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愚痴

 前にも書いたが、レビューやプルーフリードの仕事は嫌いだ。現状では下訳の質に非常にバラツキがあり、労力は下訳の質におおいに依存するのに、レートは事前に決められていて後から変更できることはほとんどない。

 だいたい、いい加減な訳のままそ知らぬ顔をしている翻訳者が多すぎる。それも、「ここは自信がないんですが…」みたいな注が入っていればまだ許せるのだが、もっともらしく誤魔化してあるところがデタラメだったりするとがっくりくる。そういうヤツの下訳に限って、たいていそこらじゅうに誤魔化しが合って、これなら最初からオレがやった方が早いよ、みたいなことになることは目に見えているからだ。それでいてレートは翻訳の1/3程度である。なんて報われない仕事か。

 しかも、そういうのをいちいちマジメに指摘してやると、当の下訳者から逆恨みされたりする。しかし、こっちだって金をもらっている以上、見てみぬ振りなどできない。だいたい、見て見ぬ振りをした方がよっぽど楽なんだから、そんなことができりゃ最初からそうしているよ。そもそも、どこの訳が確度が高くて、どこが怪しいかなんてのは、訳している本人が一番わかっているはず(それもわからないようでは、プロ翻訳者の資格はない)。それを素直に自己申告すれば、みんなの手間が省けるのに。

 こういうのを見ていると、できるだけ誤訳を減らそうと、予算が許す限りの資料を揃え、時間いっぱいまで下調べをしてから訳している自分がバカのように思えてくる。

 また、この業界には、いろんな翻訳テツガクを持ったヤツがいるのもやっかいである。たとえば、単なるスタイルの違いを、これは絶対にこっちでなければならない、などと妙な主張を展開したりするヤツがいる。やれ、技術文書では口語体でなく文語体を使うべきだとか、直訳が基本で意訳は逃げだとか (普通逆でしょ(^^))。

 私に言わせれば、翻訳というのは条件付最適化であって、クライアントとか出版物の種類などの境界条件が変われば、最適解も変わってくる。原文が決まれば一意に理想の翻訳が決まるなんてのは錯覚である。たとえば、原文がまったく一緒でも、小説と広告と契約書とマニュアルでは、すべて理想の翻訳法は異なる。なぜなら、文書の使用目的という境界条件が異なっているからだ。

 しかし、翻訳者には一匹狼の偏屈者が多いので、翻訳者同士でそういう意見を交換したり共有したりする機会が少なく、独りよがりの翻訳論を振り回す迷惑な翻訳者は決して少なくない。そういう翻訳者が下訳者だったりレビューアーだったりする仕事はもう最悪である。

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