9.11~アメリカを変えた102分~
昨日は 9 月 11 日。つまり 2001 年にアメリカ同時多発テロ事件があった日だった。事件後しばらくは、毎年この日になると「9.11」を振り返るテレビ番組をやっていたものだが、その後アメリカの政治の方向性がおかしくなってイラク戦争やらが起きたという嫌な思い出を忘れたいからか、それともその後のリーマンショックの方が今となってはよっぽど重大事件だからなのか、年を経るごとにそういう番組は少なくなってきて、今年なんかも日本のテレビ局ではあまりそういう番組は見当たらなかった。
そんな中、アメリカに本社を置く「ヒストリー・チャンネル」では、地味に「9.11 特集」をやっていて、その手の番組にはぼくも食傷気味だったのであまり期待もせずに録画したのだが、予想外に面白かった番組があった。それが「9.11~アメリカを変えた102分~」である。
これは簡単に言えば、9.11 の日に現地にいた一般人が撮影したビデオ映像を収集してつなぎ合わせ再編集したものにすぎないが、その再編集の仕方に一つだけ仕掛けがある。それは、あらゆる映像が実際の事件の経過にあわせて時系列に並べられているということだ。しかも時間スケールの伸縮もほとんどない。
つまり、番組開始直後には、2001 年 9 月 11 日 8:46 頃の WTC 衝突直後の映像が流れ、番組開始 1 時間後ぐらいには、9:59 頃の南棟崩落時の映像が流れ、番組開始 1 時間半後には、10:28 頃の北棟崩落時の映像が流れる、という具合になっているのだ。したがって、観ている者はまるで事件をリアルタイムで体験しているような雰囲気を味わえる。
こうやって説明してしまうと単純な仕掛けに思えるかもしれないが、実際に観てみると意外にいろんな発見がある。現場にいた人にとっては、WTC に飛行機が突っ込んだこととだけでなく、崩落したことも驚きだったこと。だから南棟崩落以前は、多くの人が崩落を前提とせずに行動していたこと。南棟が崩落してから北棟が崩落するまでの間に救助に当たっていた消防隊員がどれだけギリギリの状況で命がけの救助をしていたかということ。南棟崩落時点で、すでに「戦争をすべきだ」というようなぶっそうな発言をしている一般人がたくさんいること。かと思うと、あれだけ緊迫した状況のなかでもとぼけたジョークを飛ばしたりしているおっさんがいること。
解説のテッシーこと手嶋龍一氏も言っていたが、通常のドキュメンタリーでは、事件に意味付けをするために、時系列に起こった事件をなんらかの文脈に基づいて再構成する。そのようなドキュメンタリーがたくさん作られることにより、事件がいろんな角度から多角的に意味付けされることになっている。そうやってぼくらは事件の「意味」を理解したつもりになる。
ところがこの作品でやっていることはその正反対で、すでにありとあらゆる角度から、ある意味過剰に意味づけられた 9.11 という事件を、その意味付けの文脈から切り離して単純な時系列に戻しているのである。すると不思議なことに、そのような過剰な意味付けによって逆に見え難くなっている、事件のさまざまな様相が見えてくる。そして、ぼくらが普段どれほど意味の文脈に頼ってものを見ているかということや、どんなに多角的な文脈から意味付けしても取りこぼされるものがあるということを、改めてぼくらに気づかせてくれるのである。
ハイデガーの言葉で言えば、ぼくらは常に世界を「配慮的気遣い」を通じて認識しているため、世界は「道具的存在」のような意味を持った存在として認識される。このようななにかの目的のためにモノを見るのではなく、見ること自体を目的としてモノを見ることを可能にするのが芸術の役割の一つである、というのは例によって山崎正和氏の受け売りだが、そのような立場にたてば、この作品は正しく芸術であると言えよう。
この番組は、今月中に後 3 回くらいヒストリー・チャンネルで再放送されるようなので、興味をお持ちの方はご覧になってみてはいかがであろうか。
- Outstanding Nonfiction Special
- Outstanding Picture Editing For Nonfiction Programming
- Outstanding Sound Editing For Nonfiction Programming (Single Or Multi-Camera)
- Outstanding Sound Mixing For Nonfiction Programming
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