« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

深川は大都市だよ

 最近の NHK スペシャルでやってる中国モノは、わりとリアリティがあってよいと思うのだが、「“中国人ボス”がやってきた~密着 レナウンの400日~」のラストは多少誤解を招くかもしれない。

 中国に進出したレナウンが、当初は北京に一号店を出す予定たったのに、中国側の反対にあって、最終的には深川(正しくは土辺に川)に一号店を出したというストーリーなのだが、北京は諦めて地方都市からみたいな前フリがあって、さらに深川は「北京から 1900 km 離れた」などとナレーションでわざわざ強調しているので、レナウンが大幅な妥協をしたような印象を持つ人も多いのではないか。

 しかし数十年前ならともかく、現在の深川は中国でもベスト 3 ぐらいに入る大都市なのである。たとえば先日紹介した「Anatomy of the Chinese Business Mind」にはこうある。

Beijing and Shanghai are definitely best known places in China. However, Guangzhou and Shenzhen, two of the best-developed cities in the Pearl River Delta, are by no means inferior in status and fame.

(拙訳)北京や上海は確かに中国の中でも最も有名な場所である。しかし珠江デルタで最も発展した2都市である広州および深川も、その地位や名声においてまったく劣っていない。

In 2001, this area provided about 5% of the world's goods and contributed over 8% of the nation's economy, although it occupies only 0.4% of China's total area.

(拙訳)この地域は、面積では中国全土の0.4%を占めるに過ぎないが、2001年の時点で、世界中の商品の約 5% を提供し、中国経済の 8% 以上に貢献している。

Shenzhen was a fishing village before China initiated its open-door policy and economic reforms. It was singled out in the late 1970s because of its proximity to Hong Kong to pilot the bold project of setting up Special Economic Zone. The project designed to test capitalism in the socialist context proved a great success and Shenzhen has since developed into on of the fastest-growing and most-developed cities in China.

(拙訳)中国が開放政策や経済改革を始める前の深川は漁村であった。1970年代後半、深川は香港に近いという理由で、経済特区を立ち上げるという大胆なプロジェクトの試験地区として選ばれた。この資本主義を社会主義の文脈でテストするというプロジェクトは大成功を収め、以来深川は、中国でも最も速く成長する最も発展した都市となった。

 Wikipedia にはこうある。

2010年の市内総生産は9500億元(1441億ドル)である。上海市、北京市、広州市に次いで第4位であり、「1兆元都市」に近付きつつある。

中国本土の大都市の中では最も所得が高い。1980年に経済特区に指定されて以来、莫大な外国投資を誘致し、製造業が発達しているが、近年は情報通信産業やサービス業も急速に発展している。 深川は香港と隣接している影響で中国国内では比較的に裕福であり、一人当たりのGDPが10628ドル(約113万円)になったと発表した。中国の都市で一人当たりGDPが1万ドルを突破したのは初めて。既に深川に居住する香港人は6万1865人に上る。 すでに輸出額では香港を抜き、上海に迫る。1990年には深川証券取引所が設置され、上海証券取引所とともに外国人が投資できる株式(B株)を扱う。香港に比べると物価が若干安いため、香港住民は隣接の羅湖区へショッピングに訪れることが多い。ただし、犯罪率が高いことでも知られる。

2006年、港湾コンテナ取扱量世界第4位と、急速に取扱量が増加している。2006年港湾コンテナ取扱量世界第1位はシンガポール港。日本一の港湾コンテナ取扱量の東京港は世界第23位。

また2011年9月、英国のシンクタンクにより、世界第25位の金融センターと評価されており、中国大陸では上海、北京に次ぐ第3位である。

 だから、北京をやめて深川にしたというのは、ニューヨークをやめてロサンゼルスにしたぐらいの感じではないかと思う。

 番組自体は、あまり図式的にならないように注意して作られていたと思うが、見る側の知識によっては誤解されかねないと思うので指摘してみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吉見と浅尾の WPA を計算してみたい

 前回の記事では、記録の上では吉見の方が上で、浅尾はイメージだけみたいな書き方をしたが、先日紹介したセイバーメトリクスの WPA のような指標を使えば、おそらく吉見と浅尾はそう遜色ないのではないかという気がする。

 日本には多分まだないが、アメリカには WPA をリアルタイムで計算して公開している FanGraphs というウェブサイトがある。そのサイトのデータによると、2011 年のメジャーの投手のうち、WPA 1 位は Justin Verlander という先発型の投手だが、2 位の Tyler Clippard という投手はセットアッパーである。 

名前 チーム WPA SV HLD 投球 防御率
Justin Verlander Tigers 5.14 24 5 0 0 251 2.4
Tyler Clippard Nationals 5.01 3 0 0 38 88.1 1.83

 なぜ投球回数が 3 倍も違うのに、WPA はあまり違わないかというと、WPA の場合、同じイニングを抑えても、試合後半や得点差の少ないときのプレイの方が、試合前半や得点差の大きいときのプレイより高く評価されるからだ。

 そのせいか、先発投手と救援投手の WPA は分けて考えるべき、と主張している人もいるし、その補正方法も提案されているようだ。

 でも WPA というのはもともと、そういう異なる種類のプレイを統一的に評価するための指標なので、限界に留意しつつも参考のために比較してみることは悪くないと思う。 

  ちなみに、今日(2011.10.20)現在の吉見と浅尾の成績はこのようになっている。

名前 チーム WPA SV HLD 投球 防御率
吉見 一起 ドラゴンズ ??? 18 3 0 0 190.7 1.65
浅尾 拓也 ドラゴンズ ??? 7 2 10 45 87.3 0.41

 この 2 つの表を比べてみれば、吉見と浅尾の WPA がそれほど遜色ない可能性はおおいにあることがわかる。

 もし時間ががあれば、自分でもこの 2 人の WPA の推定値をなんとか計算してみたいが、同時にこれを機会に、中継ぎ投手の評価方法に関する議論が深まることを期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中継ぎ投手史上初の MVP?

 今年のセ・リーグ MVP はおそらく浅尾だろうけど、もし取ったら、日本プロ野球史上初の中継ぎ投手の MVP じゃないだろうか。とすれば、抑え投手として初めて MVP をとった江夏以来の快挙ということになるんじゃないかな。

 ぼくは浅尾には結構思い入れがある。もう覚えてる人もあまりいないと思うけど、彼は中継ぎに転向した当初、わりとよく打たれていた。ぼくは浅尾が出て来るたびに、また打たれるんじゃないかと心配し、実際その予想通りになることが多かった。ぼくはなぜ落合さんがこんなに浅尾にこだわるのか不思議でならなかった。

 しかし、その後の浅尾の活躍はご存知の通り。ぼくは自らの不明を恥じ、落合さんにまた一つ大事なことを教わったのだった。人を育てるとは、そういうことかと。

 記録だけ見ると、吉見も素晴らしい成績なんだけど、実際に中日の試合を観ていた人間にとっては、浅尾の印象が圧倒的に強いだろうと思う。

 特に今年は、統一球のせいで僅差の試合が多く、その分中継ぎ抑えの重要度が高かった。その上、岩瀬がいま一つ不安定だったので、ロングリリーフも多く明らかに当番過多。多くの人が浅尾の貢献度が高いと感じるのは自然なことだ。

 優勝を決めた試合の 10 回裏、ベンチからブルペンに電話していたのは、おそらく岩瀬の意思を聞いていたのじゃなかろうか。このまま浅尾に投げさせてもよいかと。そして岩瀬は自分の意思で浅尾に投げさせてくれと言ったのではなかろうか。できすぎた美談かもしれないが、ぼくは勝手にそんな想像をしていた。

 もちろん岩瀬も好きな選手で、まだまだ頑張って欲しい。でも今年は浅尾でしょ、という感じ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Anatomy of the Chinese Business Mind

  中国のクライアントと支払いを巡ってトラブルがあり、泥縄式で勉強のために読んでみた本。

 儒教・道教・孫子などの思想的背景や、アヘン戦争から改革開放政策までの歴史的背景をふまえて、中国のビジネス文化を欧米人にもわかるように説明している。少々図式的すぎる感じもするが、内容・文章とも明快でわかりやすい。著者自身も中国人ないし中国系であり、文献引用もちゃんとしていて、個人の勝手な印象を書き連ねたたぐいの本でもなさそうである。

 類書を読み比べたわけではないので、他の本に比べてどうこうとは言えないが、他になんの判断材料もなければ、この本を選んでも損はしないのではないかと思う。

 この本を自分の体験と照らし合わせて改めて感じたのは、なまじ文化が近いと相互理解は逆に難しい面があるということ。たとえば、将棋と囲碁ではルールがまったく違うので、どちらかが相手に合わせるしかないが、将棋とはさみ将棋なんかだと両者のルールを折衷することが可能なので、「はさんだ駒を取るんじゃねーよ」みたいなトラブルが起き易い。

 日本は、文化の古層には中国文化の強い影響があるが、明治維新以降はむしろ西洋文化を積極的に取り入れてきており、その過程で中国文化の影響を(少なくとも一部は)切り捨てようとしてきた国である。

 この本でも face (面子) と guanxi (ある種の人脈)を中国文化の二大キーワードとして挙げているが、どちらも日本が近代化の過程である種の「悪習」として捨てようとしてきたものである。それだけに、異文化尊重という形式的なお題目だけで受け入れるのは難しいところがある。

 特に私は「面子」にこだわる人間が大嫌いなので非常に困る。これは中国人に限った話ではなく、イギリス人でも日本人でも、そういう人間には反射的に嫌悪感を感じてしまう。だから、そういう相手に合わせるということは、自分自身のモラル・スタンダードを捻じ曲げることになるので、形式的な異文化尊重ではすまない、アイデンティティの危機みたいなものを感じてしまうのである。

 たとえば、この本にはこんな例が載っている。あるアメリカ人が中国の会社で管理職として働いていた。彼のパソコンはなぜかよく故障したが、中国人の部下に頼むとすぐ直してくれる。アメリカ人はしばらくそれで納得していたが、やがて、それは実は故障ではなく、彼の操作ミスであり、周囲の中国人社員はみなそれを知っていたということが判明する。アメリカ人が「なぜもっと早く教えてくれないのだ」と聞くと、中国人は答える。「上司の間違いを指摘したら、面子を潰すことになるからだ」。

 この話を聞けば、私に限らず現代の日本人ならだいたい、「おいおい、それは親切ちゃうやろ」と思うだろう。つまりそういうことだ。

 実はこの件については知人にも相談してみた。その人は私なんかよりよっぽどリベラルで異文化にも寛容な人なのだが、ハローワークに勤めているので、仕事柄中国人とのトラブルも多く経験しているらしく、私の話に即座に同意してくれた。私が「形だけでも謝った方がいいかな?」と聞くと、「いや謝ったりしたらつけ上がるだけだから、絶対に謝らない方がいい」みたいなことまで言うのだ。私は、この人ですらこんなことを言うのなら、きっと日本中で同じようなトラブルが起きているのだろうなあ、と改めて感じたのだった。

 もちろん、だからと言って排外主義やレイシズムを肯定するわけではまったくない。ただ今後日本人が彼らと真剣に付き合おうとすればするほど、キレイゴトの異文化尊重ではすまない、いろんな対立が生まれることは間違いないだろう。相手の文化だとわかっていても批判しなくてはならない事も出てくるだろうし、逆に、こちらの文化についての批判を受け入れなくてはならない事もあるだろう。そうやってお互いのアイデンティティを脅かし合うのはしんどいことだが、そのしんどい過程を経なければ深い関係は築けないだろう。

 今回の件に関しては、最悪、法的手段に訴えるしかないのだろうが、できればそんな面倒なことはしたくないので、できるだけ相手の「面子」をたててがんばってみたいと思う。私にとっては非常に辛い事だが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

料理の鉄人USA

 90 年代にフジテレビで放映していた「料理の鉄人」という番組にアメリカ版があることをご存知だろうか。よくあるパクリではなく、ちゃんとフジテレビからフォーマットのライセンスを受けて製作されたものである。

 最近この「料理の鉄人 USA」を、フーディーズ TV という CS 局で放映しているので、暇があると結構見てしまう。正規ライセンス番組だけあって、かなりオリジナルに忠実に作られているのだが、それでも微妙な違いがあり、そこに日米の差が現れているように見えて面白いからだ。

 最も気になったのは、料理があまり美味しそうに見えないこと。これはおそらくライティングのせいである。この番組では、料理している最中の食材をカメラが必死になって追い掛け回して撮影するのだが、日本版ではキッチンのどこで撮影してもライティングが完璧だった記憶がある。ところがアメリカ版だと、場所によって、薄暗くてよく見えなかったりするのだ。

 また、番組冒頭でテーマ食材を公開する場面も、何か雑である。日本版では、テーマ食材だけでも美味しそうに見えるようにかなり気をつかって撮影していた記憶があるが、アメリカ版はそうでもない。たとえば挽肉がテーマの回なんか、まるでスーパーの肉売場のように、プラスチックのパックに入れたラップをかけた挽肉をそのまま出したりしていた。

 さらに言えば、アメリカ版は調理器具の故障が多い。オーブンが故障して敵側のオーブンを借りるみたいなことがしょっちゅうある。これも日本版ではほとんどなかったことだと思う。

 つまり全般的に、なんとなくガサツで大雑把なのである。これが日米の技術の差か、番組にかける予算の差か、それとも文化の差かは必ずしも断定できないが。

 最近日本では、国産のドラマより海外ドラマの方が面白いという意見が多く、私も自分の見た範囲では同感なのだが、こういうバラエティ的な技術においては日本の方がまだ上回ってるのかもしれないと感じた。

 もう一つ驚いたのは、料理自体にはそれほど国による差がないということ。元が日本の番組だからかもしれないが、和食の食材や技法も当たり前のように出てくる。鉄人の一人は、日本でも和の鉄人をやったことのある森本正治なので当然だが、それ以外の鉄人や挑戦者のときにも和食の食材や技法が結構出てくる。もちろん当然ながら他の国の食材や技法も使われており、食のボーダーレス化が実感できる番組になっている。

 他にも文化差が現れていると思われる点はいくつかある。たとえば、日本版では鉄人はあまり負けなかったと思うが、アメリカ版では鉄人がよく負ける(という印象だったが、Wikipedia のデータから計算してみたら、日本版の勝率が約 7 割 5 分、アメリカ版の勝率が約 7 割で、思ったほど差はなかった)。

 それから、日本版の審査員で厳しい批判をしていたのは岸朝子ぐらいで、後はほとんど当たり障りのないコメントをしていた記憶があるが、アメリカ版の審査員は、かなり批判的なコメントが多い。まあこれは予想通りという感じだが。

 日本版の鹿賀丈史の役をやっているのは、マーク・ダカスコスという俳優。この人は鹿賀丈史の甥で武道の達人というよくわからない設定で、番組冒頭で意味なくトンボを切ったりする。お約束のパブリカ齧りと「アーレ、キュイジーヌ!」は忠実に再現しており、結構さまになっている。

 

 どうよ、この挽肉のプレゼンテーション。ガサツでしょ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

早過ぎたひと 世紀の伊達男 加藤和彦

 NHK BS の「ハイビジョン特集」で放送していた、故・加藤和彦氏の特集番組はわりとよかった。

 加藤氏については、YMO からの流れで、ミカバンドやヨーロッパ三部作など一通り聴いてはいたが、断片的な知識しなかなったので、その人生を時代背景とともに眺めるのは、それだけでも興味深い体験だった。リアルタイムで聴いた世代ではないが、時代背景からすれば頭抜けて突出した人物であったことはよくわかった。

 特に、震災以降の「ぜいたくは敵だ」みたいな雰囲気の中で、こういう享楽主義的な人物にスポットを当てた番組制作者の勇気には拍手を送りたい。意図的かどうかは知らないけれど。

 私は前から消費の美学ということを主張しているので、こういう人物の美学に学びたいと常々思っているのだけれど、現実の自分はファッションとは無縁で仕事人間からなかなか脱却できず情けない。

 ちなみに、加藤氏に対する追悼文の中で、私がもっとも共感したのは、菊池成孔氏のこれ

 ジャジーに溢れかえっていたと思い込んでいたコード進行はシャンソンやフォーク並みに少なく(しつこいようですが、コード進行が多いから偉いとかいう事では決してありません)、深淵かつ軽い、欧米の粋な短編小説のごとき水準にあると思っていた歌詞は、当時の雑誌広告のボディ・コピーのように薄っぺらで、つまりこれはよくある皮肉ですが、故人が牽引した日本の未来は、故人の作品をして「石田純一のテーマソングみたいに聴こえてしまうなあ。ああ。何と言う事だ」と思わせるに充分なものだったのです。再び念のため。石田純一さんが嫌いだとか好きだとかいう話ではありません。というか、端的に好きですが、あの「あの頃、マリー・ローランサン」が、<ちょっと気を許すと>、というエクスキューズ付きで、とはいえ、石田純一のテーマソングに聴こえてしまうのはマズい。と、文字通り、タイムマシンに何事かを嘆願する様な気分でした。

 こうしてワタシは、今よりも遥かに妄想癖が強く、神格化のハードルが低かった16歳当時の自分が作り上げた偶像を地にそっと置きなおすと同時に、自分の未来に向けての可能性をひとつ切断し、修正を余儀なくされたのです。妄想による神格化は、言うまでもなく自己愛の反映です。自己愛の反映によって対象を歪めてしまう。という、ありきたりな罪をワタシは犯し、静かに、小さく罰されたのでした。ワタシに、そしてあらゆる対象に対して、同じ罪を犯す10代のリスナーも数多くいる事でしょう。ワタシに申し上げられるのは、しかしこの程度の罪と罰は、むしろ人生を豊かにすると言うことです。

 そう言えば、菊池成孔がなぜかロンブーの田村淳と対談している番組も見てしまったのだが、これもなかなか面白かった。

 世代的には近いが、菊池氏の少年時代も加藤氏とは別の意味で私などには想像もつかない。私も高校時代は、歌舞伎町の区役所通りをチャリンコで通り抜けて通学していたのだが、歌舞伎町っぽい出来事など何一つなかったし。 菊池氏が酒場で荒くれ男の喧嘩を眺めていた頃、私が眺めていたのはもっぱら家族間の喧嘩だったし。

 菊池氏は、ご自身を含めてバブル世代は特殊だと言っていたが、私には自分がバブル世代だという自覚もあまりない。高卒後 2 浪中にバイトで入った会社でプログラミングに目覚め、そのままバイトしながら 7 年かかって夜間大学を卒業し、新卒一括採用など一度も経験したことのない人間にとって、バブルというのはほとんど別世界の出来事でしかなかった。だから、バブル世代などと一緒くたにされるのはかなり不本意なのだ。

 まあこれはバブル世代に限らず何世代だってそうだろうけど。世代論というのはあくまで類型化に過ぎず、個別にはいくらでも例外はあるものである。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

WPA のシリーズ補正について

セイバーメトリクスには、選手の勝負強さや結果論としての貢献度を評価する指標がある。「メジャーリーグの数理科学」で紹介されている PWA や PGP もそうだし、最近の FanGraphs などでは WPA (Win Probability Added) などと呼ばれている。

 これは打点を精密化した概念と考えればわかりやすい。打点の場合、選手の特定のプレイ前後の得点の変化をその選手の貢献度としてカウントするが、WPA の場合、得点の変化の代わりに、勝率の変化をカウントする。

 勝率の変化なんてどうやって計算するのか、と思う方もいるかもしれない。細かい説明は、それこそ「メジャーリーグの数理科学」でも(できれば英語版で)見て欲しいが、簡単に言うと、イニング別・点差別の勝率のデータと、出塁状況・アウト数別の得点期待値のデータがあるので、これを組み合わせて計算するのだ。この 2 種類の確率は、マルコフ過程のような確率モデルからも計算できるし、経験的な統計データから計算されたものもある。

 「メジャーリーグの数理科学」では、この PGP を使って、記者投票によるワールド・シリーズの MVP が妥当だったかという検証を行っている。

 この件を読んでいたら、ふと閃いた。

 そもそも、なぜ得点の代わりに勝率をカウントするかというと、野球の目的は、得点を最大化することではなく、勝率を最大化することだからだ。でもその論法で言えば、ワールド・シリーズの真の目的は、個々の試合に勝つことではなく、シリーズ全体に勝つことなんだから、PGP (や WPA)をそのままシリーズ MVP の評価に使うのはおかしくはないか。

 そうだそうだ。ふっふっふ、セイバーメトリシャンもまだまだ甘いな。私はそう嘯きながら WPA を短期決戦シリーズ用に補正する方法を計算しかけたのだが、いや待て、世の中そんなに甘くないぞ、と思い直して、"WPA series adjust" などと入力して検索してみた。

 そしたら、案の定ありましたよ。 こんな記事が。

Ranking most valuable World Series HRs

While WPA is a great tool, the overall objective is to win the series as opposed to winning each individual game. We need to look at how much that play increased a team’s chances of winning the series, as opposed to just the game.

To adjust for this second level of leverage, we need to find a way to go from “Game WPA” to “Series WPA," or the change in the probability the team would win the series from before the play to after the play. Series WPA can be expressed as a product of Game WPA and the leverage of the game in the series.

Series WPA = (Leverage of Game in Series)*(Game WPA)

“Leverage of Game in Series” can be defined as the probability the team wins the series if it wins the game in question minus the probability the team wins the series if it loses the game in question.

 この記事がセイバーメトリクス界でどう評価されているかはよく知らないのだが、私は基本的に同意する。 少なくともその方が考え方として首尾一貫しているからだ。

(もちろん、選手の能力は常に一定であり、勝負を左右する場面で打ったのはたまたまの結果論である、という正反対の考え方もできるが、セイバーメトリクスにはそういう考え方(いわば成果主義に対する能力主義)の指標もちゃんとある(RC や LSLR など)ので、これはこれでいいんじゃないかと思う。成果主義と能力主義のどっちが「正しい」かは、また別の問題。)

 というか、本当はシリーズだけではなく、ペナントレースにも同じことが言えるはずなんだよね。ペナントレースの目的は、個々の試合に勝つことよりも、リーグ優勝することだとも言えるわけだから。

 たとえば、昨日の中日・ヤクルト戦で、浅尾が最後に飯原から奪った三振は、開幕戦でネルソンが奪った三振よりも、(成果主義的な発想に立てば)はるかに優勝貢献度は高かったはずだ。

 実は私は、ペナントレースについても同じ方式でリーグ優勝確率の変化を計算しようとしたことがあるのだが、これはかなり難しい。なぜかというと、ペナントレースはリーグ戦なので、直接対決だと自チームの勝率が上がるだけではなく、相手チームの勝率も下がったりするからだ。結局、考えているうちに面倒になって投げ出してしまったのだが、これをちゃんと定式化できれば、セイバーメトリシャンに勝てるかもしれない。誰か挑戦してみないか。


付録: 上で引用した記事には、肝心のレバレッジの計算方法が明記されていないので、私が使った方法を一応書いておく。と言っても別にたいした方法ではなく、ちょっと確率論の素養のある人なら誰でも思いつく方法だが。

 まず、試合の勝率をどの試合も 5 割と仮定する。勝率を事前に推定する方法があれば別に変更してもよいが、日本シリーズは異なるリーグの対戦だから勝率データがないことが多いし、あったとしても 5 割とそう大きく違わない可能性が高いだろう。 (違う勝率で計算したい場合には、以下の式の 1/2 や 0.5 を適宜書きかえればよい。)

 シリーズが 7 試合制で、計算対象のチームが m 勝 n 敗だとすると、その時点でのチームのシリーズ優勝確率は以下の式で計算できる。

難しげに見えるかもしれないが、これは実は初歩的な二項分布の累積分布関数にすぎない。

 この式を使って、あらゆる勝数・負数の組み合わせについて、シリーズ優勝確率を計算するには、スプレッドシートを使う。

 まず、以下のように、行列の見出しに勝数・負数を入力した表を作る。

勝/負 0 1 2 3 4
0          
1          
2          
3          
4          
そして、各セルにこんな式を入力する。
=BINOMDIST(3-B$1,7-($A2+B$1),0.5,TRUE)
これはセル B2 用の式だが、相対参照と絶対参照を使い分けてあるので、他のセルにもこのままコピーできる。ただし、4 敗の列だけはエラーになる。4 敗した場合にシリーズに勝つ確率は 0 なので、数値として 0 を入力しておく。
 計算した結果はこのようになる。
勝/負 0 1 2 3 4
0 0.5 0.344 0.188 0.063 0
1 0.656 0.5 0.313 0.125 0
2 0.813 0.688 0.5 0.25 0
3 0.938 0.875 0.75 0.5 0
4 1 1 1 1  
  数値だけではイメージが涌きにくいので、グラフにしてみよう。負数を固定して、勝数に対するシリーズ勝率の変化をプロットするとこうなる。

シリーズ勝率.JPG

 傾きが大きいところほど勝率の変化が大きく、「レバレッジ」が大きくなる。3 勝 3 敗の後の 1 勝が最も重要度が高いのは常識的な直感と一致する。

 WPA に影響するのは、勝数・負数が増えたときのシリーズ勝率の変化である。勝・負の影響を同時に見るために、ベクトル解析の概念を応用して、グラディエント(勾配)を計算してみよう。そうすれば、各試合がシリーズ勝率に与える影響の大きさを統一的に見ることができる。 (グラディエントを知らない人は、とりあえず微分係数の多次元版だと思えばよい。)

 そのためには、上の表の少し下に、同じような表を作って、各セルに以下の式を入力すればよい。

=SQRT(POWER(C2-B2,2)+POWER(B3-B2,2))

これは 0 勝 0 敗のセル用の式だが、相対参照なので、縦横にコピーするだけで表が完成する。隣のセルとの差をとっているので、計算できるのは 3 勝 3 敗のセルまでである。

実際に計算した結果はこうなる。

勝/負 0 1 2 3
0 0.221 0.221 0.177 0.088
1 0.221 0.265 0.265 0.177
2 0.177 0.265 0.354 0.354
3 0.088 0.177 0.354 0.707
 
数値のままではイメージが涌きにくいので、グラフにしてみよう。今度は勝数・負数とグラディエントの関係をまとめて見れるように、3 次元にプロットしてみる。

シリーズ勝率勾配.JPG 

 各試合の重要度は、勝数・負数の差が少ないほど大きく、なおかつ、勝数・負数が多いほど大きい、という傾向がはっきりわかる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「メジャーリーグの数理科学」の誤訳(第10章)

