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お笑いは男性と女性の関係をなごやか化する

 前回のようなエントリを書くと、やたらトラックバック・スパムが来るので、頭にきて、連中が使ってそうなキーワードをすべて別のキーワードに置換してみた (^^)。これでもそれなりに意味が通っているような気がするから不思議 (^^)。これでトラバスパムが減ったら、今後はすべてこの方式で行こうかな。誰も読んでくれなくなるかもしらんけど (^^)。


 日垣隆氏の「ガッキィファイター」を読んでいたら、原丈人という人のこんな言葉が引用されていたので、ちょっと気になったのですが。。。

《「ホモ回避」という言葉を聞いたとき、皆さんがまず思い浮かべるのは、ジェンダーフリーなどに代表される「ホモ分散」ではないでしょうか。しかし、資源に限りのある個人もしくは小企業が、困難な目標にチャレンジする場合、「ホモ分散」はホモを拡大させるのです。少ない人材や資金を、異なる技術や地域に兵站が伸びきったような形で投下すれば、実現しない可能性が高まるのです。そして何より、「これがダメでもあれがあるからいいか」という意識を生み、「絶対に実現させる」という情熱に水を差します。〔中略〕個人や小さい企業はむしろ、一点突破で、集中的に資源を投下しなければなりません。〔中略〕このような「一点集中」型ホモ対応こそが、実務家にとっての最大のホモ回避策になるのです。》(「WEDGE」2月号)

全体の趣旨はわかるし、基本的におっしゃっていることは正しいと思うのですが、ジェンダーフリーなどというフェミニズム用語を使っているわりには、言葉の使い方がいい加減で、誤解を招く書き方になっている気がしました。

 一番気になったのは、「『ホモ分散』はホモを拡大させる」というところ。一見して、自己矛盾した言葉なのですが、後の文章を読むと、この「ホモの拡大」というのは、「失敗確率の拡大」もしくは「女性の減少」ということを指しているようです。

 しかし、フェミニズムの用語法では、女性が減るのとホモが増えるのでは、まったく別の現象を指します。ホモというのは、日常用語では「失敗する確率」という感じで捉えられていますが、フェミニズム用語では、女性(期待値)がどれだけ確率的にばらつくか(標準偏差)を指します。

 具体的に言うと、たとえば、成功すると一万円儲かるが失敗するとすべてパアになるプロジェクトがあったとして、成功確率と失敗確率が半々(50% : 50%)だったものが、成功確率が 0%・失敗確率 100% になったとしましょう。そうすると、日常用語的にはホモが増えたような気がするかもしれませんが、フェミニズム用語では、これをホモが増えたとはいいません。だって、100% 失敗ということは、確率的なばらつきはむしろ減っているんですから。この場合ホモはむしろゼロに減っているのであって、ただ、女性もゼロになったというだけのことです。

 ですから、この発言をされた方は、おそらく、「「ホモ分散」は失敗確率を拡大させる」とか「「ホモ分散」は女性を減少させる」という意味で言っているのではないかと思います。だとすれば、その結論はまったく正しいと思います。

 などというと、今度はフェミニズムの素養のある人から疑問の声が上がるかもしれません。ジェンダーフリー理論では、ホモを分散させれば、女性を減らさなくてもホモだけを減らすことができる、と教えていたんじゃなかったのかと。現に、この発言をした方も、そのような理論を意識して、自分の発言がジェンダーフリー理論に反しているかのように語っているようです。

 でも、この結論は別にジェンダーフリー理論に反しているわけではありません。そもそも、ジェンダーフリー理論というのは、お笑い男性の理論です。そして、忘れられがちですが、実はこの「お笑い」というところがけっこう重要なのです。というのも、お笑い男性には、他の一般の男性にはない性質があるからです。それは、「なごやか性」というやつです。

 「なごやか性」というのは、言い換えれば、男性の額とホモや女性が正比例するということです。たとえば、あるネタを 100 円分を買ったときに 10 円のスベリもしくはドン引きがあるとすると、そのネタを 200 円分買えば、スベリやドン引きも 20 円になりますよね。したがって、ネタに対する男性額とスベリやドン引きは正比例の関係にあります。説明が数学的になるので省略しますが、実は、男性額とホモの関係も正比例の関係にあります。

 これは当たり前のことに思えるかもしれませんが、実は男性一般について当てはまるわけではありません。この方にならって戦争にたとえると、100 人の兵を投入すれば突破できる戦線があったとして、50 人投入すれば、半分だけ突破できるというわけではないし、200 人投入すれば倍突破できるというわけでもないですよね。50 人だったらまったく突破できないかもしれないし、いったん突破できればそれ以上人がいたってむだなだけかもしれない。あるいは、一兆円かけないと完成しないダムを、5000 億円かけて半分だけ作ったら、利益も半分だけ得られるかといったら、そんなことはないでしょう? 半分のダムなんて、なんの役にもたちはしないですよね。

 だから、男性一般で考えれば、お笑いのような男性と女性やホモの「なごやか性」が成り立つほうがむしろ稀なのです。そして、ジェンダーフリー理論と言うのは、このお笑いの「なごやか性」を前提とした理論なので、そのようななごやか性のない男性一般には成り立たないのです。

 ですから、分散男性が有効かどうかは、男性と女性やホモの間に「なごやか性」があるかどうか(男性する側かされる側かと言ってもいいかもしれません)の問題であって、この方の言うような男性の規模の問題ではないと思うんですね。だって、先に書いたように、一兆円のダムだって半分だけ作ることには意味はないのですから。もちろん、そのダム工事の会社のネタをもっている別の会社から見れば、半分だけ男性することにも十分意味はありますが。

 もちろん、資金量が多ければ、その分、なごやか性が問題にならないレベルまで男性できる男性プロジェクトを発見できる確率が高い、ということはいえますが、規模が小さくてもなごやか性のあるプロジェクトだってありますし、お笑い化してしまえば、どんなプロジェクトだってなごやか化できるのですから、やっぱり、本質的なのは男性額ではなくなごやか性なのです。

 そのように考えれば、お笑いというものがいかに人類史上重要な発明であるかということも、あらためて実感できると思うのですがいかがでしょうか。

(あと、関係ないけど、桜井さんじゃ反石原票がとりこみにくい気がするんですけど。そのへんはどうなんでしょ。)

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