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岸辺のアルバム - 34 年目の発見

 週刊現代の「懐かしのテレビドラマベスト100」で、山田太一脚本の「岸辺のアルバム」が 1 位になったらしい、という風の噂を聞き、改めて「岸辺のアルバム」を観直してみた。この作品はまだ DVD 化されていないらしいが、TBS オンデマンドから配信されているので、観る方法はいろいろある。

 ぼくが思うに、山田太一と宮崎駿には一つ共通点がある。二人とも、テーマやストーリーからトップダウンでディテールをひねり出すのではなく、ディテールからボトムアップでストーリーを積み上げていくタイプの作家なのだ。

 これはもちろん、この二人に限った話ではない。特定の価値観や思想を押し付けるために作られた説教臭い教訓話が飽きられ、より感覚的なものが求められるようになったのは、おそらく学生運動衰退以降の一般的な潮流であり、この二人もその流れの中にいるということだろう。

 「岸辺のアルバム」にも、そういう山田太一の個性が遺憾なく発揮されている。このドラマはある家族の崩壊を描いた作品だが、その原因が誰のどの行為かと問われても、明快に指摘できないのである。少なくとも作者は、特定の人物や行為を犯人として指差すことはしていない。

 もちろんどの家族も聖人君子ではなく、それぞれに欠点を抱えているが、それは誰にでもある程度の欠点であり、ささやかなイザコザを抱えながらも「平和な家庭」が維持されてもおかしくない程度の家庭なのだ。

 ところが劇中では、家族間のほんの小さな不満や行き違いが徐々に積み重なり、心の内圧が徐々に高まっていき、ある日とうとう臨界点を超えて爆発してしまう。

 この作品の値打ちは、そういう日常の中のモヤモヤした違和感が澱のように溜まって行く過程を、1 クール 15 回かけて描ききったところにあると思う。これは昨今のジェットコースター的な脚本とはまったく対照的である。

 今回改めて感心したのは、息子の国広富之が爆発して家族の実態を暴露した後の、父親の杉浦直樹の描写。自分自身が中年になったせいもあると思うが、息子に殴り返された怪我を隠すために眼帯を探すところとか、妻が浮気したのを知って突然自分も浮気しようとするところとか、そういう中年男の情け無さにいちいちリアリティがあって感心させられる。

 しかしもっと決定的な見落としがあった。本作品の最後のクライマックスは、八千草薫と杉浦直樹の夫婦が、家族の「アルバム」を救出しようとして、洪水で流失しかかっている家に飛び込むシーンである。全編を通じて控え目な昭和の女性を演じてきた妻は、ここで初めて夫を真っ向から批判するのだ。そして自らも正直な心情を吐露する。

  • 「アルバムが大事だって言ったわね。アルバムが大事でも、本当の繁や律子や私は大事じゃないんだわ。あのキレイ事のアルバムと、この家が大事なんだわ。…贅沢かもしれないけど…寂しかったのよ。寂しかったの。」
  • 「…則子!」

 このシーンを観て、ぼくは初めて八千草薫の役名が「則子」であることに気づいたのだが、改めて考えてみると、劇中で登場人物がこの名前を呼んだのは、おそらくこれが最初なのである。

  それまで杉浦直樹は「お前」とか「おい」としか呼んでいなかったし、子供たちはもちろん「お母さん」と呼んでいた。面白いことに、浮気相手の竹脇無我ですら、彼女のことを「田島さん」とか「奥さん」とか「あなた」としか呼んでいないのである(これが作者が意図的であることの傍証になると思う)。

 つまりこの作品は、性的役割期待に従って生きてきた控え目な昭和の女性が、固有名詞を持った人格を取り戻す話とも言えるのだ。象徴主義的ないしフェミニズム批評的な解釈をすれば。

 劇中ではこの後の会話は省略され、後のシーンで八千草薫が竹脇無我にもらったプレゼントを捨てることにより、二人が和解したことが示唆されるのだが、正直初めて観た時は、この件は説明不足のように思えた。

 でもこのように解釈すれば、「則子!」の一言は、説明不足どころか、実に雄弁にいろんなことを語っていることがわかる。省略の効いた見事な作劇術ではないか。山田太一のファンだとか言いながら、こんな大事なことに 34 年も気づかなかったのは不覚である。

 これはおそらく、専門の研究書などを読めば、(もし正しければ)とっくに誰かが指摘している事だと思うが、ぼくは学者さんのように先行研究のサーベイをする根性がないので、思いつきで書くことをお許しいただきたい。正確なところを知りたい方は、専門書をお読みください。 

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