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なぜに HJ

 ハワード・ジョーンズの New Song を BGM に使ってる CM があって、なぜにいまさらハワード・ジョーンズ、と思っていたので、これを読んで笑ってしまった。

 テクノにも、古びてしまったのとそうでないのがあって、ハワード・ジョーンズなんかは確実に…だと思うのだが。

 YMO には愛情がありすぎるので客観的に語れないのだが、バグルスとかウルトラヴォックスあたりは、今聴いてもけっこう聴けるよね。もうちょっとあとだとスクリッティポリティとか。でもハワード・ジョーンズは、うーん。

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統計用語集 2 冊

 統計関係の用語集を 2 冊購入。どちらもわりとよさそうなのでご紹介。

 朝倉書店の「統計科学辞典は、ケンブリッジの「The Cambridge Dictionary of Statistics」を和訳したもの。もとがブランド品なためか、内容はしっかりしているようです。収録語数約3000語、英文索引付き。2002 年刊で、最近の用語が追加されているところもよし。値段が高いのがタマにキズ。

 東京図書の「すぐわかる統計用語」は、著者自身が「知ったかぶりをするための本」と言っているとおり、説明がしろーと向けのところがよいです。勉強にあまり時間をかけられない実務翻訳者にとっては、こういう本がありがたいのですね(^^)。収録語数約500~1000語?、英文索引付き。

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試割バット

 試し割り専用のバットなんてあるんですね。知らなかった。

おいおい、「野球用バットとして絶対に使用しないでください。」とまで書いてあるよ。なんか興ざめ(^^)。

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EC ナビの仕様変更

 なんか、また EC ナビの仕様が変更になったみたいで、先日公開したプラグインでは検索できなくなってますね。

 まさかと思うけど、プラグインから検索されるのがイヤで、わざと変更してるわけじゃないですよね(^_^;)。EC ナビの場合、ショップに直リンクじゃなくて、いったん EC ナビのページを表示してからショップに飛ぶようになってるんだから、プラグインで検索されて損することはほとんどないと思うんだけど。リンクフリーにしてるぐらいだから、あまり人には知られたくないというような、奥ゆかしい精神の持ち主でもなさそうだし(^^)。

 まあいいや。すでに対応版はできてるけど、今回はアップロードしないで、様子を見ることにしよう。もしダウンロードした奇特な人がいたら、自分で改造してみてください。ごめんね。

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48DVD

 近所のコンビニで 48DVD というやつを発見。開封後 48 時間しか視聴できない、というのは、ちょっとスパイ映画チックというかドラえもんチックというか、そういう感じがして、一瞬「おおっ」と思いますよね。

 でも確かに、レンタルビデオ最大の欠点が、返しに行くのが面倒なことだというのはその通りですよね。だから、最近は借りっぱなしでも固定料金の「ぽすれん」みたいなサービスを使っているのですが、これまた、貸し出し中であることが多くて必ずしも見たいときに見たい作品を借りられないとか、まとめて借りたいときでも2枚ずつしか借りられないとか、返却時にポストに投函するのすら面倒(^_^;)とか、いろいろと欠点もあります。

 そう考えると、この商品は、レンタルビデオや VOD とはまた違った市場を開拓する可能性があるのかもしれませんね。(ただ、値段が2泊3日のレンタルより高いのはどうなんでしょう。)

 一つ気になったのは、プロテクトはどーなっているのか、ということ。いくら原盤が 48 時間で消えても、その間にコピーされては元も子もないですから、やっぱり CSS とかマクロビジョンとか入ってるんでしょうねえ。もし簡単にコピーができないのであれば、販促ツールとしてばらまくみたいな使い方もできそうですが、ともあれ、なかなか興味深い商品ではあると思います。

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Mycroft プラグイン追加

 ショッピングサイト用の Mycroft プラグインをいくつか作成したので公開します。

 あと、前に公開した EC ナビのプラグインも、サイトの仕様変更に合わせてアップデートしました。

 ライセンスは全部フリーです。再配布・改造など、無許可で行っていただいてかまいません。

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痛すぎて笑えない…

 卯月妙子氏の「実録企画モノ」というマンガ、電子書籍で買えるようになったので読んでみました。

 これは要するに、企画モノ AV 女優 (それも、NG 無し、つまり、SM スカトロなんでも OK を売りにする) である作者が、業界の内幕や私生活を露悪的に描いたマンガなのだが、特筆すべきは作者の壊れ方のすさまじさ。

