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批判と規制

 「サイゾー」の 5 月号を買ったら、「ニートって言うな!」のお二人と M2 の対談が載ってまして、興味深く拝見したんですけど、なんか違和感があるんですね。まあ、ぼくは「ニートって言うな!」自体読んでないし(^^)、お二人の言う最近の若者バッシングの実態とかもよく知らないんで、的外れな認識かも知れないんですが。

 その違和感と言うのは、必ずしも若者批判問題だけじゃなくて、成人マンガやゲームの問題とか、いろんな問題にも共通するんですが、要するに、「批判」と「規制」や「差別」の関係をどう考えるかということなのね。

 お二方の発言を読むと、若者批判が高まる -> 若者に対する規制や差別が生まれる -> リベラルでない社会になる、みたいな因果関係が必然的なものととらえていて、だから、若者批判はよくない、というふうに考えているようなんですが、ぼくは、こういう捉え方だと、かえってリベラリズムの可能性を狭めてしまうんじゃないかという気がしてならないんです。

 そもそも、民主主義というのは、「言論の自由」という概念が柱あることでもわかるように、言論によって互いの価値観に影響を与え合う、ということ自体は、否定するどころか、むしろ奨励していたはずでしょう。この言論による価値観・世界観の変更可能性を否定すれば、後は、既存の価値観を前提とした上で、罰やインセンティブを与えることしか、世の中を制御したり変革したりする方法はなくなってしまうじゃないですか。そうなれば、民主主義社会の可能性というのはかえってやせ細ってしまうんじゃないでしょうか。だから、ぼくが思うに、批判は遠慮なくするけど、規制や差別はできるだけしない、というのが民主主義社会の理想だと思うんですよ。

 もちろん、日本のように「和」を尊ぶとか言われる社会だと、言葉による批判だけでも深刻な対立関係を引き起こして、実質的には差別状態を生み出すようなこともあったでしょう。だから、批判自体を抑制すべきだという考えもでてきたんでしょうけど、もうそんな時代じゃないし、そんな時代をいつまでも引きずるべきではないと思います。

 むしろ、規制や差別をできるだけ少なくしようとするなら、なおのことぼくらはもっと相互批判を積極的にすべきじゃないでしょうか。「若いのにブラブラしてるヤツは好きじゃない」とか「最近の成人マンガの鬼畜さには不健全なものを感じる」とか「いくらなんでも小学生のジュニアアイドルはねえだろう」みたいな批判は、それが統計的に犯罪と相関関係があろうがなかろうが、あっていいと思うんです。 だって、本当にそれが自分の価値観なんだから。

(思いっきり屁理屈に聞こえるかも知れないけど、そういうことを言い出すと、右翼的言説の流行と防衛費には有意な相関は証明されていないから右翼的言説を批判すべきでない、みたいなことだって言えちゃうんだからね(^^))

 そういう批判をしない人は、若いのに親の金でブラブラしてるヤツとか、鬼畜なマンガばっかり読んでいるヤツとか、小学生の水着写真集とか平気で出しちゃうヤツとか、本当に心の底から好きになれますか? 積極的にお友だちになりたいと思いますか?(もちろん、そういう人もいるかもしれないけど)違うんでしょう? だったら、なぜ他人の価値観にばかり気を使って、自分のそういう価値観をもっと素直に主張しないのでしょう。

 もちろん、そうやって相手の価値観を聞いているうちに、自分の価値観の方が変化して、「ソレもありだな」と思うかもしれません。ぼくは、それこそが本当な「多様な価値観に対する寛容」だと思うんですよ。でも、実際には、「多様性にたいする寛容」という一見耳障りのよいフレーズは、そういう言論による価値観のぶつけ合いによる相互理解からの逃げにしかなっていないことが多いんじゃないでしょうか。また、そういうフレーズで批判を封じ込めれば、不満を持つ人はますます罰やインセンティブを支持するしかなくなるんだから、なおさら世の中を保守化させる危険だってあるだろうし。

 ぼくはよく思うんですけど、民主主義社会においては、制度として正しいことと、個人として正しいことは、多くの場合逆なんです。国家は個人の内面に干渉すべきではない。しかし、個人同士が相手の人権を侵害しない範囲で内面に干渉し合うのは別に勝手 (むしろ、そういう個人同士の干渉が権力関係になるのを防ぐために国家がある)。制度設計は個人の倫理観に依存しないほどよいが、個人の倫理観は制度に左右されないほどよい、とかね。 だから、国家としてどうすべきか、ということと、個人としてどうすべきか、ということを区別して論じないと、必ずいろんな矛盾が生じるんですよ。

 だから、ぼくは「ニートって言うな!」って聞くと、「別に言うのは勝手だろ」とか思っちゃうんですよね(^^)。もちろん、そういう批判の中には、的外れなものあるでしょうから、そういうものに対してはどんどん逆批判していけばいいし、安易な規制や差別には断固反対ですけど。たかが言葉の批判に対して、ちょっと過敏に反応しすぎじゃないか、という気がするんですよね(^^)。はずしてたらゴメンなさい(^^)。

(関係ないけど、「女子アナマトリックス」とかいうのが出ててさあ、「アイドル性」と「知性」が同じ座標軸のプラマイ逆方向になってるんだけど、これだと、「アイドル性」があってなおかつ「知性」がある女子アナはいないことになっちゃうよねえ。いいのかなあ(^^)。) 

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