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祝・女子高生アニメ化

女子高生 7 (7)  性懲りもなく大島永遠さんの「女子高生」の 7 巻を購入。6 巻あたりからちょっと飽きてきたにもかかわらず、またもや確信犯的な下ネタに数回にわたって大爆笑させられてしまう。なんと、この 4 月からアニメ化されるそうで、愛読者であった私も鼻が高い(^^)。案の定時間帯は深夜であるが。

 このマンガを見て時代の変化を感じるのは、昔はマニアックと言われるマンガ家がやっていたようなサブカルギャグが、普通の女子高生を主人公にして成立してしまっているところである。つまり、何がメインカルチャーで何がサブカルかがよくわからない時代になっている(宮台さんの言う「島宇宙化」ってヤツでしょうか)、ということが、こういうところにも現れてるんだね。

High School Girls: Volume 1 (High School Girls) 余談であるが、女子高生というのはすごいもので、このブログに貼ったアマゾン・アフィリエイトのリンクの中で、ダントツでクリック数が多いのは、この「女子高生」の英訳本である(^^)。 もっとも、私がアマゾンのレビューに書いたように、そういう興味でこの本を読むと、期待に反してロリコンが「治って」しまうこと請け合いであるが(^^)。

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日本語大シソーラス購入

日本語大シソーラス ~類語検索大辞典~  ダウンロード版の販売を待ちきれず、パッケージ版の「日本語大シソーラス」を購入。これこれ、これが欲しかったの。これでますます、仕事で書く文章と私的な文章との品格(この言葉最近流行っているようだから使ってみた(^^))格差が広がりそうな予感がします。

 もっとも、ぼくの場合は実務翻訳が中心なので、言葉を探すときにも、美文調の美しい表現とかうまい表現を探すことは少なくて、むしろ、同じことを言うのに最も平凡で紋切り型の言い回しはどれか、と考えることが多いのです。このへんが多分、出版翻訳を中心にやっている方との違いだと思うのね。

 これまでの翻訳論の著者は、出版翻訳に携わる人で、なおかつ、文芸翻訳を専門とする人が中心だったので、いかに美しい日本語を書くかみたいなところに力点があることが多いですよね。特に、柳瀬さんなんかは、手垢の付いた表現が大変おキライなように見受けられます。

 でも、実務翻訳では、こういう態度は必ずしも正しくありません。そもそも、文学的レトリックがなぜ必要かというと、日常言語では伝わりにくい、主観的な感覚や一回性の体験やを伝えるためですよね。そのために、言語の多義性を最大限に生かして、読み手の想像力を触発することが必要になる。

 けれども、実務的な文章では、むしろ、誰もが共有する知識から情報を組み立てて確実に伝えることの方が大事です。したがって、逆に多義性を最大限に抑制し、読み手に余計な想像力をはたらかせないようにする必要があります。そのために最も効果的なのが、実は「手垢のついた陳腐な表現」なのです。

 たとえば、コンピュータのマニュアルで「キーボードを押してください」と書くところと、「あなたを知の世界へ誘うチョコレートのような四角い物体を指先で味見してください」みたいなことを書いても、古舘さんのヘタクソなパロディ(ヘタクソなのはぼくにセンスがないせいだけど(^^))にしかなりません。こんな書き方では、余計な情報が多すぎて、本当に伝えたいことがぼやけてしまいますよね。

 あるいは、ここまで極端ではなくても、「キーボードを圧迫してください」と書いたって、別に間違っているわけではありません。けれども、このような表現も、耳慣れない表現であるという、まさにその理由だけで、読み手に余計なことを考えさせてしまうわけなのです。

 つまり、スローガン的に言えば、

  • 紋切り型の英語は紋切り型の日本語に訳すべし
  • 美文やレトリックは必ずしも善ならず

なのです。こういうことは、文芸翻訳家の書く翻訳論にはあまり書いてないので、実務翻訳者を目指す人のために、あえて書いておきます。

 余談ですが、amazon で見たこの本のレビューに、「語義の説明がないので、国語辞典がないと使い物にならない」みたいなことが書いてあったのを見たときには驚きましたね。

 あのさー、そういう類語辞典なら、今までもいっぱいあったわけよ。でも、ネイティブの文筆家が言葉を探すには、英語のシソーラス(いわゆるロジェのシソーラスね)みたいに、語義の説明なしで類義語がたくさん載っている方が役に立つわけ。だから、文筆家のあいだでは日本語シソーラス待望論みたいなのがあったの。それに初めて応えたのが本書だったから、本書は高く評価されたんですよ。

 こういう批評は、まるで、八百屋に魚が売ってないとケチをつけるようなもので、筒井康隆氏はこういう批評を「八百屋批評」と呼んでいました。まあ、議論が噛み合わないのは、たいてい、コンテキストの共有ができていないせいなんだけど、「八百屋批評」も広い意味ではそうですね。そういうのを、自分が非凡な感覚を持っているせいだとか、勘違いしないようにしたいものです。

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なんというか

 折れるところは素直に折れればいいのにと思う。優秀で努力家なのに惜しいなあ。頭のいい人には、頭のいい人ならではの悩みがあるんだね(^^)。人がしばしばこういうトラップにはまってしまうのも、あまり合理性では説明がつかないと思う(^^)。「愛がなくちゃね」でも聴きながら仕事しよっと(^^)。

(関係ないけど、「三千万人子供がいれば」というのは、日本の何歳以下の人口とかなのかなあ。)

