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「3 月のライオン」の細部力

3月のライオン (1) (ジェッツコミックス) 最近あまりマンガを読んでいないせいもあるだろうけど、久しぶりにいいマンガを読ませてもらったという感じ。評判は目にしていたが、また柳の下の泥鰌狙いの将棋物か、と軽く見ていた。申し訳ない。

 もっとも、レビューを見てもピンと来なかったのは無理もない。このマンガの何処がいいかを言葉で説明するのはなかなか難しいのだ。個別の要素を考えれば、それほど斬新なわけではない。将棋を題材にしたマンガなら、それこそこのマンガの中でもパロディにされている「月下の棋士」や「ハチワンダイバー」などがあるし、勝負に人情話を絡めたマンガだって「あぶさん」などがある。主人公の桐山零は、家族と死別して中学生でプロ棋士になった孤独な少年。もちろん現実にそんな人間がいたらかなり珍しいだろうが、マンガの主人公としてはそれほど突出しているわけでもない。では何がスゴイか。

 前にこのブログでひぐちアサのマンガを褒めたときに、表現の「ビット数が多い」というような言い方をしたが、このマンガもそれに近いと思う。つまり細部の描写に際立った力があるのだ。

 たとえば零が世話になっている川本家の描写。このマンガでは、川本姉妹がどんな料理を作っているかとか、お菓子の包み紙を手製のイモ版で印刷しているといった、細かい描写が執拗になされる。これはストーリーのことだけを考えれば冗長なのだが、実はこの描写のおかげで、川本家で零がどれだけ癒されているかが、実感として読者に伝わってくるのだ。これが下手なマンガ家だったら、「零は川本家にいると癒される」と台詞やナレーションで薄っぺらに説明してしまうところだろう。あるいは島田開八段の描写。島田の世話をひきうけた零が、胃痛持ちの島田のために、うどんを作ったり枕元にお茶を用意したりという描写がこれまた執拗になされる。そのおかげで胃痛をおして闘っている島田の必死さやそれを気遣う零の心情が実感として読者に伝わってくる。

 ストーリーからトップダウン式に細部の描写をひねり出すのではなく、細部の描写からボトムアップ式に作品全体を積み上げていくというやり方は、他のジャンルで言えば、山田太一や宮崎駿などもそうである。特に宮崎駿は、全体のストーリーは破綻していても細部の迫力だけで押し切ってしまうというのはよく言われることだ。しかしマンガというジャンルは、どちらかというと目先の新しさを追求しがちなジャンルだったはずで、こういう作家が出てくること自体がジャンルの成熟を示す現象なのかもしれない。

 こういう腕力のある人なら、何を描いても一定水準はクリアできるはずなので、これまだ評判の「ハチミツとクローバー」も機会があればぜひ読んでみたいと思う。 

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