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乙武くんときっこさん

 なんか、秋篠宮妃の紀子さんに男の子が生まれた件にからんで、ネット上でもいろいろ騒動がおきているようですね。「五体不満足」で有名なスポーツ・ジャーナリストの乙武くんのブログが炎上したり、耐震偽装疑惑の追及で有名になった「きっこの日記」に記載された批判記事が、数時間後に削除されたことが話題になったり。

 ぼく自身は、前にも書いたけど、天皇制自体あってもなくてもよいと思っている方なので、このニュースを聞いたときの嬉しさは、一般庶民の家に赤ちゃんが生まれたことを知ったときと大差ないし、ましてや、男の子だったから嬉しいなどという気持ちはほとんどありません。

 ただ、それはあくまでぼく個人の価値観であって、ぼくは同時に、天皇制を愛している方々の価値観にもそれなりの敬意を払っているので、わざわざ彼らの価値観を批判するような発言をするつもりはないのです。これは、例えて言えば、自分はイスラム教徒でないので豚を食べることに躊躇はないが、わざわざイスラム教徒の前で豚を虐待したりはしない、というのと同じことです。

 そういう立場からすると、きっこの日記のように、真偽も定かでないような情報を理由に天皇家やそれを祝う人々に罵詈雑言を浴びせるのはどうかと思いますね。だれから見ても明らかな悪人ならともかく、単に自分と価値観が違う相手を批判するのに、相手に対してまったく敬意がないという態度は人間として不遜でしょう。もちろん、情報のソースなどを明示していないことや、数時間だけ掲載して削除理由も履歴も残さず削除するようなやり方も無責任としか言いようがありません。

(ついでに言えば、この記事の中で、この件を非難しないヤツを腰抜け扱いしているのも、正直「バック・トゥ・ザ・フューチャー」 のビフなみにムカつきますね (^^)。まあ、ぼくはあの映画でちゃんと学習しましたので、"Nobody calls me chicken (or yellow)" なんて言ってつっかかったりしないですけどね (^^)。)

 では、乙武くんはどうかと言うと、彼の記事にも、天皇制もしくは男系相続を支持している人たちを批判するニュアンスが感じられるので、その点において、批判した相手から逆批判を受けるのは、ある程度仕方ないと思います(もちろん、だからと言って身体障害を嘲笑したりする表現が許されるわけではないのは当然です)。

 しかし、そんなぼくでも、天皇家の慶事を喜ばないのは日本人としておかしい、というような批判は、ちょっと行き過ぎだと感じます。

 このブログでも何度か書いたように、象徴天皇制は、制度と言うより文化に近いものだと思います。文化というのは、制度と違って、権力によって強制されることなく存続するところにこそ価値があります。

 この手の議論でどうもよく錯覚が見られるのは、文化の存続と価値の関係です。つまり、現在から見れば、

存続している → 価値がある

という図式が成り立ちますが、同時代から見れば、あくまで

価値がある → 存続させる

なのであって、各時代の人がそういう意思決定をしているからこそ、上の式だって成立するのだということを忘れてはなりません。

 したがって、天皇制に対する支持が、権力によって強制されることなく、人々の主体的な意思によって存続するという限りにおいて、ぼくも天皇制を支持する方々に対し一定の敬意を払うつもりですが、もしこれが強制されるようになったら、ぼくはむしろ天皇制廃止を訴えることでしょう。

 ですから、天皇制を支持する方々が天皇制に対する支持を広げようと思う際にも、超越的な文化決定論を押し付けるのではなく、天皇制が持つ内在的な価値をこそ主張すべきであるし、その価値を評価しない人に対しても寛容であるべきだと思うのです。そのことは、天皇制を支持することと、決して矛盾しないはずです。

(権力によって強制されることなく、それ自身の価値のみによって存続している伝統文化なんて、民謡や伝統工芸をはじめいくらでもあります。そういう文化を支持する方々が、「伝統は存続するがゆえに価値がある」みたいな超越論に訴えたり、「この文化の価値がわからないやつは日本人じゃない」みたいに恫喝したりしている、という話はあまり聞いたことがありません。だから、天皇制が本当に日本人にとって必要な文化であるなら、それ自体の魅力だけで存続できないはずがないと思うんですよね。なのになぜ、「ぼくがこんな立派な人間になれたのも、天皇制によって精神的支柱が得られたおかげなんですよ。つらいときにも、陛下のことを考えると、もりもり力がわいてきちゃうんだよね。いいぞー、天皇制は。君も支持しない?」みたいな言い方をする人がいないのか。そのへんが、天皇制を支持する方々に対して、ぼくがどうしてもうさん臭さを感じてしまう点なんですよね (^^))

追記: ちなみに、同じことは「愛国心」の教育についても言えます。つまり、愛国心を押し付けるのでもなく、愛国心についてはまったく触れないのでもなく、「国家には価値がある」という事実を知識として伝える、という立場がありうるはずだと思うのです。大雑把に言えば、ぼくもその立場ですし、山形さんが言いたかったのも、そういうことなんじゃないかと思うんですけど (^^)。

追記: ある友人が、「どの生命の誕生も同じように喜ばしい」という主張をしているのが、他ならぬ乙武くんであることの重みをもっと考えるべきだ、と言っていたことも付記しておきます。

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