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lowercase はうるさい

 前回紹介した 12k レーベルのアーティストの中でも、ある意味もっとも突出した作風を持つのは、リチャード・シャルティエ(Richard Chartier)であろう。シャルティエのスタイルは、lowercase とか micorosound とか呼ばれている。音量の極めて小さい音を確信犯的に使うスタイルである。まあ、口で説明するより、下記のウェブサイトのサンプルを聴いてもらった方がてっとり早いだろう。

 これはもちろん、デジタル技術なしではあり得なかったスタイルだ。アナログレコードやカセットテープだったら、こんな音はダストノイズやヒスノイズに埋もれてしまう。だいたい、ノイズを相対的に抑制するために、ダイナミックレンジぎりぎりのレベルで録音するというのが一般的な録音テクニックなのに、そのルールに完全に逆らっている。もしアナログの時代にこんな作品を市場に出していたら、「金返せ」という苦情が殺到したに違いない。デジタルですら無問題とはいえなくて、たとえば、この Of Surfaces という曲のサンプルなんか、 少なくともぼくには、いくら集中して聴いても何も聴こえない。だからきっと、ウェブサイトに苦情を送った人もいるに違いない。

 では、このスタイルが一般人には理解できない超難解なスタイルかというと、必ずしもそうは感じない。この細かいノイズの変化は意外と官能的なものを感じさせたりして魅力的なのである。特に、ヘッドフォンなんかで聴いていると、結構夢中になって聴いてしまう。

 逆に、スピーカーで聴いていると、トラックに記録された音よりも、周囲の音の方が気になってくるという効果もある。PC の冷却ファンの音、HDD のモーター音、エアコンの音、冷蔵庫の音、窓外の人や車の音のような、普段は背景化されている音が、突然に前景化されて注意をひくようになるのだ。

 伝統的な西洋音楽は、楽音とノイズの二分法の上に成り立っていた。楽音は前景化、ノイズは背景化されやすい音であった。そして、楽音以外の背景音は、単なる邪魔者として扱われていた。lowercase は、ノイズに強制的に注意を向けさせることで、背景音を前景化させる。と同時に、ノイズを「無音」から切り離し、間接的に真の「無音」を意識させることにも成功している。そういう意味で、シャルティエの音楽は、ジョン・ケージの 4 分 33 秒の思想を引き継いでいるとも言えるだろう。

 ただ、シャルティエの作品は、仕事中に聴くのには向かない。なぜかというと、聞き流すことができないからだ。シャルティエの曲を他の曲と一緒にプレイリストに入れて聴いていると、シャルティエの曲が始まったとたん、集中力がすべて曲の方に持って行かれてしまうのだ。そういう意味で、lowercase や microsound は、音量は極めて小さいにもかかわらず、なまじっかなハード・ロックなどより、はるかに「うるさい」音楽なのである。

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細野晴臣はエレクトロニカを予見していた

  最近ちょっと、12k の音楽を集中的に聴いている。12k というのは、Taylor Deupree というアメリカ人アーティストの主催するエレクトロニカ・レーベル。エレクトロニカのレーベルとしては、ドイツの Raster-Noton と双璧という感じだ。でも、作る音楽の傾向は微妙に異なっている。

 Raster-Noton のアーティストは、いかにもグリッチという感じのパルス音を全面に出した音楽を作る傾向がある。さすが、あのクラフトワークを生んだドイツという感じだ。

 一方、12k のアーティストは、同じエレクトロニカでも、よりアンビエント寄りの音楽を作る傾向がある。したがって、カジュアルなリスナーにもとっつきやすそうだ。SawakomoskitooFourcolorMinamo など、日本人アーティストが多いのも特徴。その上、J-POP を専門に扱う HAPPY というサブレーベルまで持っていて、こちらには Piana Gutevolk なども所属している。そのへんを考えると、エレクトロニカというジャンルになじみの少ない日本の方にもお勧めできるレーベルではないかと思う。

フィルハーモニー さて、その 12k に代表されるアンビエント・エレクトロニカ的な音楽を聴いているうちに、同じような音を、昔どっかで聴いたことがあるのに気がついた。それが何を隠そう、この細野晴臣御大の「フィルハーモニー」というアルバムに収録されている「お誕生会」という曲なのである。

 一聴して気づくのは、音色の選び方。どのようにして作ったのかは不明だが、グリッチ的なノイズがすでに使われている。それだけではない。サンプリング音の音色も、ささやき声、咳払いの音、コインが机の上に落ちたときのような音など、いかにもエレクトロニカ的な選び方なのである。さらに、リバーブのかかっていないデッドな音ばかりなのもエレクトロニカと共通する。

 エレクトロニカの音使いには、グリッチのような無機的な音はできるだけ有機的に使い、サンプリング音のような具体的な音は逆に脱文脈化して抽象的に使うという、一見すると相反する二つの方向性があると思っているのだが、細野さんは、1982 年の時点で、すでにその美学にかなり近いところまで接近していると思う。

