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年長者を敬う意味

 年長者を敬うことが、多くの文化で美徳とされている理由について、一つの仮説を思いついたので書いておく。もっとも、こんなこととっくに誰かが言ってそうな気もするが(^^)。

 これはたぶん著作権と同じ原理なんじゃないかと思うのだ。つまり、全プレーヤーを平等な条件で競争をさせると、世の中全体にとってはかえって損になるので、一部のプレーヤーを意図的に優遇する、という意味があるのではないか。

 そもそも、若者と年寄りでは、競争上の長所・短所が異なっている。若者にとって、競争の武器は、才能・気力・体力である。これらは、他人に分け与えたり、他人からもらったりすることはできないし、使ったせいで優位性が使い減りすることもない。一方、年寄りは、才能はともかく、気力・体力ではむしろ若者より劣る。したがって、年寄りの競争の武器は、経験によって身に着けた知識や技術になるが、これらは、比較的容易に他人に分け与えることができ、その結果確実に優位性が失われてしまう。

 こういう前提条件のもとで、若者と年寄りとを完全に平等な条件で競争させると、若者はほっといても全力を発揮しようとするだろうが、年寄りにとっては、知識や技術を小出しにして、若者に対する優位性を維持することが合理的な戦略となるだろう。しかし、年寄りがみなこのような戦略をとったんでは、社会全体にとっては損失である。

 したがって、年寄りが持つリソースを気前よく社会に提供させるためのインセンティブとして、年寄りを無条件で敬う文化というのができたのではないだろうか。徒弟制度などの合理性も、部分的には同じ論法で説明できそうである。

 仮にこの仮説が正しいとすると、現代のように年功序列がなくなって、年寄りと若者が同じ条件で競争する社会になった時代には、そのような年寄りを敬う文化が持っていた機能を、何かで代替する必要があるだろう。

 たとえば、インターネット上で知識を披露することにより、広告料が得られるなんていうシステムは、競争原理がより多くの知識を提供するためのインセンティブとして働くので、そういう代替機能の候補にはなりうると思う。だけどそれが、非常にマイナーな知識、たとえば、特定のお客に営業をかけるコツ、みたいなものの共有にどこまで役立つかを考えると、こころもとない感じがしないでもない。

 実は、ぼく自身も、昔は知識を小出しにするなんてセコいと思っていたのだが、最近は、少し知識を小出しにした方がいいかもしれないと思い始めている(^^)。だからこんな説を思いついたのかもしれない(^^)。 ぼくは前から、成果主義より能力主義の方が合理的のではないか、と主張しつづけているのだが、年寄りの優遇も一種の「能力」主義として考えてみてもよいかもしれないね。

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