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報道 2001 という戦場

 いつの間にか、フジテレビ On Demand で報道 2001 の配信を始めていたようです。ぼくはこの番組のよき視聴者とは言いがたいのですが、唯一気になっているのは、竹村健一氏と黒岩キャスターの仲の悪さ(^^)。これは、ぼくがイジワルだからそんな見方しかできないのかなあ、と思っていたんだけど、ある友人もまったく同じことを思っていたようだし、黒岩氏自身の日記にも、「巷では「竹村さんと仲悪いんじゃないの?」って、よく聞かれますが、そんなことは全くありません。」などと書いてあるので、やはり、そう思っている人は多いらしい(^^)。

 しかも、その後には、

ただ、今、連載中の「ぺるそーな」の次の号で、竹村さんのことを取り上げました。批判してるわけではありませんが、読む人の中にはそう受け取る人もいるかもしれません。題して「黒岩祐治のあ~いっぺん言うてみたかった」です。どうぞ、ご期待下さい。

などと挑発的なことが書いてあるじゃないですか。やっぱり仲悪いんじゃないの(^^)? いや、別にどっちの味方でもないからいいんですけど、いっしょにテレビに出てる人で、こんなにあからさまに仲悪いのがバレバレな 2 人も珍しいので、なんかおかしくって。興味本位でごめんなさい<m(__)m>。

 ついでに言うと、なんでこの番組は、2006 年になっても 2001 のまんまなんでしょう。もともと年とは関係なかったのかなあ(^^)。

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今頃 Mycroft

 久しぶりに Mycroft Plugin のページを見ていたら、いつの間にか自作のプラグインが登録されていたのでのけぞってしまいました。メールの記録によれば、2004 年の 3 月頃に提出しているのですが、その後いつまでたっても音沙汰がなくて、どーせオレのヘタクソな英語なんておかしくって読んでられないんでしょーよ、などと僻んでいたのですが(^^)。なんと、実際に掲載されたのは、1 年以上もたった 2005 年の 5 月ごろらしい(^^)。いくら世界中から届くからって、そんなに時間かかるもんかなあ(^^)。まあ、翻訳者の皆さん(特に IT 関係)にはお役に立つかも知れないので、興味のある人は試してみてください。

 Mycroft がらみでは、もう一つやってみたいことがあります。現在の Mycroft の仕様だと、検索すること自体が難しいサイトとか、検索後の出力を整形することが難しいサイトもあるので、そういうサイトと Mycroft を仲介するウェブサイトを作ってしまおうかなあと。つまり、受け取った検索文字列をターゲットのサイトに飛ばして、出力されたテキストを整形して勝手にタグとか挿入して表示するというウェブアプリを作ってしまうわけ。なんか、そのほうが Copernic とか使うより簡単かなあと思うんですけど。また、そういうウェブアプリを自分のサイトに置いとけば、検索エンジンのランクも上がるかもしれないし(もっとも、これ以上仕事が来てもどーせこなしきれないからあんま意味ないけど(^^))でも、今現在そんなことをしてるヒマがまったくないのが困る(^^)。

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ほめりゃいいってもんじゃないね

 悪口の害と言うのは広く認識されていますが、褒め言葉もときには害となる、ということはつい忘れがちです。ぼくも安直な人間なので、褒める分には悪いことないだろうと思って、つい褒めすぎることが少なくありません。

 でも、一人一人は純粋に自分の素直な感情で褒めていたとしても、そういう声がたくさん集まると、周囲からはある種の権威として映るようになり、逆にそれを引きずり倒してやろうという人も出てきます。そうすると、褒められた本人としては、別に権威として祭り上げてくれって頼んだわけじゃないよ、と言いたくなることもあると思うんですよね。

 立花隆氏が叩かれたのも、誰がつけたか知らないけど、「知の巨人」とかいう大袈裟なキャッチフレーズのせいもあると思うんです。でも、冷静に見れば、やっぱりあれだけ勉強している人はそうはいないし、ある種のジャーナリズムの方法論を確立した人でもあるし、えらい人ですよね。

 昔の作家とかは、大袈裟に褒め合う傾向があったんで、そういう文章を読んで育ったぼくらにも、ある種の「褒め文体」みたいなものが潜在意識に染み付いちゃってて、緊張感のない文章を書いていると、つい無意識にそういう文体が出てきちゃうんですよね。でも、そういう文体は、インターネットのようなメディアには合わないのかも知れない、という気が最近してきています。

 もちろん、褒め言葉だけじゃなくて、貶す言葉も同じこと。毒舌がかっこいいというのも、いろんな条件が成り立たないと成立しないはずなんだけど、読者からのフィードバックのない書きっぱなしメディアだと、そういう条件が成立しているかどうかに対する感度が鈍感になりがちですよね。結局、単に悪感情が垂れ流された見苦しい文章になっちゃったりする。

 いずれにせよ、必要以上に飾らない素直な表現を使うことに、もっと慣れた方がよいのではないでしょうか。褒め言葉や貶し言葉がインフレ化するのは、有料メディアだけで結構なんで、匿名のブログなんかでそんなものを見ても、空々しいだけですよね。

 というわけで、ぼくも反省して、あんまり大袈裟に人を褒めるのはやめることにしました。手始めに、山形さんや稲葉さんはそこそこ頭がいい、市川さんや河野さんはそこそこ可愛い、というふうに謹んで訂正させていただきます(^^)。

 もちろん、ぼくから見れば、やっぱり、山形さんや稲葉さんはメチャメチャ頭のいい人ですし、市川さんや河野さんもメチャメチャ可愛い人ですけどね(^^)。それはあくまで「ぼくから見れば」ということで。あとは Please see for yourself!

