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「メジャーリーグの数理科学」の誤訳(第8章)

  • 原文:The number of possible situations these other sports present is literally infinite, and in the course of each game or match, there are very few moments where the action is paused in an easily defined and numerically described state.
    • 元訳:これら他のスポーツが示す可能な状況の数は文字通り無限にあり,各試合や競技中に、容易に定義され,そして数的に説明され得る状況において試合や競技が一時中断する機会というのはめったにない.
    • 拙訳:このような他のスポーツで起こる可能な状況の数は文字通り無限であり,各競技や試合中に,容易に定義され数値で記述されるような状態で動作が止まる瞬間はほとんどない.
    • 解説:誤訳とまでは言えないが、「数的に説明され得る」ではわかりにくい。「3 回表 1 アウト 2 塁」のように「数値で記述される」という意味。「試合や競技が一時中断する機会」も変。野球だって一打席ごとに「競技が中断」するわけではない。ただ動作にわかりやすい区切りがあるというだけ。
  • 原文:Several researchers beside Lindsey and Palmer have taken advantage of baseball's relatively simple, static, and discrete structure to create probabilistic model of run production.
    • 元訳:リンゼイとパーマーに加え,何人かの研究者たちは比較的単純で,静的で,そして分散された野球の構造の利点を活かし,得点産出の確率モデルを作成した.
    • 拙訳:リンゼイやパーマー以外にも複数の研究者が,野球の比較的単純・静的・離散的な構造を利用して,得点能力の確率モデルを作成した.
    • 解説: "discrete" を「分散された」はおかしい。連続的ではなく離散的、アナログではなくデジタル、という意味。「得点産出」はちょっと固すぎる感じがするので変えてみた。
  • 原文:For ease of computation and explanation, we'll make some basic assumptions here about the types of events that occur in a plate appearance and how runners advance on the bases.
    • 元訳:計算と説明を容易にするために,ここで打席において起こり得る事象のタイプと,如何にして走者が進塁するかについて仮説を立ててみよう.
    • 拙訳:ここで、計算や説明を簡単にするため,打席で起こる事象の種類や走者の進塁の仕方に関する基本的な仮定をいくつか行う.
    • 解説:「仮説を立ててみよう」は変。ランナー一塁でヒットを打ったら一二塁か一三塁になることぐらい、別に「仮説を立て」なくてもみんな知ってること。じゃなくて、現実とは多少違うかも知れないけど、モデルとしてあえてそう「仮定」するのである。
  • 原文:We need to think of all of possible ways for runners to reach base so that 2 runs can be scored.
    • 元訳:ここで2得点できるために走者が出塁するあらゆる可能な方法について考える必要がある.
    • 拙訳:ここで,得点が 2 点入り得るような走者の出塁状況の可能性をすべて考える必要がある.
    • 解説:もろ直訳。このぐらい噛み砕かないと意味がわからないだろう。
  • 原文:We will explain shortly that 2 runs can score when 2, 3, 4, or 5 runners reach base in the inning.
    • 元訳:2人,3人,4人,または5人の打者が出塁するときに2点が入り得るということを手短に説明しよう.
    • 拙訳:得点が 2 点入る可能性があるのは,その回に 2~5 人の走者が出塁したときであることは,すぐ後で説明する.
    • 解説:この "shortly" は「すぐ後で」という意味で完全に誤訳。
  • 原文:So if for now we take that as a given, we can break down  the event {exactly 2 runs score in an inning} into the following events.
    • 元訳:つまり,今,上記の条件が与えられた時,{1イニングにおいてちょうど2得点する}状況を,以下の事象に分類することができる.
    • 拙訳:だから,その事はとりあえず所与とすると,{1イニングにおいてちょうど2得点する}という事象は,以下の事象に分けることができる.
    • 解説:この文は上の文の次の文なのだが、上の文の "shortly" が理解できてないから、この文でもなぜ "for now we take that as a given" と言っているのか理解できていない。「後で説明するから、とりあえずは所与とするよ」と言っているのである。
  • 原文:To compute the probability of scoring 2 runs in an inning, we first assign probabilities to the branches of the tree diagram.
    • 元訳:1イニングに2得点を挙げる確率を計算するために,まず樹形図の枝部分における確率を考えなければならない.
    • 拙訳:1イニングに2得点する確率を計算するため,まず樹形図の各枝に確率を割り当てる.
    • 解説:「各」に当たる言葉はないが、"probabilities" も "branches" も複数形なのだから、言いたいことはそういうことで、こう訳さないと意味がわからない。「枝部分における確率」などと訳しているが、この樹形図で枝以外に確率が割り当てられるところなどないのだから意味不明。
  • 原文:After all of the probabilities of the branches have been assigned, we find the probability of scoring 2 runs by multiplying probabilities along each branch of tree, then summing the products:
    • 元訳:全ての枝部分の確率を割り当てた後,各木の枝に沿った確率を乗算することにより2得点する確率を求め,そして結果を合計した.
    • 拙訳:あらゆる枝に確率を割り当てたら,樹形図の各枝に沿って確率を掛け算し,その積の合計を計算することにより,得点が 2 点入る確率を求める:
    • 解説:「枝部分の確率」については同上。「各木の枝」では木が複数あるようにとれるので、「木の各枝」とするのは常套手段。"summing the products" を独立した分詞構文として解釈しているが、不自然な解釈。
  • 原文:The walk (or hit by pitcher) is the least productive of on-base events.
    • 元訳:四球(または死球)による出塁が塁にからむプレイの中で最も小さな生産性を持つ.
    • 拙訳:四球(や死球)は,出塁の中でも最も得点力が低い.
    • 解説:直訳過ぎてわかりにくいし、なぜわざわざ「塁にからむプレイ」などと言い換えているのかわからない。
  • 原文:If we substitute any type of hit (single, double, triple, or home run) for one of the walks, more than 3 runs are liable to score.
    • 元訳:どのようなタイプのヒット(一塁打,二塁打,三塁打,そしてホームラン)も四球による出塁の1つとして置き換えてみると,3点以上の得点を生むことが期待される.
    • 拙訳:この四球の1つが安打(単打,二塁打,三塁打,本塁打)であれば、4点以上入る可能性が高い.
    • 解説:直訳でわかりにくい。"the walks" に定冠詞がついてるから、その意味がわかるように訳すべき。「一塁打」というのはあまり使わない言葉だと思うが。「単打」が普通だろう。"more than 3 runs" は「3 点より大きい」だから 4 点以上。
  • 原文:We first focus on computing probabilities at the second set of branches of tree; that is, the probability of scoring 0 runs given different number of players on base.
    • 元訳:まず始めに,樹形図における枝の2番目のセットの確率を計算することに注目する。即ち,0得点の確率は塁上の選手の数によって異なるのである.
    • 拙訳:まず,樹形図の2組目の各枝の確率,つまり,特定の数の選手が出塁した場合に得点が0点である確率を計算することに集中する.
    • 解説:なんか構文を取り違えている。"the probability" は前の "probabilities" と同格で、2 組目の各枝の確率というのは、出塁数が与えられたときに得点が 0 になる条件付確率だよ、と言っているのだ。
  • 原文:The first value we need is the probability of scoring 0 runs when 0 players get on base.
    • 元訳:誰も出塁しなかった時の0得点の確率は,私たちの必要とする最初の値となる.
    • 拙訳:まず必要な値は,出塁数が 0 のときに得点が 0 点である確率だ.
    • 解説:なぜわざわざひっくり返して訳しているのか。余計わかりにくいじゃないか。
  • 原文:Only two more cases to go, but they are the most difficult ones.
    • 元訳:さらに 2 つの場合が考えられるが,それらは最も困難なものである.
    • 拙訳:残る場合は 2 つだが,この 2 つが最も難しい.
    • 解説:「考えられる」などと言うと、ここで突然考えるみたいに聞こえるが、もともと出塁数が 0~3 であることは説明済みで、0~1 を説明したから残り 2 つだと言っているのだ。だからこう訳すべき。
  • 原文:The probability of scoring no runs (similar to the tree diagram for scoring 2 runs in Figure 8-2) is the weighted sum of these probabilities:
    • 元訳:0 得点の確率は(図8-2における樹形図で示した2得点を挙げる場合と似ている),次の確率の合計に重みを付ければよい:
    • 拙訳:得点が 0 点である確率は(図8-2の得点が 2 点の場合の樹形図と同様に),以下の確率の加重和である:
    • 解説:「合計に重みを付ける」とは言わないだろう。"weighted sum" は「加重和」または「重み付き和」である。
  • 原文:Clearly, a reasonable estimate for p to use in calculations is our old friend the team on-base percentage.
    • 元訳:明らかに,p の値を推定するための計算において用いるのは,よく知られたチーム出塁率(OBP)である.
    • 拙訳:この計算で使う p の手ごろな推定値は,これまでにも繰り返し登場したチーム出塁率であることは明らかだ.
    • 解説:「p の値を推定するための計算」とはどこから出てきたのか。"our old friend" というのは、この本で過去に登場したことを意味するのであって、一般論として「よく知られている」と言いたいわけではない。
  • 原文:This makes the calculation somewhat longer than other models, but it does provide the benefit of an added richness to our understanding of the game.
    • 元訳:これは,他のモデルに比べ多少計算が長くなるが,私たちがそのゲームを理解するうえでより効果的な利益をもたらしてくれるのである.
    • 拙訳:おかげで他のモデルより計算は多少長くなるが,試合をより深く理解できるという利点がある.
    • 解説:「これは」って何を指してるんだ。「効果的な利益」ってなんだよ。"the benefit of..." は「~という利点」。
  • 原文:The agreement is quite good, considering the relatively simple assumptions of the simulation model (no stealing, no bunting, no advancement on outs).
    • 元訳:シミュレーションモデルにおける比較的単純な仮定(盗塁、バント、アウトでの進塁はない)を考慮しても,極めて良く一致している.
    • 拙訳:このシミュレーションモデルの比較的単純な仮定(盗塁、犠打、進塁打なし)を考えれば,極めてよく一致している.
    • 解説:「シミュレーションモデル」ではシミュレーションモデル一般を指すように聞こえるので限定詞をつけたほうがよい。なぜ「考慮して『も』」と逆接になるのか。単純な仮定はモデルの精度を悪化させるのだから、「考えれば」だろう。
  • 原文:You might at this point ask, if you haven't asked already, what makes this a simulation model?
    • 元訳:ここであなたは何によってこうしたシミュレーションモデルが構成されているのかについて疑問を持つかもしれない.
    • 拙訳:ここまで読んだ読者は,このモデルを「シミュレーション」足らしめているものは何か,と(もしまだ聞いていなければ)聞くかもしれない.
    • 解説:make の用法がわかっていない。make を "A make B C" と SVOC 形で使った場合、「A が B を C 足らしめる」という意味になる。なぜこのモデルが「シミュレーション」モデルだと言えるんだい? という意味。(こんなの高校生レベルじゃないのか。。。)
  • 原文:The D'Esopo-Lefkowitz model differs from these board games only in the relative simplicity of its rules and its assumption of a single average level of performance for all hitters.
    • 元訳:デソポ-レフコウィッツモデルはこのような他の卓上用ゲームと,そのルールが比較的簡単である,全ての打者の成績に1つの平均レベルを想定している,という点で異なっている
    • 拙訳:このようなボードゲームとデソポ-レフコウィッツモデルが違うのは,ルールがより単純で,全打者の平均的な能力水準が同じだと仮定していることだけだ.
    • 解説:「卓上用ゲーム」ではわかりにくい。ファミコンだって見方によっては「卓上用ゲーム」だ。"performance" はこの文脈なら「成績」より「能力」の方がいい。"only" が訳抜け。あと語順とかいろいろわかりにくい。
  • 原文:(What distinguishes the D'Esopo-Lefkowitz model from the other models reviewed is its genesis from the rules of baseball applied in a probabilistic way.)
    • 元訳:(デソポ-レフコウィッツモデルと他のモデルとの差異の起源は確率に適用された野球のルールにある).
    • 拙訳:(デソポ-レフコウィッツモデルとこれまで検討してきた他のモデルを分けているのは、野球のルールを確率的に適用することにより生まれたというその起源だ.)
    • 解説:なんかいろいろとおかしい(後で書く)。
  • 原文:But we could use the rules they define as well as any assumptions we wish for the probability of getting on base and on-base profiles to actually play games of baseball either as a board game or as a computer program.
    • 元訳:しかし卓上用ゲームであろうがコンピュータゲームであろうが,野球ゲームを実際に行う際に,出塁や走者の動きの確率について私たちが望む仮定と同様に、彼らの規則を用いることもできる.
    • 拙訳:けれども,このようなモデルの定義するルールや,出塁率や出塁プロファイルに関する好みの仮定を利用して,ボードゲームやコンピュータプログラム上で実際に試合を行うこともできる.
    • 解説:なんかいろいろとおかしい(後で書く)。
  • 原文:If we played this game using the rules for runner advancement assumed by D'Esopo and Lefkowitz for equivalent of many seasons of virtual play (completing all innings until three outs are recorded), we would obtain results for the runs scored per inning which would exactly match those estimated using the equations described.
    • 元訳:仮想的なプレイからなる(全てのイニングは3アウトになるまで行われる)多数のシーズンに対して,デソポとレフコウィッツによって仮定された走者の進塁に関する規則を用いてこのゲームを行ったとする.すると、前述した式を用いて推定された結果と完全に一致する1イニング当たりの得点数に関する結果を得ることができるだろう.
