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公共性にもいろいろある

 世論の動向を見て日和っていると思われるのもなんなので、私がなぜ LF 問題ではどちらかというとライブドア寄りの立場をとったのに、阪神上場問題については中立的な立場をとっている理由を補足しておきます。

 そもそも、どちらの問題においても、単純に市場原理に任せられない理由として、「公共性」という言葉がキーワードになっていまよね。簡単に言えば、私は、放送界と野球界では公共性のあり方が違うので、公共性を担保するため方法も違うと思っているということです。

 放送界の場合、公共性が重視される主な理由は、地上波のチャンネル数が有限かつ少数だということにあります。そのため、各チャンネルの使用権を独占している放送局は、そのチャンネルが特定の個人・企業・政治団体などのために使われないようにする必要があるわけです。

 けれども、「放送と通信の融合」が本格的に実現して、チャンネル数の制約がなくなってしまえば、個別の放送局の公共性にはばらつきがあっても、システム全体として公共性を担保することができるだろうと思うのです。それが、放送界については、市場的な解決策が有効であろうと考えている理由です。

 一方、野球界の公共性というのは、放送界のそれとは違って、主に外部効果の大きさに起因しています。詳細は前に一度書いたことがあるので、物好きな人は探してみてほしいのですが、私は、野球界の公共性を制度的に担保するためには、野球界全体での利益分配方法からはじまってかなりドラスティックな改革が必要ではないかと考えており、単に個別の球団を市場化するだけではたいした効果がないし、弊害も多いだろうと考えているのです。

 たとえば、仮に株をファンに分けるにしても、必ずしも上場する必要はなくて、地元の住民限定で私募するみたいなことをすれば、地域密着にも役立つだろうし、さらに、地方自治体や地元の商店街の業者さんなんかに優先的に持ってもらえば、球団と地域の利害を一体化させる(外部効果を内部化する)のに役立つかもしれない。今現在のことはともかく、将来的には、そういう方向性の方が理想的ではないかと思っています。

 ついでに言えば、一般論ではなく個別論としも、フジテレビという会社(だけではないけど)が、自分で言うほど公共性を重んじている会社だとはとうてい思えなかった、というのも私がライブドア寄りに立った理由の一つではあります。

 私は、もしメディアにとっての公共性ということを本当に厳しく追及するのであれば、放送局は番組制作会社とも出版社ともレコード会社とも版権管理会社とも資本関係を持たずに、単に放送時間を切り売りするというメディアの役割に徹しなければおかしいと思うんですね。

 現在のように、放送局が映画会社や出版社と組んで「XX 製作委員会」などというものを作り、製作した映画をニュース番組の枠内で宣伝するなどというのは、それこそ公共メディアの私物化以外の何者でもないんじゃないですか。

 ただ、私はそういう問題点も、将来的には多チャンネル化や市場化によって解決されうると思っているので、そういう個別論にはあまりこだわらず、制度的な原理原則を重視する立場に立ったわけです。

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