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David Lynch & TM

 CNN Pipeline で Quest という番組を見ていたら、あのデビッド・リンチがすっかり超越瞑想 (TM: transcendental meditation) にはまっていて、TM を普及させれば世界が平和になるみたいなことを言ってたのでのけぞってしまいました(^^)。

 なんか、検索してみたら、こんな団体まで作っちゃってますね(^^)。 この中の World Peace というページを読んでみたら、なんかスゴいこと書いてあります。

But the problem extends beyond the individual. Stressed individuals produce a stressed society. And recent research has revealed that societal stress―including acute political, ethnic, and religious tensions―directly fuel social violence, such as crime, terrorism, and war. Fifty scientific studies, published in leading scientific journals, have found that group practice of the Transcendental Meditation program is an effective approach for reducing stress and promoting health―not only in the individual but also in society as a whole.The ramifications of such a discovery are enormous.

これは個人だけの問題ではない。ストレスのある個人はストレスのある社会を作る。最近の研究が明らかにしたところによれば、政治的、民族的、宗教的対立を含む社会的なストレスは、犯罪、テロ、戦争などの社会的暴力の直接的な原因になるという。最先端の科学誌で公表された 50 の研究は、超越瞑想プログラムを集団で実践することは、個人ばかりでなく社会全体のストレスを緩和して健康を増進するために効果的な方法であることを明らかにした。この発見の意味するところは甚大である。

だって(^^)。マジだよ、完全に。

The answer comes from the most advanced theories of modern science. Progress in theoretical physics during the past quarter century has led to a progressively more unified understanding of the laws of nature, culminating in the recent discovery of completely unified field theories, based on the superstring. These theories locate a single, universal field of intelligence at the basis of all forms and phenomena in the universe. Extensive published research demonstrates that human consciousness can directly experience this unified field of intelligence in the simplest, most settled state of human awareness through the Transcendental Meditation program and its advanced techniques.

その答えは、近代科学の最先端の理論から導かれます。この四半世紀の理論物理学の進歩は、超弦理論に基づく完全な統一場理論の発見により頂点に達し、より統一された自然法則の理解を可能にしました。この理論により、宇宙のあらゆる存在や現象の基盤となる、単一の宇宙知性の場?の存在が明らかとなりました。公表された包括的な研究によれば、この統一知性場?は、超越瞑想プログラムやその進んだテクニックによって実現される、もっとも素直で安定した状態にある人間の意識によって、直接認識できることが証明されています。

わ、こんなこと書くと、ト学会の人に怒られるぞ(^^)。unified field of intelligence って何だよ(^^)。 

From the perspective of physics, such groups of trained, peace-creating experts collectively accessing and stimulating the unified field generate powerful waves of unity and coherence that permeate the collective consciousness of the whole population. The immediate, practical result is markedly reduced crime and social violence and improved positive trends throughout society.

物理学的に言えば、このように、訓練された平和創造専門家のグループが、集団で統一場にアクセスして刺激を与えると、全人類の集合意識に浸透するような、強い団結と結束の波動が生み出されます。その直接的・現実的な効果として、犯罪や社会的な暴力が激減し、社会全体の好ましい傾向が促進されるのです。

あ~あ、そうでございますか。 そりゃよかったね。

 ぼくはイジワルだから、ほんとにそれで世界が平和になるなら、イラクや北朝鮮に行ってやってこいよ、とか言いたくなるんだけど(^^)。いや、別に人に害を与えないなら、悪いことじゃないとは思いますけどね。やっぱ、人間って変に金を儲けすぎちゃうと、現実感覚がなくなっちゃうのかなあ(^^)。 ホリエモンも末期の頃は CD デビューするとか言ってたもんね(^^)。

 上のインタビューに答えている John Hagelin 博士というのは、かの名門ハーバードで物理学博士号をとった素粒子論の専門家で、大統領の候補にもなってて、イグ・ノーベル賞もとってるんだって。なんじゃそりゃ(^^)。お前はドクター中松か(^^)。

 でも、ちゃんとピア・レビューのある雑誌に超対称性や大統一理論に関する論文をたくさん載せてて、"His groundbreaking work with Dimitri Nanopoulos was particularly influential" なんだって。これは、竹内薫さんが書いてジョセフソンのような、「イっちゃった」科学者なのかも知れませんね。 そういや、茂木さんも、ペンローズは脳の中に量子力学的効果が働いてるとか言って、けっこうトンデモだとか書いてたなあ("The Emperor's New Mind " も買ったまま読んでないなあ(^^)。)。やっぱ、理論物理学を極めると、トンデモと紙一重に近づくのかも(^^)。

 この US peace government なんて、60 年代のヒッピーの劣化コピーを見ているような。。。(^^) まあ、オウムや赤軍派みたいに、暴力革命を志向してないだけよしとするか。

 かつてはデビッド・リンチのファンで、映画音楽も担当したりした坂本教授も、若い頃は、「UFO が世界の貧困を救ってくれるとでも言うのかね」みたいにある種のオカルティズムを口を極めて罵っていたはずだけど、今のデビッド・リンチをどう思っているのか、聞いてみたいような気もします。もっとも、教授自身も最近は丸くなって、そういう方向にも理解を示しつつあるようだから、OK なのかも知れないけど。

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メイドの意味

 つまんないことだけど、「メイドカフェに行くと、メイドさんがサービスしてくれる」みたいな台詞を聞くと、なんか違和感ないですか。だって、「メイド」っていうのは職業名でしょう? カフェで給仕する職業の名前はメイドじゃなくてウエイトレスとかなんだから、あくまで、「メイドの格好をしたウェイトレスがサービスしてくれる」と言うべきなんじゃないのかなあ(^^)?  メイドヘアサロンとかメイドエステとかも、よく考えると矛盾した言葉ですよね(^^)。

