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デス妻に出てきた謎の競技の正体がわかった!

 「デス妻」こと「デスパレートな妻たち」というのは、アメリカで大ヒットしたドラマで、日本でも NHK で放映しているのでご存知の方も多いと思う。このドラマのシーズン 3 の 22 話でこんなシーンがあった。

  • トム: ほんとに恩に着るよ。君も忙しいのに。
  • スコット: でも感心しないな。結婚カウンセラーだってこと隠すのか?
  • トム: 後で話す。初めに言うと逃げるから。リネット。
  • リネット: ?
  • トム: バッタリ会った。スコットだ。覚えてる?大学の寮仲間。
  • リネット: ビール飲みの優勝者?
  • スコット: 聞いたの?
  • リネット: 派手に吐いた話も。
  • トム: それ以上の偉業もある。博士号さ。
  • リネット: すごい。私、チーズ下ろさなきゃ。

字幕ではこんな感じになっているが、実際の英語はこう。

  • Tom: "I cannot thank you enough for doing this. Thanks for taking the time out of your day."
  • Scott: "Yeah, Tom, I'm not sure this is the best approach. I mean, I've never done a session before where half of the couple didn't know I was a marriage counselor."
  • Tom: "We'll tell her...eventually. I just don't wanna scare her off. Hey, Lynette."
  • Lynette: "Yeah?"
  • Tom: "Look who just walked in off the street - Scott McKinney. Remember? We pledged Alpha Tau together. I told you about him."
  • Lynette: "You won the beer pong championship?"
  • Scott: "You told her about that?"
  • Lynette: "Yeah, and then you threw up in the trophy."
  • Tom: "Well, that is far from his only accomplishment. He's got a PhD."
  • Lynette: "Oh, wow. Well, I'd love to chat, but I have cheese to grate."

ご覧の通り、「ビール飲みの優勝者?」は英語では「You won the beer pong championship?」になっている。

 この「beer pong」という変な名前の競技、聞いて以来ずっと気になっていて、Wikipedia でも調べたりしたのだが、今一つイメージが沸かなかった。

 さて、「松嶋×町山 未公開映画を観るTV」という番組をご覧の方はもうおわかりであろう。この番組で先週から 2 週に渡って放送した「Last Cup」というドキュメンタリーのテーマが、まさにこの「beer pong」という競技であった。おかげでぼくもすっかり雰囲気が掴めましたよ。

 この競技は多分、日本で言えばテレビ・チャンピオン的あるいはキワモノ宴会芸的なゲームで、単なる「ビール飲み大会」よりもおバカなニュアンスがあるんだと思う。だから、リネットがそれに言及する場面では、相手を少し軽く見ている感じが表現されているはずだ。

 しかし「ビール飲みの優勝者」という訳ではそういうニュアンスは伝わらない。逆に「ビアポンの優勝者」と訳した場合、ビアポンという競技を知っている人にはより正確なニュアンスが伝わるだろうが、知らない人にとってはまったくイメージがわかない訳になってしまう。

 外国の文化に強く依存する概念を訳す際に、日本文化の類似の概念に置き換えるか、それとも外国の文化としてそのまま紹介するかというのは、翻訳において典型的な問題の一つなのだが、これも結局はトレードオフの問題と言える。つまり、

  • 多くの人に伝わるが、細かいニュアンスは伝わらない
  • 一部の人にしか伝わらないが、細かいニュアンスまで伝わる

のどちらを選ぶかの問題なのである。

 これも一律にどちらが正しいと決め付けられる話ではない。まず、コンテキストによって細かいニュアンスが重要な場合とそうでない場合があるので、重要な場合には後者を、そうでない場合には前者を選べばよいということが言える。また、その概念が将来日本に輸入されて普及する可能性があるかどうかも考慮すべきだろう。