 そもそも、いかに企画モノといえど、AV 女優となればそこそこ儲かるはずだし、マンガの腕も、素人の手慰みなどというレベルではなく、美大でデザインを専攻したという本格派。その上、文章も書けば、自分で AV の監督や編集までしてしまう。つまり、この人かなりの才人なのである。

 にもかかわらず、生活はビンボーだというから驚いてしまうのだが、なぜかというと、彼女の旦那がヒモどころか一種の山師で、彼女が稼いだ金を片っ端からあやしげな企画に使ってしまうからなのだという(本人は「企画モノ夫婦」だと自虐的に書いている)。

 しかし、このマンガを読んだ限りでは、彼女がなぜそこまでして旦那に貢ぐのかもよくわからないし、単なる企画モノでなく、わざわざ SM やスカトロばかりやる理由もイマイチ納得できない。

 自分の経験則からすると、こういう生き方をする人は、確かにある種「ピュア」で「お人よし」であることが多いのだけれど、このマンガからは、そのピュアな心と壊れた行動を結びつける手かがりが感じ取れないのである。

 普通、自虐的なユーモアというのは、ダメとわかっていてもやってしまうその気持ちわかるなあ、というような読者の共感を誘うことが多いのだが、この作品の場合、むしろ、笑いでバリアーを張って、読者がそれ以上近づこうとするのを拒絶されている感じがする。したがって、本当に笑っていいのか戸惑うような感じが最後まで抜けなかった。(作者のホームページに出ているプロフィールによれば、子供の頃から精神分裂病の発症歴があったのだというので、そのせいかもしれない。)

 もちろん、業界の内幕を垣間見れたという意味では、まったくつまらなかったわけでもないのだが、痛々しすぎて読んでいてつらいというのが正直なところ。こういう言い方は、作者にとってはかえって不本意で失礼なのだろうけど、そういうふうにしか思えなかったのだからしょうがない。一応謝っておきます。ごめんね。

 (こういう作品については、ぜひ天才松本人志氏の評価を仰ぎたいところ。もし松ちゃんが評価するんであれば、ぼくもちょっと考え直してみるけど(^^))

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はあ?

 あのー、asahi.com さま、毎度ケチつけて恐縮なんですけど…(でも、それだけいつも見てるってことですからね。産経さんなんか、何か特別な理由がない限り読みませんから。)。この「『四球より打たれたほうがまし』に異論 神大教授が分析」っていう記事、ちょっとひどくないですか?

 そもそも、この人、この通説(というか格言と言ったほうがよいと思うが)の意味自体わかってないですよねえ。もともと、この格言で問題にしてるのは、ピッチャーの意識であって、結果だけではないはず。

 つまり、ピッチャーには勝負するのと逃げるのの 2 つの選択肢があって、逃げれば四球を出す確率が高いけど、勝負したからといって必ずしも打たれるとは限らないし、むしろ、意外と討ち取れる確率が高いから、勝負したほうがいいよ、ていうことでしょう? そりゃ、結果だけ見れば、安打だって四球だって同じランナー一塁なのだから、その後の展開に大差ないのはむしろ当たり前でしょう。

 だから、この格言を本当に検証しようと思ったら、ピッチャーが勝負にいった場合と逃げた場合で分けて統計をとらなきゃダメでしょう。つまり、

勝負:安打の確率=Ha、四球の確率=Ba、討ち取る確率=Oa

逃げる:安打の確率=Hn、四球の確率=Bn、討ち取る確率=On

としたとき、Ha+Ba < Hn+Bn だったら、この格言は正しいし、逆だったら間違ってる、ってことじゃないですか? もっとも、実際には、勝負と逃げるのと、そんなにはっきり分けられるわけでもないだろうし、そんな統計をとること自体難しいだろうけど(でも、「トリビアの種」だったらやりそう(^^))。

 ぼくの言ってること、おかしいかなあ。まあ、この先生も行動ファイナンスの大家らしいですけど、少なくとも、この研究についてはピントずれてると思うんですけどねえ。

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ハードウェアとソフトウェア

 ハードウェアとかソフトウェアとかいう言葉は、ぼくが子供の頃は、少なくとも一般庶民とは縁遠い言葉だったのですが、最近では、日常用語として使われるようになってきて、「XX にはハードウェアはあってもソフトがない」みたいな比喩的な使い方もされるようになっていますよね。

