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イスラエル国会中継中

 さっき、CNN Pipeline で、イスラエルの国会 (クネセット) の中継映像を流してました。かなり激論になってました。当たり前のことですが、イスラエルも単色ではないのですね。

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プードル

 BBC World で、レバノン問題について、関係各国のジャーナリストを集めてディベートをしてました。出演者は、アラブ圏の「湾岸ニュース」の人、フランスの「ル・モンド」の人、イスラエルの人、イギリスの評論家、そして、BBC の司会者。議論のレベルとしては、「TV タックル」レベルかな (^^)。でも、それぞれの国の立場の違いがくっきり出てて、その点では面白かったです。

 なんか、「プードル」という言葉が飛びかってましたね。この「プードル」というのは、最近の日本で流行ってる言葉で言えば、まさに「ポチ」ですね (^^)。ここで言っている「ポチ」は、もちろん、極東の島国の首相ではなくて、かわいそうな地球の反対側の島国の首相のこと (^^)。 

イスラエル空爆で避難民が死傷 レバノン南部

レバノン・ティール(CNN) レバノン南部カナ市内で30日午前、民間人の避難所として使われていた4階建ての建物にイスラエル軍のミサイルが着弾した。ロイター通信は、死者が少なくとも40人に上り、うち23人が子どもだったと伝えた。レバノン国内では、子ども27人を含む50人が死亡との報道もある。

 ライス! お前わざと時間かせいでたんじゃないのか? そうやってるうちに、何人一般市民の犠牲者がでると思ってるんだ? とっととなんとかしたれよ~。

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中東で戦火が絶えないのに不思議はない

 これは、アメリカの親イスラエル派の論説で、先に紹介したアラブ圏の新聞の対極にあるような主張ですね。

 かなり一方的なので、あんまりマジメに読まないほうがいいかもしれないです。ある程度、中東紛争の歴史とかアメリカの政治状況を知ってる人だけ読んでね (^^)。


Nomystery why war is a constant in the Middle East T
DENNIS PRAGER
The Washington Times Weekly
24 Jul 2006


As a lifelong liberal critic of Israeli policies, the New York Times foreign affairs columnist Thomas Friedman wrote just two weeks ago: “The Palestinians could have a state on the West Bank, Gaza and East Jerusalem tomorrow, if they and the Arab League clearly recognized Israel, normalized relations and renounced violence. Anyone who says otherwise doesn’t know Israel today.”

Give Israel peace, and Israel will give you land.

Which is exactly what Israel agreed to do in the last year of the Clinton administration. It offered PLO Chairman Yasser Arafat about 97 percent of the West Bank and three percent of Israel’s land in exchange for peace. Instead, Israel got its men, women and children routinely blown up and maimed by Palestinian terrorists after the Palestinians rejected the Israeli offer at Camp David. Even President Clinton, desirous of being the honest broker and yearning to be history’s Middle East peacemaker, blamed the ensuing violence entirely on the Palestinians.

Israel’s Camp David offer of a Palestinian state for Palestinian peace was rejected because most Palestinians and their Arab and Muslim supporters don’t want a second state. They want Israel destroyed. They admit it. Only those who wish Israel’s demise and the willfully naive do not.

If you don’t believe this, ask almost anyone living in the Middle East why there is a Middle East War, preferably in Arabic. If you ask in English, they will assume you are either an academic, a Western news reporter, a diplomat or a “peace activist.” And then, they will assume you are gullible and will tell you that it’s because of “Israeli occupation” or “the Zionist lobby.”

But they know it isn’t. And it never was.

ちょうど 2 週前、ニューヨーク・タイムズの外交問題コラムニストであるトマス・フリードマンは、終生リベラルを貫ぬくイスラエル政策評論家として、次のように書いている。

「パレスチナ人とアラブ連盟が、イスラエルの存在をはっきりと認め、関係を正常化して、暴力と縁を切っていれば、明日にでも、ヨルダン川西岸、ガザ、および、東エルサレムにパレスチナ人の国家を持つことができていたであろう。そうでないという人は、現在のイスラエルを知らない人である。」

イスラエルに平和を与えよ。そうすれば、イスラエルは土地を与えてくれる。

これはまさに、イスラエルがクリントン政権の最後の年に合意したことである。この合意 (訳注:オスロ合意のこと) では、PLO 議長ヤセル・アラファトに対し、平和と引きかえに、ヨルダン川西岸の約 97%、イスラエル本土の 3% を提供した。パレスチナ人がキャンプ・デービッドでイスラエルの提案を拒絶したあと、その見返りとしてイスラエル人が得たものは、イスラエルの男性、女性、子供たちを、パレスチナのテロリストによって爆破され不具にされることだった。公正な仲裁者でありたいと願い、中東紛争の調停者として歴史に名を残したいと切望していたクリントン大統領でさえ、その後の暴力については完全にパレスチナ人の責任であると非難していた。

パレスチナ国家の設立という、キャンプ・デービッドでのイスラエルによるパレスチナ和平の提案が拒絶されたのは、パレスチナ人、および、彼らを支持するアラブ人やイスラム教徒のほとんどは、別の国が欲しいわけではないからだ。彼らは、イスラエルを破壊したいのである。そのことは、彼ら自身ですら認めている。それを認めないのは、イスラエルの終焉を望んでいる者と、わざと純真なフリをしている者だけである。

信じない人は、中東に住んでいる人なら誰でもいいから、なぜ中東に戦火が絶えないのか、できればアラビア語で訊ねてみるといい。英語で訊ると、彼らはあなたが学者か西側の新聞記者か外交官か「平和運動家」であり、簡単に騙せると思って、「イスラエルの占領」や「ユダヤ・ロビー」のせいだと答えるだろうから。

しかし、彼らは知っているのだ。本当はそうではないことも、今までずっとそうではなかったことも。

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石鹸泥棒?

 なんと、マンション内のコインランドリーに置きっぱなしにしていた粉石鹸がなくなってしまった。10 Kg  ぐらいあったんだけど。ひょっとして、盗まれたのか?

 でも、あんなもの盗んでどうするんだろう。換金なんかできないだろうし。自分で使うにしろ、自分の部屋に洗濯機を買う金のある人が、粉石鹸を買う金がないとも思えないし。だいたい、自分で使うんなら、使う分だけこっそり使えばいいと思うんだけど。そのぐらいなら見逃しちゃるんだけどなあ (というか多分気づかない (^^))。

 年寄りの常識では理解できないことが多い世の中だね (^^)。ついて行けないよ (^^)。

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うわっ、めっちゃわかりやすい!

 E 田先生のブログに、ぼくがまわりくどくウダウダ書いていたようなことが、あっさり説明されてしまっているので驚いてしまいました。

 ただし,ここで注意すべきなのは主流派経済学に合理的な経済人の仮定の解釈です.これは,主流は経済学の研究者の中でも考え方が二つに分かれる.

主流派経済学の基本発想は… "自分の消費・労働のみから効用を得る個人"がその効用を最大化しようとして行動し,その結果経済厚生が最大化される.市場が十分にその機能を果たせないときには,政策による補完が有用な「こともある」.

