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「大奥」感想

大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301)) 映画化されたりして話題になっている、よしながふみ氏の「大奥」というマンガ。ネットカフェで 5 巻まで読破してきたが、勝手に想像していたほど面白くはなかった。

 男女のジェンダーを入れ替えるというのは、SF では割とありがちなアイデアで、特に社会構築主義的な発想で観念的にジェンダーを相対化するような作品を今さら読まされてもさして新味はない。今やるなら、かつて世界中のどこにも存在したことのないようなジェンダーを構築してみせるとか、ジェンダーが入れ替わる途中経過のメカニズムをリアルに見せるとか、そのぐらいまでやらないと想像の範囲内の作品になってしまうと思うのだ。

 5 巻まで読んだ限りでは、よしなが氏の世界観が社会構築主義なのか本質主義なのか、必ずしも定かではない。ただ、ぼく自身は真実はその中間にあると思っているので、露骨な社会構築主義や本質主義で図式的に世界を切り捨てるような作品には興味はなくて、芸術家にはその中間の微妙なところを描いて欲しいと思っているわけである。

 その点この「大奥」はどうか。少なくとも家光~綱吉の段階では、生物学的にもジェンダー的にも(男性優位社会基準の)「女性」である人間が、男性の仕事である将軍職を無理にやっている、という風にしか見えない。でもそれだけだと、要するに「リボンの騎士」とかと同じになってしまうわけよね。

 本当にジェンダーが逆転して女性が権力を持ったのであれば、女性は男性に色気で媚びる必要はなくなるわけだから、ファッションなんかにも影響が現れるのでは? 現実にも 60 年代のミニスカートの流行はフェミニズムと強く結びついていたわけだしね。でもこの作品ではファッションとかはそのままなんだよね。たとえば、この作品とちょっと設定の似ている柴田昌弘の「ラブ・シンクロイド」なんかには、筋肉質で色気のカケラもないような女性がたくさん出てくるんだけど、こっちの方がリアリティを感じる。

 もっとも、この作品の設定には、そういうメカニズムを書く意図の片鱗が見えてはいるんだよね。最近の進化生物学なんかでは、性差を精子と卵子の生産コストの差によって説明することが多いので、男性の数が減ることにより男女の役割が逆転するという設定は、かなりいいところを突いてる気がする。でも、その設定は今のところまだ十分に生かされていないように思う。

 実際、5 巻で本格的に登場する吉宗になると、ジェンダー的にもかなり(男性優位社会基準の)「男性」に近づいているフシもあるので、このまま幕末あたりまで時代が進むと、生物学的には女性なんだけどジェンダー的には(男性優位社会基準の)「男性」であるような徳川慶喜とかが出てくるのかもしれない。あるいは、男性とも女性とも言えないような中間的なジェンダーになるというのでもいい。その途中のメカニズムを説得力を持って描ければかなり面白い作品になる可能性は十分ある。

 そういう意味でも、少なくとも 5 巻の段階では、傑作の片鱗は見えるけれども、まだ傑作とまでは言いがたい感じがした。今後の展開に期待したい。

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