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エリートの壁

 人間が本当に他人の立場を理解するということが、口で言うほど簡単ではないのはわかっているが、日本のエリート階層やエスタブリッシュメント階層の人々の、庶民の気持ちに対する鈍感さには、ときどき殺意に近いものを感じるときがある。まあ、ぼくは夜間大学を 7 年もかかって通いながら、中小企業ばかりを渡り歩いてきた人間だから、ヒガミも混じっているとは思うが、少しはこういうことを言う資格があると思う。

 彼らが「友情というのは、お互いが切磋琢磨し尊敬しあえるような関係だと思う」みたいなことを言ってるのを聞いても、機嫌のいいときには聞き流せるが、機嫌の悪いときにはほとんど殴りたくなることがある。あのさあ、あんたらは、周囲にいる人だってみんな優秀な人間だから、そんな暢気なことを言ってられるんですよ。あなた、新入社員のほとんどが高卒かせいぜい専門学校卒みたいな会社に勤めている人の世界がどんな世界かわかりますか。そこで働いている人のほとんどは、著しく能力に欠けるか、能力はあっても性格が著しくゆがんでいるかのどちらかで、この両方を兼ね備えた人だって決して珍しくない。

 そういう世界では、自分の尊敬できる人だけと付き合いたいと思っても、そういう人が(哀れんでくれることはあっても)本気で自分の方を振り向いてくれることは決してない。振り向いてくれるのは、能力がないか、性格が歪んでいるか、なんかしら著しい欠点のある人ばかりだ。それでも辛抱強く関係をきらずに付き合っていくというのが、庶民の友情というものなのだ。

 彼らが「自分は決してずるいことはしない。他の人もそうすればいいのに」みたいなことを言うのを聞くと、「パンがないならクロワッサンを食べればいいのに」と言ったマリー・アントワネットかと思うことがある。だいたい、金も能力も社会的ステータスもある奴がずるいことをしないなんてのは当たり前なのだ。悪意のある奴に騙されたり、悪意はなくても無能な奴に足を引っ張られたり、みたいなことが日常茶飯事の世界で、エリートたちと正面から正々堂々と競争して勝てるはずなどない。しかたなく、エリートの目の届かないところでやっと切り開いたささやかなマーケットすら、後からやってきたエリートに「正々堂々と」奪われたりする。

 高度成長期の日本が一億層中流社会だったなんてのも、半分はウソだ。確かに、収入には大きな差はなかったかも知れないが、大卒と高卒以下、一流大卒と二流三流大卒では、社会的ステータスなどにことごとく差があったことは、山田太一氏の「不揃いのリンゴたち」などを見ればわかる。いくら収入に差がなくったって、平準化された価値観の中では、他人や異性の尊敬を得る立場の者は常に決まっており、かと言って、金以外の自分だけの価値観の世界に逃げ込むこともできず、誰もがラットレースを強制される。そんな世界がそんなによかったか?

 なぜ一番わりを食ってるはずの低所得層の若者が、市場原理主義・新自由主義の小泉政権を支持するのか、不思議でしょうがないとか言っている方々に教えてあげよう。彼らは、あなた方の考えるうす甘い妄想の世界が、決して自分達のためのユートピアではなく、やっぱりエリートのための世界でしかないということに、本能的に勘付いているのだ。

 …すんません。今日はかなり虫の居所が悪いようです(^^)。でも、まったくデタラメを書いてるわけでもないんですよ。エリート街道まっしぐらで、なおかつ、自分は弱者にやさしいいい人だと思い込んでる人、あなたは本当にその「弱者」が何を望み何を悩んで生きているか、わかっていますか?

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CNN Pipeline

 おお、いつの間にか、CNN でもリアルタイムのインターネット放送を始めていたのですね(これまで CNN はオンデマンド中心だった)。CNN International の番組をそのまま流してくれたりもしているようです。値段もなかなかお得な感じ。

 主なリアルタイムのインターネット放送を比較すると、こんな感じでしょうか。

 サービス名  放送局  言語 プレーヤー   料金  CM 内容 
ABC News Now  ABC 米語 ウェブ (MediaPlayer)

39.95 USD/年

4.95 USD/月

(ABC News Video On Demand の一部) 

 有

一般的なニュースのほかに、エンターテイメント、ゴシップ、健康、サブカル情報など、アメリカローカルな情報が多いのが特徴。アメリカの国内事情に興味のある人向き。

 (ABC News Video On Demand には、Good Morning AmericaWorld news TonightNightline20/20 などのオンデマンド放送へのアクセス権も含まれる。

BBC World Live  BBC 英語 RealPlayer

12.95 USD/月

(Real SuperPass の一部)

 無 ニュース中心。ABC とは対照的に、海外(イギリスから見て)ニュースが多いのが特徴。NHK 教育的な変な教養番組もある。
CNN Pipeline  CNN 米語 ウェブもしくは専用プレーヤー

24.96 USD/年

1.95 USD/月

 無 ニュース中心。CNN International の内容をそのまま流すプログラムも多数。

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Maid in Japan

 あのロイターが、こんなダジャレネタを。。。(^^)

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Dubai Ports World

 なんか、アメリカのメディアは、この Dubai Ports World の問題でもちきりみたいなんすけど、日本ではほとんどやんないですね。これほど温度差があるのも珍しいかも(^^)。

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敵を欺く奴は許せるが、味方を欺く奴は、やっぱり最低だ

 もうコメントすることもあるまいと思っていたライブドア問題ですが、「ライブドアに物申す!」の有識者コメントを読んでいたら、またちょっと言いたいことが出てきたので追加します(^^)。みなさんもウンザリされていると思いますが、どうかご勘弁を(^^)。

 ぼくが今回気になったのは、

 それに対して、「株式分割」「株式交換」「投資事業組合」などいわゆるグレーゾーンの問題はまた別である。松原隆一郎東京大学教授が言うように「資本主義そのものがルールのグレーゾーンを開拓するよう動機づけられている」のであって、法やルールの“想定外”のことを真っ先に(リスクを賭けて) “想定内”にしてしまった言わば先駆者が儲かるというのが資本主義の創造性の源泉の1つである。それが違法なのか倫理違反なのか、逆によい先例を作ったと誉められるのかは事後的にしか判定されず、まずいということになればルールが改定されることになる訳で、事実、株式分割は当局の指導で制限され、また「株券のペーパーレス化」によって株価吊り上げの道具とすることは封じられた。またニッポン放送株の買収の際に問題になった「時間外取引」も法改正で今では難しくなっている(高野孟氏)。

というご意見。

 実は、ぼくもこの主張は半分ぐらいは正しいと思ってるんですが、「株式分割」や「時間外取引」には当てはまっても、やっぱり「投資事業組合」には当てはまらないと思うんですよ。前にも書いたように、「株式分割」と「投資事業組合」の間には、株主に対する情報公開や合意形成の度合いの差があります。同じように、「時間外取引」と「投資事業組合」の間には、敵を欺くか味方を欺くかの差があると思うのです。

 市場経済は競争ですから、競争相手に勝つためには、ルールの範囲内で競争相手を欺く必要があります。たとえば、企業が新しいマーケットに進出しようと思ったとき、こっそり進出しては卑怯だからと言って、ライバル企業に事前に知らせてやるなんて企業はありませんよね。そんなことをすれば、勝てる競争も勝てなくなってしまいますから。フジテレビさんだって、新しい番組の企画を立てるときに、「うちの局では、次のクールにこの時間帯でこういう番組をやる予定ですから、ライバル局のみなさんも心してかかってきなさい」なんていちいち知らせたりしないでしょう(^^)? そういう意味で、「時間外取引」なんかは、野球で言えば「隠し玉」や「二段モーション」みたいなものだと思うんですよ。

 でも、「投資事業組合」を利用した自社株売買の場合、欺かれているのは、競争相手よりもむしろ、本来味方であるはずの自社の既存株主なんですよね。そういう意味で、これは野球で言えば、野球賭博がらみの八百長みたいなもんで、ワザ負けして年俸は減ったけど、その分ヤ○ザからお金貰ったからかえって儲かった、とか言ってるようなもんだと思うんです。八百長も、少なくともプレーだけを見て厳密に判定することは極めて難しいんだけど、だからといって、「うまくやった、好プレーだ」ということには絶対になりませんよね。それは結局、敵ではなく、味方を欺いているからです。

 だから、しつこいようですけど、一口にグレーゾーンといっても、それぞれ性質は微妙に違うのであって、ぼくに言わせれば、このような行為こそ、「ルール上はセーフでも倫理的には絶対アウト」なのです。もっとも、ホリエモン本人に、そういう微妙な差を識別するセンスがなかったらしいので、いまさらこんなことを言うのもちょっと虚しいんですけどね(^^)。

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やっと正月が終わった

 正月に録画しておいた「古畑任三郎ファイナル」と「土方歳三最後の一日」、ようやく観られました。

 古畑の方は、ありがちな双子トリックと思わせておいてもう一ひねり、というのがなかなかよかったですね。もっとも、記者会見で返答につまったあたりでいい加減気づいてしまいましたが、それまでも相当伏線をばらまいてあったのに、気づかせなかったのはお見事。三谷さんの場合、ギャグを利用して伏線を張ることが多いので、逆にブルガリのあたりでちょっと怪しいなとは思ったんですよね。でも、結局最後近くまでわからなかった。