 この用法からすると、もはや、メイドという日本語は、職業じゃなくてコスチュームを指す言葉になっちゃってるってことですよね。きっと、日本ではこの用法がこのまま定着しちゃうんでしょうねえ(^^)。ま、いいですけど。

 ぼく自身はメイドフェチってあんまわかんないんで(^^)、たぶん世代的なもんじゃないかと思ってたんだけど、さっき「スタメン」見てたら、けっこう歳の近そうな人も来てましたね(^^)。気のせいかもしれないけど、なんか、メイドとかジュニアアイドルとか、方向性が片寄ってないですか。これでほんとうに革命が起こるのかどうか、本田透さんに聞いてみたい(^^)。

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インターネットで野球を楽しむ

 チーム   再生ソフト    情報量
 福岡ソフトバンクホークス インターネット中継  Windos Media Player  ビデオ 100kbps 
 広島東洋カープ RCC ラジオ  Real Player  ラジオ  
 西武ライオンズ 文化放送  Windos Media Player  ラジオ  
 読売ジャイアンツ ラジオニッポン    ラジオ  
 楽天イーグルス 楽天イーグルス.TV    ビデオ  
 阪神タイガース Tigers-net.com    ビデオ  

まだあるかな。パリーグの試合が見れるようになったのはありがたいですね。

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宗教からよむ「アメリカ」

宗教からよむ「アメリカ」  森孝一氏の「宗教からよむ「アメリカ」」、ずっと積ん読だったけど、やっと読めました。よい本です。

 この本は、題名が示すとおり、アメリカの宗教について論じた本で、「アメリカの見えない国教」という概念を軸にして、アメリカの宗教を読み解くという構成になっています。そのため、モルモン教やアーミッシュから福音派や原理主義までさまざまな教派が出てきますが、単なる教派のカタログ的な説明に堕することなく、アメリカ全体の宗教的構造のようなものを描き出すことに成功しています。

 アメリカのことをよく知らない私達日本人が抱く素朴な疑問、たとえば、

  • アメリカは政教分離の国なのに、なぜキリスト教の影響力が強いのか
  • アメリカは自由を標榜する国なのに、なぜ他の国に対してはあんなにおせっかいなのか
  • アメリカは高度な科学力を持つ文明国なのに、なぜ進化論を教えるかどうかでもめたりするのか
  • アメリカは民主主義の先進国のはずなのに、なぜあんな○○っぽい人が大統領になれるのか

に対する答えは、半分ぐらいこの本に書いてあると言っても過言ではありません。 特に、第 3 章の「アメリカのファンダメンタリズム」は、9.11 以降のアメリカを読み解くためには必読といえるでしょう。

 この本を読むと、帝国とか覇権国家とか言って揶揄されるアメリカを動かしているのも、当たり前ですが、夢もあれば悩みもある普通の人々であることがよくわかります。 池内恵氏の「現代アラブの社会思想」が、イスラム原理主義者が実はそれほど素朴な人たちではないということを書いた本だとするなら、この本は、覇権国家アメリカの市民も、実は結構素朴な人たちであるということを書いた本だと言ってもよいかもしれません。

 もちろん、だからと言って、(宗教がテロリズムを免罪しないのと同じように)彼らの罪が免罪されるわけではないでしょう。しかし、彼らを批判するにしても、少なくともこの本に書いてあるぐらいのことを知った上で批判しなければ、その批判の矢が、彼らの心の底まで届くことはないでしょう。そういう意味で、対話による問題解決を信じる人なら、なおのこと、この本の内容ぐらいはおさえておくべきだと思います。

 なお、この本の初版は 1996 年ですが、著者が 2003 年に出した「「ジョージ・ブッシュ」のアタマの中身―アメリカ「超保守派」の世界観」では、この本の問題意識を敷衍して現ブッシュ政権を論じています。題名も装丁も軽薄な本ですが、他のブッシュ本とは一味違う出来になっていて、こちらもお勧めです。

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「性愛論」再読

 橋爪大三郎氏の「性愛論」の再読を終了。やはり、優れた論考だとは思うものの、出版から 10 年もたってから再読すると、少々物足りないところも出てきますね。

 最も限界を感じるのは、この論文で描いているのは、あくまで、「性空間」が「権力空間」や「言語空間」と交わったところに生じた投影像にすぎず、「性空間」そのものを律する自律的な論理までは説明しきれていないということですね。もちろん、明晰な著者のことですから、論理的な明晰さの水準を維持するために、あえてそういう方法論をとったのだとは思いますが。

 ただ、おそらくそのせいで、性の機能論的ないし目的合理的な側面が強調され、欲望論的ないし消費論的な側面が軽視されているようにも見えます。たとえば、

こうした生殖技術の発展によって、多くの女性たちが妊娠→出産することをやめ、代わりの方法で子供をうるようになったらなら(機能的性別が無化されたなら)、性別がイデオロギーにすぎなかったことが、誰の目にも明らかになる(無出産社会の到来)。そして、幾世代か経るあいだには、性分化が変容し、性別それ自体が解体に向かうであろう 。

などという記述は、まるで、1 個食べるだけで身体に必要なあらゆる栄養を補給できる万能食品ができたら、誰も手の込んだ料理など食べなくなる、というような論法と同じように聞こえます。もちろん、その後にはちゃんと、

そして、昔ながらの男性/女性として行動する人々は、古典的な性別を生きるという、一種のライフスタイルを選択したという意味になる。男女の性別は、これまで自動的に人びとにそなわるものだった。それが無出産社会では、古典的な性別として、選択の対象になるのである。