というものです.ここでのポイントは"自分の消費・労働のみから効用を得る個人"という点.

  この基本発想のひとつの理解は,"自分の消費・労働のみから効用を得る個人"は目指すべき個人主義の姿である(したがって<自律による経済成長>個人主義の確立が必要)というものになるでしょう.

 しかし,もう一つの解釈は個人が何を目的関数としているかは実証的な課題であり,"自分の消費・労働のみから効用を得る個人"を想定するのは,どうもその仮定から出発すると予測力のある結論がえられる.故に,現代の経済主体の行動は,"自分の消費・労働のみから効用を得る個人"と考えてよい.時代が変われば"自分の消費・労働のみではなくいろいろな社会的状況から効用を得る個人"を想定して議論をするべきで,どちらの個人主義がよいかといった話題は経済学の問題ではない(場合によっては人が決められることではない)というものです.

  僕自身は後者の立場.そして,後者の解釈に従うとネオリベは社会を変化させるイデオロギーではなく,社会情勢をあらわす分類名(?)ということになるのではないでしょうか.

 そうか、「自分の消費・労働のみから効用を得る個人」って言えばよかったのか。。。さすが、頭のいい人は違うわ。

 そうすると、ぼくの主張は、その仮定は近似的には正しいが、完全には正しくない、とでも言えばいいのかなあ。

 また E 田先生の本買おうっと (^^)。小田中先生の本もね。

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謝罪の社会的機能

 「謝罪」という行為が、なんのためにあるかを考えたことがあるだろうか。「処罰」や「補償」ではない「謝罪」である。「処罰」や「補償」については、「処罰」は悪事を働かせないためのインセンティブだろうとか、「補償」は被害者の損害を回復するのが目的だろうというのは、誰もが直観的に思いつくことだろう。

 しかし、「謝罪」というのは、基本的に表現や形式だけの問題なので、一見、どのような社会的機能があるかわかりにくいかもしれない。実は、ぼくには自分なりの理論があって、多分誰もがそう考えているのだろうと思っていたのだが、意外とそうでもないみたいで、戦争被害者に対する謝罪論とかを読んでも、謝罪と処罰や補償を混同していたり、謝罪の意味をわかっていないと思われる例が多いので、一応自分の考えを書いておきたい。

 結論から言えば、「謝罪」の目的は、加害者が被害者と同じ価値観を持っているということを示すことにある。人間が罪を犯す場合、そもそも、価値観自体が被害者や社会全般と異なっていて、確信犯的に罪を犯した場合と、価値観自体は被害者と同じだが、ミスや一時の気の迷いや出来心で罪を犯した場合がある。後者の場合には、再び同じ罪を犯す確率は低いが、前者の場合には、再び同じ罪を犯す率が高い。したがって、容易に社会復帰させうるか、今後も付き合いを継続しうるか、といったことを判断するためには、加害者が被害者と同じ価値観を持っているかを判定することが重要なのである。

 よく知られるように、罪刑法定主義というのは、加害者の内面を問わず、あくまで、行為に対して処罰が決定される。したがって、法治主義の社会では、処罰を受けたり補償をしたりしたからといって、その加害者が心から反省しているという保証はない。また、人間は、内面を偽って表現することができる動物なので、外面的な表現だけを見て、内面を判定することも難しい。

 ところが、誰にも言われることなく、加害者が自分から謝罪するためには、少なくともその行為が悪だという認識がなければならないのである。したがって、加害者が自分から謝罪した場合、少なくとも、自分のした行為が悪であると認識している確率が高いということの大雑把な証明になるのである。謝罪というのは、被害者から要請される前に、自主的に行うのがよいとされるのも、このためであろう。他人から指摘されてから謝罪するのでは、その加害者が、善悪の判定能力があることの証明にはならないからだ。

 したがって、私に言わせれば、「いったいどう謝れば許してくれるんだ」というような台詞は愚問もいいところである。なぜなら、そもそも謝罪の意味というのは、どのようにどの程度謝れば許されるかを、被害者に言われることなく、自分で判断できる能力があるということを示すことにあるからだ。

 つまり、謝罪というのは、そのまま取り出して見せることのできない人間の内面というものを、間接的に取り出してみせるためのさまざまな工夫の一つに他ならない。お手本を見てそのまま真似るのは内面がともなわなくてもできるが、隠されたお題の答えを自分で考えて表現するということは、内面がともなわなければできない。ゆえに、間接的に内面が表現されるわけである。

 このことから言えるのは、お題が「赤いもの」だったら、「リンゴ」とか「チューリップ」とか複数の答えがありうるように、正しい謝罪の方法は一つではないが、にもかかわらず、正しい謝罪と間違った謝罪というのは厳然としてあるということだ。そして、その答えは人に聞かずに自分で探さねばならないが、だからと言って、自分勝手に答えを作っていいというものでもない。

 ぼくからみると、こういう認識は、単に常識を言語化したにすぎなくて、誰でも無意識的にやっていることではないかと思うのだが、戦争被害者に対する謝罪論には、あまりこういう認識をベースにしたものがないように見える。それが、ぼくにとっては不思議なことではある。

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アメリカとイスラエルの戦争目的は?

 一応アラブ圏の新聞だとこんな感じになるというところを。論調がかなり過激なのがわかると思います。過激でないという人もいるかも知れんが (^^)。

Gulf News
24 Jul 2006

Bush and Blair are due to meet at the White House on July 28 to take stock of the situation. In the meantime, as Israel continues its methodical destruction of Lebanon, US Secretary of State Condoleezza Rice is planning to visit the region to peddle a "diplomatic plan" which seeks to advance Israel's interests while ignoring those of the Arabs. In daring to come to the war-torn region, Rice runs a considerable risk. Revolted by American policy, many Arabs would like to tear her limb from limb. She also faces the near certainty of political failure. Never since the Second World War has the US aligned itself so totally on Israel, never has its estrangement from Arab and Muslim opinion been greater, and never has its inability, or unwillingness, to tackle the real problems of the region been more flagrant.

この事態について話し合うために、ブッシュとブレアは、7 月 28 日にホワイトハウスで会談をj行うことになっている。イスラエルがレバノンを粛々と破壊し続けるその間に、アメリカの国務長官コンドリーザ・ライスは、イスラエルのさらなる利益を追求し、アラブの利益を無視するような「外交方針」を押し付けるために、レバノンにやって来ることを計画している。戦争で破壊された地域にぬけぬけとやって来るライスの旅は、大きな冒険になるだろう。なぜなら、アメリカの政策に反感を抱くアラブ人の多くは、ライスを八つ裂きにしてやりたいと考えているからだ。また、ライスが近い将来政治的な失策に直面することも確実だ。アメリカが、ここまでイスラエルベッタリになったのも、アラブ人やイスラム教徒の意見を無視するようになったのも、この地域の真の問題を解決するのに必要な能力や意思の欠如が目に余るようになったのも、第二次世界大戦以来初めてのことなのだから。

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イスラエルがヒズボラを倒すために必要なのは、ヨガの空中浮揚能力者だ!

 ヒズボラで検索していたら、こんなものを見つけてしまった。前に、デビット・リンチがらみで紹介した、超越瞑想 (TM) の団体が、イスラエルを守るために、「ヨガの空中浮揚能力者」を集結したんだと!

Forget the F-16s, Israel needs more Yogic Flyers to beat Hizbullah
. By AMIR MIZROCH
Jerusalem Post
23 Jul 2006

There are Katyusha rockets falling in villages and towns all around them, but for the “squadron” of 30 Israeli Yogic Flyers assembled at a hotel on Lake Kinneret all is quiet. That’s because they have managed to create a shield of invincibility around their gathering place. Now they are calling for another 235 Flyers to come and join them to create a shield that would, they say, cover all of Israel. In an interview from the Nof Ginnosar Hotel near Tiberias on Saturday, the Prime Minister of the Peace Government of Israel and Yogic Flyer Alex Kutai called on the elected Israeli government to recruit a group of 265 Yogic Flyers who, through an advanced technique of Transcendental Meditation (TM), he asserted, would create a shield of invincibility around Israel and bring about an immediate cessation of violence with the Hizbullah. Prime Minister Kutai, who is also the Chairman of the International Transcendental Meditation Society in Israel, said his elected counterpart Ehud Olmert had to urgently find a group of 265 people trained in the TM technique and maintain them in one location where they can generate an invincibility shield around Israel against all forms of war and violence, including road accidents, and keep the shield up permanently.
周囲の町や村の至る所にカチューシャ・ロケットが降り注いでいるというのに、キナレット湖畔のホテルに集結した、30 人のイスラエル人「ヨガの空中浮揚能力者」の「部隊」は、なんら動じることはなかった。なぜなら、彼らは、自分たちの集まった場所の周囲に、無敵のバリアを張っていたからだ。現在彼らは、イスラエル全体をカバーできるようなバリアを張るために、さらに 235 名の空中浮揚能力者を呼び寄せているところだという。土曜日にティベリアス付近にあるノフ・ギノサール・ホテルで行われたインタビューによれば、「イスラエル平和政府」の首相であり、ヨガの空中浮揚能力者であるアレックス・クタイ氏は、高度な超越瞑想 (TM) 法によって、イスラエルの周囲に無敵のバリアを張って、ヒズボラによる暴力をただちに止めさせるために、選挙で選ばれた (つまり正規の) イスラエル政府に対し、265 人のヨガの空中浮揚能力者のグループを集めるように依頼したそうである。イスラエル国際超越瞑想学会の会長でもあるクタイ首相は、選挙で選ばれた政府において同じ役職を務めるエフド・オルメルト氏に対し、イスラエルの周囲に、交通事故を含むあらゆる種類の戦争や暴力を防ぐバリアを張って、それを恒久的に維持するには、TM のテクニックを習得した者 265 人を至急探し出して、一箇所に集めなければならないと語った。

 ためいき (チャーリー・ブラウン風に)。

 まあ、何も言いますまい。これも言わば心の問題だからね。

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道徳的優位の喪失

 こちらは、オーストラリアの新聞。


Losing the moral high ground

Daily Telegraph (Sydney)
24 Jul 2006

Like many others, I too believe that Israel’s response in Lebanon has been disproportionate to the provocation. Why could Israel not have first sought a joint operation with Lebanon against Hezbollah, with possible American support?  This would have required a lot of courage on the part of the Lebanese Government but surely it would not be in a worse state than the one it now finds itself in. If this sort of proposal had been refused in the face of continued Hezbollah missile attacks, it would have at least strengthened Israel’s moral stand throughout the world. Instead, it appears as a bully able to treat a weaker neighbour with contempt, caring little about the age, sex or nationality of its victims. The Israelis need to understand that in many parts of the world, they are no longer being seen as victims but rather as aggressors. Someone recently commented to me that it took the Arabs 200 years to force the last of the Crusaders out of Palestine and if it takes 200 years to beat and eradicate Israel as a nation state, so be it. How do we Westerners cope with statements like that in the face of two implacable enemies who are fighting to the death?  
私も、多くの人と同じく、イスラエルのレバノンでの対応は、彼らが受けた挑発に比べてやり過ぎだったと考えている。

なぜ、イスラエルはヒズボラに対する際に、できうればアメリカの支援の下、レバノンと共同作戦を行うというような提案ができなかったのだろうか。レバノン政府がそのような作戦に参加するには、多大な勇気を必要としただろうが、今レバノン政府が陥っている状態より悪い状態になることはなかっただろう。また、もしヒズボラのミサイル攻撃が続いているにもかかわらず、この種の提案が拒否されたとすれば、少なくとも、国際社会におけるイスラエルの道徳的な立場は、今より強くなっていただろう。

対照的に、今のイスラエルは、か弱き隣人を侮蔑をこめて扱ういじめっ子であり、犠牲者の年齢・性別・国籍すら意に介していないように見える。イスラエル人は、彼らが世界の大部分から、犠牲者ではなく侵略者として見られているということを知る必要がある。

最近私にこう言った人がいる。アラブ人がパレスチナから最後の十字軍を追い出すまでに 200 年かかったのだから、民族国家としてのイスラエルを根絶するまでに 200 年かかるなら、それもよいだろう、と。

このような発言を、死ぬまで闘い続ける容赦のない敵同士を前にして聞いたとき、われわれ西洋人は、いったいどう対処すればよいのだろうか。

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なぜ、ヒズボラの悪事は戦争を正当化しないか

 レバノン問題に関するイギリスの新聞の社説 (個人名だから社説は変か。なんていうの?) を部分的に訳してみました。ご参考まで。 この William Rees-Mogg という人は、イギリスの保守派論客のようです。


Why Hezbollah wrongs don’t make war right
WilliamRees-Mogg
The Mail on Sunday
23 Jul 2006

If one looks at the case from the point of view of the Israeli government, or from the point of view of ordinary Israelis, it is quite straightforward. Lebanon is a sovereign state, responsible for the actions of its citizens. An armed force of terrorists, committed to the destruction of Israel, has attacked Israel with many hundreds of rockets, causing substantial casualties. Israel’s response has simply been a matter of self-defence. Hezbollah is a terrorist force - and terrorists have to be defeated. Looked at from the point of view of the Lebanese, this is a different picture. Lebanon was just starting to recover, rebuilding shattered hotels, developing new businesses, attracting tourists, at last free of the Syrians. A lovely country, with rising hopes. Hezbollah attacked Israel, yes, but Israel attacked Lebanon, which was not Hezbollah. If Hezbollah committed an act of aggression, Israel committed an act of aggression in reply. We can take either side, or none. Perhaps it is best to take both. Those who say Israel’s attack on Lebanon was legitimate but not proportionate, that the attack on the Lebanese infrastructure will damage the whole future of the country, have a convincing case. Worst of all for Israel is its defeat in terms of world public opinion. All nations need to have friends. The Lebanese are not overawed, but they are angry and hostile to Israel. The world is not convinced that a few extra days of fighting would allow Israel to root out Hezbollah. The world is calling for a ceasefire. Israel replies by insisting on a few more days of bombing. That may, or may not, make military sense; it makes no diplomatic sense.

