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金儲けの福音

    あなたはできる 運命が変わる7つのステップ  昨日の「ラリー・キング・ライブ」のゲストは、ジョエル・オスティーン(Joel Osteen)という宗教家。ぼくは不勉強にして知らなかったのだが、毎週 5 万人もの信者が集まる全米でも最大級のメガチャーチを運営し、処女作の「Your Best Life Now: 7 Steps to Living at Your Full Potential あなたはできる 運命が変わる7つのステップ)」は 500 万部を売り上げ、バーバラ・ウォルタースからも「2006 年の最も魅力的な人物ベスト 10」に選ばれた人物だという。そう聞けば、かねてからキリスト教とアメリカ社会の関係に興味があった私としては、調べてみないわけにはいかない(^^)。

     聞いていてひっかかったのは、この本のタイトルからもわかるように、彼の教義が宗教というより自己啓発セミナー的であることだ。調べてみると、このような教義は、「ワード・オブ・フェイス(Word of Faith)」運動の流れを汲んでいるらしい。

     ワード・オブ・フェイス運動については、検索してみてもほとんど日本語の資料が見当たらないのだが、唯一、映画秘宝という雑誌の「高橋ヨシキの悪魔の映画史」という連載の中にわかりやすい説明がある。 (この連載は、バックナンバーも非常に興味深く、キリスト教とアメリカ社会の関係に興味がある人は必読である。)

     この運動の特徴的な教義の一つとして、"Prosperity Gospel" というのがあるらしい。これは、直訳すれば「繁栄の福音」ということになるが、特に "financial prosperity" を強調しているということなので、表題のように「金儲けの福音」と訳してもあながち間違いではあるまい。要するに、信仰すれば、健康になって社会的にも成功するよ、という話で、完全に現世利益的なのである。

     上記の高橋ヨシキ氏も書いているように、これは、キリスト教本来の教義とはかなりかけ離れているように見える。もっとも、キリスト教の教義というのは、別にイエス・キリストがすべて考えたわけではなくて、キリストの死後に弟子たちがよってたかってでっちあげたようなものだし、キリスト教の歴史自体が、宗教改革をはじめとした派閥争いの歴史と言ってもよいくらいだから、何が本来の教義だかなんだかわかりゃしないという話もある(^^)。

     しかし、キリスト教の根幹に近い部分には、現世利益を無視し、死後の救済を求めるという教義があるということは、大方の一致するところではないだろうか。「予定説」などはその典型的な例で、誰が救済されるかはあらかじめ決まっていて、現世で何を努力しようが「そんなの関係ねえ!」というある意味ぶっとんだ話だ(^^)。また、金儲けを擁護しているともとれる、あの有名なウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理」ですら、資本主義を生み出したエートスは、現世で金を使って楽しむことを考えず、ひたすら勤勉に働いて資本を蓄積する精神である、ということだったはずだ。

     そういう意味で、この教派は、同じキリスト教内部からもいろんな批判を受けているらしい。また、この教派は、「原罪」みたいなキリスト教のおもたい部分はあまり教えず、軽くて口当たりのいいことばっかりいうので、"Gospel lite" とか "Christianity lite" とか揶揄されているらしい(この lite はマルボロライトとかのライトで、要するに「軽いキリスト教」という意味らしい)。しかし、そんな宗教がこれだけ多くの人を動かしているということは、今後のアメリカ社会の行方を占う意味でも注視すべき現象であろう。

     まあ、ぼくは金儲け自体は別に悪いことだとは思ってないのだが(^^)、それが宗教の目的だと言われると、さすがにちょっと違うのではないかと言いたくなる。宗教の目的の一つは、ある次元で幸せになる方法を教えることだと思うが、お金というのは、幸せになる手段としては使えるけど、幸せになる方法は教えてくれない。いくらお金が儲かっても、それをどう使えば幸せになれるかを教えてくれなければ、本末転倒だと思うのだが(^^)。

    (追記:言葉足らずでわかりにくかったかもしればいが、別に、単なる処世術なら処世術でよいのである。ぼくが言いたいのは、単なる処世術に過ぎないものを、神の名において絶対化することの危険性なのである(^^)。それは、疑似科学と同じで、「擬似処世術」「擬似自己啓発」みたいなものにすぎないのではないだろうか。)

     ぼく自身は無神論者なのだが、必ずしも社会に宗教が不要だとは思っていない。今みたいに科学全盛の時代に宗教を信じている人は単純に頭が悪いみたいに思っている人もいるようだが、もともと近代以前には、科学も哲学も宗教の一部だった。それが近代になって、科学や哲学が宗教から分かれて、独自の文化として自立したわけだが、じゃあ、科学や哲学が完全に宗教の代わりを果たしているかと言えば、必ずしもそうは思えない。なにかとりこぼされたものがあるような気がするのである。頭のいい人は、その隙間を自分の考えで埋めていくこともできるのだが、誰もがそれほど頭がいいわけではない。だからこそ、いつまでたってもカルトみたいなものがなくならないのではないだろうか。

     そう考えると、現代に求められている宗教というのは、民主主義や科学のような近代市民社会の原理と決して対立せず、なおかつ、科学や哲学が取りこぼしたものだけを扱うような宗教(というより宗教性と言ったほうがいいかもしれないが)ではないかと思うのだが、肝心の宗教家は、相変わらず科学に対抗し否定することばかりを考えているように見える。そんな考え方では、いつまでたっても二流の科学(疑似科学)や処世術を垂れ流して世の中を混乱させるだけではないかと、ぼくなんかには思えてしまうのだが。。。

    余談:この話とは別に、ちょっと面白かったのは、ブリトニー・スピアーズやパリス・ヒルトンに言及した部分(トランスクリプトを参照)。

   

        KING: Yes. That's what many think, that this whole group, these youngsters, are basically good.
       
        V. OSTEEN: Oh, yes.
       
        J. OSTEEN: Oh, yes.
       
        KING: They've just had too much, too soon.
   

    ぼくはこの部分を読んで、ついカメダさんやサワジリさんのことを思い出してしまい、"They've just had too much, too soon." というのは、まったくその通りだと、宗教とは無関係に共感したのでありました(^^)。ある意味、日本でもアメリカでも同じことが起こっているんだろうなあ(^^)。

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