずしもないけどね。逆にカルスタ的な発想で考えれば、こういう作品の方が時代精神を理解するには役立つんだろうね。ついでに言うと、「卒業」とか「俺たちに明日はない」とかも、今見ると共感しにくいと思うんだけど、これは私だけ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »