Anatomy of the Chinese Business Mind
中国のクライアントと支払いを巡ってトラブルがあり、泥縄式で勉強のために読んでみた本。
儒教・道教・孫子などの思想的背景や、アヘン戦争から改革開放政策までの歴史的背景をふまえて、中国のビジネス文化を欧米人にもわかるように説明している。少々図式的すぎる感じもするが、内容・文章とも明快でわかりやすい。著者自身も中国人ないし中国系であり、文献引用もちゃんとしていて、個人の勝手な印象を書き連ねたたぐいの本でもなさそうである。
類書を読み比べたわけではないので、他の本に比べてどうこうとは言えないが、他になんの判断材料もなければ、この本を選んでも損はしないのではないかと思う。
この本を自分の体験と照らし合わせて改めて感じたのは、なまじ文化が近いと相互理解は逆に難しい面があるということ。たとえば、将棋と囲碁ではルールがまったく違うので、どちらかが相手に合わせるしかないが、将棋とはさみ将棋なんかだと両者のルールを折衷することが可能なので、「はさんだ駒を取るんじゃねーよ」みたいなトラブルが起き易い。
日本は、文化の古層には中国文化の強い影響があるが、明治維新以降はむしろ西洋文化を積極的に取り入れてきており、その過程で中国文化の影響を(少なくとも一部は)切り捨てようとしてきた国である。
この本でも face (面子) と guanxi (ある種の人脈)を中国文化の二大キーワードとして挙げているが、どちらも日本が近代化の過程である種の「悪習」として捨てようとしてきたものである。それだけに、異文化尊重という形式的なお題目だけで受け入れるのは難しいところがある。
特に私は「面子」にこだわる人間が大嫌いなので非常に困る。これは中国人に限った話ではなく、イギリス人でも日本人でも、そういう人間には反射的に嫌悪感を感じてしまう。だから、そういう相手に合わせるということは、自分自身のモラル・スタンダードを捻じ曲げることになるので、形式的な異文化尊重ではすまない、アイデンティティの危機みたいなものを感じてしまうのである。
たとえば、この本にはこんな例が載っている。あるアメリカ人が中国の会社で管理職として働いていた。彼のパソコンはなぜかよく故障したが、中国人の部下に頼むとすぐ直してくれる。アメリカ人はしばらくそれで納得していたが、やがて、それは実は故障ではなく、彼の操作ミスであり、周囲の中国人社員はみなそれを知っていたということが判明する。アメリカ人が「なぜもっと早く教えてくれないのだ」と聞くと、中国人は答える。「上司の間違いを指摘したら、面子を潰すことになるからだ」。
この話を聞けば、私に限らず現代の日本人ならだいたい、「おいおい、それは親切ちゃうやろ」と思うだろう。つまりそういうことだ。
実はこの件については知人にも相談してみた。その人は私なんかよりよっぽどリベラルで異文化にも寛容な人なのだが、ハローワークに勤めているので、仕事柄中国人とのトラブルも多く経験しているらしく、私の話に即座に同意してくれた。私が「形だけでも謝った方がいいかな?」と聞くと、「いや謝ったりしたらつけ上がるだけだから、絶対に謝らない方がいい」みたいなことまで言うのだ。私は、この人ですらこんなことを言うのなら、きっと日本中で同じようなトラブルが起きているのだろうなあ、と改めて感じたのだった。
もちろん、だからと言って排外主義やレイシズムを肯定するわけではまったくない。ただ今後日本人が彼らと真剣に付き合おうとすればするほど、キレイゴトの異文化尊重ではすまない、いろんな対立が生まれることは間違いないだろう。相手の文化だとわかっていても批判しなくてはならない事も出てくるだろうし、逆に、こちらの文化についての批判を受け入れなくてはならない事もあるだろう。そうやってお互いのアイデンティティを脅かし合うのはしんどいことだが、そのしんどい過程を経なければ深い関係は築けないだろう。
今回の件に関しては、最悪、法的手段に訴えるしかないのだろうが、できればそんな面倒なことはしたくないので、できるだけ相手の「面子」をたててがんばってみたいと思う。私にとっては非常に辛い事だが。
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