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「嵐が丘」とスティーブ・ライヒ

 もっと似た感じの曲があったような気がするのだが、見つからなかった。でも、ストリングスによるミニマル・フレーズの繰り返しや唐突なコード進行に共通するものがあることはわかるだろう。「嵐が丘」の方はむしろその特徴をデフォルメして強調している感じだ。

 言うまでもないが、パクリ糾弾などという下種なことをしたいわけではない。むしろ、ぼくはこの「嵐が丘」という曲が大好きで、その音楽史的な位置づけをはっきりさせたいからやっているわけである。為念。

 ちなみに、「200CD 菊地成孔セレクション―ロックとフォークのない20世紀」という本の中で、菊地氏はライヒについてこう言っている:

ライヒは現代音楽というよりも、80 年代のアール・ヴィヴァンとか WAVE の音楽だから。ライヒがいくら優れていようが、僕にとっては恥ずかしさを閉じこめた青春期のアール・ヴィヴァン音楽なのよ。WAVE の金色の手帳とかあったでしょ、あれが嫌いだったんだよ。こっちはぴあ手帖だったから(笑)。現代音楽小史が載ってたでしょ。WAVE 手帖は。何で手帖に現代音楽小史が載ってなきゃいけないんだって、明らかな偏向を感じたからね(笑)。

80 年代ニューヨークをテーマにする以上、恥ずかしい青春期も直視しなくてはならないということなのか。いや、勝手な想像はこのへんにしておこう。

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