プライドと偏見
ジェーン・オースティンの古典「Pride and Prejudice」を映画化した「プライドと偏見」を鑑賞。ちなみに、原作は未読です。言葉を扱う職業の末端に連なるものとして、すこーし恥ずかしく思います。
さて、何より印象に残ったのは、とにかく、映像やカット割りが凝っていること。特に、この監督は長回しにこだわりがあるらしく、その点ではスピルバーグ以上かもしれない。
冒頭のシーンからして印象的だ。キーラ・ナイトレイ演ずる主人公のエリザベスが家に戻って来るところから映画は始まる。カメラは物干し場のあたりからずっとキーラを追い続ける。やがてキーラはドアの前まで来るが、中には入らず、そのままドアの前を通り過ぎる。そこでカメラはキーラを追うのをやめ、そのドアから家の中に入っていく。そしてしばらく家の中の様子を写してから向きを変え、入ってきたのとは別のドア越しに外を写す。すると、さっきドアの前を通り過ぎたキーラが庭を回ってちょうどカメラの前まで来ているのだ。これを全部ワンカットで撮っているのである。かっこいい。この瞬間に映画に引き込まれた。
中盤の舞踏会のシーンなんかも圧巻だった。ダンスを終えたキーラが別の部屋に移動するのを追って移動を開始したカメラが、途中からキーラを追うのをやめて、あっちの部屋からこっちの部屋へと次々に移動し、その間にいろんな人物がフレーム・インしては小芝居をしてフレーム・アウトすることを繰り返し、最後にまたキーラのところに戻ってくる。それを全部ワンカットで撮っているというメチャメチャ長回しのシーンがある。舞踏会だからもちろん主要人物以外の役者も大勢うろうろしているわけで、一人でもヘマすればすべてが台無しである。完成した映像だけを見ると自然に見えるが、撮影にはさぞや手間がかかったに違いない。
このような長回しのカット割りは、撮影に手間がかかるという意味で技術的に高度なだけではなく、ある種の雰囲気作りにも役立っている。頻繁なカットの切り替えは、映像の意味付けをはっきりさせストーリーを理解しやすくするが、逆に、映像がストーリー・テリングの都合だけで人工的に作られているような印象も与える。一方、長回しのカット割りは、現実に起こっている事件をドキュメンタリーで撮っているような臨場感を与える。また、カットの切り替えがあると、カットとカットの間のつながりが問題になるが、長回しにすれば、カットの間は最初からつながっているのだから、当然ながらつながりも自然になる。
おそらく、このようにストーリーを性急に追わずに細部にこだわるような撮り方が、本作品のような古典にはふさわしいと、この監督は計算したのではないだろうか。そして、その計算は功を奏しているように見える。
実際ぼくも、こんなふうにカット割りのことばかり気にしながら観ていたので、ストーリーの方は正直よく覚えていなかったりする。もっとも、ストーリー自体は、金持ちのイヤミな男が実はいい奴だったというありがちな話である。これはもちろん、古典だからしょうがないと思う。
それでも最後まで退屈さを感じることがなかったのは、キーラ・ナイトレイの魅力も大きい。なにを隠そう、ぼくはああいうアヒル口で気の強そうな女性に弱いので、映画が終わるまでずっとキーラの顔だけを観ていても飽きなかったろう。まあ、そんな個人的な好みを知りたい人は誰もいないかもしれないが、彼女はこの演技でアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたらしいから、客観的に観てもいい演技だったのだろうと思う。派手さはないけど、丁寧に作られた好感の持てる映画だった。
余談だが、この映画、レーティングは PG だが、性的なほのめかしは結構ある。たとえば、豚小屋に入ってきた雄豚の局部がなぜかみょーにはっきり写り、それを見たベネット夫人がニヤッとするシーン。あるいは、コリンズ師が説教の最中に「through intercourse」と言ってしまい、あわてて、「through the intercourse of friendship or civility」と言い直すシーンなどである。後者は、字幕では「交わりを通じて」と訳してあるが、その直後にわざわざ平静を装う女性の顔が挿入してあり、監督の意図は明白である。あまりに露骨にフロイト理論を踏襲しているきらいはあるが、おそらく、そういう暗示を通じて、当時の社会の性的な抑圧を表現したかったのだろう。
※ Wikipedia 英語版の「Long Take(長回し)」の項目を見ると、案の定、「Directors known for long takes(長回しで有名な監督)」に本作品の監督である Joe Wright が挙げられている。
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