« ごめんなさい | トップページ | 編集合戦 »

努力と成果の関係

 NHK の大型新番組「日本の、これから」というのを見てみましたが、正直、印象散漫という感じでしたねえ。一つのテーマを、ゲスト数名と会場に集まった一般客多数とで議論する、という形式なんですが、あまり成功していないと感じました。

 一つは、主観的な印象批評が多すぎて、客観的な統計データにもとづいた議論が少ないということ。今回の場合、VTR の中で、いろんな社会格差があることを示すデータが提示されるんだけど、その格差がどのような要因にもとづいているか、という補助データが何もないので、それが単なる個人の問題なのか、制度的な問題なのかの区別もよくわからないわけですし、いろんな人の意見を聴いても、どれも単なる個人的な印象による仮説にしか聞こえないわけです。

 もう一つは、そもそも人数が多いのに、できるだけ多くの人に話を聴こうとするから、議論がちっとも深まっていかないということ。対立する立場の二人が議論を始めて、盛り上がりかけたかな~と思うと、すぐ他の人に話をふってしまうので、これじゃ議論が深まるわけないよ、という感じ。

 だから、結局、世の中いろんな意見の人がいるんだな~、程度のことしかわからなかったですね。番組の最後で、三宅アナが「結局まだ議論が整理されていないということですね」とか言っちゃったのにはウケてしまった(^^)。でも、このやり方では、最初からそうなるのは見えていたのでは? これだったら、しゃべり場方式のほうがまだいいような気がする(^^)。 

 ただ、議論の中で、「努力すれば必ず成功する」みたいなことを当然のように言う人が多いのは、ちょっと気になりましたね。だって、「機会の平等」だって限度あるし、それ以前に、人知ではどうしようもない運・不運というものは、歴然とあるわけですから、せいぜい言えるのは、努力する人のほうが努力しない人よりは成功する確率が高い、という程度のことでしかないはずでしょ。

 もちろん、その相関関係を高めることによって、努力することに対するインセンティブを高めるのは正しいでしょう。でも、成功していない人がみんな努力していないかのように決め付けるのは、ちょ~っと傲慢でないかい。

 ぼくはだいたい、成功した人の語る成功の秘訣とか、長生きをした人の語る長生きの秘訣とかって、話半分ぐらいしか信用していないんですよね(^^)。それは、人間の間には才能みたいな生得的な差があるということだけでなく、所詮、一人の人間が体験できることには、サンプル数としての限度があるので、統計データとしての信頼性に限界があるからです。

 それが、一人でも何十回何百回と繰り返し試せるようなことならまだいいんですが、一生のうちに数回ぐらいしか試せないことについて、「こうやったらうまくいく」みたいなことを言われたって、それは本当は千回に一回しか成功しないようなことが、たまたま運良く数回目で成功しただけかもしれないんだもの。

 もちろん、自分の体験から普遍性のあるロジックを抽出して話してくれる人の場合には、参考になることもあるんだけど、単に自分がこれでうまくいったから、お前もうまくいくはずだ、みたいなことを言われても、ふざけんなって感じするんですけどね(^^)。そういう批評ってのは、少なくとも、親と子供とか、教師と生徒とか、相手の人生に直接的な責任を持つような関係にある人だけが言えることで、第三者が他人に向かって偉そうに言うことではないと思うんですけど。

 だから、ひょっとすると、こういう偉そうなことを平気で言う人が増えたことにより、必要以上にミジメな思いをさせられる人が増えたということの方が、実際の格差よりも問題なのかも、なんて思ってしまいました(^^)。

(あと、三宅アナが、ゲストの堀江さんがアンケートの設問に答えるたびに「やっぱり XX 番ですか」と言ったり、会社経営者の人に「フリーターの方」とか言ってしまったりして、先入観丸出しなのもちょっとどうかと思いましたね(^^)。)

(あと、堀江さんは、三宅さんにそうまで言われても、しつこく「やっぱり」な回答をし続けるところが憎めないかんじで、この辺が信者とまで言われるファンのいる理由なんだろうな、と思いました。つまり、狭い視野で見ると必ずしも得でない発言をするのが、広い視野で見ると意外と得になっている、という感じで、そういう意味では、小泉さんとかともちょっと似てると思います(^^)。これは、ある種現代的なカリスマの条件なのかも知れません(^^)。)

(あと、斉藤貴男さんは初めて拝見したのですが、逆の意味で傲慢だな~、と思いました。つまり、まるで、自分だけはマトモな人間としての良心があるが、他のゲストにはない、と決め付けているような態度なんですよね。そういうところが、ある種の XX 系文化人のいやらしいところで、ぼくは、権力と庶民が明確に分かれていた時代にはそれでもよかった思うんですが、今のような大衆社会では、そういう態度はもう時代遅れだと思うんですね。だから、必ずしも思想自体を否定するものではありませんが、そういう精神的態度だけはなんとかしてほしいと、せつに思う次第です。)

|

« ごめんなさい | トップページ | 編集合戦 »

ジャーナリズム」カテゴリの記事

テレビ」カテゴリの記事

ニュース」カテゴリの記事

社会」カテゴリの記事

経済」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/67762/3539051

この記事へのトラックバック一覧です: 努力と成果の関係:

« ごめんなさい | トップページ | 編集合戦 »