  • 原文:In trying to define which of these should be called a "clutch situation" (an admittedly vague term), we've come up with these criteria:
    • 元訳:これらの状況のうちどれが「勝負を決める状況(clutch situation)」(非常にわかりやすい明確な言葉であるが)と呼ばれるべきかを定義しようとするに当たって,私たちは次のような基準を提案する.
    • 拙訳:このうちのどれを「勝負を左右する状況」(これが曖昧な用語であることは認める)と呼ぶべきかを定義しようと試みる過程で,筆者たちは以下のような基準を見出した:
    • 解説:"an admittedly vague term" をなぜ正反対に訳したのだろう。はっきり言ってまったく理由がわからない。
  • 原文:If we pick a player and say that he hits in the clutch, what exactly do we mean?
    • 元訳:もし私たちが選手を1人選び,勝負を決めるときにその選手がヒットを打つと言うとすると,それは正確には何を意味するのだろうか.
    • 拙訳:私たちが特定の選手を指して「彼は勝負強い打者だ」と言うとき,正確には何を意味しているのだろうか。
    • 解説:「選手を1人選び,勝負を決めるときにその選手がヒットを打つと言う」って、お前は預言者か。英語の動詞の現在形というのは、主語の決まった属性を表す形容詞に近い使われ方をするので、それを知らないとこういう変な訳になる。"he hits..." というのは、「彼は…という状況でよく打つ」というような意味であって、過去にヒットを打ったとか未来に打つだろうとかいうことではない。
  • 原文:Do we mean that he hits better when runners are on base? When the score is close? When runners are on and there are two outs?
    • 元訳:私たちは走者が塁にいる時,得点差が少ない時,あるいは走者がいて2アウトの時の方が選手はより良いヒットを打つと考えているのだろうか?
    • 拙訳:その選手は走者がいるときによく打つという意味だろうか。それとも点差が少ないとき、もしくは2アウトで走者がいるときによく打つという意味だろうか。
    • 解説:この he は上の文で選ばれた "a player" のことなんだから、それとわかるように訳すべき。でなきゃ、あらゆる選手がチャンスに強いという意味にとれてしまうではないか。「より良いヒット」も意味不明。だいたい「より良いヒット」だったら "better hits" だろう。"When..." を複数並べているのは、A・B・C のどれが正しいかという問いかけだが、元訳のように「あるいは」でつないでしまったのでは、A・B・C のどの状況でも選手はヒットを打つ、という逆の意味になってしまう。
  • 原文:Since he had no walks, and sacrifice flies are included among opportunities for getting on base, Carter's on-base percentage (7/28 = .250) was actually lower than his batting average.
    • 元訳:四球はなく,また犠牲フライも塁に出た回数に含まれるので,カーターの出塁率(7/28 = .250)は彼の打率よりも実際には低かった.
    • 拙訳:カーターには四球はなく,犠牲フライは出塁機会に含まれるので,実際にはカーターの出塁率(7/28 = .250)は打率より低かった.
    • 解説:"opportunities for getting on base" は「塁に出た回数」ではなく「出塁機会」である。これもある意味正反対の訳で、少しでも意味を考えて訳していれば間違えようがない。前の文には、打数が 25 で犠牲フライが 3 だとちゃんと書いてあるし、犠牲フライを出塁に入れたら、出塁率は下がるどころか上がるに決まってるではないか。
  • 原文:These values (presented in Table 7-7) are the average or expected number of runs for each hit after the frequencies of all game situations have been considered.
    • 元訳:これらの値(表7-7で示されている)は,打率または全てのゲーム状況の頻度を考慮した上でのそれぞれのヒットから得られる予想得点数である.
    • 拙訳:(表7-7に示されている)これらの値は,試合中のあらゆる状況の頻度を考慮して求めた、各安打の平均得点数または得点期待値である.
    • 解説:"the average" を「打率」と解釈して、"expected number of ..." 以下と等価と見なしたらしいけど、これは、(the (average or expected) number) という構文である(こういうのは定冠詞の位置を見ればだいたいわかる) 。「平均値または期待値」という意味。
  • 原文:This expectation is derived from the probabilities of scoring different numbers of runs.
    • 元訳:この期待値はいろいろな得点を挙げる可能性からひきだされる.
    • 拙訳:この期待値は,さまざまな点数の得点確率から求められる.
    • 解説:なんかずいぶん茫漠とした訳になっている。probabilities には確かに日常用語としての「可能性」という意味もあるが、この場合ははっきり数学用語としての「確率」である。
  • 原文:To see that we have actually accomplished this, let's examine an alternate- or parallel-universe batting performance for Joe Carter.
    • 元訳:実際にこれが達成されたことを見るため,ジョー・カーターのもう1つの,あるいは別世界(parallel-universe)での打撃成績を見てみることにしよう.
    • 拙訳:この目標を実現できたかどうか確認するため,ジョー・カーターのパラレル・ワールド(もしくは二次創作)における打撃成績を調べてみよう.
    • 解説:alternate-universe というのは、日本ではコミケとかでよくある「二次創作の世界」のことであり、 parallel-universe というのは、SF に出てくる「パラレル・ワールド」のこと。ここは著者が茶目っ気を出して読者のオタク心をくすぐってる部分なのだろうから、ちゃんとそれっぽく訳してあげよう。
  • 原文:The alternate performance in Table 10-10 is one that Phillies' fans wish had actually occurred.
    • 元訳:表10-10に示されたもう1つの結果はフィリーズのファンの願いを現実に移したものである.
    • 拙訳:代わりとなる表10-10の結果は,フィリーズのファンが「実際にこうだったらよかったのになあ」と思っている結果だ.
    • 解説:細かいことを言うようだが、これは著者が勝手にでっちあげた成績であって、「現実に移して」はいない。これをわざわざ指摘したのは、この訳者はどうも仮定法過去完了を知らないフシがあるからだ。原文には「現実」に当たる言葉はないので、actually を無理矢理そう解釈したっぽい。あと、この wish は動詞で "Phillies' fans wish (that) one had actually occured" という節の one が関係代名詞 that になって前に出た形の構文なのだが、この訳者は "Phillies' fans wish" という名詞として解釈してるっぽい。(その解釈が正しければ、fans ではなく fans' になってるはず)。これは非常にありがちな間違いで、確か伊藤和夫先生の「英文解釈教室」にも出てたはず。
  • 原文:In fact, if PWA is truly supposed to evaluate clutch performance, it could be argued that player B should be rated higher than Player A, since his results were achieved more critical circumstances.
    • 元訳:事実,もし選手の勝率が本当に勝負どころでの実績を評価すると想定されているならば,選手Bは選手Aより高く評価されるべきである.というのもより勝負を決める場面において彼の結果が達成されたからである.
    • 拙訳:実際,もし PWA が本当に勝負どころでの実績を評価するためのものならば,選手 B の実績の方がより決定的な場面で達成されているのだから,選手 B の PWA の方が選手 A よりも高くてしかるべき,とも言えるはずだ.
    • 解説:これも、どこが決定的に間違っているとは言いにくいけれど、全体として支離滅裂で何が言いたいのかよくわからない訳になっている。言いたいのは要するにこういうことだ。「選手の勝率」も「1ゲーム当たりの得点」ほどではないけれど、日常用語に近すぎてあまりいい訳語とは思わない。まあ、野球は団体競技なので、普通の文脈で「選手の勝率」という言葉が使われることはないので(あ、そんなことないや。投手の勝率という言葉がある)、区別がつくと言えばつくのだけれど。英語の場合、日常用語をそのまま専門用語にしても、頭文字を大文字にして区別したりできるのだけれど、日本語では無理なので、こういうのは、日常用語とはっきり区別のつく漢語の造語を作るか、それが無理ならカタカナや頭文字のままにしておく方が無難だと思う。
  • 原文:This presents some rationale for rating Player A higher than Player B.
    • 元訳:これは選手Bより選手Aの方が高い選手の勝率を出していることに対する論理的根拠を示す.
    • 拙訳:これは,選手 A を選手 B より高く評価することに多少の正当性を与える.
    • 解説:これも文脈を考えるとかなり変な訳。そもそも PWA の計算式はわかっているわけだから、「論理的」になぜ A の方が B より高くなるかはわかりきったことで、ここで問題にしているのは、それが選手の評価として合理的・正当なのか、ということ。論理だけじゃなく価値の問題。
  • 原文:Apparently, the Mills's intent was to construct PWA as a ratio of accumulated achievement (Win Points) devided by accumulated opportunity (total points) as a parallel to batting average (which does the same thing in terms of hits and at-bats).
    • 元訳:明らかにミルズ兄弟の意図は,打率に匹敵するものとして,与えられた機会(全ポイント数)に対してどう貢献できたか(勝ちポイント数)を測る比率として選手の勝率を作ることであった(打率は打数に対するヒット数として同じことをしている).
    • 拙訳:ミルズ兄弟の意図は明らかに,PWA を打率と同じように,実績の合計(勝ちポイント数)を機会の合計(全ポイント数)で割った比率として構成することだった(打率では同じことを安打と打数でやっている).
    • 解説:これも間違いとは言いにくいが、とんでもなくまわりくどい。まわりくどい訳は他にも山のようにあって、いちいち槍玉に挙げていてはキリがないので、極端な例だけど挙げている。devide を「測る」にしているみたいだけど、素直に「割る」でいいだろう。
  • 原文:However, in the Mills's system, when a player comes to bat, the possibility exists of getting Loss Points or Win Points. So in each play, the player can be rewarded or penalized. Net Points provides a measure of the accumulated net contribution to victory. For this reason, there is no need to resort to a ratio such as PWA.
    • 元訳: しかしながら,ミルズ兄弟のやり方では,選手が打席に立つ時,負けポイント又は勝ちポイントを得る可能性が存在する.よって1つ1つのプレイにおいて選手はたたえられるか,けなされるかどちらかの評価を受けることになる.正味のポイントは累積された勝利への貢献(正の値も負の値もあり得る)の総計を測るためのものである.この理由から選手の勝率のような割合に頼る必要はない.
    • 拙訳:けれどもミルズ兄弟のシステムでは,選手が打席に立つたびに,負けポイントを与えられることもあれば,勝ちポイントを与えられることもある。つまり選手はプレイのたびに,報酬を与えられることもあれば,罰を与えられることもあるのだ。正味のポイントは,勝利に対する功罪の両面をまとめた尺度を提供する。だからこそ PWA のように比率に頼る必要がないのだ.
    • 解説:これも少しずつ言葉の選択がずれているせいで、全体としては大幅にすれた意味になっている。というか作業の順番としては、まず英文の意味内容を理解し、それを日本語で表すにはどうすればよいかを考え、できるだけ適切な言葉を選択するという順番になる。だから、まず翻訳してから意味を考えているようでは、いい翻訳はできないのだ。
  • 原文:The impression is that PWA gives too much weight to a handful of critical events that drown out the effects of standard plays in evaluating baseball performance.
    • 元訳:選手の勝率は,野球の実績を評価する際,普通のプレイの効果から引き出した少数の重大なプレイに重みを置きすぎているような印象を受ける.
    • 拙訳:PWAは,野球の成績を評価する際に,一部の決定的なプレイに重みを与えすぎていて,平凡なプレイの影が薄くなっている印象がある.
    • 解説:これは多分、drown を drawn と勘違いしたんだろう。drown out はもともと「溺れさせる」という意味で、そこから転じて、水の代わりに音が溢れて他の音が聞こえなくなるというような意味がある。「普通のプレイの効果から引き出した少数の重大なプレイ」というフレーズ自体意味不明だし、文脈を考えても、この解釈の方が自然。
  • 原文:Besides such criticism, another more practical reason lies at the heart of the lack of interest in Player Win Average at the time.