と書いてあって、単純に性が消滅するわけではないことを示唆してはいますが。ただ、「解体」とかいう表現だと、どうしてもだんだん性別がフェードアウトして無くなっていくような印象がありますよね。

 でもぼくは、確かにそのような社会になれば、職場のような機能集団や目的合理的な力学の働く場においては、性の表現は抑制されて中性化されていくと思いますが、逆に、コンサマトリーな力学の働くある種の場においては、むしろ、セクシュアリティが過剰に表現されるようになると思います。

 これは、先ほどの食事の例で言えば、残業のときにはカロリーメイトやサプリメントばっかり食べている人も、休日になるとグルメなレストランに行ったりするようなものです。ぼくは、たとえば最近の「エロカワ」や「見せ下着」みたいなものも、こういう変化の兆候ではないかと思っているのです。

 もちろん、機能的な制約が弱くなれば、その分、性表現のバラツキは大きくなるでしょうし、そういう意味では「多様化」するでしょうが、だからといって単純にホワイトノイズのような分布になるのではなく、むしろ、偏りも大きく分散も大きい、つまり、裾野も広いが頂上も高い山が2つある、というような分布になると思います。

 料理だって、伝統の制約がなくなった結果、和洋中の手法をごちゃまぜにする料理人もたくさん出てきましたが、だからといって、和洋中それぞれのアイデンティティが消滅するわけではなく、むしろ、よりそれぞれの特徴が強調されるようになっていってるでしょう? それと同じことだと思います。

 もっとも、こういう論法はどこまで言ってもアナロジーでしかないところが難点で、このような現象に内在する論理を説明するには、「性空間論」というより、必ずしも目的合理性では語れない「消費」という現象を語るための「消費空間論」みたいなものが必要だと思うんですよね。それをうまく進化論や創発性の理論とくっつけられないかな、なんていう妄想はしてるんですけどね。。。(^^)

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愚痴

 前にも書いたが、レビューやプルーフリードの仕事は嫌いだ。現状では下訳の質に非常にバラツキがあり、労力は下訳の質におおいに依存するのに、レートは事前に決められていて後から変更できることはほとんどない。

 だいたい、いい加減な訳のままそ知らぬ顔をしている翻訳者が多すぎる。それも、「ここは自信がないんですが…」みたいな注が入っていればまだ許せるのだが、もっともらしく誤魔化してあるところがデタラメだったりするとがっくりくる。そういうヤツの下訳に限って、たいていそこらじゅうに誤魔化しが合って、これなら最初からオレがやった方が早いよ、みたいなことになることは目に見えているからだ。それでいてレートは翻訳の1/3程度である。なんて報われない仕事か。

 しかも、そういうのをいちいちマジメに指摘してやると、当の下訳者から逆恨みされたりする。しかし、こっちだって金をもらっている以上、見てみぬ振りなどできない。だいたい、見て見ぬ振りをした方がよっぽど楽なんだから、そんなことができりゃ最初からそうしているよ。そもそも、どこの訳が確度が高くて、どこが怪しいかなんてのは、訳している本人が一番わかっているはず(それもわからないようでは、プロ翻訳者の資格はない)。それを素直に自己申告すれば、みんなの手間が省けるのに。

 こういうのを見ていると、できるだけ誤訳を減らそうと、予算が許す限りの資料を揃え、時間いっぱいまで下調べをしてから訳している自分がバカのように思えてくる。

 また、この業界には、いろんな翻訳テツガクを持ったヤツがいるのもやっかいである。たとえば、単なるスタイルの違いを、これは絶対にこっちでなければならない、などと妙な主張を展開したりするヤツがいる。やれ、技術文書では口語体でなく文語体を使うべきだとか、直訳が基本で意訳は逃げだとか (普通逆でしょ(^^))。

 私に言わせれば、翻訳というのは条件付最適化であって、クライアントとか出版物の種類などの境界条件が変われば、最適解も変わってくる。原文が決まれば一意に理想の翻訳が決まるなんてのは錯覚である。たとえば、原文がまったく一緒でも、小説と広告と契約書とマニュアルでは、すべて理想の翻訳法は異なる。なぜなら、文書の使用目的という境界条件が異なっているからだ。

 しかし、翻訳者には一匹狼の偏屈者が多いので、翻訳者同士でそういう意見を交換したり共有したりする機会が少なく、独りよがりの翻訳論を振り回す迷惑な翻訳者は決して少なくない。そういう翻訳者が下訳者だったりレビューアーだったりする仕事はもう最悪である。

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未公開株業者との会話

 例の未公開株業者から入電。いきなり、

 「この会社は○○年○○月にジャスダックに上場することになっているんですが」

と言ってきたので、「しめた」と思って、

 「でも、この会社では、いつ上場するかは決まっていないと言っていますが」

と答える。もちろん、はったりでもなんでもなく、その企業のホームページにも書いてあるし、ちゃんと広報担当者にも電話で確認してあるのだ。すると、相手は明らかに動揺した様子で、

 「ああ、そうですか」

とか言ったのがおかしかった。あんた、自分の言ったことを真っ向から否定されてるのに、「そうですか」はないでしょ。お前はウソつきだって言われてるのと同じことだぞ(^^)。

 後は、形式的に二言三言言葉を交わしただけであっさり切られた。ざまあみろ。

 しつこく続けるようだったら、証券業登録はしてますかとか、財務諸表の分析結果とかをぶつけてやろうとてぐすねひいていたのに、ちょっと拍子抜けという気も(^^)。

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男の人生とは

 なんと、ぼくのお気に入りの市川アナが、結婚しているという噂が(^^)。

 しかも、2 ちゃんとかみると、事実だとか捏造だとか言って、論争にまでなってる(^^)。市川アナの結婚は南京大虐殺か(^^)。お前らは終戦時の日系ブラジル移民か(^^)(余談だけど、「勝ち組」「負け組」という言葉の元祖は多分この事件じゃないかと思うんだけど、違う?)。でも、こんだけモメるということは、やっぱりひそかにファンだったヤツが多いということでしょうね(^^)。