    • 拙訳:もしこのゲームの中で,デソポ・レフコウィッツの仮定した進塁ルールを採用して,何シーズン分もの仮想試合(全イニングを3アウトが記録されるまでプレイ)をプレイすれば,その結果得られる1イニング当たりの得点は,前述の式を使って推定されたものと正確に一致するだろう.
    • 解説:なんかいろいろとおかしい(後で書く)。
  • 原文:The simplicity of the model's rules and player ability assumptions allows us to circumvent the whole process of replaying every plate appearance in every game.
    • 元訳:そのモデルの規則の単純さと選手能力の推定によって,全ゲームにおける全打席を再現する過程全体を省くことができる.
    • 拙訳:このモデルのルールや選手の能力に関する仮定の単純さが,全試合の全打席を再現する過程全体を省くことを可能にしている.
    • 解説:なんかいろいろとおかしい(後で書く)。
  • 原文:The D'Esopo-Lefkowitz model simulates baseball with very broad strokes.
    • 元訳:デソポ-レフコウィッツモデルは極めて広いストロークで野球をシミュレートする.
    • 拙訳:デソポ-レフコウィッツモデルは,野球を大雑把にシミュレートしている.
    • 解説:「極めて広いストロークで」じゃなんのことだかわからんでしょ。せめて「大胆な筆致で」とかならまだ比喩として通じるかもしれんが。
  • 原文:Since these are the best and worst on-base profile, and since the plot encompasses the highest and lowest team p-values from 1901-1999, the predicted run production for all teams in the twentieth century lie in the area bounded by these two lines.
    • 元訳:これは最も良い,または悪い出塁プロファイルであり,またこのプロットが1901年から1999年におけるp値の最も高いチームと最も低いチームを囲っていることから,20世紀における全てのチームの予想得点量はこれら2本の線によって区切られた領域内に位置付けられる.
    • 拙訳:この2チームの出塁プロファイルはそれぞれ最低と最高のプロファイルであり,このグラフのp値の範囲は1901~1999年の最低から最高までのチームをカバーしているので,20世紀の全チームの予想得点がこの2本の線に囲まれた領域内に存在する.
    • 解説:「これは」と代名詞のままではわかりにくい。"and" なのになぜ「または」にしてしまったのか。「プロットが~囲っている」も意味不明。encompass A and B は「A から B まで広がっている」というような意味なので、それをふまえて意訳すべし。
  • 原文:Looking at the 1947 Giants profile, we see that run production does not increase linearly with the probability of getting on base; that is, the line curves upward so that run production increases faster as p increases.
    • 元訳:1947年のジャイアンツのプロファイルを考察すると,得点産出が出塁確率と共に直線的に増加しているわけではないことが分かる.つまり,その線はpの増加と同じような傾きで得点産出が増加するように,上側に向かい曲線を描いているのである.
    • 拙訳:1947年のジャイアンツのプロファイルを見ると,得点は出塁率に対して線形には増加していないことがわかる.つまり,この線は上方向に曲がっており、pの増加につれて得点の増加が速くなっているのだ.
    • 解説:「線形」を「直線的」と書くのは趣味の問題とも言えるが、「pの増加と同じような傾きで得点産出が増加するように」は完全に誤訳。というか、これ日本語として意味分かります? 原文は要するに、2 階微分がプラスとか収穫逓増とかそういう状態を意味しているわけだが。
  • 原文:Still, the agreement in run value is very good, considering the simplicity of the simulation's assumptions.
    • 元訳:シミュレーションの仮定の単純さを考慮してもなお,得点価値の一致は極めて良いと言える.
    • 拙訳:それでも,シミュレーションの仮定の単純さを考えれば、得点価値は極めてよく一致している.
    • 解説:だからー、なんで「してもなお」なんだよ。ホントに意味分かってる?
  • 原文:The models often differ in the set of plays considers.
    • 元訳:考慮するプレイのセットによってこのモデルは異なるものとなる.
    • 拙訳:考慮するプレイのセットはモデルによって異なることが多い.
    • 解説:"differ in" の解釈が間違ってる。
  • 原文:For Batting Average, hits are the only plays considered.
    • 元訳:打率(AVG)に関しては,ヒットが考え得る唯一のプレイである.
    • 拙訳:打率の場合,考慮するプレイは安打だけである.
    • 解説:なぜ「考え得る」になるんだ。どこから出てきた。
  • 原文:On-Base Percentage is also the same as Batting Average, except it includes more plays, walks and hit by pitcher; it also expands the number of opportunities considered from just at-bats to (almost) all plate appearances.
    • 元訳:さらに,四球,死球といったより多くのプレイを含んでいること以外は,出塁率(OBP)は打率と同じである.つまり,単なる打数から,(ほとんど)全ての打席数へ考え得る機会の数の拡張も行っていることを意味している.
    • 拙訳:出塁率は,より多くのプレイ,つまり四死球を含むことを除けば,打率と同じである.また出塁率では,考慮する機会の数も,打数だけから(ほとんど)全打席まで拡大している.
    • 解説:なんかいろいろとおかしい(後で書く)。
  • 原文:Lindsey and Palmer basically used the same framework as in Total Average, but used estimates of the average number of runs each play produced as the play values.
    • 元訳:リンゼイとパーマーは基本的にトータル・アベレージと同様の枠組を用いたが,各プレイがプレイ価値として生み出す得点の平均の推定値を用いた.
    • 拙訳:リンゼイとパーマーは,基本的にはトータル・アベレージと同じ枠組を利用しているが,プレイの価値としては,各プレイが生み出す平均得点の推定値を使う.
    • 解説: as 以下の副詞句のかかる位置がおかしい。
  • 原文:They developed these values from play-by-play analysis of actual (Lindsey) and simulated (Palmer) games.
    • 元訳:現実(リンゼイ)のゲームと,シミュレートされた(パーマー)ゲームにおけるプレイごとの分析を行い,これらの値を発展させた.
    • 拙訳:リンゼイとパーマーは,このプレイ価値を,実際の試合(リンゼイの場合)や試合のシミュレーション(パーマーの場合)のプレイ単位の分析から導き出した.
    • 解説:主語を省略するというテクニックは確かにあるが、この場合かえってわかりにくくなっている。「値を発展させた」も直訳でコロケーション的に不自然。
  • 原文:Finally, several researchers used least squares linear regression on annual team offensive data to derive play values comparable to those of Lindsey and Palmer.
    • 元訳:最後に、数人の研究者たちは,リンゼイとパーマーのものに匹敵するようなプレイ価値を引き出すために,最小二乗回帰法を1年間のチームの攻撃データに用いた.
    • 拙訳:最後に、複数の研究者が,チームの年間攻撃データに最小二乗線形回帰を適用することにより,リンゼイやパーマーの値と同じようなプレイ価値を導き出した.
    • 解説:なんかいろいろとおかしい(後で書く)。
  • 原文:The play values derived from regression provided the best fit (as measured by RMSE) to annual team run production per game.
    • 元訳:回帰から得られるプレイ価値は,1年間における1ゲーム当たりのチーム得点に最もよく一致する(これは二乗平均平方根誤差によって測られる).