    • 元訳:このような批判に加え,もう1つのより現実的な理由は,当時のPlayer Win Averageへの関心の欠如にその中心がある.
    • 拙訳:当時のPWAに対する無関心の中心には,そのような批判の他に,もう一つ実際的な理由がある.
    • 解説:"A lies at the heart of B" は「B の中心に A がある」という意味なのだが、なぜか反対の訳になっている。日本語としても意味不明だし、文脈から考えても不自然。
  • 原文:Using computer simulation, the brothers developed a table of probabilities that was not revealed to readers.
    • 元訳:コンピューター・シミュレーションを用いて,ミルズ兄弟は読者に公表されなかった確率の表を例に挙げた.
    • 拙訳:ミルズ兄弟はコンピュータ・シミュレーションを使って確率の表を開発したが,その表は読者には明らかにされなかった.
    • 解説:「例に挙げた」という訳がどこから出てきたかよくわからない。develop を demonstrate と間違えたとか?
  • 原文:The need to capture play-by-play data is a large impediment to PWA's practicality, but the lack of win probabilities made its calculation impossible for anyone but the Mills brothers ... until 1984.
    • 元訳:1つ1つのプレイをとらえる必要があるということが選手の勝率の実用性に対する大きな障害となっている.しかし,勝つ勝率に関するデータの不足が原因でミルズ兄弟以外は誰も選手の勝率を推定することができなかった…1984年までは.
    • 拙訳:PWA を実際に利用する上で,プレイ 1 つ 1 つのデータを入手しなければならないことも大きな障害となっていたが,勝率表が存在しないことは,ミルズ兄弟以外の者が PWA を計算することを不可能にした.…1984 年までは.
    • 解説:この訳だと、「しかし」と逆接になっている意味がわからないだろう。小さい問題もあった「が」、それよりもっと根本的な問題もあった、ということ。
  • 原文:Plotting these probabilities in Figure 10-2, we can see some quantitative support for the critical nature of Late Inning Pressure.
    • 元訳:図10-2にこれらの確率をプロットした.終盤のプレッシャーに関する非常に特殊な性質に対する量的な対応を見てとることができる.
    • 拙訳:この確率を図 10-2 のようにグラフにして見ると,終盤のプレッシャー(LIP)状況がいかに勝負を左右するかに関する,量的な根拠がわかる.
    • 解説:support をソフトの電話サポートみたいなイメージで「対応」と訳したらしいけど、この support は「○○を支持する証拠」の「支持」に当たる。この点差・イニング別の勝率のグラフをみれば、試合終盤になるほど勝負を左右する状況になりやすい理由が量的にわかりますよね、ということ。critical は「特殊」ではなく、勝負を左右するような「重要」「決定的」な状況という意味。
  • 原文:Lindsay's data in Table 7-4 tells us the probability of scoring different number of runs in the remainder of the inning:
    • 元訳:表7-4 のリンゼイのデータは,イニングの残りで,様々な点数を挙げる可能性について教えてくれる.
    • 拙訳:表7-4 のリンゼイのデータは,イニングが終わるまでにさまざまな点数を得点する確率を教えてくれる:
    • 解説:これもわざわざ「可能性」という曖昧な言葉で訳す必要はない。
  • 原文:The Pr(Win Given Runs) probabilities in the fourth column are taken from Table 10-14 for the sixth inning and the appropriate lead.
    • 元訳:Pr(得点して勝つ)は6回で適当なリードという状況に対して表10-14からとられた.
    • 拙訳:4 列目の Pr(特定の点数で勝つ)確率は,表 10-14 の該当する点差の 6 回のデータから取得したものである.
    • 解説:「適当なリード」はないだろう。この表 10-14 は、イニング・点差別の勝率の表だから、"the appropriate lead" というのは、その中の「該当する点差」のデータという意味。Pr(Win Given Runs) の Given Runs は「与えられた得点を前提として」いう意味で、要するに特定の得点における条件付き勝率のことなんだけど、「得点して勝つ」ではわかりにくいので変えてみた。
  • 原文:Half of the change was attributed to the offensive player's performance, and the other half to the defensive player's performance.
    • 元訳:変化の半分は攻撃側の選手の実績によるもので,そして残りの半分は守備側の選手の実績によるものである.
    • 拙訳:変化の半分は攻撃側の選手の成績に割り当てられ,もう半分は守備側の選手の成績に割り当てられた.
    • 解説:attribute をどうしても「原因」と訳したいらしいけど、ここでもやはり文脈を考えれば不適切。後で出てくるエラーの例を見ればわかるように、この本では、貢献度が常に攻撃側と守備側で半々である、などという主張はしていない。ただこの PGP という方式では、便宜的にそう割り当てると言っているにすぎない。
  • 原文:It did not seem right for the batter to get any positive recognition for this play, much less greater recognition than the pitcher.
    • 元訳:しかし投手よりかなり認識度は低いのにもかかわらず,打者がこのプレイに関して投手よりよい評価を得るということは正しくないように見える.
    • 拙訳:打者はこのプレイに関して,投手より高い評価はもちろん,いかなる評価も受けるべきではないように見える.
    • 解説:なんでこういう訳になったのかよくわからないが、とにかくいろいろと間違っている。much less... という構文は、より極端な例を出すことにより内容を強調する、というレトリックに使われる構文。この場合、前半が「打者になんらかの評価を与えること」で、後半が「打者に投手より高い評価を与えること」なので、「打者を投手より高く評価するのはもちろん、これっぽっちも評価すべきではない」または「打者をこれっぽっちも評価すべきではない。ましてや投手より高く評価するなんて論外」という意味。
  • 原文:However, Weis's error produced a negative change (from his team's perspective) of D = .035, so he is debited the entire change, -3.5 percent.
    • 元訳:しかし,ワイスのエラーは(彼のチームの見解からして)マイナスの変化 D = .035 を生み出したため,彼にとっては全体の変化が -3.5% の負債となる.
    • 拙訳:けれども,ワイスのエラーは D = .035 の(彼のチームから見て)マイナスの変化を生んだので,ワイスにはこの変化全体,つまり -3. 5パーセントが負わされた.
    • 解説:"from his team's perspective" というのは単に、エラーは攻撃側のチームから見ればプラスだけど、守備側のチームから見ればマイナスだ、ということを言ってるだけだろう。別にワイスのチームがエラーについて特別な「見解」を持っているとかいう話ではないと思う。「全体の変化が -3.5% の負債となる」というのも意味不明。
  • 原文:However, while the mechanics of the probability calculations are objective, identifying the players and whether their defensive contributions were outstanding enough for special recognition remain subjective judgements.
    • 元訳:しかしながら,確率計算のしくみは客観的である一方,その選手たちを見極めることや彼らの守備の貢献が特別な評価を受けるのに十分際立っているかどうかと言うことは主観的な判断として残る.
    • 拙訳:確率計算の仕組みは客観的だが,選手を特定し,その守備による貢献が特別な評価に値するほど傑出していたかどうかを判定することは,依然として主観的な判断だ.
    • 解説:「見極める」が何を意味しているかよくわからないが、この identify は、たとえば、送球の落球があったときに、送球した野手の悪送球なのか、それとも捕球した野手の捕球ミスなのか、といったことを「特定」するという意味だろう。(その後の公式記録員がどうこういう件を読めばはっきりする)
  • 原文:PGP (and PWA) evaluate a play at the moment of its resolution, not after the fact.
    • 元訳:つまり選手のゲーム貢献度(そして選手の勝率)は後の出来事のことではなく,その決定的瞬間だけを評価しているのだ.
    • 拙訳:PGP(および PWA)は,プレイを事後的にではなく,行われた時点で評価する.
    • 解説:これも文脈や意味を考えてない訳。ここで問題にしているのは、カーターのヒットはその後で大量点の呼び水となったのに、PGP ではあまり高く評価されていないということ。だから評価対象はあくまでカーターのヒットであって、「後の出来事」ではない。ただそれを評価する視点が、ヒットの後で大量点が入ったということを考慮に入れた事後的な視点なのか、ヒットの時点では点差が開きすぎていて焼け石に水だったというリアルタイムな視点なのか、ということを言っている。
  • 原文:PGP and PWA operate on probabilities, but sometimes the remote possibilities do occur.
    • 元訳:選手のゲーム貢献度や選手の勝率は確率を操作するが,時にかけ離れた確率をはじき出すことがある.
    • 拙訳:PGP や PWA は確率から計算されるが,確率の低い事だって起きる時は起きるのである.
    • 解説:この文はなかなかニュアンスを出すのが難しくて、私の訳もそれほど自信はないが、元訳よりはマシだろう。そもそも、"the remote possibilities" の解釈が間違っていて、この remote は「離れた」ではなく「ごくわずかな」という意味。要するに、PGP や PWA は、得点の入る確率や勝つ確率から計算されるが、実際には、確率が高いのに点が入らないこともあるし、確率が低いのに点が入ることもある。ゆえに、PGP や PWA の評価は、実際に入った得点と必ずしも連動しない、ということを言っている。だから意味的にも「かけ離れた確率」ではおかしい。
  • 原文:This provides some quantitative support for the leadoff spot being a critical element of each inning..
    • 元訳:これは各イニングの重大な要素になり得る先頭打者の量的な貢献を示している.
    • 拙訳:これは,各回の先頭打者の重要性に関する,一定の量的根拠になっている.
    • 解説:これも support の訳がおかしい。
  • 原文:Continuing the tradition established in Player Win Average, the first application of PGP was to evaluate players in the 1980 World Series.
    • 元訳:Player Win Averages によって確立された慣例を続けよう.選手のゲーム貢献度の最初の適用は,1980 年ワールドシリーズにおける選手の評価に対してであった.
    • 拙訳:PWA の確立した伝統を継承した PGP が最初に応用されたのは,1980 年のワールドシリーズにおける選手の評価であった.
    • 解説:分詞構文の意味上の主語は、省略されている場合には主節の主語なのだから、こんな解釈は明らかにおかしい。"the first application of PGP" が PWA の伝統を継承する行為だ、ということを言っているのであって、筆者や読者が継承するわけではない。
  • 原文:These players (Aikens, Pena, Jones, and Gwynn) deserved a better fate.
    • 元訳:これらの選手(エイキンス,ペーニャ,ジョーンズ,グウィン)の結果はさらなる賞賛に値する.
    • 拙訳:この選手たち(エイキンス,ペーニャ,ジョーンズ,グウィン)は,もっと評価されてしかるべきだった.
    • 解説:この選手たちは評価されていないという文脈なんだから、「さらなる賞賛」は変だろ。
  • 原文:With two exceptions, the PGP ratings presented for pitchers here did not include their appearance at bat.
    • 元訳:2 つの例外がある.投手に対して示された選手のゲーム貢献度の評価は彼らの打席における選手のゲーム貢献度を含んでいない.
    • 拙訳:ここで示した投手の PGP の評価には、2 人の例外を除けば、打席での評価は含まれていない。
    • 解説:誤訳とまでは言えないけど、いきなり「2 つの例外がある」と言われても、何に対する例外かわからないし、その疑問はかなり先まで読まないと解決されないので、わかりにくい。
  • 原文:A common question that comes up in reference to World Series play is whether PGP can be adapted to evaluate players with respect to the probability of winning the series as opposed to winning individual games.
    • 元訳:ワールドシリーズのプレイに関して思い浮かぶ一般的な疑問は,個々のゲームの勝利とは対照的に,選手のゲーム貢献度をシリーズに勝つ確率の評価に適応することができるのかどうかということである.
    • 拙訳:ワールドシリーズのプレイに関して思い浮かぶ一般的な疑問は、PGP を修正して,個別の試合に勝つ確率ではなくシリーズに勝つ確率について選手を評価するようにできないかということだ.
    • 解説:「対照的に」は直訳すぎて意味不明。「ゲーム貢献度『を』」と「適応『する』」の助詞が対応していない。それなら「適応させる」だろう。