 …で、一応ホントだと仮定して(^^)。

 相手が「個人投資家」とか言うのがちょっとひっかかるけど(^^)、まあ、市川さんが選んだんだから、きっといい人なんでしょう。寂しいけど、アナウンサーを辞めないでテレビに出てくれているだけよしとしましょうよ(^^)。

 それにしても、こうやって、好きな女性がどんどん結婚してしまうさびしさに耐えるのが、男の人生というものなのだなあ。

 え、違う? ま、とりあえずそういうことにしといてください。くすん。

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「古文→現代語」機械翻訳サイトを望む

     橋爪大三郎氏の「性愛論」を読み直していて、突如「壇ノ浦夜合戦記」というのが読みたくてたまらなくなり、検索してみたところ、原文(よい子は見ちゃだめよ(^^))を公開してくれているサイトがあるのを発見しました。

     残る問題は、私がまったくの古文音痴だと言う事(^^)。それで、ひょっとして古文を現代語に翻訳してくれるサイトとかないのかなあと思って探してみたのですが、見当たらないんですね。

     でも、考えてみたら、技術的には、英文和訳とかよりは、ずっと楽だと思うんですよね。だって、文法構造にも文化的背景にも連続性があるわけだから。

     というわけで、古文を現代語に機械翻訳してくれるサイトの登場を切に望む次第です。別に、ウェブアプリじゃなくても、スタンドアロンのフリーウェアとかでもいいですから。きっと、日本文化に対する一般の理解も深まりますよ(^^)。

     それはそれとして、もうちょっと古文も勉強せにゃあかんですね、と痛感いたしました(痛感するきっかけが、よりによってコレかい(^^))。

    追記: このくだらない記事が、なぜこんなにヒット数が多いのだろうか。。。偶然ここにたどり着いた方、参考にならなくてすいません<m(__)m>。

 追記: と思っていたら、ついに見つけました! その名も「古文自動翻訳研究センター」。まさにぼくが望んでいた通りのソフトを開発しています。しかもフリーウェア。

 名前からして、どっかの研究機関が作っているのかと思ったら、アマチュアの方がすべて個人でやっているらしいです。偉い! みなさんぜひ応援しましょう。って、ぼくもリンク張るぐらいしかできませんが(^^)。

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世界一

 祝、世界一! これで日本人は今後三年間、「野球は日本が世界一だ」と称したり、「いやー、一回勝った位で世界一なんて思ってませんよ」なんて謙遜したりして楽しめるわけだ(^^)。

 今江や川崎にも名誉挽回のチャンスがあったりして、メキシコがアメリカに勝って以来、どうもちょっとできすぎているような気もしますが(^^)。

 でも、バランスのとれたいいチームでしたよね。楽しませてもらいました<m(__)m>。

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ユキヒロ氏、7 年ぶりの新作

    BLUE MOON BLUE 高橋幸宏氏の 7 年ぶりのソロアルバム「BLUE MOON BLUE」を購入。Sketch Show の「LOOPHOLE」でやったようなエレクトロニカ的なトラックの上に、ヴォーカルを載せて唄モノにするというコンセプトのようです。

     特筆すべきは、単にサウンドだけがエレクトロニカ的なんじゃなくて、曲構成自体も、エレクトロニカのミニマル的な構成を踏襲していること。したがって、ポップスの黄金パターンである ABABC みたいなクライマックスのある構成はまったく放棄されています。

     そんなんでポップスとして成立するのかなあと思いきや、聴いてみると意外とイケてるんですね、これが。まあ、ボクはいい加減音楽ズレしてるのでそう思うのかもしれませんが、ひょっとして、現在ちょっと閉塞気味のポップスの今後の進むべき方向は、こっちかもしれない、と思わせるものがありました。

     「LOOPHOLE」を聴いたときにも、多少そういう予感はあったのですが、唄モノの本作を聴いて、ますますその予感が強まったという感じ。「音楽殺人」や「ニウロマンティック」も、インストの YMO で培った技術を唄モノに応用するという趣がありましたが、ちょうどその図式が再現された格好です。

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未公開株その後

 例の未公開株の業者が資料を送ってきたので目を通してみました。ツッコミどころがたくさんあったら、ここで名指しでさらしてやろうかと思ったのですが、さすがに、明らかにおかしいと言えるほど露骨なツッコミどころはなかったです。

(法人登記はしているが、証券業登録はひょっとしたらしてないかも知れない。なかったらさらしてもいいのかなあ(^^)。)

 前に同じような経緯で来たのは、もっと穴が多かったので(資本金も発行株式総数も何も書いてないとか、なんの根拠もない成長予想グラフが書いてあったりとか(^^))、こういう手法も少しは洗練したのかもしれませんね(^^)。

 ただ、創業以来一回も黒字になったこともなければ、売り上げが順調に増えてきているわけでもなく、何度も減資して繰り越し損を補填したりしていて、一株当たりの資産が 1 万円ぐらいの会社の株を、50 万円も出して買う気にはなれないなあ(^^)。

 いや、もちろんそれが絶対に間違いだとは言えないですよ。将来、成長して 50 万円の価値を持つようになることが絶対にないとは言えない(だからこそ、ここでさらすわけにはいかないのだが(^^))。でも、そのためには、PER 50 倍としても、2 億円ぐらいの利益を出さなきゃならないんだけど、現状では、売り上げが 2 億円そこそこぐらいだもんね(^^)。

