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バーチャルとリアルの区別がつかないオトナたち

 若者の犯した犯罪や大人から見て「おかしな」行為に対して、バーチャルがどうこう言って切り捨てるのは、もはや思考停止の常套句にすぎなくなってきていますが、それにしてもこれはひどすぎるだろうという例を発見。

少年少女の放火事件 なぜ急増なのか

ストレスケア日比谷クリニック院長で精神科医の酒井和夫氏の見立てはこうだ。

「ムシャクシャしている少年は今も昔もいます。ただ、ひと昔前は暴力に走りがちだった。他人を殴るというのは、相手が目の前にいる現実的な行為です。とっさに殴ったとしても、責任の所在が自分にあることもはっきりしている。気力も必要です。最近は現実感に乏しい無責任で無気力な若者が増え、暴力には走れなくなった。一方、放火は、被害者が出るにしても直接的に手を下すわけではないから、無責任でいられる。『後は野となれ』のバーチャルな犯罪というわけで、一線を越えやすいのです」

 そもそも、バーチャルがリアルと違うのは、感覚的にはリアルと同じぐらい現実的に感じられるのに、実際に起こる結果は、現実世界の因果律に必ずしも従っていないということでしょ。だから、バーチャル世界になれた人間は、現実世界で行うと重大な結果を招きかねない行為でも平気で行ってしまう危険があると言われる。まあ、この説明だって、まだ仮説段階にすぎないと思うんだけど、一応説得力のある仮説だと言ってもよいでしょう。

 でも、放火の場合、放火という行為がある種のストレス発散になるのは、放火の結果誰かの生命・財産が失われる可能性があるという因果律を、放火犯が認識しているからこそでしょう? だから、ぜんぜんバーチャル的でもなんでもないと思うんですけど。 それとも、彼らは単に「あー、燃えてるー、きれいー」みたいなことしか考えてないとでも言うのかな (^^)。

 放火が暴力よりハードルが低いのだって、放火は誰も見てないところでやり逃げできるけど、目も前にいる他人を殴れば殴り返されたりする可能性が高いという因果律を意識しているからじゃないですか? だとすれば、そういう人は、単に感情にまかせて後先考えずに暴力を働く人よりも、むしろ、計算高いリアリストであるとも言えると思うんですが。

 こんなのがバーチャルと言えるんだったら、結局、人間は古事記・日本書紀のころからバーチャルだった、みたいなクソの役にもたたない結論になるだけじゃないのかなあ。

 とにかく、こういうとってつけたようなてきとーな解説をしようとするの、いい加減やめたらと思うんですけどね。まあでも、憎まれっ子世にはばかる、浜の真砂は尽きるとも、世にこういう安直コメンテータの種はつきまじ、なんだよなあ。それこそ現実法則そのものですからね (^^)。 そういう意味では、このコメンテータも記事を書いた人も、放火をして喜んでるようなワカモノよりは、はるかにリアリストなのには違いないんでしょうね (^^)。

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