 もちろん当時は、現在のようなハードディスク・レコーディングノンリニア編集の機材などもなければ(と書いてから調べてみたら、フェアライト CMI シンクラヴィアはすでに市場に出ていたようなので、まったく存在しないと書いてはウソになりますね。正確には、現在のようなパソコン用の商品としては存在しなかったし、音質も 1982 年の時点では 8bit だったりモノラルだったりしたということですね。おわびして訂正)、MAX/MSP SuperCollider のようなソフトもなかった。ちなみに、エレクトロニカの分野を開拓した記念碑的な作品とされる Oval Systemische は 1994 年、Pan Sonic Vakio は 1995 年のアルバムである。

 リバーブを使わないのも、現在ではさほど珍しくないと思うかもしれないが、当時はむしろリバーブを使う方が当たり前であった。それも多分、サンプリング音というものが、基本的に具体音の代わりだと思われていたからだろう。具体音ならばリバーブがかかっている方がリアルと考えるのが普通の感覚だ。つまり、リバーブをかけないことも脱構築・脱文脈化の一環なのである。

  そもそもこのアルバムは、YMO の結成以後、細野さんが初めて出したソロアルバム。当時、発売されたばかりの、イミュレータというサンプラーを徹底的に活用していることで話題となった作品だ。また音楽のスタイルとしても、トロピカル三部作などに特徴的なエスニック・エキゾティシズムの路線から一転して、ミニマリズムを追求した作品となっている。これは実は、「エキゾチックな音楽をコンピュータとディスコで」という YMO 初期のコンセプトとも異質であり、YMO から細野さんのファンになったぼくなども、正直当時は何がいいのかよくわからず、かなり戸惑わされた作品でもあった。 

 そういう実験的なアルバムの中でも、「お誕生会」という曲は、かなり異色の作品だった。いかにミニマルとは言え、他の曲には一応わかりやすいメロディやリズムがあり、聴きやすいところもあるのだが、この曲にはメロディらしいメロディもなく、ギクシャクしたリズムにのってノイズやサンプリング音が並べられているだけ。にもかかわらず、妙に耳に残る作品で、ぼくはこの曲ばかりループさせて聴いていた記憶がある。それも、この曲に時代のはるか先を行く美学があったからではないだろうかと、今にして思う。

 テクノとエレクトロニカは、一見すると似たような音楽スタイルに見えるかもしれないが、ぼくはこの両者は、ある意味正反対の美学を持ったスタイルだと思っている。そう考えると、テクノ・ムーブメントの真っ只中にいた細野さんが、すでにエレクトロニカ的な作品を作っていたという事実は、もっと強調されてよい。やはり、細野晴臣という人は、偉大な音楽家なのだと改めて思う。

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Yellow Magic Orchestra Interview?Last.fm/Presents Exclusive

 YouTube に、Last.fm 提供の YMO/HASYMO のインタビューが載ってました。意外と再生回数が少ないので、普及に協力する意味ではっときます。

 基本的に日本語なんで、Japanese Native の方々も安心です。

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レンジでパスタ

 ご存知の方もいると思うが、電子レンジでパスタをゆでられる商品がいくつかある(下図参照)。そのこと自体は、ネット経由で知っていて、近いうちに購入して試してみようと思っていた。価格はいずれも数百円程度。

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Caitlin Upton さんの伝説の名回答を訳してみた

 Caitlin Upton さんというのは、2007 年のアメリカ・ミス・ティーン・コンテストで 3 位の次点になった人。この人のコンテストでのユニークな受け答えは、YouTube で世界的な話題となったらしい。ぼくも遅ればせながら視聴してみたのだが、この人の回答は、翻訳の課題としても絶好の材料を提供していると思う。そこでぼくも翻訳にチャレンジしてみた。

"Recent polls have shown a fifth of Americans can't locate the U.S. on a world map. Why do you think this is?"

I personally believe that U.S. Americans are unable to do so because, uh, some, people out there in our nation don't have maps and, uh, I believe that our, uh, education like such as, uh, South Africa and, uh, the Iraq, everywhere like such as, and, I believe that they should, our education over here in the U.S. should help the U.S., uh, or, uh, should help South Africa and should help the Iraq and the Asian countries, so we will be able to build up our future, for our [children].

(摂訳)最近の世論調査によると、アメリカ人の5分の1は、世界地図の上でアメリカの位置を特定することができないそうです。これはなぜだと思いますか?

えー、合衆国アメリカ人にそれができないのは、えーと、わが国のそのへんの人たちが地図を持ってないからじゃないかと、個人的にはそう思うんですが。えーと、南アフリカとか、えーと、例のイラクとか、そこらへん的な感じの、わたしたちの教育的な感じじゃないかと。だから彼らは、アメリカのこのへんのわたしたちの教育がアメリカを助けて、それでえーと、南アフリカを助けて、例のイラクやアジア諸国を助けるべきじゃないでしょうか。そうすれば、(子供たちの)ためになるような未来を築くことができるでしょう。

 筒井康隆的な手法を援用してみたんですが、いかがでしょう。地図うんぬんだけじゃなくて、Americans で十分なのにさらに U.S. がついていたり、like と such as を併用したり、固有名詞の Iraq にあえて the をつけたりしてるところがポイントのようなので、それを強調して訳してみました。

 おっと、こんなことしてる場合じゃないんだよな(^^)。仕事仕事。

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