 新撰組の方は、死に場所を求めていた土方が、最後の最後に新しい夢を見出して、その夢のために闘って死んでいくという、ロマンティシズムの極地みたいな話。ある意味ファンサービス的というか、本編で不完全燃焼だった土方ファンの、最後の残り火を一気に燃やしてあげたという感じでしたね(^^)。悪役っぽかった榎本武揚や大鳥圭介が、 結局いいやつになってしまうところも、いかにも三谷さん的。

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伝統の在り処

 昨夜の朝生は「激論!天皇」で、要するに、先月ライブドア事件でふっとんでしまった女帝・女系天皇論をやったわけですが、あんまり面白くなかったですね。まあ、(何度か書いたように)ぼく自身が天皇制に別に執着がないという理由もあると思いますけど、保守派の方々の伝統というものの捉え方にも問題があるような気がします。つまり、彼らが天皇制の存在理由を示すのに、とにかく伝統だから、という以上の理由をほとんど示せていないのね。だから、結局思考停止状態になってしまって、それ以上議論が深まりようがない。

 宮崎哲弥さんは、「理由を問えないから正統性 (legitimacy) なんだ」、とおっしゃっていましたけど、それは、政治権力の話でしょう? 政治権力の場合には、正統性に疑いが生じると権力闘争の原因になるから、権力闘争を防ぐためには、正統性に疑義が生じない決定方法がよいのだ、というのはよく言われることですよね。でも、現代の日本の象徴天皇制には、(少なくともタテマエ上は(^^))政治権力はないことになっているはず。

 たとえば、スポーツのルールなんかでも、なんでそういうルールなのかと言われても、そう決まっているからだ、としか答えようがない、というのも一面の真実です。でも、もう少し深く考えると、そういうルールにした方が、選手や観客がよりゲームを楽しめるから、という隠れた理由があるはずなんですよね。それは、身体化された暗黙知のようなもので、必ずしも論理的には語れないのだけれども、理由がないわけじゃない。むしろ、その理由は、選手や観客の心の中に隠れている、と言うべきでしょう。

 同じように、なぜ天皇制が必要か、それがどういう形でなければならないか、という理由は、天皇制を支持する保守派の心の中にこそ隠れているはずだと思うんですよ。彼らには、それこそを語ってほしかった。

 いや、天皇制に限らず、伝統の存在価値というのは、みなそういうものだと思うんですよね。単に、知識としてそれが伝統だから、というだけではなくて、それが自分の内部にある身体性や暗黙知と結びついたときに、初めて意味のあるものとなる。

 たとえば、子供の頃に海外で親と生き別れになって、外国人に育てられた日本人の子がいたとしましょう。その子が大人になって、自分が日本人だと教えられても、そのままでは単なる知識でしかないでしょう。でも、その子が生まれて初めて味噌汁を飲んで、それが自分にぴったりの味だと感じたとすれば、その味噌汁はその子のアイデンティティの基盤を構成する伝統としての意味を持ってくるかもしれない。

 逆に、いくら和食が日本の伝統だからと言っても、自分は日本人だから味噌汁を飲むべきだ、みたいに観念的に思い込んで、嫌いな味噌汁を無理して飲んだってしょうがないでしょう。だったら、もし学説が変わって、日本人は昔はパンを食べていたということになったら、お前はその日からパンを食い出すのか? それだったら、西洋かぶれでパンを食ってる奴の行動パターンとなんら変わらないじゃないか、ということになっちゃうわけ。

(もっとも、「伝統=物語」派にとっては、みんなが信じられる物語があればよいので、その物語の内容などなんでもよい、ということなのかも知れない。でもそれだと、歴史教育を操作して、日本人はアングロサクソンの子孫だった、ということに無理矢理してしまって、アングロサクソン文化万歳みたいな主張をしてもいいということになりますよね。「伝統=物語」派の方は、教育のためなら歴史を捻じ曲げても良いと思っていらっしゃるようだから。(^^))

 だから、天皇制についても、保守派の方々が揃いも揃って頭でっかちの変な理屈ばかりこねてるのは、失礼ながら、保守派の方々の精神の衰弱を示しているようにしか思えないのね。たとえば、Y 染色体が重要だとおっしゃる方は、知識ではなく、自分の実感として、天皇家の Y 染色体を持っている人と持っていない人の区別がつくのか。そういう人の前に立つと、自然と尊敬の念が沸き起こってくるが、そうでない人の前にたっても何も感じない、みたいなことがあるのか。それこそを語るべきでしょう。

 そういう内発的な理由が語られないから、とにかく天皇家を存続させること自体が自己目的化したような議論になってしまう。でも、それは、博物館のガラスケースの中の保存された遺跡のようなもので、もはや、同時代の生きた文化としては死んだも同然かも知れないでしょう。そこまでしなければ保存できないような文化を無理に生きながらえさせるために、多くの人の人権を踏みにじったりする必然性があるのでしょうか。

 結局、多くの日本人の間に、天皇の存在理由についての合意が自然と生まれるような状況でなければ、天皇制を存続させる意味などないのです。だから、保守派の方々は、くだらない技術論などやめて、あなた自身の内側に身体化された天皇の存在理由をこそ語るべきだと思います。そうすれば、天皇制の進むべき道も、おのずから見えてくるのではないでしょうか。

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やられた!

 キャサリン・ブラックリッジのあの本(残念ながら、ここに書けるような書名ではないので、興味ある人は検索してみてください。でも、内容は真面目な本なんですよ(^^))。いつの間にかベストセラーになってるじゃないですか。ぼくもどっかに売り込もうと思って、密かに狙ってたのになあ。。。(^^)でも、その手の本なら、実は他にもいろいろ目をつけているのはあるのだよ(^^)。早く売り込まなきゃね(^^)。

 ところで、原書には、思いっきり見えちゃってる写真があって、著者自身も序文で、この写真は日本語版ではカットされるかも知れない、みたいなこと書いてるんだけど、実際はどうなったのかなあ(^^)。

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国境を越えた美

 荒川静香選手、金メダルおめでとうございます。ぼくは鈍感なんで、友人に言われて気づいたんですが、「荒川選手の何が素晴らしいかと言って、これまで日本人は体型の面で西洋人とはハンデがある、といわれ続けて来た種目で、まさにその美しさで西洋人以上に評価されている、そのことが素晴らしいんだ」って言うんですよね。なるほど、確かにその通りだなあと思って。

 そういう意味では、イチロー選手が世界記録を更新したときと同じような感動がありましたね。どちらも、単に西洋人の猿真似をしたんじゃなくて、逆に、自分らしさを極限まで極めた結果として、国境を越えた普遍性を獲得したということですから。これは、陳腐な伝統主義とも安易な世界標準への追従とも違う素晴らしさだと思います。拍手。

 ワールドカップやオリンピックでの同国人に対する応援を、プチなんとやらとか言って揶揄する人もいるし、もちろん、そういう面もなくはないんでしょうが、国際共通のルールの元で競争して勝つということは、国民性・民族性を超えた普遍性に近づくということでもあるんで、だからこそ同じ国民・民族の心を打つ、ということもあるのではないでしょうか。と、今回改めて感じましたね。

(表彰台に並んでいるのを見たら、荒川さんはスルツカヤよりサーシャ・コーエンよりも背が高いんですね。)

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大事なことは、みんな道草の途中で教わった

 こういうタイトルを最初に考えた人って、誰でしたっけ(^^)?

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健全なモダンは健全なポストモダンの下にこそ宿る

 とりあえず題名だけ思いついた(^^)。後で時間があるとき書きます。

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Maxima

 Maxima という GPL の数式処理システムをインストールしてみましたが、なかなかよいです。数式処理システムは、前から欲しかったのですが、どれも高いので購入を躊躇していて、Mathematica の廉価版の Mathematica CalcCenter というのが出たので、買おうかなあと思っていた矢先。でも、とりあえずこれと gnuplot でいいかなあ(^^)。

 微積分の教科書に載ってる、不定積分の問題をいくつか打ち込んでみたら、

(%i5) integrate(x*sin(x),x);
(%o5)           sin(x) - x cos(x)

(%i8) integrate((x+a)^-1,x);
(%o8)       log(x + a)

(%i3) integrate(1/(x^2+a^2),x);
          x
        atan(-)
          a
(%o3) -------
           a

うーん、ちゃんとあってる!(当たり前か(^^))

 こういうものの存在を前提にすると、数学のカリキュラムも変わるでしょうね。しかもタダなんだから。

 こういうことを言うと、いや、自分の手を動かさないと本当の実力はつかないとかなんとかいう人が必ずいるんですけど、何にでもメリットとデメリットはあるんであって、うまくいいとこどりをすればいいだけの話だと思います。

 たとえば、昔の人は、三角関数の値なんかも、いちいち自分で計算してたりしたんだけど、今は、研究者も含めて、誰もそんなことはやろうとしないでしょう? だからと言って、そういう人がみな、本当の実力がないとは言えないでしょう。いや、面倒だからやらないだけで、やろうと思えばできるんだとか言う人もいるかも知れませんが、じゃあ、そういう人は、パソコンの浮動小数点ライブラリが、どうやって三角関数を計算しているか、本当に知っていますか?

 え、テイラー展開みたいな級数展開で計算するんだろうって? 大ハズレです。実際には、ほとんどが近似関数を使って計算しています。級数展開は収束が遅いので(特に、テイラー展開は中心から離れれば離れるほど収束が遅くなる)、意外と計算コストがかかるし、浮動小数点数は、計算する前から必要な有効桁数が決まっているので、近似関数の方が向いているのです。(詳しくは、たとえば「初等関数の数値計算」一松信著などを参照)

 まあ、ぼくはたまたま仕事がらみでそういうことを研究したから、こんなトリビアを知ってるわけですけど、理工系の研究者でも、こんなこと知らないで使っている人はたくさんいるでしょうし、だからといって、そういう人が即無能だとはいえないでしょう。もちろん、ぼく自身も、そういうことを勉強することによって、数学に対する理解が深まったとは感じています。でも、だれもがそうしなければ理解できないとも思わないし、同じ程度の理解をするために最も効率のよい方法だとも思えません。

 話がはちょっとそれますが、最近は、数学の本にしても経済学の本にしても、ぼくらの若い頃にくらべると、ずいぶんとわかりやすく親切な本が増えましたよね。でも、そういうのを見て、こんな本では本当の実力はつかない、という方もおられる。でも、そういう意見は、相対評価と絶対評価を混同した意見であって、事態の一面しか捉えていないと私は思います。

 もちろん、おっしゃるとおり、そういう本ばかりいくら読んでも、プロの研究者になれるような実力は身につかないでしょう。なぜなら、プロの研究者になるための実力というのは、どこまで言っても相対評価であって、世の中の平均からの偏差がどれだけ大きいかということが問題だからです。そういう意味では、こういう気難しい方の意見も正しい。

 でも、逆に言えば、世の中全体の平均の教養レベルというのは、絶対評価で捉えるべきものなので、そういう意味では、「わかりやすく親切な本」の存在は、確実に教養レベルを向上させるのです。そしてそれは、プロの研究者を育てるのとはまた別の価値があるはずです。

 たとえば、株式市場の投機化や企業価値と市場価格の乖離の問題にしても、多くの個人投資家が、最低でも DCF 法のようなバリュエーションの方法を理解していれば、かなり改善されると思うんですね。でも、この DCF 法をちゃんと理解するには、無限等比級数の総和の公式を知っている必要があります。もちろん、理科系の人なら常識みたいな公式ですけど、文科系の人にとっては、必ずしもそうではない。

 ぼくも、ある文科系の友人に DCF 法を説明してみたことがあるのですが、結局理解してもらえなかった経験があります。もちろん、文科系といっても、決して頭の悪い人ではないのですが(少なくともぼくよりはずっと良い(^^))。

 あるいは、マクロ経済学の IS-LM 分析なんかにしても、無理に二次元の平面で説明しなくても、gnuplot かなんか使って、三次元空間にプロットしてぐりぐり動かした方が、よっぽどわかりやすいと思うんですね。 そして、IS-LM が常識ということになれば、金融政策なんかに対する世論形成にも、必ずや影響を与えるはず。

 そういう努力によって、世の中の平均の教養レベルというものは確実に向上するし、それは必ず、世の中をよい方向に動かします。ですから、知識人の皆さんは、今さら難解志向に走らず(もちろん、難解にしか書けないことは難解に書いてもよいですが(^^))、じゃんじゃんわかり易い本を書いていただきたいと思います。

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コントロールキーが効かない

 コントロールキーがバカになってきた。コピペを多用するので、コピーされてなかったりすると、めちゃめちゃイライラする。やっぱ厄年だ厄年だ(^^)。

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資料が来ない。。。

 16 日に注文した資料がまだ届かないよお。。。月曜日に来ても遅いんだけどなあ。。。

 amazon.co.jp のマーケットプレイスは、人によって発送の迅速さに差があるんだよね。早い人はメッチャ早くて、amazon に新品を注文するより早いくらいだけど、遅いときは 4、5 日かかる。

 だから、仕事の資料を頼むのは、結構バクチなんだよね。わかってんだけど(^^)。

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WhiteTV は便利だ

 そうか、デスクトップ PC の VRAM が腐ったんでテレビが観れないと思っていたけど、WhiteTV でノート PC に転送すれば観れるんですね。やっぱ、このソフト便利だわ。最近バージョンアップしてくれないけど。

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メモリ嫌い

 「float 嫌い」はちょっと年寄りの自慢話臭かったので、今度は失敗談を一つ(^^)。

 float が嫌いだったころのぼくは、アセンブラでコードを書くときに、メモリにアクセスするのも嫌いでした。なぜかというと、8086 のころは、レジスタアクセスとメモリアクセスのクロック数に結構な差があって、わざわざアセンブラでコードを書く以上は、少しでもクロック数の少ないコードにすることに命をかけていたからです(^^)。

 8086 には、ax、bx、cx、dx、bp、sp、si、di と名前の違うレジスタがたくさんあって、それぞれ微妙に使い勝手が違うのです。いい加減忘れましたけど、ループのカウンタには cx しか使えなかったり、配列のインデックスには si、di しか使えないとかいろいろあったのね。だから、効率的にレジスタを使うには、職人芸的な使い回しが必要でした。

 あるとき、ありったけのレジスタを使っても、中間結果をすべて保存しきれないことがありました。そのとき、ふと思ったのです。「この sp というレジスタは変更しちゃいけないと思い込んでいたけど、考えてみたら、関数の入口で中身をメモリに保存しておいて、関数から抜けるときに戻しとけばいいんじゃないの?」。

 当時のぼくは、これが素晴らしい思いつきのような気がして、早速そういうコードを書いてみました。ところが、そのコードを実際に動かしてみると、うまく動くこともあるのですが、たびたび暴走する。しかし、コードをいくら眺めてみても、原因がわかりません。そこで、デバッガでトレースしてみると、メモリの内容がいつの間にか破壊されていることがわかりました。

(すでにオチがわかってしまった人、そんなに笑わないで! わからない人は、ここでちょっとオチを考えて見ましょう。勉強になるかもよ(^^)。)

 混乱したぼくは、先輩に聞いてみました。

「このマシン壊れてるんじゃないかと思うんですけど。だって、何もしないのに、いつの間にかメモリの内容が変わってるんですよ」。

 その先輩は、ぼくのコードをしばらく眺めてから、こう言いました。

 「バカだなあ。スタックポインタを勝手に動かしたらだめだろ。」

 「え、でも、関数から抜けるときには元に戻してるんですよ。」

 「ダメだよ。割り込みかかったらどうするんだよ。」

 そう。愚かな私は、ハードウェア割り込みというものの存在を知らなかったのでありました。お後がよろしいようで(^^)。

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float 嫌い

フルスクラッチによるグラフィックスプログラミング入門  amazon.co.jp で「フルスクラッチによるグラフィックスプログラミング入門 」という本を見つけて、ある種の感慨を覚えました。というのも、ぼくは若いころ、まさにこのようなグラフィック・ライブラリをゼロから作るような仕事を主にやっていたからです。

 その頃凝っていたのが、いかに浮動小数点を使わずにコードを書くかということ。というのは、その頃の CPU には、浮動小数点計算用のコプロセッサが装備されていなかった(もちろん、そういう計算をやってくれるグラフィック・ボードなんてものは陰も形もなかった!)ので、コードに浮動小数点の計算が入ると、格段にパフォーマンスが落ちるからです。

 その結果、努力の甲斐あって、最終的には、画像の回転、ベジエ曲線や B スプラインの描画など、すべて整数演算だけでやるアルゴリズムを開発しました。と書くと、ちょっとわかっている人だと、「回転なんて、三角関数が必要だから、無理に決まってんじゃん」などと思ってくれるかも知れませんが、それが甘い(^^)。

 そもそも、浮動小数点数などと言っても、実際には、普通の整数と変わらないビット列なのであって、それを計算する側の解釈で小数だとみなしているにすぎません。ですから、少なくとも「無理に決まっている」などということはないのです。また、浮動小数点演算ライブラリというのは、起こりうるあらゆる浮動小数点演算を想定して、その全体に対して最適化されているので、特定の種類の演算については、必ずしも最適とは言えないことがあるのです。

 たとえば、似たような桁数の小数の加減算だけしかやらないとあらかじめわかっていれば、固定小数点で計算した方が遥かに効率がよいでしょう。つまり、12.345 + 67.89 だったら、12345 + 67890 = 80235 とやってから、表示するときに小数点を挿入して 80.235 とやれば、整数だけしか使わないで計算することができます。

 もう一つ、大きなヒントになったのが、直線を描画するための有名な「ブレゼンハムのアルゴリズム」というやつ。これは、コードだけを見てもなんのことだかわかりにくいかも知れませんが、本質的には、有理数の演算を、「固定分母の分数」に直してやっているのです。 

 たとえば、(0, 0) と (4,3) を結ぶ直線を引く場合、x 座標を 1 ずつ増やしながら、対応する y 座標を計算していくことになります。この直線の傾きは 3/4 ですから、x が 1 増加すると、y は 3/4 増加することになります。これを、0.75 ずつの増加とやってしまうと、浮動小数点が必要ですが、3/4 という分数のままで計算すれば、浮動小数点は必要ありません。

 さらに、汎用的な分数演算パッケージだと、3/4 + 3/4 = 6/4 = 3/2 と約分されてしまいそうですが、考えてみると、今後も加算するのは 3/4 ばかりなのですから、こんな約分はしない方が効率的です。したがって、分子だけを加算していって、分子が分母を超えたら、1 繰り上がるという処理をすればよい。これが、ブレゼンハムのアルゴリズムの本質です。

 このことに気づいたとき、この原理がいろんなアルゴリズムに応用できるということに気づきました。ベジエ曲線なんかも、基本的には有理数の演算なので、分数演算に直せます。さらに、ベジエ曲線は、有限次元の多項式ですから、高階の差分をとっていくと、いつか定数項だけになります(離散数学に疎い人は、テイラー展開を思い出そう。本質的には、あれと同じことです。ただ、微分だと、微分方程式の数値解法と同じことになって誤差が出るので、差分で厳密に計算するわけ)。したがって、掛け算も必要なくなります。また、分母は刻み幅を決めているだけですから、2 の n 乗になるように勝手に決めてしまえば、最後に分母で割るところすらもビットシフトに直せます。したがって、最終的には整数の加減算だけで描画できるのです。

 ただ、当時の文献には、ベジエ曲線の差分展開の式などどこにも載っておらず、計算の苦手な私は、この差分展開の式を、計算用紙数枚を費やして、やっとのことで導き出した記憶があります。このアルゴリズムを、当時の 8086 か 80286 ぐらいのマシンで動かしたところ、それまで描画する過程が見えるくらい遅かったベジエ曲線の描画が、一瞬でできるようになり、めちゃめちゃ感動しました。もっとも、同じ分野で仕事をしている同僚がいなかったので、他のプログラマは、私がなんでそんなに興奮しているのか、まったく理解できなかったようですが。。。(^^)

 ここで、「ベジエ曲線は確かに有理数だけで計算できるけど、画像の回転は実数計算が必要じゃないの」と思った人、やっぱり甘いです(^^)。だって、浮動小数点数なんていったって、有効桁数は有限なんだから、厳密な意味で言えば実数ではなく、結局は有理数の近似計算なんですよ。もっとも、e-30 とかになると、分母や分子の桁数が大きくなりすぎて実用的ではありませんが、幸い、画面上のビットマップ座標にも、色空間の座標にも、どうせそんな数字は出てこないのです。ですから、分数でも、少なくとも浮動小数点パッケージと同じぐらいの精度で計算することは十分可能なのです。

 今や、一般のプログラマにはまったく必要なくなってしまった obsolete な技術ですが、物好きな人は、頭の体操として考えてみてはいかがでしょうか(^^)。

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電子メールの証拠能力

-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE-----
Hash: SHA1

 なんか、電子メールに証拠能力があるとかないとか騒いでいるようですが、
ウチらに言わせれば、今頃そんなこと言ってんのかよ、という感じである。

 何度も書いたけど、このような問題は、電子署名を使えばかなりの部分解決
する。公的な認証機関が認証した電子署名で署名したメールを送れば、その内
容が改竄されていないということは簡単に証明できるし、メールを受け取った
方も、元のメールを引用して自分の回答を付け加え、その全体に電子署名をし
て返送すれば、相手が自分の依頼を承認したという十分な証拠になる。

 そうじゃなくて、もっとシステム全体の信頼性を高めよ、みたいな主張もあ
るようだが、もともとインターネットは分散アーキテクチャで、集中管理され
ていないところによさがあるのだから、信頼性についても集中管理するような
方式はなじまないのである。その点、電子署名なら、途中のシステムに依存せ
ず、エンドユーザーだけで信頼性を確保できるのだ。

 この電子署名、outlook にも Becky!
にもかなり前から実装されているのだが、そのこと自体知らない人が多いので
ある。ぼくも、請求書なんかを送るときは電子署名つきのメールで送ってみた
りするのだが、相手が気づかないで無視されることがほとんど。

 さらに、これもほとんど認知されていないが、電子公証システムというもの
を使えば、合意内容や成立日付に第三者の保証をつけるということも可能であ
る。 言わば、公正証書の電子版というわけだ。

 今や、ビジネスの現場でもメールだけで話が進行して、請求書や領収書まで
メールですませたりしてる人が多いんだから、もっとこういうのを活用したほ
うがいいと思うんだけどなあ。。。

-----BEGIN PGP SIGNATURE-----
Version: PGP 8.1

iQA/AwUBQ/ZwIAz4OQK/dcZAEQKs/wCfbfrV5lxdY+icX9DXL+bLm2ULaRUAn1on
6jQBc00yAoXHyyIv5xmItgI/
=n1Rg
-----END PGP SIGNATURE-----


ちなみに、PGPというソフトで署名すると、こんな感じになる。

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VRAM 腐った

 デスクトップ PC の VRAM が腐ってしまったようです。何が表示されてるんだかよくわからないので、操作しずらい。テレビもパソコンで見ていたのでテレビも観れなくなってしまいました(ちょうどいい機会だから、しばらくテレビ観るのをやめてみようかな(^^))。まあ、仕事はノート PC でできるからよいのですが。

 今忙しくて、ちゃんと調べてるヒマもないけど、グラフィック・カードを交換しないとダメそうですね。ひょっとして、ノート PC から WinVNC 経由で操作すればいいかと思ってやってみたのですが、やっぱりダメでした。このソフトも、フレームバッファを直接読んでるだけなのね。

 同年の友人から言われるまで気づかなかったのすが、今年は大厄なんだよね(歳がバレる(^^))。もともと、そういうのを気にするほうではまったくないんだけど、考えてみると、今年に入ってロクなことがない。具体的には書けないけど、仕事関係でも売掛金が回収できなかったり、そのせいで他の仕事が遅れたり(もっとも、ライブドアショックの被害はほとんどなかったけど(^^))。。。やっぱり、厄払いに行こうかなあ。でも、それもなんだか口惜しいのだ(^^)。

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期待は高く、でも距離感をわきまえて

     そろそろだと思っていましたが、オリンピックの日本選手に「期待しすぎ」という論調が出てきましたね(^^)。でも、ぼくは、期待すること自体が悪いんじゃないと思うんです。

     関係者はともかく、一般の人たちが期待するのは、お笑い用語で言えば「前フリ」みたいなもので、応援という行為を楽しむための準備なんです。この準備があるからこそ、期待通りになれば喜び、期待を超えればさらに驚き、期待を裏切られればがっかりする、というような落差を楽しめる。だから、応援する方から見れば、期待してナンボ、というところがあるんですね。

     どーせダメでしょ、とかクールに思いながら応援してても、盛り上がらないじゃないですか。だいたい、株やギャンブルや天気予報じゃないんだから、オリンピックのメダルの数なんて、「正確」に予想したってたいした意味ないでしょ? (^^)

     ぼくがむしろ問題だと思っているのは、ただ応援してるだけの野次馬で、なんら利害関係などなく、個人的に選手に協力したりしているわけでもないのに、「期待」通りの演技を見せられなかった選手を過度にバッシングするというような風潮です。「応援してやったのに」とかさ (^^)。ぼくに言わせれば、それは単なる勘違い。ぼくら野次馬は、勝手に期待して勝手にがっかりしていればよいのです。それが野次馬なりの美学というものだと思う。

     かつては、そういう何か勘違いしたような報道も多かったので、それが嫌いでしょうがなかったけれど、最近はむしろそういう傾向は減ってきたように感じます。(松岡さんなんかも、応援はすごいけど、ダメだった選手をムチ打つようなことは絶対にしないでしょ?)その距離感がわきまえられるのだったら、期待や応援はどんどんしたらいいと思うのだ。

    (カーリングって、ルールがわかってくると、結構面白いですね。よく「あれがスポーツか?」とか言ってネタにされるけど、あのスイーピングがかなりの重労働で、腰を痛める人もいるんだって。)

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へんな理屈

     この「情報化社会の基盤」という記事、おかしくないですか。

     ソフト万能の時代だというが、実はソフトからハードへの回帰が始まっているのだというお話なのですが、その根拠が、シリコンを使った計算機の計算能力の限界なんだそうな。

     でも、そんな限界を超えた計算機が必要なのは、そういう計算能力を必要とするソフトに対する需要があるからじゃないですか。そしたら、そういうハードに対する需要を引っ張るのはソフトに対する需要なんだから、一方的にハードに回帰するわけないでしょう。それだけ高速な計算能力を必要とするソフトというのは、それだけ複雑なんだから(単純計算をとにかく高速に繰り返すみたいな応用もないわけではないが、ごく一部でしょう)、ハード開発部門だけに投資が行くのは変でしょう? そもそも、ソフト万能といわれてきた時代だって、インテルとかモトローラとかは地道に技術開発を続けてきたわけで、その方法がシリコンから他のものにシフトするってだけじゃないでしょうか。

     だいたい、ソフト屋とハード屋という二分法自体が、そろそろ古くなりつつあるんじゃないでしょうか。今や、ハード屋さんの仕事だって、半分くらいはソフト開発になりつつあるし、基礎研究だってソフトを使ってシミュレーションでやってたりするんですから。今は、シリコンチップの設計も、シリコンチップを製造する工場の設計も、みんなソフトでやってるし、そのソフト自体だって、「ハード屋さん」が自分で作ってたりするんですよ。ご存知?

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お口で占いさせてください…。

 かなり sexually explicit&offensive です (^^ゞ。


初めまして、私は27歳で竹下歩美といいます。
実は私、占いの勉強をしており、貴方を占わせて欲しいのです。
ただ、その占いというのが率直に言いますと○○○を口に含み、こねくり回さなければ出来ないのです。
突然、こんな話しをされて引いてしまうかもしれませんが真実なんです。




それは1年前の夏の出来事なのですが、当時付き合っていた彼と○○○しているときに、
「歩美、俺の○○○○ながら、○○○○してよ」って彼に言われたんです。
初めは彼に言われるがままだったのですが、
実際にやってみると思いのほか○○○しまって、いつも以上に○○○○○なってしまったんです。。
そして○○に達したその時、なにか今まで見たことのないイメージが沸いてきて……。
いまの私と同じ行為を別の女性がしているイメージが浮かんできたのです。
彼女も○○○をしながら、○○○を触っていました。
その女性が誰なのか、直感的にわかりました。その女性は彼の前の彼女でした。
私は途端に凄く冷めてしまって、、彼には話しませんでしたが…。
その後、彼とは別れました。
以来、好きな人とすると必ずそういったイメージが見えるようになったのですが、
面識の無い他の方で試してみたいんです。
この話は、まだ誰にも話したことがありません…というより知人には話せません。
なので、お互い秘密厳守で協力してもらえないかと思いメールしました。
もちろん、少ないかもしれませんが謝礼も考えています。
もし、承諾していただけるなら、簡単な貴方のプロフィールをいただけないでしょうか?
私も送ります。


お前はエロライノベの登場人物か(^^。なんか、「家族八景」のポルノ版みたいなのが書けそう(^^)。

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阿佐田哲也氏の作風変化への勝手な思い入れ

  私は、生前の阿佐田哲也氏のファンだったのですが、氏の数多くの作品の中でも、「ドサ健ばくち地獄」という小説には特別な思い入れがあります。

 と言っても、この作品が特別に傑作というわけではありません。いやむしろ、娯楽小説としては、阿佐田作品の中でも出来の悪いほうだと思う。

 なぜかというと、とにかく陰惨で救いのない小説なのです。登場人物は片っ端から破滅して行き、その描き方も、「麻雀放浪記」のような愛情は微塵も感じられない突き放した描き方。最後に勝ち残った登場人物達も、結局は「バクチは虚しい」という感慨を残して去っていく。

 同じ破滅的な主人公を描いても、ロマンティシズムに溢れた「麻雀放浪記」に比べると、「ドサ健ばくち地獄」は徹底的に乾いています。ばくち打ち特有の酷薄な人間関係が淡々と書かれるだけで、ライバルとの闘いに闘志を燃やすとか、屈折した友情が芽生えるとかいうこともないし、もちろん、甘酸っぱいロマンスもない。クライマックスもカタルシスというより拍子抜けの感じ。娯楽小説家として比類のない阿佐田氏の能力を考えると、私には、それが単なる計算違いとはどうしても思えないのです。

 思い出してみると、生前の阿佐田氏は、「麻雀放浪記」の影響を受けた将来性ある若者が、海のものとも山のものともつかない麻雀界に飛び込んでくることを憂慮する発言を何度かしていました。これは、私の勝手な想像ですけど、この「ドサ健ばくち地獄」という作品は、そういう阿佐田さんの贖罪の気持ちから生まれた作品ではないでしょうか。

 バクチなんて、そんなに美しいもんじゃない。本当のバクチの世界というのは、もっと陰惨で救いのない世界だ、ということを自ら描いてしまうのは、バクチ小説家としてはほとんど自殺行為です。にもかかわらずあえてそれをやった阿佐田さんの心情を勝手に想像すると、私は阿佐田さんがますます好きになってしまうのです(^^)。

 その後の阿佐田氏の作品は、それまでピカロとして捉えられていたバクチ打ちを、むしろピエロとして捉えなおし、ユーモラスに愛情を持って描くというような作風に変わって行きます。ここにも、単に突き放すだけでは、「彼ら」に対する裏切りではないか、というような阿佐田さんの心境の変化が読み取れるような気がしてなりません。

 これはみんな、私の勝手な思い込みなので、阿佐田文学研究家の方から見たら、そんなのは全然違うとお叱りを受けるかもしれません。そんときはごめんなさい(^^)。

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民主主義はまだ国境を越えていない

 中国の反日デモのときに、「確かに日本の歴史教科書や靖国参拝はいけないかもしれないけど、でも暴力はよくない」みたいな主張をした人は、ムハンマドの風刺画問題についても、「でも暴力はいけない」と言わないとスジが通らないよなあ、と思っていたら、案の定、前原さんが同じような発言をしてたらしいですね(^^)。

 まあ、ぼくは靖国参拝全面賛成派でも断固反対派でもなくて、「そんなに意地になんなくても、とりあえず止めといた方がいいんじゃないの」派だから(^^)、風刺画問題についても、最初のはいいとしても、その後も意地になって挑発を繰り返すのは、ちょっと大人気ないんじゃないの、とは思いますけどね(^^)。

 もちろん、ぼくは民主主義の諸価値を断然擁護する者ですけど、民主主義はまだ全世界の国境を越えてはいないのだ、ということは忘れてはならないと思うし、民主主義の原則を貫こうとすることが国際問題につながるときには、一定の妥協をする必要もあると思っているのです。そのときには、原則論ではなく、極めて現実的な判断が必要だと思うのね。ただ、この場合相手は政治家ではなく、一般庶民だから、その点ではこの 2 つの問題は微妙に違うけど。。。

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デイトレについて

 なんか、ライブドア事件以来、デイトレ批判が高まっているそうな。(^^)

 ぼく自身もデイトレーダーには割と批判的だし、自分ではまったくやる気もないんだけど、ただ、奥村さんみたいに(たしか、バフェットも似たようなこと言ってたけど(^^))短期売買のすべてを罪悪視するのはどうかと思う。

 なぜかというと、もし市場に長期投資家しかいなかったら、流動性が低下するので、偶発的な需給の不均衡はかえって増えてしまうはずなのね。だから、そういう需給の不均衡を捉えて、ちょっと安めになったら買い、適正価格に戻ったら売るというような短期投資家が一定数存在することは、株価をかえって安定させるはずなのです。

 ほら、スーパーだって、刺身が売れ残ると安く売ったりするし、その値段を見て、本来なら買う気のなかった消費者が買ったりするでしょう。おかげで、スーパー側は販売量の微妙な変動による損失を最小化できるし、消費者の側も割安で買えて得をする。あれはあれで合理的なんですよね。

(株は「非腐敗財」だからそういうことは起こらないはずだ、と思う人もいるかも知れないけど、長期投資家だって、嫁さんが病気になったり、親族がなくなったりして、予定と違うところで株を売らなきゃならなくなったりすることはあるのです。)

 ただ、これを効率的にやるには、膨大な資金と時間が必要なはずなんです。だって、いろんな銘柄の値動きを観察して、安くなったと見ればとっさに買い、戻ったと見ればとっさに売る、みたいなことしなきゃならないし、自分で買うタイミングを選べるわけではないから、常に余分な資金を確保してチャンスになったら必ず買えるようにしておく必要があるわけですから。

 株式市場でこういう役割を担っているのは、主に、証券会社のディーリング部門なわけですが、彼らの仕事は、莫大な資金力と、その仕事だけに専念できる時間があるからこそ成立しているはずなんですよね。だから、ろくな資産もない一個人がそれと同じ事をして、儲かる確率がどれほどあるか、それが、普通の仕事をして稼ぐ率より高いかどうかは、かなり疑問だと思います。

(言ってみれば、あちこちのスーパーの特売情報とかを調べておいて、走り回って一番安いものだけを買おうとするよりも、その走り回ってる時間の分、パートで働いた方が得するんじゃないの、みたいな話ですよね。ココリコの1ヶ月1万円生活とか見てるといつもそうつっこみたくなるけど(^^)。)

 むしろ、今のデイトレーダーの売買方法の問題点は、単に短期売買をしているということだけでなく、本来需給の不均衡がないところに、無理矢理不均衡を作り出したり、ちょっとの不均衡を無理矢理何倍にも拡大して儲けようとしたりすることだと思うんです。これは完全なゼロサムゲームだから、儲かるのは一部の人だけで、大多数の人は必ず損をする。それが、ギャンブルと呼ばれるゆえんです。

 だから、ぼくの定義で言えば、株価の偶発的な変動を抑える方向に働くのがまっとうな短期売買、かえって広げる方向に働くのがマネーゲームもしくはギャンブル、ということになります。

 ただ、ぼくがデイトレーダーを法律で規制せよとか言う気になれないのは、まっとうな短期売買とマネーゲームを厳密に区別するのが容易でないというだけでなく、彼らは平均すれば損してるはずだと思うからなんですよね。つまり、彼らははびこる一方ではなく、一定のレベルで淘汰されるはずだから、ほっておいても大過ない、という考え方。

 そういう考えからすると、デイトレーダーの跳梁を防ぐ一番の薬は、デイトレーダーに対して統計調査をして、何割が儲かっているか、その期待値はどのぐらいか、を正確に報道することじゃないかしら。今メディアに出てくる人は、一発当てて儲けた人ばっかりなんで、そういう幻想を抱く人も出てくるんでしょう。だから、まず正しい実態を知らしめる。それでもやるという人は、純粋なギャンブラーなのだから、まあ、止めても仕方ないでしょう (^^)。

 ただ、1 年以上デイトレーディングを続けている人、とかで統計をとると、それだけで、ある程度勝ち残った人だけが選抜されてしまうから、統計の取り方もなかなか難しいんだけど (^^)。これは想像だけど、たぶん、ちょっとだけやって大損してすぐやめちゃった人とかの、損の額を合計すると結構大きかったりするんですよ。だから、ちゃんと、トリビアの泉みたいに、統計学者の人と相談してやってください。

 ついでに言えば、ディーラーとかの市場関係者がデイトレーダーを擁護するのは、彼らにとっては、デイトレーダーがいてくれた方がおいしいからかもしれないぞ、ということも言っておいたほうがようでしょうね (^^)。

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エイリアン 4

 仕事をしながらのチラ見だったんで、あまりちゃんと観てないのですが、画がきっちり作られてるし、意外とよかったのではないですか。もちろん、1、2 には及ばないけど、少なくとも 3 よりはよかったと思います。

 ただ、これだと、エイリアンより人類の方がよっぽど邪悪で醜悪な感じですよね。200 年もたってるのに、人類の質は低下する一方かい、みたいな (^^)。

 まあ、いい加減ネタとしてのエイリアンは使い尽くされているので、エイリアンをダシにして、人間の醜悪さを描く、みたいな作戦にしたんでしょうね。そのくせ、爽快なシーンはほとんどないので、娯楽として見るにはもたれすぎの感じ。

 生理的な嫌悪感を強調するところとか、えろえろな感じ(^^)とか、なんとなく、コリン・ウィルソン原作、トビー・フーパー監督の「スペース・バンパイア」なんかと似た印象を受けました。

 しっかし、いい加減、床や天井を金網にするのはやめたらどうだろうか (^^)。

(今、「スペース・バンパイア」のレビューを見たら、全然怖くないとか言ってる人もいるんですね。ぼくが、この映画を初めて見たのは、まだ会社員だったころ、会社に一人で残って残業してたとき。その会社は、仮眠室兼倉庫みたいな部屋にテレビがあって、残業と言っても一人しかいないから、わりと自由に時間が使える。それで、つい「スペース・バンパイア」を見始めてしまい、見終わったら 23 時ぐらいで、ふと、誰もいなくて電灯もほとんど消えた会社のビルに一人で残っているという事実に気づいて、めっちゃ怖かった(^^)。もう、仕事なんておっぽり投げて、逃げるように帰宅した記憶があります。)

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金で買えないもの選択理論

 報ステのライブドア問題特集で、誰か「金のある奴ほと金では買えないものがあるとか言いたがる」みたいなこと言ってたけど、これって、ミクロ経済学に出てくる2財の選択理論みたいなので説明できないかなあ (^^)。

 たとえば、「金で買えるもの」の量を x 軸に、「金で買えないもの」の量を y 軸にとって、効用を表す無差別曲線を書くと、貧乏人の予算制約線(じゃなくて、努力制約線とか呼んだ方がいいのかもしれないが (^^))は、傾きが急な右下がりになるので、y 軸、つまり「金で買えないもの」を増やすより x 軸、つまり、「金で買えるもの」を増やした方が、簡単に効用を増やせる。

 でも、金持ちの予算制約線は緩やかな右下がりになるので、逆に、「金で買えるもの」より「金で買えないもの」を増やした方が、簡単に効用を増やせる、ってゆーの、だめ?(^^)

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てのひら返しってそんなに悪い?

 なんか、ひょーろんかやぶんかじんの方々には、ライブドア事件で一般庶民が手のひらを返したのがお気に召さない人が多いみたいですね (^^)。

 でも、それは、自分が言論で食ってる立場だからそう思うだけじゃないかしら。言論で食っている方々は、言論の整合性でもって評価される立場だから、他人の言論の整合性が気になるのもわかります。

 でもたぶん、一般大衆から見れば、ホントのこと言えば、堀江某がいいやつだろうが悪いやつだろうが、たいしたことではないんですよね。だって、国民のほとんどは、堀江某と個人的に付き合ったり、ライブドアという会社と利害関係を持ったりしたわけじゃないんだもの。ライブドアの株がいくら売れたっていったって、国民全体から見ればごく一部だし、ライブドアデパートで物を買ったとか、ライブドアグループのほかのサービスを利用した人とかを全部合わせたって、国民全体から見れば知れた数でしょう。

 それ以外の人は、単に、マスメディアが報じた範囲内で堀江某のことを知ってるに過ぎないんですから。そんな浅い付き合いで、彼のすべてがわかったつもりになったり、彼が何をやっても彼を信じてついて行くみたいに思いこむ人がいたら、むしろその方がよっぽど不健全だと、私なんかは思いますけどね (^^)。

 これが政治家だったらまた別ですよ。政治家は有権者が自分達の代表として送り出すわけですから、どの政治家がよいかという判断には、有権者はもっと責任を持つ必要があるでしょう。でも、堀江某は、どこまで行っても、なぜかメディアによく登場する一会社経営者に過ぎません。

 だいたい、現代の大衆は、マスメディアがものごとのごく一面しか切り取れないことをよく知ってますから、みんなある程度の距離感をもってマスメディアと付き合っているんですよ。今回の手のひら返しも、その証左だと思うんですけどね。そう考えたら、むしろ、めでぃありてらしいが高まったと喜んでもいいんじゃないかと思うんですが。(^^)

 現代の大衆にとって、メディアに露出する人物の批評をすることは、ある種の遊びみたいなもんで、そうせ遊びならノらなきゃつまらないということを彼らはよく知っているのです。だから、メディアが持ち上げているものにはとりあえず乗っかってみる。でも、本当に感情移入している人は、実はそれほどいないんじゃないですかね。(逆に、遊びと本気の区別がつかない奴の方が、よっぽど問題だと思う。たとえば、特定の芸能人が嫌いになると、たまたま街でその人に出会ったときなんかでも、平気で口に出して「バカ」とか言っちゃう奴の方がよっぽど困り者でしょう。お前に何がわかるっていうんだ。)これがもし、友人と付き合うときにもそういう態度だったら、これは問題だと思いますけど、たぶんそれは余計な心配だと思う。

 でも、これを裏返して言えば、ひょーろんかやぶんかじんの方々だって、何かあれば簡単に見放されるということを意味しています。ひょーろんかやぶんかじんの方々は、無意識のうちにそれに気づいているから、そういう態度を嫌うんじゃないかしら (^^)。

 ひょーろんかに限らず、マスメディアの側に属する人は、メディアの責任みたいなことを過大に言いたがる(そのわりに本気で反省して路線転換することはほとんどない(^^))けど、それはある意味、メディアには社会を変える力があると思いたいというメディア関係者の願望の現われであり、不遜な思い上がりに過ぎないのではないか、ということもちょっとは考えた方がよいと思いますよ。(今回、わしメッチャ意地悪やな。(^^))

 もちろん、ぼくだって、堀江某がほんとはどんな奴なのか、なんてことより、今日の夕食のパスタがアルデンテに仕上がらなかったことの方がよっぽど重大問題ですし、ひょーろんかの方々が犯罪でも犯せば、たとえ山形浩生氏であろうと、日垣隆氏であろうと、あっさり見放しますよ。だって、所詮はメディアだけで知っている他人に過ぎないんだもの。ぼくにとって本当に大切な人は、もっと他のところにいます。あなただってそうでしょう?(^^)

(はっきり書いとくけど、ぼくは今後堀江さんみたいな人間がメディアに出てきたら、また同じような調子で応援するだろうし、それが法を犯していたとか、(ぼくの基準で見て)非倫理的な行動をしていたと判明すれば、また同じような調子で非難するでしょう。その行動パターンを変える必要は認めないし、何万回繰り返しても後悔しない自信がありますね。だって、そこにいったい何の不都合がありますか? 逆に、証拠もないうちから偏見に満ち満ちた扱いをするよりよっぽどましでしょう。もちろん、当事者には違う考えがあるでしょうが、別に応援したからと言って当事者の邪魔をするわけでもなんでもないんですからね。現に、彼はプロ野球参入にもニッポン放送買収にも失敗しているんで、ぼくらが応援したからといってなんら事態は変わっていないわけですから。もちろん、そんなところで人を見る目がないと思われたって困ることなんか何もないし(^^)。)

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虎の門

 井筒監督が「ミュンヘン」をボロクソにケナした後に、「ミュンヘン」の CM を入れていましたね (^^)。

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お金で買えないものは確かにある。が…

 (この一文は、食事中には読まないほうがよいかもしれません(^^))

 何度か書きましたが、私は、「お金で買えるもの」と「お金で買えないもの」のどっちが大切だというのではなく、人間にとっては両方が必要であり、大事なのは、この両者の線引きだ、と思っています。

 この問題については、金儲けに淫して、必要以上にお金を稼ぐ人を例にして考えられることが多いのですが、そういう人は社会のごく一部であり、そこだけ見ていては、かえって問題の本質を見失ってしまうと思います。

 たとえば、ゴミの収集とか、公衆トイレの掃除とかを職業にしている方を考えてみましょう。ちょっと差別的に聞こえるかもしれませんが、ぼくは、彼らが、そういう仕事が本当に好きでやっているとは、あまり思えないんですね。

 もちろん、やる以上はそれなりに仕事を楽しんでやっている方もたくさんいらっしゃるでしょう。でも、「分別していないゴミから手で汚物を掻き分るのが好きで好きでしょうがない」とか、「便器の壁にこびりついたウ○コをきれいにこそぎ落とせたときの快感がたまらない」みたいな人が、そんなにたくさんいるとは、ぼくにはどうしても思えないのです。

 これはあくまで想像ですけど、彼らが仕事自体に生き甲斐を感じるとすれば、それは、仕事自体の内容が好きというよりも、あくまで、それが社会に役立っていると思うからこそではないでしょうか。だとすれば、ぼくは、そういう想いというのは、「自分の好きなことができればお金なんか要らない」みたいな太平楽なことをほざいてる奴の想いより、ずっとずっと尊いと思うのです。そして、そういう「社会にとって役に立っている」という感覚が、単なる自己満足に終わらないことを担保しているのは、やっぱりお金なんですね。あるいは、家族の生活を支え、何かを買ってあげて喜ぶ顔を見たいとか、自分の趣味にお金を投じたいというのが、主な理由だったりするかもしれません。それを担保しているのだって、やっぱりお金なのです。

 矛盾するように聞こえるかもしれませんが、ぼく自身は、どっちかというと、「自分のやりたくないことをやるぐらいなら、お金なんかいらない」と考えがちな人間で、また、自由な社会の人間には、そういう生き方をする権利もあると思っていますが、少なくとも、それが偉いことだとはまったく思っていないのです。だって、それは自分のためなんだもん。

(ついでに言えば、こういう生き方が成立するのも、世の中に、必要以上に働いてお金を沢山稼ぐ人が存在してくれるからだということも、ちゃんとわきまえてるつもり。だから、総中流社会には反対しているのです。もっと、欲張りな、もとい、勤勉な人が沢山いてくれないと、私は困るのだ(^^)。)

 やはり、働くということの原型は、人のために役に立つことをして、お金をもらうというところにあり、本当に好きだの適性だの自分探しだのというのは、余裕のある社会に暮らし、能力に余裕のある人だからこそ言える、一種のぜいたくだと思うのですね。(そういうことは、趣味でもできるのですからね)

 要するに、金を儲けすぎてかえって生き甲斐を見失っている人も、金を儲けるだけなら簡単だから本当にやりたいことだけをやりたいとか思っている人も、社会全体から見れば恵まれた人なんであって、そのどっちの選択肢もない人だってたくさんいるんだ、ということを忘れてほしくないのです。

 最近の風潮は、拝金主義だの何だの言われていますが、ぼくらの若い頃は、むしろ、「お金では買えないもの」が過度に持ち上げられた傾向があるので、その反動として、ある程度必要なことだったのではないかと今でも思っています。まあ、多少の行き過ぎはあるのかも知れないけど、そういうのは、何についてもあることですしね。

 最近ではまた、逆の反動が起こって「お金では買えないもの」ということが言われ出しているようで、それはそれで間違ってはいませんが、少なくとも、「お金では買えないもの」を過度に美化したり、「お金で買えるもの」を過度に貶めたりすべきではないと思うのです。やっぱり、社会にとっては、「お金で買えるもの」も「お金で買えないもの」もどっちも必要なのですから。

 もっと話そうよ 目前の明日の事も (「光」宇多田ヒカル)

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し、しんどい。

 まだ若いのに「弱音を吐いてはいけないものだと思っていた」なんて、泣かせる台詞いう子もいるものですねえ。おじさんも、弱音を吐きまくりながらがんばりまっす (^^)。

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な、なんだこのてきとーな説明は

 Wikipedia のマネックス証券の項目の説明、ひどいね (^^)。

2000年8月の新規上場前の1ヶ月半の短期間に1株1円で3回増資を行い、2万株あった株式を128万株まで増やし、126万円の増資で126万株×現株価:17.3万=2180億円を得る錬金術を行った企業としても有名。

 126 万円の増資で、1 円の株を126 万株増やして、(ここが重要なのだが)既存株主に平等に割り当ててるんだから、希薄化でもなんでもない、純粋な株式分割じゃんか、しかも、それに現在の株価をかけてどーすんじゃ。「2180億を得る」って、だれが得てるんだよ。マネックスが得てるわけじゃないじゃん。しかも、上場前なんだから、某社のように流動性に影響を与えてるわけでもない。

 「マネックス・ショック」で損した奴が書いたのかなんか知らんけど、誰か書き直した方がいいんじゃないでしょうか。ぼくがやってもいいけど、残念ながら今それどころじゃないんです。(っていうか、ホントは、こんな短い記事を書いてるだけでも殴られそうな状況なんです(^^)。とほほ)。

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タダで読める統計学の本

 絶版になった統計学の本を電子化して無料で公開しているサイトを発見。鹿児島大学さんの企画らしいです。素晴らしい。どんどん利用しませう。

 あの伏見康治先生の「確率論及統計論」とか、タグチメソッドの田口玄一先生の「統計解析」とかもありますよ。

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民主主義者の矜持

 ここ連日の朝日さんの社説では、皇室典範の改正に関する皇族の発言を問題にしていますが、民主主義者の私としては、リベラルの守護神(^^)たる朝日さんがこのような発言をするのに納得のいかないものを感じます。

 私たちが2日の社説で寛仁さまに「もう発言を控えては」と求めたのは、皇族としての制約を超えると考えたからだ。皇室の総意であるかのような誤解も与えかねない。細田氏の言うように、政治に具体的な影響を及ぼしているとしたら、なおさら見過ごすわけにいかない。(2006年02月04日付朝日新聞社説

 よく言われるように、義務や責任は権利や権力があるからこそ生じます。ですから、皇族であるというだけで発言が制約されるのであれば、皇族であるというだけで、自動的に政治的権力を持つということを意味します。つまり、この発言は、皇族が政治的権力を持つと言うことを認めてることになります。それが、リベラルの守護神たる(しつこい(^^))朝日さんの言うことでしょうか。もし皇族に影響力があるとしても、それは制度的なものではなく、文化的なものだし、また、民主主義社会においては、断じてそうでなくてはならないはず。

 文化的な影響力を持つものは皆政治的発言を控えなくてはならないなら、タレントやロックスターや「みのもんた」さんや他ならぬ朝日新聞のエディターさえも、みんな政治的発言を控えなきゃならないことになる。民主主義者であるならば、その人が政治的権力を持っていない限りは、立場にかかわらず、あくまで発言の内容に対して批判していくべきでしょう。

 天皇制は政治を超えた歴史と伝統の問題だという意見もある。だが、いまの天皇制は戦前と違い、国民の強い支持がなければ成り立たない。茶道や華道などの家元制度とは異なり、政治の土台にかかわる問題なのだ。(2006年02月04日付朝日新聞社説

 ここでもまた、天皇制が政治の土台にかかわる、などということを認めてしまっています。それが、リベラルの守護神たる(しつこい(^^))朝日さんの言うことでしょうか。憲法を素直に解釈すれば、日本の政治にとって必要なのは、国民の総意に基づく天皇が存在して、内閣の助言と承認のもとに国事行為を行ってくれることだけです。つまり、制度的に言えば、天皇は、国民の総意に反しない者で、国事行為を行える者であれば誰でもいいはずで、それ以上の細かいことは政治的な要請ではないはず。

 これがもし逆に、誰が天皇になるかによって、政治に大きな影響が出るようであれば、そんなのは民主国家とは言えないし、たとえ現実的には影響があるとしても、民主主義者であるならば断じてそんなことを認めてはならないと思います。

私たちは、一般論としては皇族であっても自由に発言するのが望ましいと思う。だが、戦後の憲法で国民統合の象徴とされた天皇には、政治的行為や発言に大きな制約がある。皇族もこれに準じると解釈すべきだろう。(2006年02月04日付朝日新聞社説

 前にも書いたけど、そもそも、象徴天皇制というのは、医学的生物学的には人間である方々の人権を剥奪する制度です。近代国家でこのような制度が成り立っているのは、天皇家の方々がそれを快く受け入れてくれているからです。したがって、将来の天皇制だって、天皇家の方々が快く受け入れてくれるような制度でなかったら存続できないのです。それを、当人の意思を無視して制度的に強制するようになれば、ますます人権侵害の程度が増すことになるでしょう。そのような人権侵害を肯定するような発言をするなんて、リベラルの守護神たる(しつこい(^^))朝日さんのやることでしょうか。

 朝日さんが、右翼的な暗黙の権力の影におびえるのはわからないでもないのですが、民主主義者であるならば、そんなものは断じて無視すべきです。以上、皮肉でも逆説でもアイロニーでもなく、直球勝負で真面目に書いたつもり。

(たとえば、これを一般庶民の話として考えて、長男は親の仕事を継がなければならないという時代遅れの法律があったとして、それを、長男と長女のうち先に生まれた方というふうに改正したとして、それが男女平等だと言えますか。百歩譲って形式的には言えたとしても、それで女性の権利が向上したとはどう考えたって言えないでしょう?)

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そもそも、あの MS にしてからが

 いい加減ライブドアネタも飽きているのですが、どうも、ソフト業界の片隅にいたものとしては、「ライブドアのポータルを見ただけで独創性がないことがわかる」みたいな利いた風な意見を聞くとなんとなくカチンとくるので、もう一言だけ (^^)。

 考えても見てくださいよ。そもそも、あの Microsoft にしたって、別にオリジナリティのある企業ではまったくなかったのですよ。Microsoft が躍進するきっかけになった MS-DOS がパソコン用 OS のデファクトになったのは、たまたま IBM-PC の OS として採用されたからであって、技術的にも、CP/M とかのマネだということは、パソコン黎明期から業界にいた者なら誰でも知ってる話です。

 Windows 95が Mac-OS のマネであるのは、最近の人だって知ってますよね。だからと言って、Windows 95 の発売時に、こんな会社が成功するわけないなどと発言していたら、大恥をかいたことでしょう。Microsoft の PowerPoint、Visio、Encarta など主要ソフトの多くも、自社開発ではなく、他社の買収によって取得した資産であることも、ちょっとこの業界のことを知っている人にとっては常識でしょう。

 だからと言って、ライブドアが Microsoft と同じぐらい技術力のある会社だと言いたいわけでもなければ、Microsoft がそれほど素晴らしい会社だと思っているわけでもありません(それどころか、個人的にはかなり批判的です (^^))。ただ、ことはそれほど単純ではない、と言いたいだけです (^^)。失礼しました。

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時価総額を目標にするということについて

 まあ、これはあくまで結果論ですが、ライブドアの「時価総額世界一を目指す」という目標自体が危うさをはらんでいる、ということは言えなくもないと思います。と言っても、「株主だけじゃなくて社会全体に貢献することが大事だ」とか「ステークホルダーは株主だけじゃない」とかいう話ではなくて、仮に、資本市場の役割が、資本の利用効率を最適化することにある、という前提だけに立っても、やはり危ういと言えるというお話です。

 というのも、本当に資本効率を表す指標として相応しいのは、ROA とか ROE であって、時価総額というのは、その将来についての予想を時間について積分し、なおかつ、資本規模について積分した値にすぎないのね。ただ、微分値が大きければ、それを積分した値も大きい、という意味では、間接的に資本効率がいいことを示す指標にならないこともないんだけど、微分値が小さくても、積分区間を大きくすれば積分値は大きくできるので、そういう意味では、資本効率がいいための十分条件には決してならないのです。

 具体的に言うと、単に時価総額を大きくするだけなら、投資家を騙して、やったらお金を集めただけでもできないことはないのね。でも、ROA や ROE は、ちゃんと事業(金融事業も含めて)で収益を上げなくちゃ高くできないのです。そういう意味で、時価総額だけを目標にするのは、危ういといえば危うい (^^)。

 ただ、資本の規模が大きくなれば、ROA や ROE は下がるのが普通なので、ROA や ROE を維持したまま資本の規模を大きくできるのであれば、それはそれでやっぱり偉い、ということは言えるんですね。だから、そう単純ではないんだけど (^^)。

 まあ、知ってる人にとっては、説明するまでもない話なんですけど、こういう状況になると、半可通の大雑把な話が流行るので一応書いてみました。よく知らないけどちゃんと厳密に考えたいという人は、このへんのキーワードから調べていくといいんじゃないでしょうか。

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なんでもありだな(^^)

譲りたいのです、私には必要ないときづいたのです。必要な人に差し上げたいのです。年末ジャンボ宝くじにて、私には使い方もわからないくらいの額を手にしまって、急に大金を手にしてしまって恐怖心まで出てきてきてしまってます。私の名前(仮名)加奈子をこちらで http://studio-rain.cocolog-nifty.com/blog/ 検索してもらい、パスワード2563を入力してアクセスしてもらえば、詳しい詳細、携帯番号が見れます、本気で受け取ってくれるのであれば、連絡ください、直接の受け渡しが難しいのであれば現金書留でも可能です。できれば早い段階で、私の下からこの大金を手放したいので、よろしくおねがいします。


 寄付でもすればいいのに (^^)。

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女子アナのカラー

 女子アナのタイプには、局ごとにカラーがあるような気がしますね。ぼくの好みの女子アナさんは、どういうわけか、テレ朝ばっかりです。前に書いたサヨクの友人に言わせると、「だから左翼好みの顔っていうのがあるんだよ。だから、君はどうあがいても、やっぱり左翼なんだ。あきらめなさい。(どういう意味だ?(^^))」とか言うんですが、ぼくは、単に各局の人事担当者の好みなんじゃないかと思うんですけどね (^^)。たとえば、フジテレビは割と万人向けで、日テレはちょっとオヤジ趣味、みたいなイメージないですか?

 でも、このオリコンの女子アナランキングを見ても、市川さんも野村さんも入っていないというのは、どうも納得がいきません。TBS だったら久保田さん、日テレだったら鈴江さん、NHK だったら小野さんとかはなぜ入らないのか。ぼくだったら一位は当然市川さんです。しつこい?(^^)

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心が落ちつく曲

 これは、ややこしい仕事のときにかけているプレイリスト。よく、バロック音楽がいいとかいいますけど、ぼくは、武満徹の方がお勧めだと思います。メシアンの前奏曲集は、まだドビュッシーの影響が残っている時期の作品なので、現代音楽が苦手な人にもお勧め。なにせ、ぱっと聴くと、ドビュッシーにこんな曲あったかな、と思うほどドビュッシーそっくりですから (^^)。「さとわの夢」は「君が代」を印象派風にアレンジした曲で、聴いたことのない人にはぜひ一度聴いて欲しいですね。「君が代」に対する認識が変わると思いますよ (^^)。しかし、ヴェクサシオンを心が落ちつく曲に分類してしまっては、サティに怒られてしまうかもしれませんね (^^)。


デルフィの舞姫たち Claude Debussy
亜麻色の髪の乙女 Claude Debussy
ジムノペディ 第1番 Erik Satie
ジムノペディ 第2番 Erik Satie
ジムノペディ 第3番 Erik Satie
星たちの息子への3つの前奏曲 第1幕への前奏曲:使命 Erik Satie
星たちの息子への3つの前奏曲 第2幕への前奏曲:入団式 Erik Satie
星たちの息子への3つの前奏曲 第3幕への前奏曲:呪文 Erik Satie
天国の英雄的な門への前奏曲 Erik Satie
ヴェクサシオン Erik Satie
前奏曲集 - I. 鳩 Olivier Messiaen
前奏曲集 - II. 悲しき風景の中の恍惚の歌 Olivier Messiaen
前奏曲集 - III. 軽快な韻律 Olivier Messiaen
前奏曲集 - IV. 過ぎ去った瞬間 Olivier Messiaen
前奏曲集 - VII. 静かな嘆き Olivier Messiaen
さとわのユメ WONG WING TSAN
White Rose, Mother and Mercy 外間隆史
裏庭 外間隆史
モランディのテーブル 外間隆史
空のラジオ 外間隆史
EMOTION 永遠の春 久石譲
Esashi 細野晴臣
Kila ~氷の中のキラ~ 細野晴臣
キラ 細野晴臣
opus 坂本龍一
sonatine 坂本龍一
intermezzo 坂本龍一
choral no.1 坂本龍一
bachata 坂本龍一
chanson 坂本龍一
distant echo 坂本龍一
Seven Samurai - Ending Theme 坂本龍一
Bolerish-Pianio Version 坂本龍一
Uoon I 坂本龍一
Uoon II 坂本龍一
Duoon 坂本龍一
Noon 坂本龍一
Trioon I 坂本龍一
Trioon II 坂本龍一
energy flow 坂本龍一
put your hands up 坂本龍一
羽の林で 坂本龍一
地平線チヘイセンのドーリア 武満徹
Piano Distance 武満徹
Les Yeux Dos 武満徹
Rain Tree Sketch 武満徹
Les Yeux Dos II 武満徹
Rain Tree Sketch II 武満徹

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寝顔

 昼間乗っていた電車の中に、顔をのけぞらせて、(完全にアゴが上がった状態で)口を半開きにして寝ていた女性がいました。まあ、ぼくは別に文句をつける気はないのですが、おかしかったのは、本人が時々目を覚ましては、当たりをキョロキョロと確認し、再びまったく同じポーズで寝てしまうこと。っていうことは、本人的には、あのポーズは見られてもOKっていうことなんだな。。。(^^)

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ドライブ感のある曲のプレイリスト

 これは、退屈な単純作業をしているときの BGM に最適。


Velvet Pants Propellerheads
GIMMICK PSY・S
Parachute Limit PSY・S
Woman・S PSY・S
電気とミント PSY・S
1000 Knives Yellow Magic Orchestra
Mad Pierrot Yellow Magic Orchestra
Kids Return 久石譲
War Head 坂本龍一
DNA 川本真琴
Mind Circus 中谷美紀
クロニック・ラヴ~Remix Version~ 中谷美紀

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アメリカでは主婦投資家の活躍を耳にしたことはない。

 「アメリカでは主婦投資家の活躍を耳にしたことはない。」って本気で言ってます(^^)? 耳にしたことなかったら、せめて、インターネットで検索でもしてから書いた方がよかったと思うんですけどね。っていうか、そもそもこの書き方が差別的だとは思わなかったのかねえ、この人は。てきとーなことでも堂々と言えばバレない、と思っているなら、ホリエモンと同レベルだって言われちゃうよ。

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