 この「Beer Pong」という概念も、町山さんがテレビで取り上げたことによって日本で普及する可能性もある。そうなってからこのデス妻のエピソードを観たら、多くの人が「ビアポンの優勝者」という訳でいいじゃん、と思うようになる可能性もあるわけである。そんなこんなで、翻訳ってなかなか大変なのよ。

 デス妻でぼくが気になっている言葉は他にもある。たとえば「chastity club」。字幕では確か「純潔クラブ」と訳されていたが、この訳でイメージが沸いた日本人はおそらくほとんどおるまい。どうも、性の自由化の反動で保守層に流行っている団体らしいのだが。あるいは「drama camp」。字幕では確か「演劇キャンプ」と訳されていたが、これも大多数の日本人にとってはなんのこっちゃであろう。こういうのもドキュメンタリーなんかで紹介してもらえるとイメージが沸くのだが。

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「黄金の日々」にハマる

 偶然なのだが、「時代劇専門チャンネル」で「黄金の日々」を再放送していることに気づき、懐かしさのあまりつい録画し始めたらすっかりハマってしまった。「黄金の日々」はぼくが子供のころに放映していた大河ドラマで、最近では三谷幸喜氏も影響を受けたという発言をしているので、若い人も題名ぐらいは小耳にはさんでいるかもしれないが、ぼくも大好きだった。

黄金の日日 完全版 第弐集 第29回~第51回収録 [DVD] ちなみに、ぼくが大河ドラマをマジメに観ていたのは、「国盗り物語」から「おんな太閤記」ぐらいまでで、後は三谷幸喜作品ということで例外的に「新撰組!」を観ただけ。だから、今となっては大河ドラマファンを名乗るのもおこがましいのだが、この頃は本当にいい作品が多かったと思う。中でも個人的に好きなのは、 

の 3 作。並べてみると、どれも主人公が権力者でない作品ばかりで、ぼくがいかに無意識的な深層心理で権力者を嫌っているかがよくわかる。

 子供の頃好きだったものというのは、大人になって見直すと幻滅することも多いのだが、「黄金の日々」は今観ても鑑賞に堪える作品だと思った。セットなんかは現代人の目で見るとチャチな感じもするが、逆に俳優の演技なんかは当時の方がよっぽどうまかったのではないか。もちろん、多少型にはまった感じもあるが、近年のようにいかにも素人臭い演技をする俳優はまったくいないので、安心して観れる。

 内容も当時としては斬新なところがいろいろあったと思う。まず、豊臣秀吉が最終的に悪役として描かれるというのが斬新。さらに、それを二枚目の緒形拳が演じたのも斬新だった。

 今でも覚えているのは、石川五右衛門が秀吉を暗殺しようとするシーン。五右衛門は秀吉の寝所のふすま1枚隔てたあたりまで忍び寄るが、あと一歩のところで捕まってしまう。物音に気付いて目を覚ました秀吉が警備の者に尋ねると、「ネズミでございます」。それを聞いた秀吉は、「なんだネズミか」とつぶやいただけで、何事もなかったかのように目を閉じる。これは、若い頃の庶民性を完全に失った権力者秀吉の姿を見事に描いたシーンで、子供心にも強烈に焼きついている。

 考えてみると、脚本の市川森一氏は、ウルトラシリーズの頃から人間の二面性や裏切りをテーマにするのが好きで、「ひとりぼっちの地球人」も「盗まれたウルトラアイ」も「悪魔と天使の間に」もすべて二面性や裏切りがテーマになっている。見直してみると、この作品の秀吉にも同じテーマが表現されていることがわかって微笑ましい。

 また、子供の頃にはよく意味がわからなかったけど、今になってわかるところもある。濡れ場が障子に映る影で表現されていたりするのは、当時はたぶん意味わかってなかったと思うし、染五郎と栗原小巻の微妙な関係とかも、当時はたぶん理解できてなかっただろう。逆に、林隆三演じる今井兼久なんかは、当時はただのドラ息子としか思ってなかったが、今観ると、あれだけ親の今井宗久に無能扱いされてばひねくれもするよなあ、と同情したりもした。