    • 拙訳:回帰から導き出されたプレイ価値は,チームの各年度の1試合平均得点に対し,最も良い近似(近似度は二乗平均平方根誤差で測定)を示した.
    • 解説:この best fit の fit は「近似」という意味なので、「一致」などと日常用語で訳すと返って誤解を招くだろう。「これは二乗平均平方根誤差によって…」の「これ」も何を指しているのかわかりにくい。
  • 原文:However, in some cases (as we observed, for example, with high value attributed to sacrifice flies), the values obtained from regression may have captured other attributes inappropriate for the evaluation of individual players.
    • 元訳:しかしながら,あるケース(これまで観察してきたような,例えば犠牲フライに起因するような高い値など)においては,回帰から得られた値は,個々の選手の評価において不適当な他の属性を補足しているかもしれない.
    • 拙訳:ただし,回帰から得られた値には,場合によっては(先に見た犠牲フライに与えられた大きな値のように)選手個人の評価にはふさわしくない他の属性が混ざっていることがある.
    • 解説:"attributed to" には確かに「起因する」という意味もあるが、この場合には、犠牲フライに大きな値が「帰属」させられたという意味。そんなの、前の章をちゃんと読んでればわかるはずだ。 回帰分析なのだから、犠飛のせいで誤差が増えるなどということはあり得ない。ただ、犠飛に与えられる重みが二塁打より大きいというのは常識的におかしい、と言っているのだ。だからこんな訳はありえないのである。
  • 原文:Product Models
    • 元訳:積算モデル
    • 拙訳:乗算モデル
    • 解説:「積」と「積算」で語呂が合っているように見えるが、「積算」というのはたくさん足し合わせるという意味で、掛け算ではない。だから素直に「乗算」と訳した方が誤解が少ないと思う。
  • 原文:This is a departure from the additive model approach, where the weights from different events are simply added.
    • 元訳:これは加算モデルによるアプローチから離れ,異なる事象の重みを単に加えている.
    • 拙訳:これは,さまざまな事象の重みを単純に加算する加算モデルの方法論からの決別である.
    • 解説:which を文修飾の関係詞と解釈したらしいが、意味を考えれば明らかに間違っていて、素直に "the additive model approach" を修飾していると解釈するのが正しい。なぜそんなことがわからないのだろう。章ごとに別の人間に訳させているのか。
  • 原文:Major improvements are found by adding OBP and SLG to obtain OPS, or by multiplying them to obtain BRA.
    • 元訳:主な改善点は,出塁率に長打率を加えた長打率+出塁率(OPS)や,あるいはそれらを掛けた打者得点率(BRA)に見ることができる.
    • 拙訳:大幅な改善が見られるのは,OBPとSLGの足し算によって得られるOPSや,掛け算によって得られるBRAにおいてである.
    • 解説:この "Major improvements" は、誤差の大幅な減少自体を指していて、その原因となる「改善点」を指しているのではない。「出塁率に長打率を加えた長打率+出塁率」はないだろう。そのまんまじゃないか。定訳がないので訳語の選択が難しいのはわかるが。
  • 原文:The regression model has the best fit, but this is really a fait accompli, since the model was designed from the same data.
    • 元訳:回帰モデルは最良の適合性を持つが,このモデルはこの同じデータから作られていることから,これは本当の既成事実である.
    • 拙訳:回帰モデルは近似度が最も高いが,これはこのデータから導き出された回帰モデルなのだから,まさに理の当然と言える.
    • 解説:この"a fait accompli" が訳し辛いのはわかるが、それにしても意味不明。"a fait accompli" というのは、「あらかじめ決まっている」という意味で、要するに、このデータに対する誤差が最小になるように計算された回帰モデルなのだから、誤差が最小になるのは「あらかじめ決まっている」ことだ、と言いたいわけ。
  • 原文:The other players form a very tight band; when LWTS/G rates a player highly, RC/G does so as well.
    • 元訳:他の選手は非常に密集した帯を形成しており,つまり1ゲーム当たりの線形加重で選手の評価が高い場合,1ゲーム当たりの得点も同様に高い値を示している.
    • 拙訳:他の選手は密集して存在している.LWTS/Gの評価が高い選手は,RC/Gの評価も高い.
    • 解説:これもひどい訳。RC というのは、かのビル・ジェームスが考案した "Runs Created" という指標を表していて、固有名詞である。それを「1ゲーム当たりの得点」などと一般名詞のように訳したら、なんのことやらわからなくなるだろう。だいたい、前の章に出てくる指標のほとんどは、なんらかの方法で「1ゲーム当たりの得点」を推定したものであって、RC だけがそうというわけではまったくない。LWTS もほぼ同様。このことは、この段落の文すべてに言える事なので、以後いちいち指摘しない。
  • 原文:We have identified three players whose RC/G evaluations are low given their LWTS/G evaluations:
    • 元訳:1ゲーム当たりの線形加重評価に対応する1ゲーム当たりの得点評価が低い3人の選手を検討した.
    • 拙訳:LWTS/Gの評価に比べてRC/Gの評価が低い選手が3人いる.
    • 解説:「対応する」ではわかりにくい。もともと全員対応させてるんだし。"identified" をなぜ「検討」などと訳したのだろう。
  • 原文:The best line in Figure 8-7 says that RC/G and LWTS/G are so closely related that a good estimate of a player's RC/G can be found from LWTS/G using the following formula:
    • 元訳:図8-7における近似線によると,1ゲーム当たりの得点と1ゲーム当たりの線形加重は極めて相関が高いため,選手の1ゲーム当たりの得点(RC/G)のよい推定は以下の公式を用いた1ゲーム当たりの線形加重(LWTS/G)から求めることができる.
    • 拙訳:図8-7の最良近似直線は,RC/GとLWTS/Gが強く相関していて,以下の式を使うと、選手のRC/Gの良い推定値をLWTS/Gから求められることを示している.
    • 解説:なぜか using 以下の分詞構文を LWTS/G にかかる形容詞句だと解釈したらしい。これを見ても、まったく意味を理解せずに訳していることがわかる。
  • 原文:Not only did McGwire hit home runs at a record pace in 1998, but when he wasn't trotting around the bases he very frequently walked to first base.
    • 元訳:1998年のマグワイアは記録的なペースでホームランを放っただけでなく,ベースの周りを小走りしなかった(ホームランでなかった)時は,四球で出塁した場合が極めて多かった.
    • 拙訳:1998年のマグワイアは,記録的なペースで本塁打を打っただけでなく、ベースをゆっくり回らないときには,1塁ベースに歩くことが極めて多かった.
    • 解説:"trotting around the base" と "walked to first base" は、それぞれ本塁打と四球を表す比喩表現だから、それっぽく訳すべき。「ベースの周りを小走り」じゃキャンプファイヤーのダンスみたいだし、「四球で出塁」だけ比喩じゃなくなってるのも変。
  • 原文:The reason, of course, for walking McGwire is to avoid his power and leave it to the next man in the lineup to knock in the runs.
    • 元訳:マグワイアを歩かせる理由は,もちろん彼との勝負を避けて,次の打順の打者との勝負に力をとっておくためである.
    • 拙訳:マグワイアを歩かせる理由は,もちろん,彼との勝負を避けて,次の打順の打者に走者を返す役を回すためである.
    • 解説:なぜか it = power と解釈したらしいが、この it はもちろん、"to knock in the runs" を表す「仮目的語」である。("to knock in the runs" はどこに消えたのか?)
