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情報ゲームの錬金術に溺れるマスコミ

 最近はそうでもないが、一時期、マネーゲーム批判は大流行だった。ホリエモンこと堀江貴史や村上ファンドの村上世彰に対するバッシングから始まり、リーマンショックに始まる世界的金融危機がトドメを刺した。

 当時、マスコミの多くは口をきわめて彼らを罵った。やれ「マネーゲーム」だ、やれ「錬金術」だ。彼らのやっていることは「虚業」であって、社会になんら利益をもたらすものではなく、むしろ害悪ですらある、という論調がマスコミの大勢を占めていたように見えた。

 そういう批判がどの程度妥当だったかはひとまずおこう。ここで一言いいたいのは、マスコミってそんな偉そうなことを言える立場なんですか、ということ。最近のマスコミのやっていることだって、「情報ゲーム」による「錬金術」にすぎないんじゃないですか?

 ぼくは、マネーゲームのような「虚業」的な投資と、社会の役に立つ「まっとうな」投資を分けるものは、いわゆる「フェア・バリュー」、つまり投資対象の適正な価値を想定しているか否かだと思っている。

 投資家がみな適正な価値を意識して投資していれば、人によって多少の誤差はあっても、その平均によって決まる市場価格も適正価格に収束する。市場価格が適正価格であれば、より生産性の高い企業が資金を調達しやすくなり、より正確に企業を評価する能力を持った投資家に資本が集まるという、資本主義にとって健全な循環が実現する。

 マネーゲームが批判されるのは、適性価格かどうかを無視して、無理矢理価格差を作り出して儲けようとするからだ。投資というのは、短期的には価格差さえあれば儲かるように見える。安いものを高く売り、高いものを安く売ることが儲けの源だ。

 しかし、このような投資からは何も生み出されない。単にプレーヤー同士が金を奪い合うだけのゼロサムゲームであり、ギャンブルと同じだ。だからこそゲームであり錬金術なのだ。

 今のマスコミのやっていることは、これと同じではないだろうか。何が事実であるか、何が適正な評価であるか、彼らに興味はない。興味があるのは、無理矢理評価に落差を作りだして、情報を生産することだけだ。高く評価されている者がいればバッシングし、低く評価されている者がいれば持ち上げる。その一回一回の落差が新たな情報を生み出し、利益を生み出す。まさに情報ゲームによる錬金術だ。

 しかし、このような情報は、長い目で見れば何も生み出さない虚の情報にすぎない。最初から冷静な評価をしている者から見れば情報量ゼロ。そんなマスコミに、偉そうにマネーゲームを批判する資格があるのだろうか。

 このようなマネーゲームや情報ゲームのタチの悪いところは、積極的に興味のない人でも参加しないと損するような気がしてしまうところにある。適正価格より低いと思っていても、その株を持ち続けていれば評価損になるし、不当にバッシングされていると思っていても、その人を擁護すれば自分も批判されるだろう。そういう感情が、結果的にマネーゲームや情報ゲームの存続に加担しているのだ。

 結局、マスコミの情報ゲームに巻き込まれないためには、その情報に興味を持たないことが一番だ。参加すれば錬金術のおこぼれにありつけるなとという、甘い期待をしないことだ。多くの人がそう思うようになれば、少しはマスコミも反省することだろう。

 ぼくは、いつかそういう日が来ることを期待しつつ、自分の RSS リーダーからくだらない情報のフィードを大量に削除しまくったのだった。

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