まだまだ続きます。随時更新。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「メジャーリーグの数理科学」の誤訳(第9章)

  • 原文:We admit to being bothered by some of them ourselves.
    • 元訳:それらのいくつかは私たち自身を悩ますものでもある.
    • 拙訳:その一部については,筆者たち自身も問題だと思っていることを認めよう.
    • 解説:こういう we を「私たち」と訳してしまうと、筆者なのか、筆者および読者なのか、人類全体なのかわかりずらいので、限定した方がよい(これは日本語と英語の代名詞の使い方の差による)。ピーター・ギャモンの提示した問題の一部については、筆者たち自身も同意している、という意味。
  • 原文:It reminded us, of course, of a favorite player, Roberto Alomar, who slides into first instead of running thorough the base.
    • 元訳:もちろん私たちが心に思い浮かべる人気選手のロベルト・アロマーも一塁を駆け抜ける代わりにスライディングする選手である.
    • 拙訳:この項目が、筆者たちお気に入りの選手の一人であるロベルト・アロマーを思い出させるのは言うまでもない.彼も一塁ベースを駆け抜けずに滑り込む選手だ.
    • 解説:「私たち」については同上。"It remided" の it も具体的に訳さないとわかりずらい。こういうふうに代名詞を具体名詞に置き換えるのは英和翻訳の基本テクニックで、たいていの翻訳本に載っているはずなのだが。
  • 原文:Here are the relevant items from the list (with our emphasis added):
    • 元訳:ここにリストに関連する項目を示す(私たちの強調点も含む):
    • 拙訳:関連するリスト中の項目は以下の通り(太字強調は筆者):
    • 解説:"with our emphasis added" というのは、日本語の「傍点筆者」と一緒で、引用元にはなかった太字(原文ではイタリック)を引用者が追加したという意味だろう。「リストに」の助詞の選択も変。
  • 原文:(In the third item, the unnamed general manager is suggesting that the pitching team "pay" for the intentional pass by having all base-runners advance, even then they are not forced.)
    • 元訳:(3つ目の項目で,ある名前を書けない GM は,敬遠をすることによって,たとえ塁が詰まっていなくても全ての走者が1つずつ進塁する(例えば,2アウト三塁で敬遠すると,三塁走者がホームインする)ようにして,投手陣が「代償を払う」べきだと提案している).
    • 拙訳:(3番目の項目のなかで,その匿名の GM は、投手側のチームは敬遠の「代償」として,塁が埋まっていなくても全走者の進塁を認めるべきだ、と提案している.)
    • 解説:"the unnamed general manager"は、引用元の記事に出てくる "One National League GM" のことなので、それがわかるように訳すべき。わざわざ定冠詞がついているのに、なぜ「ある」にしてしまったのか。
  • 原文:We can summarize the run distributions by the expected runs or run potential table shown in Table 1-9
    • 元訳:表1-9に示したような期待される得点もしくは得点見込みといった視点から得点分布をまとめることができる.
    • 拙訳:この得点分布は,表1-9の得点期待値表(または得点見込み表)に要約することができる.
    • 解説:"the run distributions" は定冠詞がついているのだから、限定詞をつけて得点分布一般ではないことを明示するべき。第 7 章に出てきたリンゼイの得点分布を整理するとこうなる、ということ。"table" が訳抜け(それとも、なぜか "table" を「視点」と解釈したのかも)。
  • 原文:So, on average, the team will score about four-fifths of a run in the reminder of the inning.
    • 元訳:つまり平均的にはこのイニングの残りで得点する確率は約5分の4である.
    • 拙訳:つまり平均すると,このチームはイニングが終わるまでに約5分の4点を得点することになる.
    • 解説:「確率」に当たる言葉はどこにもない。実際ここで言及しているのは、得点「確率」ではなく「期待値」である。この章ではわざわざ期待値と確率を分けて論じているのだから、この違いは大きいのだ。
  • 原文:(This reminds us of a lyric from the Kenny Rogers song The Gambler - "You got to know when to hold 'em...")
    • 元訳:(これはケニー・ロジャースの「ギャンブラー」という歌の一節を思い起こさせる.-「それをいつ掴むかを知っておかねばならない…」)
    • 拙訳:(このことは,ケニー・ロジャースの「ギャンブラー」という歌の歌詞を思い出させる.「いつ突っ張るかを知らねばならぬ…」)
    • 解説:「ギャンブラー」という題の歌なんだから、この hold は当然ポーカー用語の「ホールド」だろう。そのぐらい気づけよ。
  • 原文:In Game 4, there was no shortage of drama and surprise.
    • 元訳:第4戦は,劇的な状況と驚嘆が飽き足らないゲームとなった.
    • 拙訳:第4戦は,ドラマや意外性に不足しない試合となった.
    • 解説:おいおい。飽き足らないと不足しないじゃ正反対じゃないか。驚嘆「が」という助詞の選択も変だし。
  • 原文:The evidence seems overwhelming - it must have made sense to walk Bonds.
    • 元訳:証拠は計り知れないように思われる.つまりボンズを歩かせることは意味を成したに違いなかったのである.
    • 拙訳:ボンズを歩かせるのは当然だと思えたに違いない.その証拠は動かしがたく見える。
    • 解説:「証拠は計り知れない」では日本語として意味不明。「意味を成したに違いなかった」では、ボンズを歩かせたのには実際意味があったことになり、後の記述と矛盾する。この "have made sense" は「意味があると思えた」だろう。
  • 原文:The second comment is that the sacrifice bunt is a more effective strategy in situations when a single run has a significant effect on the probability that the team win the game.
    • 元訳:第2のコメントは,1点を取ることによりチームがゲームに勝つ確率が有意に上がる場合において,犠牲バントがより効果的な戦略になるということである.
    • 拙訳:2番目の注意は,犠牲バントがより効果的な戦略になるのは,1点をとることがチームの勝率に著しい影響を与える場合だということだ.
    • 解説:この訳者は significant をなんとかの一つ覚えみたいに「有意」と訳しているけれど、significiant には統計学用語としての「有意」という意味と、日常用語としての「著しい」という意味があって、この両者は全然違うから文脈によって使い分けなくちゃいけない。この場合なんかも明らかに「有意」ではおかしい。だって、1点を取ったら勝率は有意に上がるに決まってるでしょ。たとえ点差が 30 対 0 だったとしても、同じ状況で 1 兆回(それでも足りなきゃ 1 京回)ぐらいシミュレーションすれば勝率に有意差は出るでしょうよ。じゃなくて、30 対 0 の 9 回裏に 1 点とっても焼け石に水だけど、1 対 0 の 9 回裏に 1 点とったら勝率は大幅に上がるよね、ということを言っているわけ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遠近感を破壊された!