 ぼくはそもそも、IT 企業の株ってあんまり買う気がしないんだよね(^^)。ぼくは IT 業界内部にいたから、あの業界がいかに不安定なものかというのは骨身にしみて知っておりますので。インフラを握っているか、よっぽど他社が追いつけないような技術的アドバンテージがないと。1 つや 2 つブランド確立したぐらいじゃ、もって 5 年ぐらいだもの。

 だいたい、本当に公開して大化けするんなら、わざわざ人に売ったりしないだろうと思うんだけど、そうつっこむと、またもっともらしい理由を言ってくるんだよね、たぶん(^^)。

 ということで、今回は、「未公開株詐欺の手口を暴く!」というのは断念しました(^^)。でも、ぼくはやっぱり買わないけどね(^^)。もっと金の有り余ってるギャンブラーの所へ行ってくれ。

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愛してます、これからもずっと..

素敵な思い出をありがとう。。。忘れないから。。

私はあなたと、きっと深い縁で引き合わせられたんです。
だけど、あの夏に別れてしまうことも、また、
運命だったんでしょう。もし、命に来世があるのなら、
約束通り、またあなたの前に、現れましょう。
たとえ、私たちは結ばれない事になっているとしても。
あなたを愛し、思い続けた歳月は、本当に宝物だから。
愛してます、これからもずっと。。。
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あなたに会えてよかったよ。。。。

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それでも、こういう風に書かれると、なんとなくイヤな気はしないから不思議である(^^)。

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職人 VS 技術者

 爆笑問題が文部科学大臣賞を貰ったというニュース、喜ばしいことだと思う一方で、お笑い界に与えた影響力という意味で言えば、こういう賞は、先にダウンタウンが貰っていなければおかしいというような気がしないでもありません。

 もっとも、お堅いお役所としては、やっぱりダウンタウンに賞をあげるのは現実的に難しくて、爆笑問題だってよくがんばった方なんでしょうけどね(^^)。まあ、これで太田さんが飼いならされて舌鋒が鈍ったりしないことを祈りたいと思います(^^)。

 爆笑問題とダウンタウンというのは、単体で見れば技量にそれほど遜色があるとは思わないんだけど、日本のお笑い界に与えた影響は圧倒的にダウンタウンの方が大きいですよね。これはぼくの勝手な理論ですけど、その違いは、松本人志と太田光の資質の違いに由来すると思うんです。

 言わば、松本人志という人は技術者型で、太田光は職人型なんですよね。それが典型的に現れるのは、「ベタなネタ」の扱い方。

 ダウンタウンは、あえてベタなネタをやる、という技をよく使いますけど、この場合、あのダウンタウンがあんなベタなネタをやっている、というちょっとヒネった笑いになる。一方、太田光もベタな下ネタとかをしつこく言い続けることがあるんだけど、こちらの場合には、太田はまたあんなベタなネタばっかりやりやがって、しょうがねえなあ、みたいな笑いになる。

 つまり、ダウンタウンの技の多くは、ダウンタウン個人から独立した普遍性のある技術になっているので、後輩とかにもわりと簡単に応用がきく。だからこそ、ダウンタウンは日本のお笑いを変えてしまったわけです。一方、太田光にだって技はいろいろあるんだけど、彼の技というのは、彼の個性や人格と組み合わされたときに、最も威力を発揮するようにチューニングされている。だから、ダウンタウンのエピゴーネンは大量に登場したけど、爆笑問題に似たコンビというのはほとんど存在しないんだと思うんですね。

 こういう技術者的なやり方というのは、会社とかの中でならお互いに技術を共有できるから便利だし、知的所有権みたいな制度もあるからある程度保護されます。だけど、個人の個性を売るタレントとしてはあまり得な方法とは言いがたくて、天然キャラを生かした方が得なはずなんですよね。だって、すぐマネされちゃうんだから。

 だから、逆に言えば、ダウンタウンの凄さというのは、こういう普遍性のある技術を次から次へと開発しつつ、長期にわたって技術開発競争のトップに立ち続けたことだと思うんです。まあ、これは、どっちが偉いとかいうんじゃなくて、あくまで資質の違いですけど、その点を見ないと、ダウンタウンという芸人の正当な評価はできないと思うんですね。もちろん、それは功罪併せ持つのかもしれないけど。

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Adiemus = Impressionism + Bulgarian Voice

アディエマスIII-永遠の舞踏会(6ヶ月限定)  小谷野さんのブログに Adiemus について書いてあったのを読んだのですが、小谷野さんは Adiemus についてこれまでまったく知らなかったらしいので驚きました。一時期、テレビであんだけバンバンかかっていたのにね。やっぱり、ああいうマジメな人は、ぼくみたいにくだらないテレビ番組ばっかり観ていないのでしょう(^^)。

 Adiemus のコンセプトというのは、要するに「印象派+ブルガリアンボイス」で、印象派風の転調の多いメロディに、ブルガリアンボイス風の不協和音の多いコーラスを重ねるという手法だと思うのですが、インターネットを検索しても、意外とそういう指摘が見当たらないので、ついでに書いてみました。間違ってると思う方は、TB なりメールなりください。

Songs of Sanctuary  もっとも、2、3 曲聴いてるうちはいいなと思うのですが、どの曲も結局同じ手法なので、まとめて聴いてると飽きてきちゃうんですよね(^^)。といいつつ、4 枚目ぐらいまではしっかり買っちゃってますけど(^^)。