 でも、普段はあまり意識させられることはありませんが、この両者の違いというのは、実は程度の差であって、それほど絶対的な区別があるわけではありません。

 たとえば、ソフトウェアとハードウェアの中間的な存在として扱われる「ファームウェア」というものを考えてみましょう。ハードウェアを直接制御するような低水準のプログラムを書いたことのある人ならわかると思いますが、実際にそういうプログラムを書く立場から見ると、ハードウェアとファームウェアというのは、呼び出し手続きが違うだけで、大きな差は感じられません。唯一差を感じるのは、実際にファームウェアを書き換えて焼き直すときだけ、と言っても過言ではないでしょう。

 けれども、最近では、インターネットからファームウェアをダウンロードして更新するということが、一般ユーザーにも可能になってきて、そういう立場から見ると、やっぱりファームウェアはソフトウェアの一種だ、と感じられることも多いでしょう。

 つまり、ソフトウェアとハードウェアの違いというのは、最終的には、物理的な作用ではなく、情報のみの入力によって、容易に変更できるかどうかということになるので、これは、利用できる「変更の手段」によって変わってくるわけです。

 昔、星新一さんのショート・ショートの中に描かれていた未来都市に、ちょっと面白い技術が出てました(あくまで小ネタですけど)。その都市では、各家庭に流体材料を送り届けるパイプラインがひかれていて、そのパイプラインから流れてきた材料を、これまた各家庭に設置された万能工作機械で加工すると、どんな製品でもできてしまうので、手間をかけて完成品を輸送する必要がないというのです。

(これが星さん独自のアイデアなのか、他に先例があるのかはわかりません。ぼくの知る限りでは、他の作品にでてきた憶えはないのですが。)

 このような技術は、必ずしも夢物語ではなくて、たとえば、現在の機械加工の現場では、NC 旋盤とかマシニング・センタとか呼ばれる機械が利用されるようになってきています。このような機械を使うと、プログラムや数値データを入力するだけで、材料の加工ができてしまうので、加工品がソフトウェアなのかハードウェアなのか、だいぶあいまいになってきます。

 すでに、音楽とかグラフィック・デザインとかが、コンピュータ上でソフトウェアを操作するだけで作れるようになっているのは、もはや常識でしょうが、機械加工の分野でも、CAD ソフトで設計したデータをそのままこのような工作機械に入力できるようになってきているので、だんだん、それと同じような感じになってきているわけです。

 IC の生産なんかもそうで、設計は Verilog などの一種のプログラミング言語を使って行い、そのデータを工場に持っていけば、ロボットが勝手に注文どおりの IC を作ってくれるというふうになってきていますよね。

 まあ、星新一さんの描いたような世界が、5 年 10 年のスパンで実現するとはさすがに思いませんが、家庭用超小型 NC 旋盤とかマシニングセンタみたいなものができたら、料理を家庭で作るのが当たり前なように、あるいは、本棚などを家庭で組み立てるのが当たり前なように、もっといろんなものを家庭で作るのが当たり前になるかもしれませんよね。そうなれば、デザインという「ソフトウェア」だけを売るという産業も当然成立するでしょうし。こういうのを一つの未来像として考えてみるのも面白いかもしれません。

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辞書にない英語

 livedoor WIKI で「辞書にない英語」という Wiki を作ってみました。今のところ、手持ちの辞書には載っていない英語の意味を調べた結果を、個人的にメモしているだけですが。

 もちろん、Wiki の特性を生かすためには、みんなで書き込めるようにしたほうがいいことはわかっているんですが。ただ、あまりつまらないエントリーをたくさん追加されても困るし、管理に手間がかかるのもいやなので(^^)、そのへんをどうしようか思案中です。

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ほらみろ

 「「いつまで首相を続けてほしいか」を聞くと、「任期いっぱいまで」が50%で、「任期を超えて」の28%を上回った。」だそうですよ。だーから言わんこっちゃない(^^)。有権者は、ひょーろんかの皆様が思ってるより、ずっと冷静だってことでしょう。

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おもちゃの顔

 今さっき気づいたけど、amazon.com って、こんなものも売っていたんですね(^^)(よい子のみなさんはクリックしてはいけませんよ(^^))。そう言えば先日、こういうおもちゃにはなぜ顔があるか、という理由を何かで読んで、しごく感心したのでありました(^^)。アメリカにはそういう法令がないから、顔がないんでしょうかねえ(^^)。いかん、こんなこと書いてると、アフィリエイトを取り消されてしまう(別にまったく儲かってないからいいけど(^^))。