  • 原文:This is just the situation created when the product models are used to estimate the cumulative number of runs produce by a lineup consisting of one player.
    • 元訳:これは,1人の選手によって組まれた打順による得点量の累積数を推定するために積算モデルが用いられた場合において作り出された状況に過ぎない.
    • 拙訳:これは,乗算モデルを使って,特定の選手だけから構成されるラインアップが全体として叩き出す得点を推定したときに生じる状況にすぎない.
    • 解説:語順だけの問題にも見えるが、この語順だと、「1人の選手によって組まれた打順による得点量の累積数を推定する」ために「積算モデル」使わない方法もあり得て、その場合にはこういう問題が生じない、とも解釈できてしまう。
  • 原文:Using the same formula, we estimate that McGwire required 361 outs to achieve his totals:
    • 元訳:同じ式を用いて,マグワイアがこのシーズン成績を達成するまでに36個のアウトを要したと推定する:
    • 拙訳:先程と同じ式を使うと,マグワイアがこの成績を実現するために必要としたアウトの数は,361だったと推定される:
    • 解説:単純なタイポだろうが、361 が 36 になっている。「同じ式」では何と同じ式だかわかりにくい。
  • 原文:The Average Team with Mac would have had about 35 more at-bats and 26 more hits.
    • 元訳:マックを加えた平均的なチームは,およそ 35 回の打数と、36 本のヒットが追加されるであろう.
    • 拙訳:この「平均チーム」にマグワイアが加わっていれば,打数は 35,安打数は 26 増えていたことになる.
    • 解説:"The Average Team" は一般名詞ではないので、それとわかる訳にしたほうがいい。「チームは…」と「追加される」が対応していない。受動態で結ぶなら「チームには」だろう。マグワイアの愛称「マック」は日本人には馴染みがないので、使わないほうがいいのでは。安打数 26 が 36 になっている。 "would have had" は「仮定法過去完了」で「過去の事実と異なる仮定」を表す。実際この節で論じているのは、すでに終了したシーズンの成績なので、こう訳したほうがよい。
  • 原文:X:RC/G(RUNS PER GAME) , Y:ADJUSTED RC/G - RC/G
    • 元訳:横軸:1ゲーム当たりの得点、縦軸:1ゲーム当たりの得点
    • 拙訳:横軸:RC/G、縦軸:修正RC/G - RC/G
    • 解説:これはそれぞれ、図8-11 のグラフの縦軸と横軸につけられたラベルなのだが、日本語版を見ると、縦軸と横軸の両方が「1ゲーム当たりの得点」になっていて頭おかしいのかと思ってしまう。こんなの、原文を見なくたって誤訳だとわかりそうなもんだが、校正者はどこを見ているのか。
  • 原文:If we with to evaluate players, the Linear Weights model is simpler than the Runs Created model. However, the Runs Created model has greater flexibility in its ability to analyze run production beyond the context of an average team.
    • 元訳:私たちが選手を評価する場合,線形加重モデルはRC(生み出された得点)モデルよりも単純である。しかしながら,RCモデルは,平均的なチームの文脈を超えた得点産出を分析する能力において極めて柔軟に対応できる力がある.
    • 拙訳:選手を評価したいだけなら,線形加重モデルの方が RC モデルより簡単だ。しかし,RC モデルの方が,得点能力を平均的なチームの文脈を越えて柔軟に分析する能力では優っている.
    • 解説:「分析する能力において極めて柔軟に対応できる力がある」ってどういう意味なんだ。頼むから教えてくれ。
  • 原文:Much of this book places great emphasis on the difference between observed performance (e.g. a player's batting average in a season) and ability (e.g. the underlying probability of getting a hit).
    • 元訳:本書の多くは,観測された成績(例えば、1シーズンにおける選手の打率)、および能力(例えば潜在的なヒットの可能性)に強く重点を置いてきた.
    • 拙訳:この本では,多くの箇所で,観測された成績(選手のシーズン打率など)と能力(その基になるヒットを打つ確率など)との違いを強調している.
    • 解説:"the difference" が訳抜け。
  • 原文:The issue as it relates to comparing players from different eras is a cottage industry in itself, with many worthy publications that address the topic.
    • 元訳:異なる時代における選手の比較と関連したこの話題はそれ自身生産性が乏しく,またこの話題に言及した素晴らしい本も多く出版されている.
    • 拙訳:異なる時代の選手を比較することに関する問題は,それ自体が発展目覚しい分野であって,この話題に取り組んだ価値ある文献は多数出版されている.
    • 解説:"a cottage industry" を「生産性が乏しく」と解釈したらしいが、生産性が乏しいのに「素晴らしい本も多く出版されている」というのはおかしい。"a cottage industry" というのは、いわゆる「家内制手工業」のことだが、近代の工場のように十分組織化されてはいないが、発展目覚しい分野、というような意味がある。このリンクなどを参照。
  • 原文:Given the capabilities demonstrated by the Runs Created model, the list of outstanding hitters in Table 6-14 is a very reasonable compilation of the 36 greatest career performances in generating runs.
    • 元訳:RC(生み出された得点)モデルで示された能力が既知であれば,表6-14における傑出した打者のリストは,得点産出において最も偉大な生涯成績を持つ36選手が極めて合理的に編集されたものとなる.
    • 拙訳:RCモデルの実証した能力を考えれば,表6-14の傑出した打者のリストは,得点に対する貢献において最高の生涯成績を挙げた36人の選抜として極めて妥当である.
    • 解説:この "given..." は「既知」ではなく、「…を前提とすれば」という意味。これまで説明した RC モデルの精度を前提とすれば、ということ。 "compilation" は、CD のコンピレーションと同じで、厳選したものという意味。  
  • 原文:(As followers of the Phillies, we well remember fellow Philadelphians' doubts about Mike Schmidt in this regard - that is, until he led Phillies to a World Championship in 1980).
    • 元訳:(フィリーズの信奉者として,マイク・シュミットのこの点、即ち1980年のワールド・チャンピオンシップにフィリーズを導くまでにおいて,仲間のフィラデルフィア市民が疑問を抱いていることを思い出さずにはいられない.)
    • 拙訳:(筆者たちは,フィリーズのファンとして,1980年にフィリーズがワールドシリーズに進出するまで、フィラデルフィアのファンたちが、マイク・シュミットに対して同じような疑念を抱いていたことをよく覚えている).
    • 解説:このフィリーズのファンである we というのは、「筆者たち」のことだが、これは訳さないとわからない。「この点、即ち…」もわかりずらい。
  • 原文:In Chapter 10, we will examine the clutch hitting issue and put some of the work in Chapter 7 to use in attempting to quantify contributions to winning.
    • 元訳:第10章では,チャンスにおける打撃について調べ,勝利への貢献度を測る第7章での手法をいくつか応用してみることにする.
    • 拙訳:第10章では,勝負強さに関する問題を調べ,第7章の成果の一部を利用して、勝利への貢献度を定量化することを試みる.
    • 解説:これも "in attempting " 以下を Chapter 7 を修飾する形容詞句と解釈したらしいが、これは put にかかる副詞句である。第7章では「勝利への貢献度を測る」手法など論じてはいない。第7章の手法を勝利への貢献度の定量化に利用するのである。

