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志賀直哉の変な小説

 志賀直哉というと、「城の崎にて」という病人が八つ当たりでヤモリを殺すだけのクソつまらない小説-というのは学生時代のぼくが思ったことだが-を書いた作家、という認識の人も決して少なくないと思うのだが、実は結構変な小説も書いている。

 たとえば「剃刀」という短編は、イライラした床屋が剃刀で客の首を切って殺してしまうという、統合失調症の被害妄想をそのまま具現化したような小説である。

 ぼくはちょっと被害妄想の気があるので、床屋で顔を剃られるたびに、「今この床屋さんが発狂したらぼくはここで死ぬんだろうな」みたいなことを考えてしまう。だからこの小説の背後にある感覚には割と親近感がある。

 もっと変なのは「范の犯罪」である。 これはナイフ投げの曲芸師の話で、彼は自分の妻を的にして、その身体ギリギリの当たるか当たらないかの場所にナイフを投げるという芸をして生計を立てている。普段は百発百中で長年ミスをしたことはなかった。

 ところがこの曲芸師は、ある日とうとう妻にナイフを当てて殺してしまう。当初は過失かと思われたが、やがて曲芸師夫婦は夫婦仲が悪く、事故の前の晩にも喧嘩をしていたことがわかった。果たしてこの事件は過失か故意か、というのがこの小説の趣向である。

 クライマックスは曲芸師の范が裁判官の前で証言をするシーンである。范は、自分でも過失か故意かわからないと宣言して開き直ってしまうのだ。

「私はその晩どうしても自分は無罪にならなければならぬと決心しました。第一にこの凶行には何一つ客観的な証拠のないという事が非常に心丈夫に感ぜられました。勿論皆は二人の平常の不和は知っている、だから私は故殺と疑われる事は仕方がない。しかし自分が何処までも過失だと我を張ってしまえばそれまでだ。平常の不和は人々に推察はさすかも知れないが、それが証拠となることはあるまい。結局自分は証拠不十分で無罪になると思ったのです。そこで、私は静かに出来事を心に繰り返しながら、出来るだけ自然にそれが過失と思えるよう申立ての下拵えを腹でして見たのです。ところがその内、何故、あれを自身故殺と思うのだろうか、という疑問が起こって来たのです。前晩殺すという事を考えた、それだけが果たして、あれを故殺と自身でも決める理由になるだろうかと思ったのです。段々に自分ながら分からなくなって来ました。私は急に興奮して来ました。もうじっとしていられないほど興奮して来たのです。愉快でならなくなりました。何か大きな声で叫びたいような気がして来ました」

「お前は自分で過失と思えるようになったというのか?」

「いいえ、そうはまだ思えません。ただ自分にもどっちか全く分からなくなったからです。私はもう何も彼も正直にいって、それで無罪になれると思ったからです。ただ今の私にとっては無罪になろうというのが総てです。その目的のためには、自分を欺いて、過失と我を張るよりは、どっちか分からないといっても、自分に正直でいられる事の方が遥かに強いと考えたのです。私はもう過失だとは決して断言しません。そのかわり、故意の仕業だと申す事も決してありません。で、私にはもうどんな場合にも自白という事はなくなったと思えたからです。」

(志賀直哉「小僧の神様―他十篇」より)

 こういう事件が実際にあったら、状況証拠で殺人認定されそうな気もするが(法律に詳しい人に教えて欲しい)、まあこの小説はあくまで一種の思考実験として読むべきなのだろう。

  実はこの作品については、山崎正和が「不機嫌の時代」の中で精緻な分析をしている。

不機嫌の時代 不機嫌からの精神史的考察 (講談社学術文庫)結局、物語は一応、范に無罪の決定がくだされることで終わるのであるが、いふまでもなく、作者にとつての真の関心事はこの事件をめぐる法的な判断ではなかつたであらう。問題は、人間にとつて思ふことも、実行することも、さらには思つて実行することも行動の主体性を作らないとすれば、いつたい人間の主体とはどのような仕方であり得るのか、といふことであつたはずである。具体的にいへば、単なる実行と願望のあひだに決心の一瞬といふものがあるとすれば、それはどのやうにして作られ、どのやうな感触として与へるものか、といふことがこの作品の主題であつたと考へられる。

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