It may not embarrass President Bush, who still has his nation’s public opinion on his side; it certainly does embarrass Tony Blair, who does not.
イスラエル政府や一般のイスラエル人の立場からこの事件を見れば、話は極めて単純である。レバノンは主権国家であり、その国民の行動に対して責任がある。イスラエルの破壊に関与したテロリストの軍隊は、数百ものロケットでイスラエルを攻撃し、多大な犠牲者を生み出した。イスラエルの対応は、単なる自衛に過ぎない。ヒズボラはテロ勢力であり、テロリストは倒さねばならない、ということになる。

けれども、レバノン人の立場から見れば、認識は異なる。レバノンは、ようやくシリアから解放されて、まさに復興にとりかかったばかりだった。粉々になったホテルを再建し、新しい事業を育成し、観光客を呼び寄せようとしていた。そんな、希望に燃える愛すべき国家だったのだ。

確かに、ヒズボラはイスラエルを攻撃したが、イスラエルが攻撃したのは、レバノンであってヒズボラではない。もし、ヒズボラが行ったのが侵略行為だとすれば、その報復としてイスラエルが行ったのだって侵略行為だ。われわれは、どちか一方の味方をすることもできるし、どちらの味方にもならないこともできるが、おそらくは、両方の味方をするべきなのだ。

イスラエルのレバノンに対する攻撃は正当であったが、レバノンのインフラストラクチャに対する攻撃は、この国の将来に悪影響を与えたという意味でやり過ぎだ、というのは説得力のある主張だ。イスラエルにとって最悪だったのは、イスラエルが国際世論に対しては敗北したことであろう。国家にはすべからく友邦が必要である。レバノン人は、イスラエルに脅えるどころか、怒りや敵意に燃えている。国際世論は、イスラエルがあと数日の戦闘でヒズボラを掃討できるなどということを信じてはおらず、停戦を求めている。にもかかわらず、イスラエルは、あと数日爆撃を続けると言い張っている。

この主張は、軍事的に意味があるかどうかはともかく、外交的には筋が通らない。また、この主張は、依然として国民世論を味方につけているブッシュ大統領を困らせることはないかもしれないが、国民世論を味方につけていないトニー・ブレアを困らせることは確実である。

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もしレバノンが北朝鮮だったら…

 ついにイスラエルの地上軍がレバノンに侵攻したとのこと。この問題については、ぼくもわざと軽い感じで、イスラエルを止めないアメリカがムカつくとか、レバノンのニュースをやらない日本のマスコミがムカつくとか書いてみたんだけど、でも、ホントはそんな簡単な問題じゃないこともわかってるつもり。

 安直な例え話だけど、たとえば、北朝鮮の国境付近から日本にミサイルをバンバン撃ってきて、ほっとけば東京にまで届く可能性があるとしたら。それなのに、金正日は国内のゲリラが勝手にやっていることで、自分は関知しないみたいなことを言っているとしたら。でも、日本から見れば、金正日や中国が裏で糸を引いているのがミエミエだったとしたら。。。

 そのような状況で、今の日本人が、どれだけ冷静な対応ができるか、正直かなり心許ない気がするんですけどね。(今の政府だったら、ゲリラを排除するのは、戦争ではなく、正当な自衛権の発動である、ぐらいのことは言いそうでしょ。)

 もちろん、イスラエルと日本じゃ、そこに至るまでの歴史的な経緯が全然違うから、同一視はできないんだけど。でも、リアルに物事を認識するには、そういう状況を想像してみることも必要だと思うのです。逆に、日本が今ある状況を相対化する役にも立つかもしれないしね。

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What is Integrity?

 メンバーが不祥事を起こしたので、野球チームを解散すると言っていた監督が、ファンの意向を受けて解散を取り消したという出来事がありました。この出来事については、mixi なんかでも、かなり斜めから見てる人が多いみたいですけど (^^)、正直、ぼくもこうなるような気はしてたんですよね~(^^)。でも、何か釈然としないものがあるので、自分の頭の中を整理するためにも、少し考えてみたいと思います。

 まず、この監督の真意はおいといて、客観的に球団や監督に責任があったかを考えて見ましょう。ぼくは基本的に責任はない、もしくは、あっても極めて微量であると思います。なぜなら、あれはあくまでメンバー個人の私的な行動にすぎないからです。一般の会社についてもそうですが、社員が会社の職務として行っていた行動の結果について会社が責任を負うのは当然でしょうが、社員の私的な行動にまで責任を負う必要はないと思います。

 責任というのは権限から発生するものだから、もし会社が社員の私的な行動にまで責任を持たねばならないのなら、必然的に、会社は社員の私的な行動まで束縛する権利を持ってよい、ということになってしまいます。これは、リベラルな社会において、原則的にあってはならないことでありましょう。先ごろ、NHK の記者が放火をしたということで、NHK の上司が謝罪していましたが、ぼくは、同じ理由でこの謝罪も不要だったと思っています。話がそれましたが。

 次に、この監督の対応についてですが、彼の意図をあれこれ詮索しても水掛論になるだけなので、彼が単純に翻意した場合と、最初から撤回するつもりで解散を表明した場合と、両方考えてみることにします。

 まず、単純に翻意しただけの場合ですが、もともと責任はないという私の立場からすると、ない責任を認めてしまった最初の発言が間違いだったということになります。その意味で、球団の監督としては思慮が浅かったという批判は当然成り立ちます。

 ただ、人材というのは希少な資源なので、あらゆるポジションに最高の人材を求めても仕方ないんで、適材適所に人材が割当てられていることが重要なのです。つまり、組織の長は、その組織の運営に必要十分なだけの思慮があればいいわけです。そういう意味では、結果オーライにせよ、球団は無事存続しそうなわけで、彼は監督としての責任を一応果たしているとも言えるわけです。もちろん逆に、責任があるという立場からすれば、どうやって責任をとるかの意思表示もなく、発言を撤回したことが批判されるべきでありましょう。

 次に、最初から撤回するつもりで解散表明した場合ですが、確かにあざとい印象はありますが、先と同じ理由で、やはり結果責任としては彼は一応監督としての責任を果たしていると言えます。ただ、この場合に問題なのは、彼が一度は自ら責任を認めていることです。それが一時の気の迷いでなく、すべて意図的だとするなら、彼は本当は自分に責任があると思っているのか、それともいないのか。

 もし、本当は責任がないと思っているのに、わざと責任があると言ったのなら、責任をとらないという行動は正当化されますが、心にもないウソを言ったきわめて不誠実な人だということになるはずですし、逆に、もし本当に責任があると思っていたのだとすると、彼は、本来とるべき責任を、ポピュリズム的な大衆扇動によってないことにしてしまったインチキな人だということになるはずです。

 いずれにせよ、この場合、彼は、責任の所在をはっきりさせ、とるべき責任は引き受け、とるべきでない責任は正しく拒否して組織を守るといった思想よりも、結果オーライで関係者を納得させられればそれでよいのだ、という思想を優先する人だということになります。これは、通俗社会学的に言えば、まさしく空気=ニューマ支配の思想ですよね (^^)。

 おそらく、彼の言動が反発を招いたのは、まさにこの点が理由なのではないでしょうか。私も含め、多くの人が、彼の言動の中にニューマ支配の影を感じ、そこに、視聴率 100% 男の姿を重ね合わせて、結局は空気を自由に操れるヤツが一番偉いのだ、というような主張の臭いを嗅ぎ取ったのだと思うのです。

 ただ、責任というのは、あくまで、思想ではなく行動に対して課せられるものであり、私はもともと責任はないという立場ですから、仮に彼がそういう思想を持っていたとしても、それだけでは、彼という人間に対する個人的評価を変える理由にはなっても、彼の行動を批判する理由にはならないんですよね。もちろん逆に、責任があるという立場からすれば、あるはずの責任をないことにしてしまった点については、当然批判されるべきでしょうが。

 結論として言えることは、関係者がこの結末に納得しているなら、外部のものがわざわざひっくり返そうとするほどの理由はないだろうということです。 ただ、それとは別の話として、彼に対する個人的評価を変える人がいても、それも仕方ないだろうと。そういう感じです。

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ジパング予想

ジパング 24 (24)  「ジパング (24) 」を読了したので、座興として、現時点でわかっている材料だけを元に、今後の展開を予想してみます。

ネタバレ注意

 現時点での状況は、

  • 完成したとおぼしき「原爆」がサイパンに到着
    • だが、飛行機に搭載したり、弾頭として使うには大きすぎる 。
    • 草加はいったいどうやって使うつもりなのか
  • 角松たちは、「みらい」奪還を試みている
    • だが、燃料が十分ではない
    • 奪還したとしても、その後どうするのか
  • 草加は、角松たちが不穏な動きをしていることを承知しているようだ
    • そのわりに警戒がゆるすぎる

 さらに、かわぐちかいじという人は、登場人物をジレンマに追い込むのが好きである。

 以上を加味した上での私の予想は、

草加は、角松が自らの手で核を撃たざるを得ない状況に、角松を追い込もうとしているのではないか

というもの。だとすれば、「みらい」にはすでに原爆が積んであるのかもしれません。

 もちろん、この読みはわりと素直な読みなので、当たったとしても、実際にはもう一ひねり二ひねりあるものと思われますが。結果は、刮目して待て!(^^)

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バーチャルとリアルの区別がつかないオトナたち

 若者の犯した犯罪や大人から見て「おかしな」行為に対して、バーチャルがどうこう言って切り捨てるのは、もはや思考停止の常套句にすぎなくなってきていますが、それにしてもこれはひどすぎるだろうという例を発見。

少年少女の放火事件 なぜ急増なのか

ストレスケア日比谷クリニック院長で精神科医の酒井和夫氏の見立てはこうだ。

「ムシャクシャしている少年は今も昔もいます。ただ、ひと昔前は暴力に走りがちだった。他人を殴るというのは、相手が目の前にいる現実的な行為です。とっさに殴ったとしても、責任の所在が自分にあることもはっきりしている。気力も必要です。最近は現実感に乏しい無責任で無気力な若者が増え、暴力には走れなくなった。一方、放火は、被害者が出るにしても直接的に手を下すわけではないから、無責任でいられる。『後は野となれ』のバーチャルな犯罪というわけで、一線を越えやすいのです」

 そもそも、バーチャルがリアルと違うのは、感覚的にはリアルと同じぐらい現実的に感じられるのに、実際に起こる結果は、現実世界の因果律に必ずしも従っていないということでしょ。だから、バーチャル世界になれた人間は、現実世界で行うと重大な結果を招きかねない行為でも平気で行ってしまう危険があると言われる。まあ、この説明だって、まだ仮説段階にすぎないと思うんだけど、一応説得力のある仮説だと言ってもよいでしょう。

 でも、放火の場合、放火という行為がある種のストレス発散になるのは、放火の結果誰かの生命・財産が失われる可能性があるという因果律を、放火犯が認識しているからこそでしょう? だから、ぜんぜんバーチャル的でもなんでもないと思うんですけど。 それとも、彼らは単に「あー、燃えてるー、きれいー」みたいなことしか考えてないとでも言うのかな (^^)。

 放火が暴力よりハードルが低いのだって、放火は誰も見てないところでやり逃げできるけど、目も前にいる他人を殴れば殴り返されたりする可能性が高いという因果律を意識しているからじゃないですか? だとすれば、そういう人は、単に感情にまかせて後先考えずに暴力を働く人よりも、むしろ、計算高いリアリストであるとも言えると思うんですが。

 こんなのがバーチャルと言えるんだったら、結局、人間は古事記・日本書紀のころからバーチャルだった、みたいなクソの役にもたたない結論になるだけじゃないのかなあ。

 とにかく、こういうとってつけたようなてきとーな解説をしようとするの、いい加減やめたらと思うんですけどね。まあでも、憎まれっ子世にはばかる、浜の真砂は尽きるとも、世にこういう安直コメンテータの種はつきまじ、なんだよなあ。それこそ現実法則そのものですからね (^^)。 そういう意味では、このコメンテータも記事を書いた人も、放火をして喜んでるようなワカモノよりは、はるかにリアリストなのには違いないんでしょうね (^^)。

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Fan is my treasure

 fan は可算名詞だから、Fans are my treasure でないとおかしいのでは…? みたいなことが、最近気になってしょうがなくて。野暮ですいません。職業病かも (^^)。

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歴史と理論の関係についてのちょっとした考察

 若者は歴史を憎む、みたいな言い方があります。若者は年寄りに比べて歴史を知らないし、経験も少ない。したがって、経験や古い知識について年寄りと競っても、圧倒的に分が悪い。だからこそ、若者は年寄りが知らない新しいものを好むのだと。

 もちろん、これついては逆のことも言えて、年寄りは、新しい知識について若者と競ってもアドバンテージがない、むしろ、体力がない分不利である。だからこそ、年寄りは若者に対してアドバンテージを誇れる歴史を好むのだと。

 まあ、こういう言い方はどちらも一面的であって、ほんとうは、歴史を知るためにも新しい知識は必要ですし、新しい知識を知るためにも歴史は必要である、というのが正しいのでしょう。

 実は今、岩田規久男さんの「日本経済を学ぶ」という本を読んでいます。この本は、それこそ日本経済の歴史を、最新の経済理論でブラッシュアップするというような本なのですが、その中に、ちょっと面白い例がありました。

 よく、日本の会社は株主を軽視しているといわれますが、岩田さんは、必ずしもそうではなかったのではないか、というのです。なぜかというと、実は、高度成長期の日本の株価は、平均すれば年率 17% で上昇していた。したがって、株主は、インカムゲインは少なくても、キャピタルゲインで見れば十分に報われていた。株主を軽視するというのは、あくまで現場の経営者の主観にすぎない、というものです。

 この仮説の妥当性についてはここでは論じないとして、ここで言いたいのは、実は、こういう仮説は、ただ漫然と歴史を見直すだけでは出てこないということです。

 なぜかというと、そもそも、昔の株価理論では、株価は配当利回りと金利の裁定で決まる、言い換えれば、株価は配当利回りが金利に一致するような水準に収束すると言われていました。したがって、インカムゲインは少なくても、キャピタルゲインは多いというような現象は、理論的にはあり得ない話で、株主に価値を還元するには、配当利回りを増やすしかない。

 現に、昔の奥村宏さんの本とかはそういう感じで書いてあって、日本の会社は配当利回りが低いにも関わらず、株式の持ち合いによる高株価経営でどんどん株価が上がっている。これこそがまさに法人資本主義の異常性の現れであって、それを打破するためには、日本の会社はもっと配当率を上げて株主に価値を還元しなくてはならない、みたいなことが言われていたわけです。

(今奥村さんの本が手元にないので、このへんは記憶だけで書いてます。もし誤った表現があれば、お知らせいただければ幸いです。)

 ところが、最近のファイナンス理論では、余剰利益を配当として株主に還元せずに内部留保したとしても、その分株価が上がるはずなので、株主の損得には関係ない、ということになり、株価を評価する指標としても、配当利回りよりも PER が重視されるようになりました。この岩田さんのような仮説は、そういう理論をふまえたときに、初めて意味を持ってくるわけです。

 つまり、歴史というのは、まず最初は、同時代の人間の記録を元に導き出されるわけですが、言うまでもないく、同時代の人間が主観的に認識している世界というのが、本当にその時代の「真の姿」を映しているとは限らないわけですね。だから、歴史というのは、常に最新の理論をふまえた上で見直されなければならないのでしょう。

 これは余談ですが、テレビとかで年配の評論家の方を見ると、もっと最新の経済学とか勉強すればいいのに、と思うことが少なくありません。おそらく、彼らの若い頃は、経済学を勉強するには「資本論」や「一般理論」を全巻読破しなくちゃいけなくて、しかも、そういう経済学は現場の役にはたたない、みたいなことが言われていた時代だったんだろうと思います。でも、今はもうそういう時代じゃない。ちょっと学部生向きの経済学のテキストでも読んでみれば、今の経済学が、単に難解さを競うだけで、現場の役にたたないような学問ではないことは、すぐわかるはずだと思うんですが (^^)。

追記: 別に、昭和天皇のメモについて含むところがあるわけではありません。たまたまのタイミングです。為念。(^^)

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ム・カ・ツ・ク

 CNN でイスラエルのレバノン侵攻関係のニュースを見る。イスラエル、例によってあちこち爆撃しまくっている。

 アメリカ国務省のスポークスマンのインタビューをやっていたが、アメリカ人をどうやってレバノンから脱出させるかみたいな話しかしてないので、なんかムカツイてしまった。おめーらがイスラエルを止めないからこーなるんだろーが!

 ついでに、レバノンのニュースをほとんどやらない日本のマスコミにも八つ当たり。極楽とんぼがどうこうとか言ってる場合じゃねーだろが!

 さらに、OK Magazine をパラパラめくって、あまりにお気楽なハリウッド・セレブのバカ話にまでムカついてしまう。もっとも、そんな雑誌をわざわざアメリカから取り寄せているアホは私だが (^^)。

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サディスティック・カエラ・バンド

 CM でもやってる、木村カエラさんがボーカルをやってるミカバンドの「タイムマシンにお願い」をダウンロード。な、なんだこの生っぽさは。ひょっとしていまどき同録? いや、それはないな (^^)。

 でも、ドラムもギターも明らかに生だし、余計なシンセの音とか、一切入ってないですね。ハモンドみたいな音がちょっと入ってるけど、誰が弾いてるんだろう。トノバンかな?

 カエラさんのボーカルはなかなか凛々しくていいです。福井みかさんみたいなパンクっぽさはあんまりなくて、わりと丹精な感じですが。

 あ、ホントのバンド名は、Sadistic Mica Band Revisited だそうです。

追記: このメイキング映像見たら、やっぱ同録みたい。同録でこんな丹精な音になるんだから、やっぱテクニシャン揃いなんですね。この映像だと、トノバンはギターで、キーボードは誰かサポートメンバーが後ろで隠れて弾いてます (^^)。

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ちりも積もれば

 事務処理をサボってて溜まっていた請求書をまとめて書いたら、合計金額が○十万円にもなってました (^^)。どおりで最近なんか金がないと思ったよ (^^)。でも、細かい仕事だと、いちいち請求書書くのがめんどうなんだよね~。

 こんな私に、なんとまた某業界紙から取材の申し込みが。仕事の獲り方とかを聞きたいんだとか。あんまり気が進まなかったので、そんなのは企業秘密だから教えたくないとか、そんなことを他人に聞こうとする心がけ自体が間違ってるとか、さんざイヤミっぽいことを言ってみたのだけど、担当の方が動じないので、結局引き受けることになってしまいました (^^)。

 世の中まちがっとるよ。誠に遺憾に存じます。

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現実的制約と想像力

 なんか、今日の「今日のダーリン」にはちょっと違和感があったなあ。

人間はいかに生きるべきかとか、あんなときこんなとき、男はどうするかとか、愛するということはどうたらこうたらとか、答えを知っておきたい問題はいろいろあるでしょうが、その問題のまっただ中に入りこんでいる人は、そんなこと、考えたり論議してたりしてないんですよね。

 これって、よく自称「現実主義者」の言う、戦場にいて眼の前に敵が現れたら、殺すべきか殺すべきでないかなんて考えてるヒマもない、みたいな話といっしょじゃないの (^^)? そりゃあ確かにそうかも知れないけど、だからこそ、事前に、戦場に行くべきか行くべきでないかをよく考えとくべきなんじゃないですか?

 たしかに、現実的な制約の中にあれば、その範囲内で答えを出すしかないんだけれども、だからこそ、そういう現実的制約に拘束されない可能性はないだろうか、という想像力を働かせることに意味があるんじゃないですか?

問題の渦のなかに飛び込むということで、答えさえ要らなくなる世界に出会える。

 つまり、現実的制約に拘束されてしまえば、それ以外の可能性があったかもしれない、と想像することによる罪悪感や精神的負担から解消されるということ? それは確かにその通りだろうけど、そんなに手放しで褒められるようなことですか?

 まあ、ゆるいたとえばなしだから、真意はよくわかりませんけどね。能書きばっかりで現実と格闘しようとしない人に対する戒めのつもりなのかなあ。にしても、ちょっとピントがずれてるような気もしますが。お友だちの宮崎駿さんは、たしか、「ナチスの中でいかに人間性を保とうかと努力するより、最初からナチスに入らない方がいい」 みたいなこと言ってましたよね。

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ウルトラマンが見たニッポン

 海の日だからなのか、News23 の特集は「ウルトラマンが見たニッポン」。

 案の定というか、「故郷は地球」や「怪獣使いと少年」がフィーチャーされていましたね (^^)。まあ、ウルトラ・シリーズに詳しい人から見れば、何を今さらという感じでしょうが。

 ただ、モロボシ・ダンが「まずは相手を信じることです」とか言ってるシーンを引用したのは、ちょっとマズいのでは。だって、ここだけ見れば、戦争より平和外交を訴える、みたいなシーンに見えるかもしれないけど、実際には、この後モロボシ・ダンは見事に宇宙人に騙されて、「宇宙人との約束とやらも怪しいもんだね、ダン君」とか言って嘲笑されちゃうんですから (^^)。