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政治はバイナリサーチ

 政治に関して、長年抱いていた素朴な疑問が一つある。それは、なぜ政治の世界には必ず右翼・左翼とか保守・革新といった二項対立が存在するのか、ということだ。素朴すぎて唖然とした人もいるかもしれないが、よく考えると結構不思議なことだとは思いませんか。

 もちろん単に分類上の都合というならわかる。でもそれだけでは説明のつかない現象が多すぎる。

 たとえば、自分がどの陣営に属するのかが本人のプライドの問題になったり、他人に対して立場をはっきりさせろと迫ったり、「自称中立」が馬鹿にされたり、というような現象は、単に分類上の都合というだけでは説明がつかない。

 普通に考えれば、右(左)に行けばいくほど正しいとか、保守(革新)であればあるほど正しいということは考えられない(証明略)ので、最適な政策というのは是々非々でしかありえないのはわかりきっている。

 だとすれば、単に政治的主張をすることだけが目的なら、その是々非々の政策をピンポイントで過不足なく主張すればいいだけの話で、それを右翼・左翼とか保守・革新とかわざわざ大雑把に分類する必要は何もないはずだ。

 私は素人にしてはその手の本も結構読んでいる方だと思うが、こういう素朴な疑問に対する答えを目にした覚えがない。しょうがないので自分で考えた。

 私がまず思いついた説明は、権力闘争上の都合だろうということ。私はこれを勝手に「制服説」と呼んでいるのだが、要するに、政治の世界は一種の戦場であって、戦場に私服でウロチョロしている奴がいると、敵か味方か区別がつかなくて目障りだというわけだ。

 これはこれでいろんな現象の説明になっていると思う。私が「旗色不鮮明主義」を唱えているのも、こういう認識が元になっている。

 でも、「有権者は民意を知らない」という認識を前提にすると、もう一つ違う説が考えられる。それが「バイナリサーチ説」だ。

 バイナリサーチというのは、計算機科学上の概念で、何かを探すときに使うアルゴリズムの名前である。

 たとえば、ここに不透明な箱が 10 個あったとしよう。その中の 1 個だけに欲しいものが入っていたとする。最小限の労力で欲しいものを発見するにはどうすればよいだろうか。

 片っ端から箱を開けて調べる、という原始的な方法だと、運がよければ 1 個開けただけで見つかるが、運が悪ければ 10 個全部開けなければ見つからない。平均すると、箱の数に比例する時間と労力がかかることになる(計算量の理論ではこれを O(n) と表記する)。

 ところが、箱の中の物に序列があって、箱自体もその序列で並んでいるとすれば話は変わってくる。

 たとえば、箱の中にあるのがトランプのハートのカードで、探しているのが ♥5 だったとしよう。この場合、まず真ん中付近にある 5 個目の箱を開けてみる。仮にこれが ♥7 だったとしよう。この場合、♥5 は全体の左半分の箱の中にある。今度は、左半分の真ん中付近にある 3 個目の箱を開けてみる。仮にこれが ♥3 だったとしよう。この場合、♥5 は左半分のさらに右半分の中にある。つまり、4 番目の箱の中にある。

 これがバイナリサーチである。この方法を使うと、探索にかかる時間や労力は、箱の数の対数に比例する量ですむ(計算量の理論ではこれを O(log n) と表記する)。対数と言われてもピンとこない人は、大雑把に桁数だと考えればいい。つまり、100 必要だったものが 2 ですみ、1000 必要だったものが 3 ですむわけで、かなり劇的な改善だということがわかるだろう。

