調整がない?
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報道ステーションを見ていたら、盲目のピアニスト辻井伸行氏の受賞後初コンサートの特集をしていた。その中で、辻井氏が現代曲の練習をしている場面があって、「ちょうせいがないのでたいへん」というような発言をしていたのだが、テロップでは「調整(キー)がないので大変」という字をあてていた。
この「ちょうせい」はもちろん「調整」ではなく「調性」なのだが、これだけなら単なる変換ミスと解釈できないこともない。しかし、その後にわざわざ「(キー)」などと挿入してあるので、かえって違和感を感じた。
実は、この「調性」という日本語には、二種類の使い方がある。一つは、「この曲の調性はハ長調です」というような使い方で、この場合には、「この曲のキーはハ長調です」と言い換えてもまったくおかしいことはない。
しかし、上の例のように、「この曲には調性がない」という意味で「この曲にはキーがない」とは言わないのである。少なくともぼくは、そういう用法をあまり見たことがない。この意味を英語で言いたい場合は普通、「この曲にはトーナリティ(tonality)がない」、もしくは、「この曲はアトーナル(atonal)である」と言うはずである。
なぜこのような使い分けをするかは、意味を考えればわかる。曲に調性がある、というのは、その曲全体が特定の中心音を持つ音階(旋法)によって表現されていることを指す。したがって、調性を表現する音階にはさまざまな種類があり、それを区別するための名前が調である。調を最も特徴付けるのはその中心音なので、中心音が、1 オクターブの 12 音の中のどの音かによって調を識別する。だからこれをキーと呼ぶわけである。
これはたとえば、「あの人の名前は山田です」という代わりに「あの人は山田です」と言ってもおかしくないが、「この村には人がいない」という代わりに「この村には名前がいない」といってはおかしい、というような話だと考えてもよいかもしれない。
だから、このテロップを書いた人はたぶん、あまり音楽に詳しくないのではないかと思う。まあ、ぼくは自分もそれほど知識がある方ではないし、無知自体をそれほど悪く言う気はないが、わかっていないくせに誰にも確認せずに放送してしまうという根性はあまり好きになれないので、少々苦言を述べさせていただいた。
追記: 初稿を投稿してからいろいろ調べてみると、このキーという言葉の使い方は、実際にはかなりいい加減みたいなので、少し表現を和らげて書き改めた。英語の key も、特定の中心音を持つ音階を指すこともあれば、中心音そのものを指すこともあるみたいで、ネットを検索しても、"The music has no key " みたいな表現がまったくないわけでもないようだ。しかし、"The music is atonal" もしくは "has no tonality" という表現の方がはるかに多いようなので、やはりこの表現の方が一般的なのだろうし、誤解も少ないと思う。
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