2011年10月 2(日)17時10分20秒[(000888)17-15-18].JPG

三浦先生、顔でかっ! 藤田綾も小顔なのかもしれんが、三浦の方がはるか手前にいるように見えてしょうがない。

2011年10月 2(日)17時10分20秒[(001512)17-16-56].JPG

三浦・藤田比較図.JPG 長さで約 1.5 倍ぐらい? ということは、体積で 3 倍以上あるということか。

こうやって見ても、手前にいるように見えるよなあ。。。

でも、三浦先生大好きです!

(出典:囲碁将棋チャンネル「タイトル戦徹底解説 No.496」)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「メジャーリーグの数理科学」の誤訳(まとめ)

 この翻訳はとてもではないが質が高いとは言い難い。全体が直訳調で読み辛いし、直訳なら直訳でその分正確ならまだ許せるが、致命的な誤訳も細部のタイポも山のようにあるのでは、どこを褒めていいのかわからない。

 特に、「1ゲーム当たりの得点」のくだりはひどくて、「1ゲーム当たりの得点」を使って「1ゲーム当たりの得点」を推定する、みたいな文章が出てくるにいたっては絶句するしかない。

 また、前後の文が互いに矛盾していたり、前後の章で正反対の事が書いてあったりして、英語力などなくても日本語さえ読めれば間違っていることがわかる部分も多々ある。こういうのは、能力の問題というより、純粋に職業倫理の問題じゃないかと思うのだが。

(私だってたいした能力があるわけではないから、翻訳中に理解できない文章に出会うことはよくある。そのときは当然わかるまで調べるのだ。検索しまくったり、安くない資料を買い込んだり。それでもわからなければ書いた本人に聞いたり。金を取る以上はそんなのは当然だろう。だから、こういう明らかな矛盾を放置したまま出版できる神経というのは、正直理解できないし理解したくもない。しかも出版翻訳は実務翻訳に比べて時間の余裕があるはずなのである。私は両方に関わった経験があるから、そのぐらいは知っているのだ。)

 細かい処まで修正していてはキリがないので、目立つ処だけに限定したが、それでもこの量である。正直言って、もし私がこの翻訳のレビューアーだったら、頭から全部の文に手を入れていただろう。そのぐらいの水準である。

 日本人には馴染みのない大リーグ事情を紹介したコラムを挿入するなど、編集の仕事には評価できるところもあるのだが、そんな余裕があるなら、なぜ翻訳自体の質の向上にもっと力を注げなかったのだろうか。

 ネット上で原書が難解だと言っている人を見かけたが、はっきり言って、原書は難解でもなんでもない。むしろ素人向けにわかりやすく書かれた啓蒙書である。野球には詳しいが数学が苦手な人が訳したのかとも思ったが、訳者のプロフィールを見ると、必ずしもそういう話でもないようだ。

 こういう欠陥商品を平気で市場に流通させてしまうアカデミズムの仕組みには謎が多いが、そんな裏事情など別に興味もないし、勝手にやってろとしか思わない。 まさか大学の先生がここまで理解力がないとは考えられないので、他人に訳させて自分ではロクに目も通さずに名前だけ貸してるといったところなのだろうが。

 きっと、大学教授や博士号の肩書きというのは、デタラメな仕事をして堂々と金をとってもよいという許可証みたいなものなのだろう。日頃、ささいなミスでクライアントに責められたり、金すら貰えずに逃げられたりしながら、あくせくしている私たちから見ると、なんともいいご身分である。大学教授様がお訳しあそばされたのだから、下々の者は文句を言わずにありがたく受け取れというわけだ。

 でも、こういう欠陥商品を買わされて「金返せ!」と憤っていても、原書を読む能力やお金のない可愛そうな人もいるはずなので、そういう人が、この記事を読んで少しでも損害を取り戻せた気になってくれれば幸いである。

 訳書を読んだけど難しくてよくわからなかったという人、心配御無用。あなたのせいじゃない。こんなもの理解できなくて当然。だって間違ったことばかり書いてあるんだから。

 以後、他の章の誤訳も順次指摘していく予定だが、なにぶん仕事の合間にやっていることなので、いつ完成するか確約することはできない。気長にお待ちください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »