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愛することをおそれてはいけません

STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2006年 07月号 [雑誌]   山形浩生氏が「愛国心」について書いているという情報を得て、それが読みたいがだけのために「STUDIO VOICE 2006年 07月号」を購入(^^)。 (しかも古本)

 結論だけ言えば、やはり山形氏は山形氏で、期待を裏切ることはなかった。もっとも、制限字数がかなり厳しいので、真意が伝わりにくいところもあると思うが。

 「愛国心」については、いつかもっときっちり論じてみたいのだけれども、残念ながら、今はとてもそんなヒマはない。 でも、いい機会だから少しだけ書いておこう。

  たとえば、この「論座 2006年 07月号」の特集でも、「愛は強制できない」みたいなことを書いている人がいるけど、これは、半分正しくて半分間違っていると思う。 ただ、この本の中で猪瀬さんがいみじくも言ってるように、「愛国心」という言葉はへんな手垢がつきすぎているので、かわりに、たとえば「自然を愛する心」で考えてみよう。

 自然を愛する子供を育てたいと思った大人はどうするか。普通は、うさぎの世話なんかをさせてみたりするわけだ (うさぎの旗に向かって毎日敬礼をさせたり、うさぎを讃える歌を歌わせたりする人はあまりいない(^^))。そうすると、確かに子供はほんとに自然が好きになったりする。

 でも、これは愛を強制していることになるのか、といえばノーだろう。おそらく、この「自然への愛」というのは、もともと子供の中にあったもので、うさぎの世話をさせるという行為は、それを自ら発見する機会を与えたに過ぎない。

 じゃあ、うさぎの世話をさせるなんてのは無意味なのかと言えば、それも違う。愛を発見する機会というのは、それ自体が貴重なものであるはずだ。これは、よい芸術に触れる機会などを考えていただければ、同意していただけるだろう。

 つまり、もともと、「愛」を教えるということは、自らの中にある「愛」に気づく機会を与える、ということと同義なのであり、それ以上でも以下でもないのである。

 これを逆に見ると、教育という行為は、意図するかしないかは別にして、すべて何かを「愛」する機会を与えてしまうものなのである。仮に、「うさぎの世話」という行為を、純粋にうさぎを世話するスキルを教育する手段として位置づけたとしても、教わった子供の多くは、勝手にそこに「愛」を見出してしまうものなのだ。

論座 2006年 07月号 [雑誌] もし、完全に価値中立的な教育などというものを志向するなら、逆に、このうさぎは単なる教材に過ぎず、決して愛してはならない、などということを無理矢理教え込む必要が出てくる。

 ちょっと待て、お前の論法でいけば、もともと自分の中に「愛」がなければそうはならないだろう、と思う人もいるかもしれないが、本来、教育というものは、人類にとってなんらかの価値のある知識を教える行為であるから、そこに「愛」が見出される確率は高いのである。

 つまり、厳密な意味で言えば、教育の内容を選択した時点で、そこには必ずある種の価値判断が入り込むのであり、副作用として、必然的に何かに対する「愛」を教えてしまうのだと考えねばならないのである。

 うーん、もう時間がないや。続きはまた今度。。。

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» 共感してくれる人がいるって事 [優希]
ブログを始めて良かったと思う事は私と同じように悩んでる人、私と言う人間を知ろうとしてくれる人に本当にちっぽけで、何も出来ない私でも知ってもらえる価値がある、生きてる意味がある、そう思える瞬間がある事・・・・ [続きを読む]

受信: 2006.06.10 15:24

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