« 素朴な疑問 | トップページ | いつまで続く市川結婚論争 »

太田光の本気

 「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」を初めて見たが、ちょっと感動してしまった。何に感動したかというと、太田光が本気なこと。 

 これまでにも、朝ナマや TV タックルのようなテレビ討論番組はあったが、そのような番組に出演する人はほとんどが評論家などであった。しかし、太田光は評論家ではなく、あくまで芸能人である。

 そもそも、評論家と芸能人とでは、対象とするマーケットが違う。評論家というのは、タダでテレビを観ている何百万の人ではなく、お金を払って本を買ってくれたり講演を聴いてくれたりする数万人のマーケットがあれば成立する商売である。つまり、芸能人に比べればニッチな存在で、必ずしも万人に好かれる必要はない。評論家がテレビに出るときには、あくまで、番組の中で専門知識のない一般人や対立した意見をもつ他の評論家とからんだときに、相乗効果として視聴率をとれればいいのであって、その評論家一人だけで視聴率をとれる必要は必ずしもないのである。

 逆に、芸能人というのは、評論家とは違って、たいした目的意識もなくひまつぶしでテレビを観ている何百万・何千万という人の多くに好かれる必要がある。したがって、芸能人にとって、政治的信条などを明確にすることは必ずしも得ではない。また、あまり精緻な思想信条などを披瀝するより、素朴な感性に訴えかけた方が、一般庶民から見ると親しみが持てるということもある。

 つまり、太田光のようなメジャーな芸能人にとって、番組内で政治的な主張をするということはかなりリスキーな行為だったはずだ。もちろん、「爆笑問題のススメ」ではかなりラディカルな主張をすることもあったが、あれはあくまで深夜番組だったし、「スタメン」なんかでも、田中、阿川、橋本などにより、一定のブレーキがかかっていた。

 しかし、この番組での彼は、ほとんど茶化すこともなく、靖国参拝問題のようなセンシティブな問題にも真っ向から自分の意見をぶつけている(もちろん、ナベツネさんの思惑とかいろいろあるのかも知れないが、それを利用するのもある種のマーケティングであろう(^^))。だからといって、知識人という高みに立つこともなく、逆に、道化と言う立場に逃げることもしない。自分の無知をさらす危険もいとわず、自分は無知かもしれないが、一人の人間として現在はこう思う、ということをきわめて誠実に語ろうとしている。もちろん、彼には彼なりの読みがあり、今の時代ならこれでいけるという計算もあるのであろうが、それでもリスキーなことには違いない。そのリスクをとってでも自らに誠実であろうとする姿勢が、感動を呼ぶのである。

 もちろん、ぼくだって、彼の主張にすべて賛成なわけではないが、政治家に試験を義務付けるという案はけっこういいと思う。というのも、これとよく似た案をある友人が主張して、雑談のネタとして二人で検討してみたことがあるのである。試験で政治家を決めると言うと非民主的に聞こえるかも知れないが、要は、情報公開の一種だと考えればいいのだ。番組内では足切りを主張していたが、足切りなんかしなくても、山本一太議員や甘利明議員のように(実話)イラク問題で激論を交わしていた政治家が、イラクの正確な場所すら知らないということが情報として公開されれば、有権者はその政治家に投票することを少しためらうであろう。そのように有権者に対して投票の判断材料を与えるための、情報公開制度の一種であると考えればよいと思う。

 「爆笑問題のススメ」が終わって少し寂しい思いをしていたのだが、あの太田光の本気の顔を見るために、来週から毎週この番組を観てしまいそうだ。

|

« 素朴な疑問 | トップページ | いつまで続く市川結婚論争 »

ジャーナリズム」カテゴリの記事

テレビ」カテゴリの記事

芸能・アイドル」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/67762/9592168

この記事へのトラックバック一覧です: 太田光の本気:

» 太田総理が靖国問題を語った [泣ける映画と本のblog]
とき掲げていた書、エッセイスト岡部伊都子著『遺言のつもりで 』。 遺言のつもりで―伊都子一生語り下ろしposted with amazlet on 06.04.15岡部 伊都子 藤原書店 (2006/01)Amazon.co.jp で詳細を見る [続きを読む]

受信: 2006.04.16 01:22

« 素朴な疑問 | トップページ | いつまで続く市川結婚論争 »