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春琴抄

むかしむかし、あるところに一組のカップルがいました。

彼女の名前は春琴。そして、彼氏の名前は佐助。

春琴は、大阪のリッチな薬局の娘で、三味線のうまい天才美少女。

佐助は、その薬局に住み込みで働いていた見習い店員。

二人は、ごく普通とは言いがたい恋をして、ごく普通とは言いがたい結婚を…、

いや、なぜか結婚はしませんでした。

でも、なによりも変わっていたこと。それは、彼女はドS、彼氏はドMだったのです…。

 というわけで、ドS 春琴とドM佐助のド変態カップル物語「春琴抄」を読む。

春琴抄 (新潮文庫) 春琴はリッチで天才で美少女だったが、幼くして盲目になってしまう。その身の回りの世話をさせられたのが佐助。佐助はやがて春琴に憧れるようになり、それが嵩じて独学で三味線を習いだす。当初は隠れてこっそり練習していたのだが、家の者にバレてしまい、それがきっかけで春琴から直接三味線を教わることになる。春琴は教え方もドSであり、佐助はしばしば泣かされていたが、ドMだったのでそれも快感だったらしい。

 やがて年頃になった春琴は身ごもり子供を生む。子供の顔からすると、父親はどう見ても佐助なのだが、二人ともなぜかその事実を認めようとしない。二人は表向きはあくまで主人と使用人あるいは師匠と弟子という関係のまま実家を出て同棲し、奇妙な共同生活を始める…。

 このように、肉体関係までありながら、あくまで主人として振舞い、佐助を奴隷扱いするドS春琴と、そんな関係をすすんで受け入れ、嬉々として春琴に奉仕するドM佐助との、不思議な関係の描写がこの作品の読みどころである。

 春琴はドSと言ったが、ツンデレの気もあるようだ。例によって現代口語文にリライトして引用すると、こんな感じ。

 ある時、佐助が虫歯になったことがあった。夜になると、右のほっぺたがハンパなく腫れ上がり、耐えられないほど痛みだしたが、佐助は一生懸命ガマンして表情には出さず、うがいをして息がかからないように注意しながら(春琴は臭いに敏感だった)春琴の世話をしていた。

 やがて、春琴は布団に入って、肩を揉んでとか腰をさすってとか言い出した。佐助が言われた通りにマッサージをしていると、今度は「もういい。足を温めて」と言い出した。

 そこで、佐助は春琴の足元に横寝して、春琴の足の裏を自分の胸に当てた。すると、胸は冷えるのに(春琴は冷え性だった)、ほっぺたは床からの熱でますます火照り、そのせいで歯痛がますます激しくなってきた。耐えられなくなった佐助は、春琴の足の裏を胸の代わりにほっぺたに当ててみた。

 すると、そのほっぺたを春琴が思いっきり蹴っ飛ばした。思わす「あっ」と言って飛び上がる佐助に向かって、春琴は言った。

「もう温めなくていいよ! 胸で温めろとは言ったけど、誰も顔で温めろなんて言ってないよ。なんであたしを騙そうとするの?」

「あんたが歯痛らしいってことは、昼間の態度でだいたいわかってたよ。それに、右のひっぺたと左のほっぺたの温かさが違って腫れてることぐらい、足の裏だってわかるよ。」

「そんなに辛いんだったら、正直に言えばいいでしょ? あたしだって、ちょっとぐらいはあんたを労わる気持ちだってあるんだからね!」

「だいたい、いつもは忠実な奴隷ぶってるくせに、ご主人様の身体を使って歯を冷やそうとするなんて。ずうずうしいにもほどがあるよ!」

 ツンデレ属性の方、いかがでしょう。萌えましたか?

 そんな微妙な関係がずっと続くのかと思われたが、やがて、二人の間にはある恐ろしい事件が起こり、それをきっかけにして、二人は真実の愛を得る。あるいは、そう確信することになる。ハッピーエンドなのかバッドエンドなのかわからない、不思議な余韻を残す終わり方である。

 余計な装飾はほとんどなく、あらすじだけを淡々と描いたような小説だが、実話に基づいているせいもあってか、最後まで一気に読まされた。 さっき書いたようにツンデレ的な要素もあるので、ひょっとすると今の子が読んでもそれなりに楽しめるかも。

 言い忘れたが、この小説は文体もちょっと変わっている。段落の区切り以外には改行がまったくない。読点もなく、句点もところどころ省略されている。それでも、ほとんど抵抗がなくすらすら読めるのはさすがで、この文体は機会があれば研究の対象にしたいところ。もっとも、読点はともかく、句点の省略には必ずしも必然性がないような気もするが。

追記:検索してみると、「春琴抄」が元祖ツンデレというのは、結構言い古されたネタらしい(^^)。なお、ここで使っている「ドM」「ドS」という用語は、かの天才芸人松本人志が流行らせた用法を踏襲しており、学術的に厳密な用法ではないことをお断りしておきます(^^)。

追記: 「実話に基づいているせいもあってか」などと書いてしまったが、作中に谷崎自身が登場してさも実話であるかのように語る、というスタイルをとっているのはあくまで虚構の設定であって、実際には完全に谷崎の創作らしい。また一つ無知を晒してしまった。なお、春琴のモデルではないかと言われている人物はいるらしい。あくまでモデルだが。

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