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人が人を評価するということ

 ぼくは滅多にそういう場所には行かないのだが、先日珍しくもある翻訳業界団体の研究会に出席した。そのときの講師がけっこう辛口の人で、「こんな翻訳者はウチにはいらない」みたいなことをバシバシ言うものだから、いっしょに言った若手の翻訳者の方々は、かなり気分を害していたようであった。

 もっとも、ぼくぐらいの歳になると、どんな「偉い人」の言う事でもやや斜めから聞いているので、「あ、そう。あなたはそういう考え方なのね。それはそれでいいんじゃないの」ぐらいにしか思わないのだが (^^)、自分だって、二十代で翻訳者志望で業界の「偉い人」からあんなこと言われたら、やっぱりかなり傷ついていたのだろうと思う。そこで、その人の言っていたことの是非について、ちょっとコメントしておきたい。

 たとえば、その人は、履歴書の趣味の欄に「アロマセラピー」とか「ワイン」とか書いている人はだいたいダメ、みたいなことを言っていて、これは偏見といえば偏見そのものである。しかし、そういう偏見は一切排除すべきなのか、というと、ぼくは必ずしもそうは思わないのである。なぜかというと、そこには、人が人を評価するということの本質的な困難があるからだ。

 もちろん、理想を言えば、人を評価するときには、あらゆる偏見を排除することが望ましい。しかし、現実的には、人を正確に評価しようとすればするほど、時間とコストがかかる。特に、ビジネスの現場では、その正確さとコストの間にはトレードオフの関係があるので、ほどほどの正確さで妥協することの方が、むしろ合理的なことが多いのである。

 世の中、その手の常識的な評価というのはいろいろあって、たとえば、服装がだらしない人は使えないとか、机の上が汚い人は仕事ができないとか、いろんなことが言われる。そしてその多くは、おそらく、統計的にはある程度正しいのである。

 もちろん、統計的には正しいということは、例外もあるということだ。しかし、現実問題としては、個別の例をいちいち検証して、例外かどうかを見極めるなどという作業は、コスト的に割があわないことが多いのである。

 もちろん、このような考え方は、差別につながる可能性もあるので、注意深く適用しなくてはならない。特に、女性は○○だとか、なんとか人種は○○だとかいうデータは、たとえ統計的な根拠があったとしても差別につながるので、注意深く利用しなくてはならない。

 しかし、だからといって、常にあらゆる予断を排除して、個々人の真の姿を正確に見極めるなどということは、実は、人間に可能なことではないのである。

 ぼくはけっこう原理主義者的なところがあるので、若い頃は、差別や偏見を絶対にしないようにと思いながら行動していた。しかし、実際に同じようなことをやってみた人ならわかるはずだが、こういう行動は、実はけっこういろんなトラブルを引き起こすのである。

 もちろん、ぼくは自分の責任の範囲でやっていたから、そういうトラブルの結果も自分で引き受ければいいと思っていたので別に平気だった。しかし、組織のために働いている人がそういうトラブルを被れば、自分だけの問題ではすまないのだから、そういうリスクを回避したいと考えるのは、ある意味当然と言える。

 というような前提を受け入れたとすると、残る選択肢は二つしかない。自分はあらゆる人を公平に評価しますよと口ではいいながら、実はご都合主義でそ知らぬふりをして偏見を交えた評価をするか、それとも、自分の評価能力には限界があることを認めた上で偏見を交えた評価をし、その評価に対する責任を引き受けるかである。そしてぼくは、後者の方が人間として誠実な態度だと思うのだ。

 そういう意味では、その講師はそういう見方があくまで自分だけの見方であるということを明言していたので、ぼく的にはそんなに悪印象を持たなかったのだった (別に、某団体をヨイショしているわけではない。というか、実は普段は悪口ばっかり言っていたりする (^^))。私の経験から言えば、むしろ、自分は人を見る目があって絶対に評価を間違えない、とか思っている奴の方がはるかにタチが悪いことが多いと思う。もっとも、その人といっしょに働きたいともあまり思わなかったけれど (^^)。まあ、ああいう人と働くのがイヤなら、また別のビジネスチャンスを探せばいいじゃん、という感じである。 それこそがリベラルな社会のよさなのだから。

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大江戸線の怪

 久しぶりに東京都心に出かけ、生まれて初めて大江戸線というものに乗りました。

 この大江戸線について、一番驚いたのは、新宿近辺に新宿西口駅と新宿駅という 2 つの駅があって、互いに歩いて 5 分ぐらいの距離しかないのに、なんと大江戸線の路線上では隣の駅ではないこと。

 だから、新宿で大江戸線に乗り換えるというときに、間違って逆の駅から乗ってしまうと、かなり遠回りをすることになってしまうのです。

 まあ、今回はあらかじめ調べておいたので、間違えなかったものの、でたとこ勝負で乗っていたら、きっと逆の駅に乗ってしまっていたに違いありません (^^)。

 帰りに、神宮外苑のバッティング・センターに寄って、松坂と上原の球を打ちこむ。上原のノーワインドアップはタイミングがとりずらい、ということがよくわかりました。松坂のワインドアップは、意外と打ちやすいですね。二段モーションにもなってなかったような。。。(^^)

 そこからタイムズスクエアまで歩いて、紀伊国屋と東急ハンズを物色。思わず大量に本を買い込みそうになるが (^^)、なんとか立ち読みだけですまして早々に帰宅。

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eBay フィッシングの例

 eBay がらみのフィッシングのメール。なんかどんどん手が込んできてますねえ。でも、このメールから飛ぶ URL は、FireFox がちゃんとチェックしてくれますね。




Question about Item -- Respond Now eBay
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 Question from pearl_society
Item: (8911373967)
This message was sent while the listing was active.
pearl_society is a potential seller.
Will you please be kind and let me know if we still have a deal or not?I have some other customers interested in the merchandise also.
So, please hurry up with your final answer!
Regards,  pearl_society
Respond to this question in My Messages.
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Item number: 8911373967
End date: Jun-10-06 13:17:42 BST
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安保理決議案

Stronger Resolution Offered on N. Korea
By Colum Lynch
The Washington Post
08 Jul 2006

Analysts said that the resolution would strengthen the international community's legal basis for combating the proliferation of deadly weapons and missiles to rogue states but that it would have limited practical impact. Michael E. O'Hanlon, a North Korea expert at the Brookings Institution, said that the resolution would not have "much operational impact" because there is no system for verifying or monitoring compliance. (
Washington Post, Saturday, July 8, 2006)

アナリストよれば、この決議は、国際社会がならず者国家に対する武器やミサイルの拡散と闘うため法的根拠を強化する役には立つものの、その実際的な効果は限られていると言う。ブルッキングス研究所の北朝鮮専門家であるマイケル・E・オハンロン氏は、この決議には、それが遵守されていることを確認したり監視したりするシステムがないので、運用上はたいした効果がない、と言っている。

 ということは、北朝鮮に対する実際的な効果よりも、中国やロシアに対して、外交上のポイントを稼ぐことと、国内世論に対するガス抜きに主眼があるのかもね (^^)。察するに、とりあえずやっといて損はないからやる、という感じなのでしょうねえ。


KOOK KIM’S PALS
By ANDY SOLTIS
New York Post
06 Jul 2006

こちらは保守系の New York Post の見出し。「キ○○イ・キムのお友だち」だって (^^)。んなこと書いてだいじょうぶか (^^)。


 お、The Economist は、前にぼくが書いたのと同じようなこと書いてるぞ (^^)。

Kim Jong Il is presumably betting, too, that even if his provocation fails to yield any big benefits, the downside is limited. A military attack on North Korea is out of the question because of the danger to South Korea. Few extra sanctions are available to put pressure on a regime which does so little foreign trade already: America already cracked down last year on the smuggling, counterfeiting and other racketeering which seem to be the regime's main source of hard-currency receipts. Cutting off food aid will only starve ordinary North Koreans, which Mr Kim does not seem to mind and perhaps even enjoys: a famine in the mid-1990s may have killed up to two million of his countrymen.

