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爆問学問 - 上野千鶴子編

 爆問学問の上野千鶴子編、久々に面白かった。今頃何を言ってるの、という感じだが、録画でついさっき見たもので。

 最近比較的大人しかった太田にスイッチが入っちゃった感じで、しかも、いつもは仲裁に回る田中までが対決姿勢になっちゃったもんだから、さあ大変。阿川尚之編に匹敵する雰囲気の悪さになっちゃた。

 おそらく、本当はもっと長時間の議論だったものを編集で無理矢理短くしたらしく、なぜそんなに怒っているのか正確に伝わらない部分も多々あるけれど、個人的には勝手に脳内補完してニヤニヤして納得した。

 フェミニズムに関する自分の考えはこれまでも何度か書いたし、不十分な情報に基づいて議論しても生産的でないので今回は省くとして、個人的に一番感動したのは以下の台詞:

上野: じゃあお笑いの世界ってのはそういう…

太田: そういう世界なんです。それが基本なんです。人と人との違いを笑うのが笑いの基本ですよ。人と人とが違うってことが笑いなんですよ。

上野: 違いをね、笑っていい違いとそうじゃない違いありますよね?

太田: ないです。全部笑っていいんです。

 素晴らしい! ここには太田光の笑いに対する信念と覚悟が現われている。 「人を傷つける笑いはよくないと思います」みたいな、一見耳障りがよくて実は何も考えてない意見を言って得々としている連中にぜひ聞かせてやりたい。

 太田様、ぼくはやっぱりあなたについていきます。

追記: ぼくが勝手に太田光を代弁すると彼に迷惑がかかるかもしれないので、自分の考えとして書くけど。

 言うまでもないけど、「笑っていい違いと笑ってはいけない違い」があるのではなく、笑っていい社会的文脈と笑ってはいけない社会的文脈、笑っていい関係と笑ってはいけない関係、笑っていい状況と笑ってはいけない状況があるのだ。

 たとえば、家族や友人に対して「あいつはノロマだから」と言えば相手を傷つけない笑いになりうるが、いじめっ子がいじめられっ子に「やーいノロマ」と言えば相手は確実に傷つくだろう。最もタブーとされている身体障害ですら、相手を傷つけない笑いになりうるのは、障害者コントの人や乙武君の自虐ネタが証明している。

 こんな事いちいち説明するのはかえって失礼な気もするけど、(お笑いとは)畑違いとは言え元大学教授の人ですら平気でそういう発言をしているので、わからない人も意外と少なくないのかもしれないので、蛇足ながら付記しておく。この発言を聞いただけでも、上野さんは少なくとも笑いに関しては何もわかっていない、とぼくには断言できる。(上野さんに関しては、他にもいろいろ言えると思ってるけど、面倒なので今回は省略)。

 それにしても、はてなあたりの記事を読んでると、何をどの程度説明すれば何割ぐらいの人が理解してくれるのか、不安になってくるので困る。なんかちょっとしたネタを思いついても、ブログの数十行ぐらいで書いても誤解されるだけで損だな、と思うと書く気もなくなる。まあ、書かなくても誰も困らないと思うが。

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