(バイナリサーチに限らず、一次元軸上の最適化にしても、解がまるっきりランダムに並んでいたのでは探索効率は悪くなる。探索効率を良くするには、解の間の連続性など、なんらかの制約を導入する必要がある。)

 政治の世界においても、やるべき政策がやる前からわかっていれば、単にそれを行えばいいだけだ。しかし、政策の良し悪しがやってみるまでわからないとなると、話は変わってくる。

 先の箱の例と同様、ありとあらゆる政策を片っ端から試したのでは効率が悪すぎるだろう。しかし、政策同士の間になんらかの基準で序列が導入されていれば、最適な政策を発見するまでの過程をはるかに短縮できる可能性がある。

 政治の世界に二項対立があるのも、そのためではないか。二項対立というのは、要するに、一次元の基準を導入して政策を直線上に並べるということだ。これにより有権者は、「前回の政策は右すぎたから、もうちょっと左にしようか」というような大雑把な選択が可能になるというわけだ。

 だとすれば、政治の世界に二項対立が存在すること自体が、有権者は民意を知らず、政策は試行錯誤で決定するしかない、という事実の傍証になっているとも言えるだろう。

 おそらく、実際には「制服説」と「バイナリサーチ説」の両方の要素があるのだと思うが、いずれにせよ、私のような一般庶民は「旗色不鮮明」でよいのだ、という信念はますます揺るがぬものになったのである。お後がよろしいようで。

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対 Bonanza 完全勝利 (途中からだけど2)

「羽生善治の終盤術1」という本の第 5 例 - 第 4 図(1989.11.13 棋王戦・羽生 vs 小林)を並べて Bonanza 相手に研究していたら、偶然全駒できてしまったのでご紹介。 

Bonanza に勝つコツが少しわかってきたような気がする。もちろん、棋力のある人が勝てるのは当たり前だが、私みたいな中途半端な棋力の人間が実力を誤魔化して勝つ方法がある。

それはずばり「激辛流」だ。Bonanza は終盤の読みが鬼のように正確だから、攻め合いで一手勝ちしようと思ってもまず無理。「激辛流」を真似て序盤からじわじわ差を広げていくのが良策。

ある程度差が広がると、Bonanza はヤケクソのような無理攻めを仕掛けてくる。もちろん、実際には無理攻めではなく、きれいに寄せ切られてしまうことも多々あるので注意が必要だが、この攻めをじっと辛抱して受け切れれば、全駒することはそれほど難しくない。

おそらく対 Bonanza に関しては、一手勝ちできれいに勝つより、全駒で勝つほうが簡単だと思う。

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有権者は民意を知らない

 「政治家は」の間違いではない。有権者は民意を知らないのだ。別に皮肉でもなんでもなく。

 なのに、マニフェスト論・社会選択理論直接民主制論など、民主主義に関する政治理論の多くは、民意を最もよく反映する政治こそが正しい政治である、という暗黙の前提を置いている。この固定観念こそが、政治制度に関する議論を不毛なものにしている最大の原因だと私は考えている。

 このような考え方は、実は政治以外の分野では特に珍しい考え方ではない。

 たとえばマーケティング。かつては消費者の需要を知りそれを満たすことが目標だったが、最近ではむしろ「需要の創造」などと言われるようになった。これは、消費者自身も気づいていなかった隠れた需要を、生産者の方が発見して提案するという意味だ。

 あるいはソフトウェア工学(私自身がこの事を最初に学んだのはこの分野を通じてだった)。かつてはユーザーがソフトウェアに求めるものをできるだけ正確に知って、その通りのソフトウェアを作ることを目標にしていた。要求分析とか要求定義とかが重視されたのはそのためだ。

 しかしやがて、この方法は十分に機能しないことが明らかになる。その最大の原因は、ユーザー自身がソフトウェアに何を求めているかわかっていないということだった。たとえ完璧に仕様通りのソフトウェアを納品しても、ユーザーは必ずと言っていいほど、思っていたものとは違うとか、ここを変えて欲しいとか、追加機能が欲しいとか言い出す。そのことが知られてから、ソフトウェア開発の方法論は、仕様の柔軟な変更を前提としたものに変わっていった。

 念のために言っておくが、これは別に消費者やユーザーを馬鹿にして言ってるわけではない。そうじゃなくて、人間は誰でも自分が何を求めているか本当には知らないのが普通なのである。

 生まれて初めてある料理を食べるとき、人はその料理が美味いかどうか知らないで食べている。最初から美味いとわかっているものしか食べなかったら、一生貧しい食生活が続くことになるだろう。自分でも価値のわからないものを求めるからこそ、幸福の地平は広がってゆくのである。

 実は、私の「民意」に対する固定観念を決定的に打ち砕いたのは、他ならぬ社会選択理論そのものであった。アローの不可能性定理やセンのリベラル・パラドックスは、素朴な意味で「民意」を満たす決定方法が存在しないことを教えてくれる。

 要するに「民意」というのは、神によって与えられた自然権などと同じく、民主主義を支えるフィクション(擬制)なのだ。「民意」とは選挙によって表されるところのものであって、それ以上でもそれ以下でもない。それ以外の「真の民意」などを求めても不毛な結果しかもたらさないだろう。

 理屈からすれば直接民主制の方が正しいように見えるのに、実際には間接民主制が主流になっているのも、おそらくそこに理由がある。建前のフィクションでは説明できない知恵が制度に隠されていたからこそ、民主主義はここまで存続して来れたのだ。

 政治の真の目標は、「民意」を実現することではなく、人々を幸せにすることであり、そのための最善の制度を考えることだったはずだ。「民意」への不必要なこだわりは、むしろその邪魔にすらなっているのではないか。民主主義にとって真に必要なのは、有権者が最終的なガバナンスを握っていること。それだけだ。

 たとえば、料理屋で自分が食べたい料理を食べるためには、レシピをできるだけ正確に詳しく書かせてそれを守らせるべきだとか、料理屋の情報公開が不可欠だとか、料理屋に任せずに自分で料理すべきたとか、客の料理能力以上の料理を食べることは不可能だとか言う人はあまりいない。料理屋同士を競争させて、その中から適当に店を選ぶだけで、ぼくらは十分に食べたい料理を食べることができている。なのに、こと政治の話になると、なぜかそういう話になるのは不思議なことだとは思いませんか?