(The Economist, Jul 6th 2006)

またおそらく、金正日は、もし自分の挑発によってたいした利益を得られなかったとしても、失うものは限られていると考えているのだろう。韓国に対する危険を考えれば、北朝鮮への軍事攻撃などは問題外。北朝鮮はすでに国際貿易もほとんど行っていないので、政権に対する圧力になるような経済制裁の手段もほとんど残っていない。北朝鮮政権の主な外貨獲得源であると思われる、密輸、偽造、恐喝などに対する取り締まりも、アメリカが昨年すでに行っている。北朝鮮への食糧援助を制限すれば、一般民衆を飢えさせるだけ。金正日はそれを気にするどころか、喜びさえするだろう。1990 年代半ばの飢饉は、最高で 200 万人の北朝鮮国民の命を奪った可能性があるのだ。

 まあだから、わずかな金が手に入ると、それを持ってすぐ競馬やパチンコに行っちゃう人みたいなもんなんでしょうねえ (^^)。少しでも増えればもうけもの。なくなったところで、タバコ一箱我慢すればすむ、みたいな (^^)。その金を貯金してもっと真面目に働くという選択肢がない、もしくは、カタギになろうとすると仲間からシバかれる、というような世界認識のもとでは、限定的に合理的であるのかもしれません (^^)。嫁さんや子供は可哀想ですけどね。

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マンガの国

 「マンガの国あこがれ…」って、お前はテレビ東京のまわし者か。と言っても、今の子にはわからないか… (^^)。

 やってることは、どっちかというと猿岩石みたいやね (^^)。ひょっとして、電波少年も放映されてたのかな。

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スパムさらしシリーズ

 うちに来たスパムをさらすシリーズ、いい加減面倒なんで、いちいち「これはウチに来たスパムです」とか説明してないけど、わかるよね (^^)。ぼくが自作自演で書いてるわけじゃないから、勘違いしないでね (^^)。気になる人は、下の日付の隣のカテゴリ欄に「スパム」って書いてあるからわかるはずだけど。

 スパムの中に出てくるメールアドレスや URL を書き換えてるのは、もちろん、スパム送信業者をさらに宣伝してやる必要などないからです。これも、言わずもがなだとは思うけど、念の為 (^^)。

 こういう変なスパムがやたら来るのってウチだけなのかなあ (^^)? まあ、営業上あちこちでメアドを紹介しているから、仕方ないか。

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あなた様にとっては重要な問題です

あなた様にとっては重要な問題です

…なんでそんなことがわかるの (^^) ?

これから貴方様の為になる質問をいくつか致しますので○か×でお答えください。

…なんでそんな偉そうな言い方なの (^^) ?

[問い1] 彼女と歩いている時よく他の女性に目がいく。

久しく彼女と歩いたことがないので、もう忘れました。でも、たぶん少しはいくでしょう (^^)。

[問い2] 自分に自信があるがお金は無い。

自信はあるところもあれば、ないところもある。お金は、あんまり無い、ぐらいかな (^^)。

[問い3] 休みの日は1人で居る事が多い。

はい。エクストリームリーきわめて多いです (^^)。

[問い4] 年齢を増すごとに異性との出会いが減った。

昔から少なかったが、老けるにつれてますます減った (^^)。

@この中で一つでも当てはまった方は コチラ へどうぞ。 

やだよ。遠慮しとくよ。

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ユニテックの債権者の方へ

 このブログでも何度か書きましたが、私が取引を行い、売掛債権をもっていた有限会社ユニテック (会社法人等番号 0109-02-015873) という翻訳会社が、私的整理を行うことを発表しました。報告書によれば、債権者への配当率は、たった 0.0623 であることが明らかになっています。

 すでに、債権者の方は、私が受け取ったものと同じ報告書を受け取っているはずですが (もし受け取っていない方がいれば、それは悪質な背信行為であると考えられるので、ぜひご一報ください)、私は、この報告書には、納得できない点が多々あると考えます。

たとえば、

  1. なぜ、特定の債権者にだけ優先的に弁済が行われているのか
  2. 上記特定の債権者が、ユニテックの顧客を引き継いで新会社を設立するとあるが、これは実質的にユニテックの後継会社ではないのか
  3. ユニテックの資産にしろ、それを証明するような書類は何も提示されていない

 これはほんの一例であり、他にも不審な点はたくさんあり、私は、この報告書は、わたしたち債権者への弁済が 1 割以下に棒引きれるような状況に対する説明としては、まったく不十分と考えます。

 また、代表取締役の野口雅昭氏をはじめとする経営陣が、完全に所在をくらませてしまい、債権者に対して自らの肉声で説明や謝罪をしようとしない態度も、きわめて不誠実なものと考えます。

 もちろん、有限会社の破産は法的に認められた権利ではありますが、その処理は公正な手続きの上で行われなければならないことは言うまでもありません。そして、このような状況を放置していれば、必要な公正さが保証されない危険は低くないと思われます。

 現在、私を含め数人の債権者が、担当の六番町総合法律事務所の秋廣道郎弁護士に対して債権者会議の開催を要求していますが、弁護士はとりあってくれる気配はありません。 このような状況で債権者会議を開かないというのは、常識に反した行為であり、そこにはなんらかの意図があると勘ぐられても仕方ないと思うのですが。

 そこで、私は、複数の債権者による連名で債権者会議の開催を求めることを提案したいと思います。また、ユニテック側が要求に応じない最悪の場合には、破産申し立てを申請することも視野に入れています。

 もちろん、公正な破産処理が行われれば、弁済配当率が上昇する可能性もありますが、私が求めるのは、目先のお金よりも、むしろ、一部の人が不当な利益を享受することがないような公正な破産処理であり、もしその裏に不正な行為があるとすれば、そのような行為が二度と繰り返されないための、関係者に対する適切な処罰です。この趣旨に賛同されるユニテックの債権者の方は、ぜひ当方までご一報ください。

 なお、私的整理はあくまで私的な整理であって、債権者の同意がなければ法的効力を持たないことを申し添えておきます。

2006 年 7 月 2 日

Studio RAIN 保住有信

E-mail: studio_rain@nifty.com

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