彼らが最初共産主義者を攻撃したとき - デス妻バージョン
「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」というのは、ファシズムの危機を喧伝する際にネットでよく引用される警句だが、実はかの「デスパレートな妻たち」にも、この警句をもじって引用しているシーンがある。ちょっと面白いので紹介しよう。
Season 4, Episode 5: "Art Isn't Easy" (邦題「近隣トラブル」)より
Lee: "First they came for the fountains, and I did not speak out because I had no fountain."
Lynette: "What?"
Lee: "Then they came for the lawn gnomes, and I did not speak out because I had no gnome."
Lynette: "You're comparing Katherine to a Nazi?"
Lee: "Then they came for my treehouse, and there was no one left to speak out for me."
(字幕には字数制限があるので、逐語訳を付記する)
リー:「彼らが最初に噴水を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は噴水を持っていなかったから。」
リネット:「はあ?」
リー:「彼らが次にノーム人形を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はノーム人形を持っていなかったから。」
リネット:「あなたキャサリンをナチスに例えてるの?」
リー:「そして彼らが私のツリーハウスを攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」
リーは実際には「ナチス」という言葉を使っていないのに、リネットは即座に「ナチスに例えてるの?」と察しているし、それに関して視聴者には何の説明もないことからしても、この "First they came for..." という言い回し自体がアメリカではかなり有名であることがわかる。もっとも、リネットはこのドラマの登場人物の中ではインテリの方だという設定なので、その分少し割り引いて考えた方がいいかもしれないけれど。
この警句にそれほど馴染みのない日本の視聴者には、リーの唐突な語りやリネットの極端な反応に違和感を感じた人もいると思うが、こういう有名な警句があってそれを引用しているのだとわかれば納得だろう。このへんが翻訳の難しいところだ。
シーン中の男性二人は、最近このウィステリア通りに引っ越してきたゲイのカップルで、引越し早々自宅の庭に奇妙な噴水を設置する。ところがこの噴水が、景観を破壊し騒音を撒き散らすということで、近所の大顰蹙を買う。そして町内の保守派の代表格であるキャサリンは、町内会(正確には "homeowner's association")の会長になって噴水を撤去すると言い出す。窮地に立ったゲイカップルの二人は、町内のリベラル派の代表格であるリネットを脅して、自分たちの味方につけようとする。それがこのシーンというわけ。
元の警句では、「噴水」や「ノーム人形」のところに、「共産主義者」や「ユダヤ人」みたいな言葉が入るわけだが、比べるとかなりセコイ話になっているところがミソ。つまりこのエピソードは、保守派とリベラル派の対立を、極端に矮小化・戯画化して表現して見せているわけである。
デス妻をよく知らない人がこの話だけ聞くと、リネットのことを額面通りリベラルな人間だと思ってしまうかも知れないので、念のため書いておくけど、この人、別のエピソードでは、近所に引っ越してきた人間を、決定的な証拠もないのにペドフィリアと決め付けて、ペドファイル追放運動に加担してしまったりする。実はそういう極端なところのあるキャラクターなのだ。
そういう風に、キャラクターの思想と行動の一貫性のグダグダさを意地悪く暴いて見せるのも、このドラマの醍醐味の一つである。
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