  大人のヒネた目で見ると、さすがにツッコミ処もいくつかある。たとえば、信長狙撃に失敗した杉谷善住坊に対する今井宗久の対応。助佐が善住坊をかくまって琉球に逃がそうとしていることを知った宗久は、「舟に乗るまでは泳がしておいて、舟の上で始末しろ」と五右衛門に命ずる。でもよく考えると、わざわざ船の上で始末するぐらいなら、日本にいるうちにさっさと始末した方が安全では?

 これは多分、助佐・善住坊・五右衛門の 3 人がそろって難破してルソンにたどり着く、というプロットのアイデアが先にあって、そこから逆算して作られたストーリーなのだろう。ルソンに行くのが助佐と善住坊だけでよいなら、失踪した善住坊をわざわざ五右衛門に発見させる必要はない。善住坊暗殺というのは、気まぐれな五右衛門を 2 人と同じ舟に乗せるための口実だったのだろう。

 助佐と善住坊は、最初に漂着したバタン島から、小さな竹の筏のような舟でルソン島まで渡るのだが、この設定も今考えると無理があると思う。というのは、地図で調べると、バタン島とルソン島のアゴーという村までは、直線距離で 400km ぐらい離れているからだ。これは鹿児島から奄美大島ぐらいの距離である。しかもその筏には帆もなく動力は櫂だけ。時速 5km としても 80 時間かかる距離なのだが、ドラマの中では 1 昼夜ぐらいで渡った描写になっている。


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 これは多分、ルソン島と琉球の間にあって無人島でない島が他にあまりなかったとか、逃避行なので小さい舟でみずぼらしい感じを出したかったとか、どうせ日本人はバタン島の正確な位置なんて知らないだろうとタカをくくっていたとか、そんな理由だと思う。

 そういう瑕瑾も今となってはすべて微笑ましい。若い子に観ろとは言わないけど、ぼくと同じような経験を持つ同世代の方々は、ヒマがあったら観てみるとよいかも。

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e内容証明と Veoh はコンフリクトします

 故あって詳細は秘すが、日本郵政で配布している e内容証明のソフトウェアと、Veoh Web Player はコンフリクトすることがあるようだ。e内容証明が途中でフリーズする場合には、タスクバーに常駐している Veoh Web Player を終了すると動くようになるかもしれない、と書けばわかる人にはわかるであろう。では、多忙にてこれにてごめん。

追記:つい郵政公社とか書いちゃった。

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HDD 物理障害の復旧を業者に頼んだら 10 万円以上とられて涙目

 タイトルの通り。しかも結局、全ファイルの半分ぐらいしか復旧できず、失われたファイルの中には、iTunes などで有料で購入した音楽ファイルや電子書籍ファイルも多数あったので、それを計算に入れると被害額の総計はこの何倍にもなる。

 ソフト的な障害なら、自力でなんとかできる可能性もあるのだが、物理障害ではさすがに手も足も出ない。もっとも、いろいろ調べたところ、物理障害は、最終的には HDD を分解して、データを記憶しているプラターという円盤を取り出し、同型のドライブ(ドナードライブ)に移植するしかないらしい。

 英語圏のウェブを調べると、プラター移植用のツール(Platter Exchanger Replacement Tools)なんかも売っていたりするのだが、このツール自体が4万円ぐらいするし、作業に失敗して復旧の可能性がなくなってしまう危険を熟慮した結果、結局プロに頼むことにした。10 万円というのは、復旧業者の中でも安価な方で、大手の業者だと数十万円以上とるところもあるそうだ。

 悲惨な話ほど面白おかしく語るのが礼儀であるのはわかっているのだが、今回はそんな気力も出ない。みなさまもバックアップを忘れずに。ぼくはとっととこの事件のことを忘れて、その分も仕事に励むことにします。

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