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証券は投資とリターンの関係を線形化する

 日垣隆氏の「ガッキィファイター」を読んでいたら、原丈人という人のこんな言葉が引用されていたので、ちょっと気になったのですが。。。

《「リスク回避」という言葉を聞いたとき、皆さんがまず思い浮かべるのは、ポートフォリオなどに代表される「リスク分散」ではないでしょうか。しかし、資源に限りのある個人もしくは小企業が、困難な目標にチャレンジする場合、「リスク分散」はリスクを拡大させるのです。少ない人材や資金を、異なる技術や地域に兵站が伸びきったような形で投下すれば、実現しない可能性が高まるのです。そして何より、「これがダメでもあれがあるからいいか」という意識を生み、「絶対に実現させる」という情熱に水を差します。〔中略〕個人や小さい企業はむしろ、一点突破で、集中的に資源を投下しなければなりません。〔中略〕このような「一点集中」型リスク対応こそが、実務家にとっての最大のリスク回避策になるのです。》(「WEDGE」2月号)

全体の趣旨はわかるし、基本的におっしゃっていることは正しいと思うのですが、ポートフォリオなどという金融工学用語を使っているわりには、言葉の使い方がいい加減で、誤解を招く書き方になっている気がしました。

 一番気になったのは、「『リスク分散』はリスクを拡大させる」というところ。一見して、自己矛盾した言葉なのですが、後の文章を読むと、この「リスクの拡大」というのは、「失敗確率の拡大」もしくは「リターンの減少」ということを指しているようです。

 しかし、金融工学の用語法では、リターンが減るのとリスクが増えるのでは、まったく別の現象を指します。リスクというのは、日常用語では「失敗する確率」という感じで捉えられていますが、金融工学用語では、リターン(期待値)がどれだけ確率的にばらつくか(標準偏差)を指します。

 具体的に言うと、たとえば、成功すると一万円儲かるが失敗するとすべてパアになるプロジェクトがあったとして、成功確率と失敗確率が半々(50% : 50%)だったものが、成功確率が 0%・失敗確率 100% になったとしましょう。そうすると、日常用語的にはリスクが増えたような気がするかもしれませんが、金融工学用語では、これをリスクが増えたとはいいません。だって、100% 失敗ということは、確率的なばらつきはむしろ減っているんですから。この場合リスクはむしろゼロに減っているのであって、ただ、リターンもゼロになったというだけのことです。

 ですから、この発言をされた方は、おそらく、「「リスク分散」は失敗確率を拡大させる」とか「「リスク分散」はリターンを減少させる」という意味で言っているのではないかと思います。だとすれば、その結論はまったく正しいと思います。

 などというと、今度は金融工学の素養のある人から疑問の声が上がるかもしれません。ポートフォリオ理論では、リスクを分散させれば、リターンを減らさなくてもリスクだけを減らすことができる、と教えていたんじゃなかったのかと。現に、この発言をした方も、そのような理論を意識して、自分の発言がポートフォリオ理論に反しているかのように語っているようです。

 でも、この結論は別にポートフォリオ理論に反しているわけではありません。そもそも、ポートフォリオ理論というのは、証券投資の理論です。そして、忘れられがちですが、実はこの「証券」というところがけっこう重要なのです。というのも、証券投資には、他の一般の投資にはない性質があるからです。それは、「線形性」というやつです。

 「線形性」というのは、言い換えれば、投資の額とリスクやリターンが正比例するということです。たとえば、ある株を 100 円分を買ったときに 10 円の配当もしくは値上がり益があるとすると、その株を 200 円分買えば、配当や値上がり益も 20 円になりますよね。したがって、株に対する投資額と配当や値上がり益は正比例の関係にあります。説明が数学的になるので省略しますが、実は、投資額とリスクの関係も正比例の関係にあります。

 これは当たり前のことに思えるかもしれませんが、実は投資一般について当てはまるわけではありません。この方にならって戦争にたとえると、100 人の兵を投入すれば突破できる戦線があったとして、50 人投入すれば、半分だけ突破できるというわけではないし、200 人投入すれば倍突破できるというわけでもないですよね。50 人だったらまったく突破できないかもしれないし、いったん突破できればそれ以上人がいたってむだなだけかもしれない。あるいは、一兆円かけないと完成しないダムを、5000 億円かけて半分だけ作ったら、利益も半分だけ得られるかといったら、そんなことはないでしょう? 半分のダムなんて、なんの役にもたちはしないですよね。

 だから、投資一般で考えれば、証券のような投資とリターンやリスクの「線形性」が成り立つほうがむしろ稀なのです。そして、ポートフォリオ理論と言うのは、この証券の「線形性」を前提とした理論なので、そのような線形性のない投資一般には成り立たないのです。

 ですから、分散投資が有効かどうかは、投資とリターンやリスクの間に「線形性」があるかどうか(投資する側かされる側かと言ってもいいかもしれません)の問題であって、この方の言うような投資の規模の問題ではないと思うんですね。だって、先に書いたように、一兆円のダムだって半分だけ作ることには意味はないのですから。もちろん、そのダム工事の会社の株をもっている別の会社から見れば、半分だけ投資することにも十分意味はありますが。

 もちろん、資金量が多ければ、その分、線形性が問題にならないレベルまで投資できる投資プロジェクトを発見できる確率が高い、ということはいえますが、規模が小さくても線形性のあるプロジェクトだってありますし、証券化してしまえば、どんなプロジェクトだって線形化できるのですから、やっぱり、本質的なのは投資額ではなく線形性なのです。

 そのように考えれば、証券というものがいかに人類史上重要な発明であるかということも、あらためて実感できると思うのですがいかがでしょうか。

(あと、関係ないけど、桜井さんじゃ反石原票がとりこみにくい気がするんですけど。そのへんはどうなんでしょ。)

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