内なるキリスト教徒
市川森一が亡くなった。私は氏の大ファンとまでは言えないが、気になる脚本家の一人であったのは間違いない。
もちろん、氏がウルトラシリーズの脚本家であることは、子供の頃は知らなかった。子供という生き物は、バイトの兄ちゃんがやってる着ぐるみの特撮ヒーローと握手できただけで死ぬほど感激したりするくせに、作品の作り手にはほとんど関心がないものだ。そういうことを意識しだすのは、だいたい思春期に入ってからだろう。
大河ドラマ「黄金の日日」が放映されたのは、私が中学一年生のときだから、少しは市川森一という名前も意識していたと思う。しかし、このときはまだ、思い入れはほとんどなかった。
市川森一という名前が私の中に決定的に刻み込まれたのは、ウルトラセブンに関するあるムック本を友達から借りて読んだときだ。記憶を元に検索すると、おそらく朝日ソノラマのファンタスティック・コレクションというシリーズの中の「SF ヒーローのすばらしき世界 ウルトラセブン」だろう。
この本はおそらく、ウルトラセブンを大人の視点で再評価するというムーブメントのきっかけになった本の一つではないかと思う。インターネットなどもちろんなく、ビデオもまだ入手しにくい時代に、全エピソード(例の12話は除く)のあらすじが再現されている上に、今や伝説となった「ノンマルトの使者」のほぼ完全なシナリオや満田かずほ氏の自筆原稿なども収録された、今考えても質の高いムックだった。(おそらく池田憲章氏の功績であろう)
この本を読んで、「ひとりぼっちの地球人」と「盗まれたウルトラアイ」の脚本を書いたのが、「黄金の日日」と同じ人物であるということに気づいたとき、市川森一の名前は私にとって永遠に忘れられない名前となったのだった。
氏の作品には独特の肌合いがある。ロマンティックなのだけれど、感情的にドロドロベタベタしたところはあまりなく、どこか突き放したようなドライな距離感がある。氏がキリスト教徒であるという事は、後になって知ったのだが、そう考えると腑に落ちるところは多い。
氏の作品は「裏切り」がテーマになることが多い、というのは前にもちらっと書いた。しかし考えてみると、その裏切りの動機が問われることはほとんどない。マゼラン星人はなぜマヤを裏切ったのか。説明は何もない。「他の星を侵略するような星の倫理観なんてそんなもの」とかいくらでも理由はつけられると思うのだが。あるいは、秀吉はなぜ助左を裏切ったのか。権力の魔力というような解釈が多いが、劇中ではっきりした説明はない。
氏の作品において、「裏切り」は不条理な運命のように現れ、その動機が問われることはない。問われるのは常に、裏切られた側の意思であり倫理なのだ。これは、善人にも悪人にもそれぞれ事情があるんだから、お互い話せばわかるはず、みたいな日本的義理人情の世界とは明らかに異質であり、ここに、キリスト教的世界観の影響を見出すのはあながち深読みではないと思う。
これも前にちらっと書いたが、私の通っていた幼稚園はプロテスタントの教会が経営していた。そのため、クリスマスが来るとキリスト生誕の劇をやり、イースターが来ると卵に色を塗って飾り、週末には日曜学校に通い、暇さえあれば福音館書店の絵本を読み、というような環境で幼年時代を過ごした。
今では無神論者で世俗的ヒューマニストを自称しているが、身体化され無意識的反射的に表れる倫理観には、拭いがたくキリスト教的な倫理観が刻印されているという自覚がある。もちろん、正規の宗教教育を受け意識的にキリスト教徒になった人と同一視はできないだろうが。私が市川森一氏の作品を好きなのは、私の中に潜むキリスト教徒を刺激されるせいもあるんだと思う。
実相寺昭雄も去り、市川森一も去った。自分の幼年期を豊かにしてくれた方々が避けようもなくこの世を去っていく歳になり、彼らから渡されたバトンの重さを意識せざるおえない今日この頃。
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