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時刻表が示すもの

 高校生の頃は、電車やバスを使って通学していましたのですが、こういう交通機関、特にバスはしょっちゅう遅れたので、よく遅刻の言い訳に使わせてもらいました。しかし、そんな言い訳が何度も通用するほど世の中甘くありません。やがて、「バスなんてどうせ遅れるんだから、それを見越して早目に家を出なくちゃダメじゃないか」という当然の指摘を受けるようになります。その時、愚かな子供の私は考えました。

「どうせ遅れると言うなら、時刻表に書いてあるあの数字はなんだ? 単なる努力目標にすぎないのか? そんなの無責任極まりないじゃないか」

「だいたい、早目に出るったって、何分遅れるかわからないのだから、何分早目に出れば確実に遅刻を防げるのかもわからない」

「しかも、必ず遅れるのならまだわかるが、定刻より早く到着して定刻より早く出発してしまうことさえある。迷惑だ」

「たとえば、計測機械などは、絶対に正確だなどと謡ってはいないが、少なくとも誤差範囲は明示していている」

「そうだ、交通機関の時刻表にも、誤差範囲を明示するべきなのだ。そして、その誤差範囲以上に遅れたら、運賃を払い戻しすべきなのだ。」

とまあ、いかにも子供っぽい屁理屈でお恥ずかしいのですが、尼崎の脱線事故で、1秒単位で遅延の報告をさせられていた、などという話を聞くと、こういう発想もまんざら的外れでもないのではないか、という気もするのです。

 つまり、完全に時刻を守るなどということは、もともと人間には不可能なことなのに、どこまで誤差が許されるかがはっきりしていないと、単なる努力目標になってひたすらルーズになるか、逆に、一種の精神論に陥って過剰に正確さを追求するか、のどちらかになりがちなのではないでしょうか。

 おそらく、多くの現場では、「常識的な判断」によって、そういう両極端を避けてきたのでしょうが、今のようなマニュアル世代といわれる時代では、それこそなんとかシグマじゃないですけど、そういう現場の「常識的判断」を、統計的に分析することにより、あらためてマニュアル化する必要があるのかも知れない、なんてことを感じました。

 まあ、まだ十分に調査がすすんだわけでもないので、あくまで思いつきの感想ですが。

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 末尾でご紹介したニュース記事で注目したのは下記箇所「1秒単位で電車の遅延状況を [続きを読む]

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