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夢を考えているのは誰だ

 先日おかしな夢を見た。なぜかクイズ番組に出演しているのだが、出題されるクイズが非常に面白い。あまりに面白いので、ブログのネタにしてやろうと考え始めた。つまり、夢の中なのに自分が夢を見ているということを自覚しているわけである。そしてクイズに回答しながら頭の中でブログの草稿を完成させた。これは会心の記事になるぞ、でも夢の内容は目が覚めると忘れがちだからなんとか忘れないようなしなきゃ、と思っているうちに目が覚めた。もちろんその時には、その面白いクイズの内容もブログの草稿もきれいさっぱり忘れていた。

 この夢で思い出したのが父のことである。父はコンピュータに対する理解にかなりの問題があって、Playstation の麻雀ゲームなどをやっていると、折にふれて「このゲームはインチキだ」と主張する。なぜかというと、対戦相手だけじゃなくて牌を積んだり配ったりしているのもコンピュータなのだから、コンピュータには相手の手牌も山の牌もわかっているはずだからだそうだ。父に言わせると、自分が捨てたいと思っている牌と違う牌を捨てるようにすると勝率が上がるそうである。これを聞いて思わず「お前は鉄壁保か」と言いそうになったことはここだけの話。

 これはコンピュータの仕組みをある程度知っている人なら一笑に付すような主張なのだが、知らない人の気持ちを想像してみれば、そういう発想が出てくるのもわからないこともない。要するに、コンピュータの中には人間と同じような知能を持つ機械が住んでいるというイメージなのだろう。そいつが対戦相手の役から洗牌から配牌から全部一人でやっていると。

 確かに人間の脳の場合、一人の人間の脳の中に複数の意識があって、互いに他の意識の思考や行動がわからない、なんてことはあまりない。あったとしても、それは多重人格とか呼ばれて病人扱いされてしまうわけである。

 でも考えてみると、夢の中ではまさにそういうことが起こっているわけだ。先ほど紹介した夢で言えば、クイズに回答しているのも自分だけれど、クイズを出題しているのも自分だ。にもかかわらず、回答している自分は、これは面白い問題だから忘れないようにしなきゃ、などとまるで出題している自分が他人であるかのように考えているわけである。

 とすると、逆に人間の脳をコンピュータシステムになぞらえてみると、意識や夢について理解する一助になるかも知れない(認知科学者の佐伯胖氏は、こういうのを擬人化ならぬ「擬コンピュータ化」と呼んだ)。 つまり、脳の中には「意識」を司るアプリケーションと、その「意識」と外界とのインターフェイスの役を司る OS 的なものが存在すると考えるのである。

 覚醒中は、この OS はトランスペアレントに機能しており、外界の入力をそのまま「意識」に渡し、「意識」からの出力もそのまま外界に渡している。そのため、覚醒中に「意識」が OS の存在を意識することはない。ところが睡眠中になると、この OS はトランスペアレントであることをやめ、外界とは無関係な入力を勝手に生成して「意識」に送り込みはじめる。もちろんその結果「意識」の生成した出力も横取りして外界には渡さない。

 この OS を「無意識」であると考えると、あら不思議、無意識と夢の関連を考えたフロイトの発想が自然に見えてくる。また「意識」だけが特別な理由を、「意識」だけが過去のイベントのデータベース、つまり「記憶」にアクセスできるからだ、と考えればベルグソンの発想に似てくる。もちろんフロイトやベルグソンの時代にはコンピュータなんて存在しなかったし、計算機の理論モデルも現在とは異なっていたから、彼らがそんな発想で自分の理論を考えたはずはないのだが。

 なんて妄想じみたことを書き連ねてしまったが、あくまで思いつきのアナロジーなので、良識ある読者のみなさまにおかれては、あまり本気にしないようにお願いします。でも夢についてあれこれ考えていると自己了解に近づくような気がして楽しい。

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