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Tabbrowser Preferences 1.2.8.3

 Tabbrowser Preferences を 1.2.8.3 にバージョンアップしたら、ウィンドウの下部に、

< button id="catTabbedButton" label="&tabprefs.label;"

---------------------------------------^

というようなメッセージが表示されるようになってしまいました。

 2ちゃんの Mozilla Firefox 質問スレッドを見てわかったのですが、Tabbrowser Preferences の拡張機能をいったん削除してインストールし直したら治りました(別に、バージョンを落とす必要はなし)。

 しかし、結構メジャーな問題のわりに、アナウンスが少ないのはいかがなもんでしょう。2ちゃんのスレッドなんて、ふつーの FireFox ユーザーは見てないぞ、きっと(^^)。ぼくだって、検索して初めて気づいたんだもん。

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勝手に決めるな

 選挙が終わりましたね(一応、予想が当った、と自慢してよいのでしょうか(^^))。もちろん、今回は投票に行きましたよ。

 ところで、田原さんやなんかが、「こうなった以上、任期を延長して総理を続けろ。それが有権者の意思だ。」みたいなことを言ってけしかけているようですが、自民党に投票した有権者の一人して言わせてもらいたい。勝手に決めるな

 ぼくは、あくまで任期いっぱいで辞めるという小泉さんの言葉を信じて投票したのだから、ちゃんと公約どおりに辞めてもらわなくてはこまるのです。だいたい、ぼくは郵政民営化に賛成なだけで、小泉さんのやることなすことすべて支持するわけではまったくありません。真面目な話、年金問題なんかは、どう見ても民主党のほうがやる気ありそうじゃないですか(^^)?

 なんなら、任期切れの時点で、また解散してもらってもかまわないよん(^^)。だって、筋を通すという意味では、その方が筋が通ってるんじゃない(^^)? 選挙に何百億円かかるとかなんとか文句を言っている人もいるけど、そういう人に限って、自分はケインジアンだとか言って、景気対策とやらいう名目でお金をばらまくのが好きなように見えるのは、気のせいでしょうかねえ(^^)。

 コメンテータのみなさんも、自民党の勝利を予測もできなかったくせに(選挙直前になって予測を変えて辻褄を合わせた人はたくさん知っているが(^^))、有権者の気持ちがすべてわかっているようなことを言わないでほしいですねえ。もちろん、有権者すべてがぼくと同じ気持ちだとも思わないですけどね(^^)。

(だいたい、コメンテータとか評論家とか言う人たちは、自分はアタマがいいと思われたがっているがために墓穴を掘るのだと、ぼくのように馬鹿に居直って文章を書いている人間は思います(^^)。もっとも、馬鹿だと思われては商売にならないのでしょうから、そういう意味では、お気の毒だと思いますけどね(^^)。)

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ヒント

 色空間の圧縮ですが、実際には、この課題のように、単にピクセル単位で最も近い色を選んでも、あまりいい結果は出ないので、実用的なものにするには、ディザをかけて誤差拡散する必要があります。

 それから、色空間を圧縮する際にも、単に使用頻度の多い順に選ぶのではなく、画像全体での平均二乗誤差(もしくは、類似の方法で定義したノルム)が最小になるように選んだ方がよい結果がでます。

 ただ、これをマトモにやると、かなり計算時間を食うので、いろんな近似解法が提案されていて、このへんが結構面白いのです。これが面白いと思えないようなら、この道に進むのはやめたほうがよいでしょう(^^)。

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いんちきトライアル

 暴露ついでにもう一つ、翻訳のいわゆるトライアルに関係して、最近あった出来事を暴露してしまおう。

 トライアルというのは、翻訳者の能力を試すために、対象となる文書の一部だけを試訳することなのだが、最近ある翻訳エージェントからトライアルの依頼を受けた。どうやら、そのエージェント自体がクライアントからトライアルを要求されたらしく、それをそのままこっちに回してきたらしい。そして、このトライアルに合格すれば、こっちにもたくさん(○万ワードの)仕事をまわせるとかいう。しかし、先約があって、とてもそんな大量の仕事は引き受けられそうになかったので、断ろうとすると、トライアルだけでいいからやってくれ、と言い出した。

