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追悼・植木等

 あの植木等さんが亡くなった。と言っても、ぼくなんか本当はリアルタイムで植木さんの仕事に触れた世代ではない。特に、植木さんの映画やシャボン玉ホリデーとかについては、小林信彦さんの本とかで読んだぐらいで、自分ではほとんど見たことがない。

 ただ、植木さんの音楽ついては、代表的な曲はほとんど知っていて、実際に愛聴してもていた。ぼくの音楽についての知識はかなりの部分坂本教授経由なのだが、これも実はそうで、さらに言えば大瀧詠一経由である。

 前にも書いたけど、ぼくは 10 代の頃、NHK FM でやっていた坂本龍一のサウンドストリート、通称サンストという番組を毎週欠かさずエアチェックしていた。その番組の中で、クレージーキャッツ・フリークとして有名な大瀧詠一さんをゲストに呼んで、クレージーキャッツ特集をやったことがあるのだ。これはかなりインパクトがあって、その時にエアチェックしたテープは繰り返し擦り切れるまで聴いた。

 中でも特に気に入ったのは、「だまって俺について来い」という曲。これはナンセンス・ソングとしてもきわめて完成度が高く、なおかつ、高度成長期の日本のある種の雰囲気をも現代に伝える名曲だと思うので、若いみなさんも、機会があればぜひ一度聴いてみていただきたい。歌詞だけなら、「だまって俺について来い ハナ肇とクレイジーキャッツ 歌詞情報」とかで読むことができる。この歌詞を読んだだけでも、いかに偉大な曲かがわかっていただけると思う (^^)。

(実際のレコードを聴くと、「み~ろよ~」のところで突然声楽的な歌い方になっているが、植木氏が実際に声楽を習っていたのも有名な話。初期のヒット曲「はいそれまでよ」のイントロなんかにもその素養が生かされている。)

 ちなみに、同じくクレージーキャッツ・フリークであるマンガ家のとり・みき氏は、この曲をネタにして丸々マンガ一本書いていて、曲題をそのまま単行本のタイトルにまでしている(なぜか amazon.co.jp には登録されていないが)。このマンガも曲に負けず劣らずバカバカしくて面白いので、ヒマな人は古本屋で探してみてください。

 そう言えば、ここでは触れなかったが、クレージーキャッツのほとんどの曲に詩を提供している青島幸男氏も昨年末に亡くなっている。宮崎駿氏は、手塚治虫が亡くなった時に「昭和が終わったと感じた」と言っていたが、ぼくは今日、今さらながら改めて昭和が終わったと感じた。それくらい、昭和の一時代の空気を体現していた人たちだったんじゃないかという気がする。

 合掌。

 余談になるが、ナンセンス・ソングと言えば、ぼくが最近気に入っているのは、言うまでもなく、ムーディ勝山の「右から来たものを左へ受け流すの歌」である (^^)。この曲なんかも、「だまって俺について来い」などと比較してみると、なかなか興味深いものがある。

 どちらも、なんだか得体の知れないものについて唄っているという点では共通している。しかし、「右から来たものを左へ受け流すの歌」の場合、右からきたものがなんなのかという答えは最初から用意されていなくて、その空虚なオチを生かすように全体が計算ずくで構成されているように思える。それに対し、「だまって俺について来い」の場合、計算なのか本気なのかわからないところがあって、本当にそんな人間がいてもいいじゃないか、というような真面目な主張のように聞こえないこともない (^^)。そこがいい意味である種の深みになっている。

 どうもぼくには、ここらへんに時代の差が現れているような気がするのだが、緻密な分析をするには、もう少し時間が必要なようだ (^^)。

追記: 

 なんかまた、植木さんをネタにして、高度成長時代は今よりよかったみたいな話を書いてる人たちがいるけど、あの時代を極端に美化するのはいい加減やめてほしい。ほんと、そんなバラ色の時代ちゃうぞ (^^)。

 ぼくのこの小文もそうだけど、昔を美化して懐かしむのが好きだというのは、たぶん歳をとった人間に共通する習性にすぎなくて、それは、客観的な評価とは別物ですから。だから、そろそろ、高度成長時代の負の側面もちゃんと語った方がいいと思うぞ。

 たとえば戦争。当時はもちろん冷戦真っ只中で、もちろん核軍縮なんかもなくて、いつ核戦争が起きて人類が滅びてもおかしくないと言われながら暮らしてたことを知ってるか? 実際、キューバ危機みたいに核戦争寸前まで行ったこともあった。今は 9.11 やイラク戦争程度(あえて程度と言うが)で大騒ぎしているけど、当時は、中東やアフリカでは日常茶飯事のようにホンモノの戦争が行われていたんだ。ベトナム戦争はもちろん、第四次まであった中東戦争、イラン・イラク戦争、第三次まであった印パ戦争。

 たとえば公害。水俣病・カネミ油症・イタイイタイ病・四日市喘息なんてムチャクチャな公害がかなりの長期間放置されていた。国や企業の対応だって、今よりはるかにひどかったんだぞ。そもそも、環境基準そのものが今よりぜんぜん低レベルで、今みたいに晴れてる日に東京から富士山が見えるなんて考えられないほど空気も汚かったんだ。

 たとえば差別。男女差別も学歴差別も当たり前。部落差別だって今みたいになんちゃって差別じゃなかった。今の子は、実力さえあれば、低学歴でも女性でもやっていけると思ってる人も多いだろうけど、そんなのは夢のまた夢みたいな時代。今みたいな再チャレンジどころか、大学入試で一生が決まると言われていたんだよ。

 誰もが夢を見れる時代とか言ってる人がいたけど、そりゃテレビや洗濯機や冷蔵庫を買って、マイホームを持ってみたいなのが「夢」だというならそうだろうけどね。自分の好きな職業についてやりがいのある仕事をするという意味で言えば、今の方がずっと自由だよ。信じられない人は、「ふぞろいの林檎たち」でも観てくれ (^^)。

 たとえば情報。国や大企業が情報を隠すなんて日常茶飯事。今みたいにそれをインターネットで告発するなんてできなかったんだからね。今みたいに、一市民の告発で国や企業が動くなんて考えられない。多くの一般庶民は国や大企業やマスコミの言うなりで、騙されていることに気づく機会すらなかったんだ。

 もちろん、今よりいいところだって少しはあったでしょうよ。でも、今の若い子がタイムマシンであの時代に戻ったら、やっぱり今の方がいいと思う人も多いと思うよ。そういうことを、もうちょっと宣伝した方がいいんじゃないか (^^)。

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