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文体と内容の釣り合い

 ぼくは、正直言って、新聞記者の方の書くコラムみたいなものが、あまり好きではありません。

 同じ記者の方の書く文章でも、綿密な取材に基づく、事実に立脚した記事は面白いのです。また、学者の方の書く、論理構成をきちんと考えた論文も面白い。また、作家の方の書く、人間の感情の機微を的確にとらえたエッセイもまた面白い。

 でも、新聞記者の方の書くコラムには、残念ながら、単なる主観で、論理構成もいい加減で、しかも芸もない、というような、この三者の悪いところだけを集めたような文章が多いと思うのです。

 ただ、そういう文章を書く人は、決して新聞記者だけではなくて、もっと部数の少ない雑誌とかにもいます。それなのに、なぜ新聞記者の文章だけがこんなに気に触るのだろう、と考えていて、一つ気づいたことがあります。それは文体です。

 つまり、新聞記者の方は、一人称のない文体を使う人が多いのです。おそらく、普通の記事を書くときに身についた癖なのでしょうけど、自分の主張を書くときですら、三人称を主語にして「…と思われる」「…であろう」という受身でしめる、というような文体を使うので、なんだか、誰が見ても否定できない普遍性のある真理だけを書いているような印象を与えるのです。おそらく、それが、内容の軽さと釣り合ってないのですね。

 たぶん、同じ内容でも、一人称の主語にして、「私は…思う」「私は…感じる」というような文体にすれば、かなり好感度は違うと思うのです。もちろん、その分文章の格調は低くなりますが、それは、もともと内容が軽いのだから仕方がないのであって、内容が軽いのに文体だけ格好つけようとするから、よけい気に触るのだと思うのですが、いかがでしょう(^^)。

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