 しかし、トライアルというのは、翻訳者の質を確認するためにやるのだから、仮にフリーランスにアウトソースするにしても、トライアルと実際の翻訳は、同じ人間がやるのでなければ筋が通らない。そのエージェントにそう言うと、仕事は大量にあるから、どうせ一人の翻訳者ではこなしきれない。だから、できる分だけでいいからやってくれ、とかなんとかいう返事。結局、それ以上強く断るのも面倒になって、トライアルの訳を送ったが、結局、その後の仕事とやらは来なかった。

 ぼくの想像では、どうも、このエージェントは、トライアルだけ単価は高いが能力の高い翻訳者(自分のことです。ごめんなさい(^^))に依頼し、実際の仕事は安かろう悪かろうの二流の翻訳者に依頼することによって、コストを削減しているらしいのである。

 翻訳者の質に関する情報は、供給側だけが持っていて、需要側にはわかりにくい。つまり、翻訳市場には、情報の非対称性がある。したがって、初級のミクロ経済学の教科書にあるような、アカロフの「レモン市場」とか「グレシャムの法則」みたいなことが起こりやすく、一物一価で価格競争をしてしまっては、悪貨が良貨を駆逐することになってしまう。翻訳業界にいる人は、ここのところをもっとよく考えるべきであろう。

 だから、同業者のみなさん。そういう仕事は、決して引き受けないようにしましょうね。少なくとも、ぼくは二度と受けません。はい。

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最近の学生さんはよくわからない

私○○○○と申します。

フリーメールで失礼いたします。突然で申し訳ありません。

私、大学で画像処理のプログラム関係の授業を受講しているのですが、

どうしても課題が難しくて解けません。もしよかったら私のかわりに課題をやっていただけないでしょうか?

お金は50万まで払います。何度も課題がでるので、課題の量によっては50万以上払います。

本当に失礼なことを突然申し訳ありません。

詳細な課題の内容ですが、例を挙げてみます。

環境はOSがLinux コンパイラはgcc 言語はC言語でお願いしたいです。

RGBαで構成されている画像データがあったとします。この画像を読みこんで、さまざまな処理を行うというものです。

例えば、RGBα(それぞれ1バイト計4バイト)を1ボクセルと考えて、その画像に含まれるRGBαの出現頻度を求めます。
そして出現頻度の高い上位256、512、1024を求めます。で、出現頻度の高い順にインデックス番号をつけていき、
そのボクセルをインデックス番号であらわすこととします
(コードブックの作成、RGBα計四バイトを256なら1バイトで表すことが出来るので圧縮効果がある)。
画像データを走査していき圧縮する際、コードブックの中に登録されているボクセルに対して
読み込む画像のRGBαが一致すればそのインデックス番号をふってやり、
一致しなければより近いものを選ぶというものです。ですので複合化するときは逆の操作をします。
完全にはもとの画像には戻らないというものです。コードブックを作ってしまえば
似たような画像には同じコードブックを使えるようにします。
いわゆるベクトル量子化のようなものだとおもっていただければ結構です。
これは課題の一例です。ですので何回かの課題が出ますので中期的なお付き合いができると考えてます。
理論的にわからないところは私が説明したいと考えております。

どうかよろしくお願いいたします。

ご返事お待ちしております。


○○様、

せっかくのお誘いですが、私には、あなたのおっしゃる意味がよくわかりません。

私が大学に通っていたのはかなり昔のことなので、今とは事情が違うのかもしれませんが、学校の課題というものは、自分の力でやるべきものではないのでしょうか。

それとも、あなたの先生が研究として製作されているプログラムの下請けということでしたら、考えないでもないですが、その場合には、教授のお名前で正式ご依頼いただきたいと存じます。


というようなイヤミな返事を出してやろうかとよっぽど思ったのだが、メアドがフリーメールだし、関わり合いになる時間も惜しいので、ほっとくことにした(^^)。

でも、こういう色空間の圧縮って、かれこれ十数年前に仕事でさんざんやったけど、アルゴリズム的にはけっこう面白いんだよね。今なら、いい資料もたくさんあるから、がんばってみれば。これが面白いと感じるようなら、ちょっとは見込みあると思うよ(^^)。

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テスト

 テストです。こういうことってできるのかな。。。?

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iPod Shuffle、買っちゃった。

 今頃というかついにというか、iPod shuffle を買ってしまいました。iTunes の使い勝手もさることながら、やっぱり、最終的には iTMS 日本版の開店が決め手になったと思います。もっとも、Apple のブランド価値やらソフトウェアとの連携やらを抜きにして単体で見ても、十分にコスト・パフォーマンスの高い商品ではあるのですが。

 しか~し、本体はいいとして、アームバンドが三千何百円もするのは、さすがにちょっとぼってないか(^^)? サードパーティの皆さん、ここにいいビジネスのネタがありますぞ。安くてかっこいいアクセサリーをじゃんじゃん出してくださいませ(^^)。 

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ビジネスはプラスサム・ゲーム(を目指す)

 「ほぼ日」には、糸井さんが週一回エッセイのようなものを掲載する「ダーリンコラム」というコーナーがあって愛読しているのですが、今週の「勝負に全力を尽くす、そのやり方」という話には、ちょっと考えさせられたのでコメントしてみます。

 ぼくがこういう話でいつも考えるのは、それはゼロサム・ゲームかそうでないか、そうでないとすれば、社会全体のパイは大きくなる(プラスサム・ゲーム)か、ということなんですね。ゼロサム・ゲームなら、やる以上は勝つことを目指すしかないし、それができないなら、最初から参加しないほうがいい。プラスサム・ゲームなら、単に勝つだけでなく、どうしたらより社会全体のパイを増やせるか、ということを考えなくてはなりません。そういう観点からすると、まず、スポーツとビジネスは分けて考えたほうがいいと思います。

 スポーツの利得行列には、一見すると勝ちと負けの 2 つの値しかなくて、そういう意味では、完全にゼロサム・ゲームのように見えます。でも、よく考えると、いくら試合に勝っても怪我をしたら損だとか、試合に負けてもその分勉強した方が実社会では得をするとか、観客にとっては、同じ試合でも面白い試合とつまらない試合があるとか、他にもいろんな利得があるように思えてきます。

 けれども、糸井さん自身も冷静に指摘しているように、スポーツの場合、プレーヤーがいかにもゼロサム・ゲームである「かのように」プレーすることが重要で、そうでないと、観客にとっての面白さとか、プレーヤーに身につく身体的なスキルのような、スポーツの「名目上の利得行列」にはカウントされない利得もかえって低下してしまうという特徴があります。

 スポーツというのは、何か勝ち負け以外の価値を体現しているわけではないので、剛速球で討ち取るのと、配球で討ち取るのでは、どっちが正しいか、などということを一義的に決めることはできないのです。だって、もしできるなら、最初からスピードガンで測定して速いほうが勝ち、ということにしてしまえばいいわけですからね。つまり、そういうことは、プレーヤーや観客個人が、胸の内で密かに感じとればいいのであって、そういう多義的な解釈が可能なのも、スポーツが名目上勝ち負けだけに特化しているからこそなんですね。そこに、スポーツ独特の逆説があります。

 ですから、外部から見たときのスポーツの利得を向上させるには、プレーヤー自身の価値観に変更をせまるよりも、F1 のレギュレーションのように、ルール自体を変更する方が適切である、ということになるわけです。

 これが、プロスポーツになると、少し事情が変わってきます。なぜなら、プロと名のつく以上、明らかに勝ち負けだけでなく、収益とか人気というものも利得の中にカウントされてくるからです。昔はよく、プロスポーツはアマから見ると不純である、と言われたものですが、この「不純」というのは、よく考えると、アマのように勝ち負けだけに特化せず、勝ち負け以外のこともいろいろ考えなくてはならないので、「純粋ではない」という意味だったのですね。それが今では、純粋でないことがかえって奨励されているように見えるのは、ちょっと皮肉なことだと思います。

 一方、ビジネスの方は、本来プラスサム・ゲームを目指すものであって、それが社会全体のパイを増やすという前提の下に、存在を許されているわけです。ですから、ゲームのルール自体にも、うまく社会全体のパイを増やすような方向に誘導するインセンティブを組み込むべきであるし、プレーヤー自身も、自分の利得を増やすだけでなく、社会全体のパイを増やすようなプレーを尊び、そうでないプレーを避けるというような価値観・倫理観を持つ必要があります。

 スポーツと違って、ビジネスの利得行列の値は勝ちと負けだけではないので、極端に言えば、ビジネスでは必ずしも「勝つ」必要すらない。実際、シェアトップでなくても十分存続できて、社会にとって存在価値のある企業はいくらでもあるわけですからね。

 もちろん、社会全体のパイを増やしつつ、他のプレーヤーの誰にも損をさせないという「パレート最適」みたいなプレーをするのが理想ですが、他の競争相手には損をさせても、社会全体のパイが増えればまあ合格、逆に、競争相手に損をさせた上、社会全体にも不利益を与えるようなプレーは最悪、ということが一応はいえるでしょう。

 糸井さんが例に挙げている選挙にしても、政策に対する認識を深化させるような政策論争などは、もちろんパイを大きくする競争に含まれるだろうし、相手の批判にしても、政治家としての信頼性に関わる根拠ある批判などは大いに奨励すべきでしょう。逆に、根拠のないデマや中傷、政治と無関係な私生活の暴露などは、パイを小さくする競争に含まれそうです。もっとも、こういう行為が実際にどういう効果をもたらすかは、「観客」の見る目にも関わってくるので、一概には言えませんが。

 ぼく自身は、他人の足をひっぱらなければやっていけないような仕事なら、とっとと辞めてやる、と滑稽なぐらいに思いつめてやってきたし、株の取り引きをするときですら、ゼロサム・ゲームになりがちなデイ・トレードは避けて(同じ短期取引でも、証券会社のディーラーの方がやられているようなのは、かえって株価の安定に貢献していると思いますが)、長期ホールドに勤めてきた方なので、糸井さんのような社会的影響力のある人に、そういうことが子供っぽいみたいな書き方をされると、少々心外ではあるのです(^^)。

 まあ、ぼくはわりと付き合いが狭い方なので、断言はできませんが、少なくともぼくの周囲の人は、そんなに勝つことだけを考えているようには思えないし、たとえば、ホリエモン騒動があれだけ大きくなったのだって、いかに世の中に、勝つことだけを潔しとしない人が多いかということを示していると思うのですが(もっとも、あの事件については、ぼくは今でも、ホリエモンの仕掛けたことはゼロサム・ゲームではなかったと思っていますが)、いかがでしょう(^^)。

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気まずっ!

 最近、体力維持とダイエットのため、毎朝、近所の河原を自転車で一回りしてくることにしているのですが、今朝ものこのこ出て行ったら、近所の人たちがみんなでゴミ拾いや草刈りをしていたので驚いてしまいました。どうやら、町内会かなんかが主催する、クリーンキャンペーンの日だったらしいのです。

 どうせぼくの顔なんか憶えてる人いないだろうと思って、いかにも通りすがりのような顔をして、「ご苦労さまでぇ~す」などと蚊の鳴くような声でつぶやきながら通り過ぎたのですが、気まずかったなあ(^^ゞ。

 それにしても、見たところ結構お歳を召された方が多くて、やはり、若い人はこんな活動には興味がないのかなあ、などと、自分のことを棚にあげて地域社会の崩壊を憂えたりした私でした。

 時節柄、国会議員に立候補された方なんかも参加しているかと思って、さりげなく探してみたのですが、さすがに来てないようでした。まあ、ぼくはそういう見え透いた人気取りは嫌いなので、別にいいけど(^^)。

 真面目な話、人々が利己的になっていると嘆く人は多いのですが、ホントにそうなのでしょうかねえ。たとえば、2ちゃんをはじめとして、ネットで延々とコンサマトリーなコミニュケーションを続けている人たちだって、ある意味、自分に意思で自発的に情報という公共財を提供しているわけなので、必ずしも、人々からそういう意思が失われたわけでもないように思うんですよ。

 むしろ、失われたのは、人間がどこで利己的にふるまい、どこで利他的にふるまうべきかという、社会的な切り分けに対する合意なのではないかなあ。だから、そういうローカルルールの確立されているところでは、人々はいくらでも利他的にふるまえるわけでしょう。

 だから、社会科学者とか知識人の方々がやるべきことは、人々が利己的になったとか嘆く前に、私利私欲の領域と公的な領域をどのような切り分ければうまくいくかというモデルを考えたり、人々に自発的に公共財や社会資本を提供することをうながす仕組みを提案することだと思うんですけどね。

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夕凪の街桜の国

 こうの史代さんの「夕凪の街桜の国」を読了。糸井さんがあれだけ褒めているだけあって、よい作品でした。さりげなくいろんな伏線が張られているので、一回読んだだけでは完全には理解できず、何度も読み返しましたが、そのたびにジワジワと染みてくるものがありますね。

 「夕凪の街」の主人公は、広島で被爆した女性。一命はとりとめたものの、避難する途中で多くの人を見殺しにし、死体を踏みつけ、死体から下駄を奪い、川に浮いた死体に瓦礫を投げつける。それから十年たった今でも、自分が「死ねばいい」人間だと感じながら生きている。

 「桜の国」は、「夕凪の街」の主人公の弟の娘の物語。彼女の母は原爆症で夭折し、弟も喘息持ちなので、原爆の影響ではないかと怖れている。

 などと書くと、極めて特殊な状況を描いた作品だと感じられるかも知れない。しかし、不謹慎を承知で言えば、ぼくが今生きているのだって、広島や長崎や東京大空襲でぼくの両親の代わりに死んでくれた人たちのおかげだ、とも言えるかも知れない。あるいは、外地で戦って死んだ日本兵のおかげかも知れないし、その日本兵に殺されたアジアやアメリカやヨーロッパの人たちのおかげかも知れない。もっと言えば、明治維新の時に戊辰戦争で死んだ人たちのおかげかも知れないし、織田信長や足利尊氏や源頼朝に殺された人たちのおかげかも知れないわけである。

 これは、法律的な「責任」などとは別次元の問題であるから、そんなの自分とは関係ない、と言って「忘れてしまう」ことだってできる。しかし、それらすべてを、自分で「選んだ」ものであるかのように引き受ければ、その人の生はもっと豊かになるかも知れない。この作品が語りかけているのは、そういうことのように、私には想える。

(余談ですが、「日の君」問題について、ぼくがどうもひっかかるのもそのへんでありまして、確かに「日の君」は血に汚れていますが、だからと言って捨ててしまえばいい、というのは、あまりにも安易な選択なのではないか、むしろ、血に汚れた「日の君」だからこそ、ぼくらはあえて背負ってゆくべきなのではないか、と思ってしまうのです。まあ、この問題については、いずれきっちり論じてみたいと思います。)

 もう一つ忘れてならないのは、この人の絵のうまさですね。大友克洋さんみたいなうまさは、理解されやすいのですが、こういううまさは一般にはやや気づかれにくいので、強調しておきたいです。

 実は、ぼくは以前、自分はそこそこ絵がうまいと思っていて、漫研なんかにも入っていて、将来マンガ家になってもいいなと思っていたクチなのですが、そんないい気な妄想を木っ端微塵に打ち砕いたのが、高野文子さんの「絶対安全剃刀」という単行本。ぼくは、これを読んで初めて、本当の才能というものを理解したわけですが、ちょっとそのときに近い衝撃を受けましたね。

 手塚さんはたしか、「マンガの描き方」かなんかで、なるべくスクリーントーンは使うな、とおっしゃっていられたと記憶していますが、最近のマンガは、良かれ悪しかれ、トーンがないと成立しないような絵が多いですよね。でも、この作品では、トーンは一切使われておらず、陰影はすべて手描きのアミで表現されています。生半可な画力の人がこれをやると、汚くなってしまうだけなのですが、この作品のアミは実に繊細で美しいです。原爆ドームを全面に描いたページや、原爆スラムの昔と今を見開きで並べたページなんか、そのまま額に入れて飾っておきたいぐらいですね。人物の描線もすごくきれいで、決して描きこみすぎず、最小限の線で人物の内面まで表現しきっていて、ぼく、こういう絵にすっごくあこがれてたんですよね~。

 いや、単に技術だけのことではありません。この人の絵には、人物から背景から小道具の一つ一つに至るまで、作者のいとおしみが込められており、絵そのものが、世界に対する作者の愛情の表現になっているのです。だからこそ、重いテーマでありながら、読後感はさわやかなのでしょう。

 原爆がテーマではありますが、単に原爆は怖いとか、戦争はいやだとか、そういうことだけを描いた作品ではありませんので、毛嫌いせずに、一読されてはいかがでしょうか。

‐原爆と聞けば逃げ回ってばかりだった二年前までのわたしがいちばん知りたかった事を、描こうとしました。自分にとってもそうであった、と気付いてくれる貴方にいつかこの作品が出逢い、桜のように強く優しく育てられる事を、心から願ってやみません。‐(「あとがき」より)

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