 それも結局は、有権者が民意を正確に知っていて、それを実現するのが正しい政治である、という誤った固定観念のせいだと思う。

 だから政治制度を考える際には、有権者が民意を正確に知らないことを前提にして、それでもうまく機能するシステムを考えるべきだ。そのとき参考になるのはむしろ、プリンシパル・エージェント理論とか自動制御論とか、そういった理論ではないだろうか。

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「メジャーリーグの数理科学」の誤訳(目次のみ)

 前に言及したように「メジャーリーグの数理科学」という本は英語版しか読んでないのだが、日本語版の出版社のウェブサイトに掲載されている目次(上巻下巻)に目を通してみたら、見出しの中にすでに誤訳っぽいものがあったので指摘しておく。

  • 第1章
    • 原文: "Sports Illustrated Baseball: The Interactive Model"
    • 元訳:「スポーツ・イラストレイテッド野球ゲーム:双方向性モデル」
    • 摂訳:「スポーツ・イラストレイテッド野球ゲーム:相互作用モデル」
      • 「双方向性」でも誤訳とまでは言えないが、この節では、「SOM 野球ゲーム」では単に投手と打者の能力を加算しているだけなのに対し、「スポーツ・イラストレイテッド野球ゲーム」では投手と打者の能力が相互に影響しあうことを強調しているので、「相互作用」の方が適切。それは、下の一節を読めばよくわかる。
      • "The multiplication of probabilities from the Picher Chart and from Hitter Chart produce an interaction between batter and pitcher. This is different from the Strat-O-Matic hitting model, which only adds the effects from the pitcher and hitter."
      • 摂訳:「投手チャートと打者チャートの確率を掛け算することにより、投手と打者との間の相互作用が生まれる。これは、投手と打者の影響を足し算するだけの SOM の打撃モデルとは異なる。」
  • 第2章
    • 原文: "Relationship Between Batting Measures"
    • 元訳:「打撃データの相関性」
    • 摂訳:「打撃指標間の関係」
      • これも誤訳とまでは言えないが、ここで data ではなく measure という言葉を使っているのは、ここで扱っているのが打数とか安打とかの生のデータではなく、そこから計算された打率・出塁率・長打率といった「指標」だからである。
  • 第8章
    • 原文: "Sorting Out Strengths and Weaknesses"
    • 元訳:「強さと弱さを分類する」
    • 摂訳:「長所・短所のまとめ」
      • この節では、前の節で説明したいろんな打者評価モデルの特徴を要約しているのだから、こう訳すべき。それは下の一節を読んでもわかるだろう。
      • "Models can be described as either additive or product. Product models are a better reflaction of the curved nature of run production, but additive models are simpler to use in evaluating players."
      • 摂訳:「モデルは加算モデルと乗算モデルに分類できる。乗算モデルは、得点生成の曲線的な性質をよりよく反映しているが、加算モデルの方が、選手の評価には利用しやすい。」
  • 第12章
    • 原文: "A Normal Curve Model"
    • 元訳:「標準曲線モデル」
    • 摂訳:「正規曲線モデル」
      • これが一番ひどいと思ったのだが、統計学で normal と言えば「正規」だというのは常識だろう。実際ここで説明しているのが、チームの能力が正規分布するモデルであることは、たとえば下の一節を読んでも明らか。
      • "Since the distribution of winning percentages is mound-shaped, one can model this distribution by using a smooth curve - so-called normal curve frequently used in statistics."
      • 摂訳「勝率分布は山形をしているので、この分布は、統計学で頻繁に使われる正規曲線と呼ばれる滑らかな曲線によってモデル化することができる。」
    • 原文: "A Mediocrity Model for Abilities"
    • 元訳:「能力を表す平凡なモデル」
    • 摂訳:「能力に差のないモデル」
      • これも結構ひどいと思うけど、この節で説明しているのは、チームの能力に差がなくて、成績が運だけで決まるようなモデル。だから、モデルが mediocre なんじゃなくて、モデルの記述するチームの能力が mediocre なのである(だいたい、モデルが medicore だったら、素直に形容詞形で mediocre model になるはずだろう)。「どんぐりの背比べモデル」なんて意訳してもよいかもしれない。以下の一節を参照。
      • "Given the current parity of baseball teams and the movement of a large number of free-agents between teams, it might be reasonable to think that all baseball teams have roughly the same talent. If that is true, then all teams would have an average ability, and the talent number for each team would be 0. If this "mediocrity model" is true, then the observed difference in season winning percentages are solely due to good and bad luck."
      • 摂訳:「現在の野球チームの力の均衡やフリー・エージェントによる多数の選手の移動を考えれば、全野球チームがだいたい同じ能力を持つと考えてもおかしくないかもしれない。これが正しいとすれば、全チームが平均的な能力を持つことになり、各チームの能力値は 0 になるだろう。この「能力に差のないモデル」が正しいとすれば、観察されるシーズン勝率の差は、運不運だけのせいだということになる。」
    • 原文: "A Normal Model for Abilities"
    • 元訳:「能力を表す標準モデル」
    • 摂訳:「能力が正規分布するモデル」
      • これも上と同じ間違い。モデルが normal なのではなく、チームの能力が normal curve で表されるモデルを意味している。

 この本にはベイズ推定も出てくるのだが、"normal curve" を「正規曲線」と訳せないような人が、正しく訳せるのか非常に心配である。機会があれば邦訳版を購入して確かめてみたい。まあ、こういう珍しい本を訳してくれただけでも評価すべきことだとは思うが。

余談: 例のニコラス・タレブの「ブラック・スワン」にも Mediocristan という言葉がでてくる。これは mediocre に「国」を意味する接尾辞の -stan をくっつけた造語であり、突出した個体のいない平均的な集団を意味している。上の A Mediocrity Model の mediocrity も似たような用法と言える。

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対 Bonanza 完全勝利 (途中からだけど)

羽生善治の終盤術(1) 攻めをつなぐ本」という本の第 4 例 - 第 2 図(1987.12.10 棋聖戦・羽生 vs 櫛田)を並べて Bonanza 相手に研究していたら、偶然全駒できてしまったのでご紹介。なお、この手順は本に記載された正解手順とは全然違うので念の為。

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blind, deaf or inflatable

現在 NHK BS で放映中のデス妻シーズン 6・第 20 話「虐げられた魂」に、またまたすごい台詞が。

息子を虐待している母親が、息子をさげすんで言う台詞。

"The only girl I ever thought he'd end up with would be blind, deaf or inflatable."

ちなみに、この "inflatable" は明らかに "love doll" のこと。

日本語版の訳は、

「だって、この子が物にできる女の子なんて、空気入りのしか無理だと思ってたけど。」

翻訳者の苦労が忍ばれるが、英語版の強烈さに比べるとかなりぼやかされている。NHK としては限界ギリギリかもしれないが。


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