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朝生テレビ編

 金曜日の朝生のテーマは「テレビに明日はあるか」で、放送と通信の融合問題や NHK 問題が中心。「電波利権」で話題になった池田信夫氏や、元電波少年プロデューサーの土屋敏男氏、テレ朝会長にして民放連新会長の広瀬道貞氏などが出演していて、メンバー的には割と期待したのですが、思ったほど議論が深まらなかったですね。

 この間 NHK でやった懺悔特集の時にも同じことを思ったのですが、結局みんな、放送には公共性が大事だということを強調するんだけど、じゃあその公共性って何かということが、まるで定義できてないのね。だから議論が深まらないんだと思います。

 そういう大雑把なイメージだけで考えると、視聴率に流されない質の高い番組とか (その質が高いって誰が決めるの)、特定の企業や政治団体に左右されない不偏不党な番組とかばかりが公共性のある番組だと思われがちですよね。

 でも、個々の番組としては偏っていても、いろんな立場を反映した番組がたくさんあれば、システム全体としては公共性があるとも言えるし、娯楽番組だって、多くの人の厚生を高めるという意味で公共的だとも言えるでしょう。

 だから、こういう大雑把なイメージで論じていると、あれもいいしこれもいいよね、みたいな議論はできるけど、何がもっと必要で、何はもっと減らしてもよいか、というような制度設計の議論はできませんよね。

 ぼくが思うに、問題の核心は、1) 単に情報を経済財とみなして、社会厚生が最適化されるような生産・分配の方法を考えればよいのか、それとも、2) 情報は単なる財ではなく、市場を含む民主主義社会の制度自体を支えるインフラだから、単に個人の厚生の最適化だけを目標にすればよいというものではないのか、ということだと思います。

 もし、前者が正しいのであれば、おそらくは、市場を利用するのが、最も低コストかつ個人の厚生を最適化するような生産・分配を実現するの方法でしょう。ただ、ぼく個人の直感としては、どうもそれだけではダメなような気がしますし、評論家諸氏の多くも、そう思っているのでしょう。

 でもそれって結局、需要のある情報のかわりに、多くの人が積極的に欲しいと思わない情報を、需要の高い情報を生産するためのコストをその分減らしてもいいから、あえて強制的に流通させなくてはならない、ということですよね。(これを仮に、「狭い意味での公共情報」と呼ぶことにします)

 だとすれば、そういう公共放送は、義務教育と同じように、ある種合法的な洗脳 (もっとも、教育と違って、見ることを強制はできませんが) になります。そういう洗脳を行う権利を私的な団体や個人に与えるわけにはいきませんから、これは必然的に、国民の合意のもとに税金を使って行うしかないですよね。

 もしこれを、私企業にいろんな法的な制約を課してやらせようとすると、その企業は余計なコスト負担を強いられることになるわけだから、その分競争上不利になりますよね。今の民放に対する放送法の縛りというのは、この負担を強いる代わりに、市場を寡占する特権をあげましょう、というやり方なんでしょうけど、この方式だと、負担と特権とのプラスマイナスのバランスがとれている保証がない (とゆうか、多分プラスの方がぜんぜん大きいでしょう(^^)) という問題がある。つまり、必然的に特定の私企業を優遇 (もしくは冷遇) することになりますよね。 しかも、国民が余分に負担しているコストがどれくらいかということもはっきりしません。 かと言って、すべての放送業者に同じような負担を課してコスト削減競争を即すというのも、全国的に放送することができる事業者がこれだけ増えてしまうと、あまり現実的ではないですよね。

 だとすれば、同じ狭い意味での公共情報を提供するにしても、直接税金で負担してしまった方が、結果として国民全体の負担は減ることになるでしょうし、国民負担に対する透明性も確保できるんじゃないかと思うんですよね。もちろん、だからといって、今の NHK ほどの規模が必要かどうかも、今の NHK の運営方法でよいかどうかも疑問ですが。

 たとえば、今の NHK のガバナンスは国会が行っているわけですが、国民の合意のもとに運営するからと言って、国会や行政がガバナンスを行わなくてはならないとは限らないですよね。メディアは第四権力なんていわれるくらいで、ジャーナリズムの役割は、司法・立法・行政の三権すべてを監視することにあるんだから、組織的にも、他の三権とは独立した組織にして、直接国民のガバナンスの元におく、というような方法だってありうるんじゃないかと思うんですけど。(裁判所なんかには、国会の予算審議でコントロールされないような工夫があるそうですね。)

 そして、最後に残る一番大きな問題は、他のあらゆる公共事業と同じく、どの程度の規模が最適なのかを判断することですよね(^^)。これは結局、なんか公共経済学的な手法で決めるしかないんでしょうけど。

 もし、このような「狭い意味での公共情報」というものを明確に定義できれば、それ以外の情報は、たとえ公共性のあるものでも、市場メカニズムに任せておけば十分な量が生産される、ということになりますから、この両者を曖昧にすることによって温存されてきた利権のようなものを解体することも可能になりますよね。

 今回の朝生で一番印象的だったのは、むしろ、そういう議論よりも、NHK 対朝日の問題について、田原さんが、「NHK はウソばっかりついてる」とか「本田記者はテープを録ってるはずだ」とか断言しちゃってたところですね(^^)。もっとやれやれ~、とか思ったんだけど、また黙殺されちゃうのかしら(^^)。

     池田氏は、テレビ界から追放されてるとか自分おっしゃってて、ぼくもはじめて拝見したのですが、お書きになる文章のキツさとくらべると、しゃべりは意外とソフトな感じでしたね。もっとも、のってくると、「そういう下らない議論は別として…」みたいなことをポロっと言ってしまうので、やっぱり根はキツい人なんでしょうけど(^^)。もっとも、この番組には他にもっとキツい人がいくらでもいるので、それほど目立たなかったですけど。

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