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オレンジレンジパクリ疑惑考

 今日久しぶりに CDTV を見て、最近の J-POP 業界はどうなっているのだろうと思ってちょっと検索してみてたら、オレンジレンジパクリ疑惑なんて出てたんですね。まったく知らなかった(^^)。それで、いろんな人の意見を読んでみたんだけど、今ひとつぼくの思った感じをぴったり代弁してくれるような意見がなかったので、一応自分の言葉で書いておこうと思います。

 まず、法律的な問題として、これが著作権法違反になるかと言ったら、たぶんならないと思う。これがダメなら、ハロプロのがもっとダメだろうという感じ(^^)。たまたま名前を挙げてしまったけど、ぼくはハロプロの曲はけっこう好きで、80 年代のポップスのリソースをうまくリファインして再利用してると思う。オレンジレンジにしても、この若さで、これだけいろんなジャンルの曲を知ってて、うまく利用できるのは、むしろたいしたものだと思ってしまうのだ。

(まわりのオトナたちが知恵をつけているのでは、という説もあるようだが、個人的にはそういう感じはしない。彼らの引用の仕方には、ぼくらの世代なんかの意表をつくものがあると思う。オトナがやったんだとすると、もっと作為的になって狙い目ミエミエになってしまうのではないだろうか。)

 ただ。「オレたちの中の合言葉は〈パクろうぜ!〉です(笑)。」という発言には正直ひいた。それは、法律的にどうこういうより、彼らの芸術家としての姿勢に疑問を感じさせてしまうからだ。

 実は、「パクリ」がなぜ悪いかという理由には、著作権法違反かそうでないか、というような表層的な次元より前に、芸術におけるオリジナリティとは何かという問題があったはずだ。法律というのは、善悪を一義的に決定しなければならないという現実的な要請を伴っているので、「疑わしきは罰せず」という言葉に典型的に表されるように、境界線の部分がどうしても甘くなる。

(たとえば、コード進行はいっしょだがメロディだけ違う、というのと、メロディはいっしょだがコード進行だけ違う、というのだと、法律的にはたぶん後者の方が盗作になりやすいのだと思うが、実際に作曲する方から見れば前者の方が簡単な場合も多い。「君が代」とまったく同じメロディでありながら、コード進行だけを変えてまったく違う曲にしてしまった Wong Wing Tsan の「さとわの夢」などを聴けば、メロディだけでオリジナリティを評価する発想の安易さがよくわかるだろう。)

 しかし、芸術におけるオリジナリティ、という観点に立てば、ほんとうにオリジナリティのある芸術というものは驚くほど少ないのであり、ほとんどの芸術作品は、過去の芸術の蓄積の上に、ほんのちょっとのオリジナリティを積み重ねているだけなのだ。そして、世の多くの芸術家たちは、そのほんのちょっとを少しでも多くするために日夜研鑽を積み重ねているわけだ。

 このプラスアルファの量を客観的に測定することなどは不可能なので、芸術的オリジナリティの有無は、著作権法のように一義的に裁くことは難しい。しかし、芸術家同士の間や、鑑賞力に優れた批評家から見れば、真にオリジナリティのある作品かどうかは一目瞭然なので、オリジナリティのない作品は低評価に甘んじるという形で「裁かれる」ことになるわけだ。

 ここで問題なのは、芸術的なオリジナリティを生み出せるかどうかは、本人の心構えとか努力とか以前に、才能というものが否定しがたく関与しているということである。才能のないアーティストは、パクリをやればモロバレになってしまうし、かと言って、一生懸命オリジナルなものを作ろうとしても、どこかで聴いたことのあるようなものしかできない。逆に、才能の有るアーティストは、意識的に過去の芸術資産を利用しつつ、誰にもケチのつけられないようにパクることもできれば、それにプラスアルファを加えることによって、まったく新しい芸術を生み出すこともできる。

 したがって、たとえ芸術的なオリジナリティがないとしても、才能の不足によるものであれば、過度に責めるのは酷だと言えるし、逆に、明らかに才能のある者が、安易な作品ばかり作っていれば、もっと責められてもよいと言える。つまり、道義的なレベルで考えるパクリの善悪というのは、実は、才能と善意の相対的な関係によって決まるものであり、だからこそ社会的には意図的に曖昧にされているものなのだ。

 オレンジレンジの場合、少なくとも、「パクリ」の対象を俯瞰して分析し、それをオリジナルに聞こえるように再構成するだけの能力を持っている。これは、実はそんなに簡単なことではないはずなのだ。しかし、上記のような言い方をしてしまえば、彼らは、才能があるのにあえて安直な仕事をしているという印象を与えてしまうのであり、多くの人が「ひいて」しまうのも当然だといえよう。

 もちろん、こういう発言は、実質的にはパクリのような作品が高く評価されている現状に対する、彼らなりの反骨精神の表明なのかも知れない。あるいは、実はそんなたいしたことをしてるわけじゃないんですよ、という屈折した謙遜の表現なのかも知れない。しかし、客観的に見て、この発言はいくらなんでもマズかったと思う。

 ぼくも、若い頃は、何かシャレたことを言おうとしてとんでもなく場違いなことを言ってしまったことは数限りなくあり(今でも時々あるが(^^))、そういう意味では、この発言も若気の至りの言葉足らずである可能性も十分にある。もし彼らが、引用やサンプリングについて、もっと深い哲学を持っているんであればぜひ聞いてみたいと思うし、ファンのためにも、積極的に説明責任を果たすべきではないだろうか。

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