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有言実行

 ふと思い立って、10 年ぐらい前に読んだ、立花隆氏の「「知」のソフトウェア」を読み直してみたのですが (この本、ずいぶん熱心に読んだらしく、付箋が何十枚もはさんでありました。日垣隆氏に言わせると、こんなにたくさん付箋をはさんではいけないのだそうです(^^))、やっぱり、すごくいいこと書いてあるんですよね。たとえば、

「人は自分が信じたいことはたやすく信じてしまうものである。信じたいことなら、未確認情報でも、つい真実だと思い込んでしまう。逆に、信じたくないことなら、なんとかしてその情報が真実でない証拠をさがそうとする。誰でもそうした偏見から百パーセント逃れることは難しい。自分が信じたいことに好都合な未確認情報を得たときこそウラ取りを忘れるな、と常日頃から自分にいいきかせておくくらいしかその予防法はない。」

「この手法の記事においては、ほとんどすべての情報が、人のコメントの中にある。コメントに盛られた情報の真偽のほどは、発言者にゲタがあずけられ、筆者自身の知ったことではないこととされる。少なくとも、そういう発言があったこと自体は事実だが、発言内容が事実かどうかには、筆者は責任を持てないという形式を取る。要するにそこにあるのは、ヴァーバルな(ことばの上だけの)事実だけで、ほんとうの事実かどうかはわからないというわけだ。

 ジャーナリズムの本来のあり方は、やはり、ファクトのそのものの追求にあるはずである。その立場からは、この手法は明らかにずるい逃げであり、退廃である。 」

 これ読んでから、あらためて、「メディアソシオ・ポリティックス」を読み直してみると、どうしても首をかしげたくなってしまうのですがねえ。ホリエモンを上げるか落とすかみたいな低次元の話じゃなくて、ジャーナリズムの質の問題として。

 そう言えば、この本には、こんなことも書いてありました。

「何によらず、誰かが何かを論じているとき、果たしてその人がそのことを論じるに十分な知識と能力を持っている人かどうか、吟味してみる必要がある。」

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