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政治はバイナリサーチ

 政治に関して、長年抱いていた素朴な疑問が一つある。それは、なぜ政治の世界には必ず右翼・左翼とか保守・革新といった二項対立が存在するのか、ということだ。素朴すぎて唖然とした人もいるかもしれないが、よく考えると結構不思議なことだとは思いませんか。

 もちろん単に分類上の都合というならわかる。でもそれだけでは説明のつかない現象が多すぎる。

 たとえば、自分がどの陣営に属するのかが本人のプライドの問題になったり、他人に対して立場をはっきりさせろと迫ったり、「自称中立」が馬鹿にされたり、というような現象は、単に分類上の都合というだけでは説明がつかない。

 普通に考えれば、右(左)に行けばいくほど正しいとか、保守(革新)であればあるほど正しいということは考えられない(証明略)ので、最適な政策というのは是々非々でしかありえないのはわかりきっている。

 だとすれば、単に政治的主張をすることだけが目的なら、その是々非々の政策をピンポイントで過不足なく主張すればいいだけの話で、それを右翼・左翼とか保守・革新とかわざわざ大雑把に分類する必要は何もないはずだ。

 私は素人にしてはその手の本も結構読んでいる方だと思うが、こういう素朴な疑問に対する答えを目にした覚えがない。しょうがないので自分で考えた。

 私がまず思いついた説明は、権力闘争上の都合だろうということ。私はこれを勝手に「制服説」と呼んでいるのだが、要するに、政治の世界は一種の戦場であって、戦場に私服でウロチョロしている奴がいると、敵か味方か区別がつかなくて目障りだというわけだ。

 これはこれでいろんな現象の説明になっていると思う。私が「旗色不鮮明主義」を唱えているのも、こういう認識が元になっている。

 でも、「有権者は民意を知らない」という認識を前提にすると、もう一つ違う説が考えられる。それが「バイナリサーチ説」だ。

 バイナリサーチというのは、計算機科学上の概念で、何かを探すときに使うアルゴリズムの名前である。

 たとえば、ここに不透明な箱が 10 個あったとしよう。その中の 1 個だけに欲しいものが入っていたとする。最小限の労力で欲しいものを発見するにはどうすればよいだろうか。

 片っ端から箱を開けて調べる、という原始的な方法だと、運がよければ 1 個開けただけで見つかるが、運が悪ければ 10 個全部開けなければ見つからない。平均すると、箱の数に比例する時間と労力がかかることになる(計算量の理論ではこれを O(n) と表記する)。

 ところが、箱の中の物に序列があって、箱自体もその序列で並んでいるとすれば話は変わってくる。

 たとえば、箱の中にあるのがトランプのハートのカードで、探しているのが ♥5 だったとしよう。この場合、まず真ん中付近にある 5 個目の箱を開けてみる。仮にこれが ♥7 だったとしよう。この場合、♥5 は全体の左半分の箱の中にある。今度は、左半分の真ん中付近にある 3 個目の箱を開けてみる。仮にこれが ♥3 だったとしよう。この場合、♥5 は左半分のさらに右半分の中にある。つまり、4 番目の箱の中にある。

 これがバイナリサーチである。この方法を使うと、探索にかかる時間や労力は、箱の数の対数に比例する量ですむ(計算量の理論ではこれを O(log n) と表記する)。対数と言われてもピンとこない人は、大雑把に桁数だと考えればいい。つまり、100 必要だったものが 2 ですみ、1000 必要だったものが 3 ですむわけで、かなり劇的な改善だということがわかるだろう。

(バイナリサーチに限らず、一次元軸上の最適化にしても、解がまるっきりランダムに並んでいたのでは探索効率は悪くなる。探索効率を良くするには、解の間の連続性など、なんらかの制約を導入する必要がある。)

 政治の世界においても、やるべき政策がやる前からわかっていれば、単にそれを行えばいいだけだ。しかし、政策の良し悪しがやってみるまでわからないとなると、話は変わってくる。

 先の箱の例と同様、ありとあらゆる政策を片っ端から試したのでは効率が悪すぎるだろう。しかし、政策同士の間になんらかの基準で序列が導入されていれば、最適な政策を発見するまでの過程をはるかに短縮できる可能性がある。

 政治の世界に二項対立があるのも、そのためではないか。二項対立というのは、要するに、一次元の基準を導入して政策を直線上に並べるということだ。これにより有権者は、「前回の政策は右すぎたから、もうちょっと左にしようか」というような大雑把な選択が可能になるというわけだ。

 だとすれば、政治の世界に二項対立が存在すること自体が、有権者は民意を知らず、政策は試行錯誤で決定するしかない、という事実の傍証になっているとも言えるだろう。

 おそらく、実際には「制服説」と「バイナリサーチ説」の両方の要素があるのだと思うが、いずれにせよ、私のような一般庶民は「旗色不鮮明」でよいのだ、という信念はますます揺るがぬものになったのである。お後がよろしいようで。

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