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靖国参拝論のダブスタ

 ぼくは前から、小泉首相の靖国問題に対する発言には、どうも納得いかないものがあると感じていたのですが、その理由がやっと少しわかってきました。それはつまり、小泉氏の発言には実は矛盾があり、その奥にダブルスタンダードが隠されているということです。

 そもそも、なぜ信教の自由というものがあるのかを、原理論的に考えてみると、要するに、人間の知性には限界があるという認識の表れだと思うのです。つまり、個人のあらゆる意思決定を合理的に誰もが納得する形でできればいいのですが、現実には人間誰しも、必ずしも合理的かどうかわからない信念にしたがわなければならないときがある。それを保証するのが信教や思想・信条の自由だと思うのですね。

 この原理は、近代社会の合意による社会的決定の原理と表裏一体になっているわけですが、こちらの原理を表しているのが政教分離です。つまり、政教分離は、近代社会はなるべく合理的にみんなの合意に基づいて運営すべきであり、一部の人だけが信じている必ずしも合理的とは言えない信念によって運営すべきではない、という認識の表れだと思うのです。

 つまり、この2つの原理を、私的な領域と公的な領域で使い分けることによって、近代社会というものは成り立っているわけですね。

  そう考えたときに、小泉氏の発言がおかしいと思うのは、氏は、国内に向けては「戦没者に感謝の意をささげるのは当然だ」みたいなことを言っているくせに、国外に向けては「戦没者をどのように追悼するかについて外国に口をはさまれるいわれはない」みたいなことを言っていることです。

 つまり、小泉氏は、国内に向けては、靖国参拝は宗教的行為ではなく、誰もが合意できる可能性のある当然の行為であると言っているのに、国外に向けては、靖国参拝は宗教的行為だから、同じ宗教的信念を持たない奴には理解できない、と言っているということになる。

 この中間的解釈として、外国人にはわからないかもしれないが、日本人なら必ずわかる、みたいな解釈を主張する人もいるかも知れませんが、そもそも国内でだって、靖国参拝が戦没者を追悼する唯一の方法である、などという合意はできてないわけ。だから、小泉さんの発言は、わざわざ国内の対立をあおり、国内とアジア諸国の分断を煽っているように見えてしまう。

 したがって、私の結論は、もし小泉首相が、靖国参拝がだれもが納得できる正しい追悼の方法だと思っているなら、少なくとも、それについて国内外の合意を形成する努力をするべきだろうし(それが実際に成功するかどうかはまた別の話(^^))、逆に、もし靖国参拝が一部の人にしか理解されないことであり、また理解されなくてよいと思っているのであれば、それは個人の宗教的信念なのだから、小泉純一郎個人としていくべきじゃないだろうか、ということです。

 もちろん、こういう発言すべてが、国内外の複雑な政治力学を計算した上で、あえて二つのスタンダードを使い分けているんだよ、という意見もあるかもしれませんが、それならば、前に書いたように、政治は結果責任ですから、結果を出してくれなきゃ評価できないよ、と言うしかないですね(^^)。

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受信: 2005.06.22 12:20

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