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懐疑について

 またコンビニでサイゾーを買ったところ、中に筑紫哲也さんと元噂真の岡留安則さんの対談が載ってて、筑紫さんが「今の若者は『疑う』ということを知らなさ過ぎる」みたいな発言をしていました。まあ、こういうユルい発言にいちいちマジメにつっかかるのも大人気ないとは思うけど(^^)、「人を殺してなぜ悪い」というような懐疑論を突きつけた少年に対してあれだけ大騒ぎした筑紫さんが、今さらこういうことを言うのは、なんだかなあ、という気がしました。

 ぼく自身は、あのときも、ちょっとヒネくれた餓鬼だったらあの程度の発言はするよなあ、と思っていたので、実はそれほど驚かなかったんですよね(確か、小浜逸郎さんも同じようなことを言ってたと思うけど)。だいたい、自分自身も、中学・高校ぐらいの時はかなりの懐疑論者で、倫理や道徳からはじまって自然の法則に至るまであらゆるものを疑っていましたし。まあ、ちょうど時期的にポストモダンブームだったりしたんで、その影響もあったんだとは思いますが、一番大きな理由は、結局ぼくがバカだったからなんでしょうね(^^)。でも、世の中ボク程度にバカな子供は結構いると思うのです(^^)。

 実は、ホリエモンの「金で買えないものはない」発言のときにも、同じような印象を持ちました。もちろん、ぼく自身は、その発言は明らかに間違っていると思いましたけど、彼の年齢を考えたらね。30 才そこそこで、ちょっと才気があって、現実に世の中をブイブイ言わせてる奴だったら、その程度のことは言うだろうと思うんですよ。ぼく自身も、自分の倫理観を再構築して、そういうことがすべて間違っていると言い切れるようになったのは、30 才ぐらいになってからでしたもん。 まあ、批判する方々は、ボクみたいにバカじゃなくて、若い頃からもっと人間ができていらしたんでしょうけどね(^^)。

 もちろん、だからといって、そういう間違った発言を黙認しろといってるわけではありません。ただ、そういう奴に口でいくら説教したってたいした効果はないのであって、本当にそういう発言の非現実性みたいなものを悟るには、現実社会での経験に裏打ちされた自己了解みたいなものが必要だと思うんですね。逆に言えば、大多数の人は、時期が来れば自然とまっとうな道に回帰していくものだと思う。もちろん、ホリエモンのように、どんどん道を外れていってしまう子もいるんだけど、そういう子は、もともと理屈だけでは止められないのです。

 だから、例えて言えば、今の世の中の対応というのは、子供の屁理屈に対して、いちいちムキになって反論するくせに、子供が本当におイタをしても止められない、みたいな感じがするんですね。でも、本当に年長世代がやるべきことはその逆で、言葉自体は話半分に聞き流してていいから、致命的な暴走は確実に阻止するということでしょう。もっとも、それができるのは、ぼくらのような野次馬じゃなくて、もっと身近にいた当事者だったはずなんですけどね。

 だから、ぼくなんかが見ると、そういう現象というのは、何か今の大人の自信のなさを示しているように見えてしょうがなくて、ホリエモンや「人を殺してなぜ悪い」の子たちより、むしろそっちのほうが病理的なんじゃないかと思ってしまうんですよね(^^)。

 特に、筑紫さんの言うような懐疑というのは、情報としては、欠けているどころか、ある種陳腐化した形で世の中にあふれているわけですよね。その癖、筑紫さんだって、自分にとって都合の悪い、もっと本質的な懐疑は受け入れられないわけでしょう(^^)。彼らは、そういう「自動化された安直な懐疑」に対してノーを突きつけているのかも知れないし、そういう意味で、やっぱり反体制的なのかも知れないじゃないですか(^^)。

(言うまでもありませんが、若者にとって反抗すべき体制的なものというのは、別に政治権力とは限らなくて、大人が作った社会のシステムすべてが体制なのです。ですから、その中には当然マスコミというものも含まれるわけです。この図式を一番認識していないのが、ひょっとしたらマスコミの方々なのかも知れませんが、だとしたらちょっと認識が甘いといわざるを得ないと思います。)

 それでなくても、今の子は、そういう相矛盾する情報の中で自分の価値観を確立しなけりゃならないんだから、疑う以前に、何を信ずべきかを判断するので精一杯なんじゃないでしょうか。だから、それにある程度時間がかかっても仕方ないし、もっと疑えなどと言うのは過大な要求のような気がするんですけどね。

 ついでに言えば、筑紫さんは、News 23 での顔と、こういう雑誌とか週刊金曜日のコラムとかの書き方に、ちょっとギャップがありすぎるところが今ひとつ好感が持てないんだよね。まあ、イメージ戦略なのか、職業倫理なのか、よくわからないけど。こういうのを読むと、テレビではなんかいい子ぶってるように見えてしまうのですが、そのへん、ご本人はどう考えているのでしょうか(^^)。

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Wikipedia は素早い

 Wikipedia の WBC の項目には、早くも「疑惑の判定」の項目が。このリアルタイム性が Wikipedia の強みですね。英語ページには、ビデオキャプチャまでアップロードされてるけど、よく見ると、日本語のキャプションが入ってて、明らかに日本のテレビの映像。ってことは、日本人で英語に堪能な方がアップロードしたのかもね(^^)。 (じゃなくて、在日韓国人の方かなあ? ハングルまったく読めないので、よくわかりません。すみません。<m(__)m>)

 なんと、日本語版のほうには、ボブ・デービッドソンという項目までできちゃってるし(^^)。 英語版にもよく見ると  Bob davidson umpire というのがありますね。日本語版の方が基本的には詳しい(^^)けど、英語版には、1992 年のワールドシリーズで起きた "Phantom Triple Play" というのが載ってます。

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